表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

198/347

198 町へ行こう その1

 遠足前の子供みたいに、昨晩はなかなか寝付けなかった。

 すぐ横の町に行って買い物の手伝いをするだけなのに、ワクワク感が止まらない。それだけ今の囚人環境から抜け出せる事が嬉しいのだろう。

 そんな私は、太陽が昇る前に目が覚めた。気持ちは高揚していて、眠気は一切ない。まぁ、寝付けなかったとはいえ、六時間以上は寝ているんだけどね。

 ベッドから抜け出し、竈に火を点け、ランタンを用意する。

 外に出ると、真っ暗な山間に朝霧が覆い、寒さと恐怖で体が震える。ランタンの光を頼りに急いでトイレに駆け込み、用を済ませるとさらに震えた。井戸水で手と顔を洗うと、震えが止まらなくなった。

 朝は寒すぎるし、坑道内は暑すぎるしで、よく体調を崩さないなと感心してしまう。もしかしたら、怪我のように眠って起きたら、病気も治る体質になっているのだろうか?

 

 そんな事を思いつつ小屋に戻ってきた私は、朝食の準備を始める。

 本日の朝食はフレンチトースト。

 以前、リディーにフレンチトーストを食べさせたら、とても気に入ってくれて、それ以来、私が早く起きた時は必ず作るようにしている。

 私が黙々と卵液を作っているとベッドのシーツがモゾモゾと動き出し、リディーが起き上がってきた。

 

「おっさん、早いな……」

「ああ、目が覚めたから朝食の準備をしているよ」

 

 眠気眼のリディーは、長い耳を垂らしながらトボトボと外へと出て行った。そして、すぐに「寒いー!」と顔を洗ってきたリディーが戻ってきた。

 その後、二人でスープを作ったり、フレンチトーストを焼いたり、野菜を茹でたりして、朝食を完成させていく。

 ゆっくりと朝食を摂り始めた頃には、完全に太陽が昇っていた。今日も晴天で、絶好の買い物日和である。

 朝食を終え、朝の日課である洗濯を済ませ、私の監視役であるフリーデが来るまで、お茶を啜りながらのんびりと休憩をする。

 名前の知らない香りの良いお茶を飲みながら窓の外を覗くと、囚人たちが坑道へ向かう姿が見えた。

 何という優越感。ただ罪悪感も湧いてくる。これはあれだ。学校をズル休みした学生の気分である。まぁ、今は時間潰しにのんびりとしているだけで、これから荷物運びの労働が待っている。決して、ズル休みではないのだ。だから囚人の皆さん、今日も頑張って働いてくれ。私も午後から向かいます。

 私がのんびりとお茶を楽しんでいる傍ら、リディーは出かける準備をしていた。

 買い物リストが書かれている木札が数枚、お金の入った皮袋、そしてフードの付いたコートである。

 いつもの地味な服の上に白いコートを羽織ったリディーは、フードで顔を隠した。


「もしかして、耳を見せたくないの?」

「ん? ああ……」


 長い耳が上手く隠れるようにフードの位置を調整しているリディーに尋ねてみた。


「目立つからな。なるべく、エルフっていうのは知られたくない」

「珍しいとは思うけど、別段、知られても問題ないんじゃない? 囚人には、ドワーフも馬も狼も筋肉の塊もいるよ」

「そいつらと一緒にするな。それに囚人は町に行けないだろう。町人にとって、エルフは珍しいらしくジロジロと見られるんだ。だから、なるべく隠す」


 希少なエルフというだけでなく、見た目が綺麗だから見られるのだろう。私も初めてリディーに会った時は、ジロジロと見てしまい、変人扱いされてしまった。


「なるべく問題が起きないように事前に予防する事は大事だ」


 そう言うとリディーは、フードが外れないように顎紐をしっかりと締めた。

 折角の美貌が隠れてしまうのは勿体無いが、安全対策の為なら仕方がない。

 そんな珍しい恰好をしているリディーの姿を見ながらお茶を啜っていると、扉をノックする音がした。

 ようやくフリーデが来たみたいである。

 これから楽しいお買い物。今にも外に飛び出したい気持ちが湧き上がってくる。

 フリーデは、家主であるリディーの返事も聞かず、扉を開けて、顔を覗き込んだ。


「用意は出来ているか?」

「ちょっと待って。木札が一枚足りない。どこいったんだろー?」

「見つけたら外で待っていてくれ。私は荷車を用意してくる。新人、来い」


 私の姿を確認してからフリーデは顔を引っ込めた。

 既に準備済みの私は、チラリとリディーの姿を見てから外に出る。

 フリーデは、非番にも関わらず、兵士の制服を着ていた。囚人である私を監視するのだから休みを返上して付き合ってくれるのだ。

 「こっちだ」とフリーデが進む先は兵舎である。


「囚人が町に行くのは、よくある事なの?」


 フリーデの後を追い駆けながら何となしに尋ねてから、しまったと思った。

 非番とはいえ任務中の兵士に囚人の私が気兼ねなく話し掛けたら怒られるかもしれない。そう心配をしたが、フリーデは気にした風もなく世間話をするように気軽に答えてくれた。


「よくはない。だが、まったく無い訳ではない。今回のように荷物運びに駆り出される事がある」


 やはり肉体労働に使われる訳だ。


「便所に溜まった排泄物を町に持っていくのも囚人の役目だ。これは定期的にある」


 そう言うなりフリーデは、兵舎の横にある資材置き場の扉を開けた。

 ここは以前、私がトイレ掃除をした際、排泄物の入った樽を運んだ小屋である。勿論、小屋の中には、アレの入った樽が置かれていた。その近くに手押しの荷車が置かれている。


「新人、荷車を牽け。それがお前の仕事だ」


 うひー、うんこ樽の近くに置いてあったけど、匂いが染み付いてないよね。それ以前に、これでうんこ樽を町まで運んでいる訳じゃないよね。今から食材を買って乗せるんだから、違うと願うばかりだ。


 若干、荷台が薄汚れている荷車を動かして、リディーの小屋まで牽いていく。

 全て木製の荷車は、車輪の回転が悪く、ガタガタと上下に揺れるので、とても動かし難い。岩石を満タンに入れたトロッコほどではないが、荷物を載せた荷車は非常に大変そうだ。

 後悔先に立たず。安請負したかもと思い、気分が沈み始めてきた。


 リディーと合流すると、町に向けて歩き始める。

 囚人宿舎の横を通り過ぎ、山間の細い道の手前で木柵で道を塞いでいる警備兵の元まで進む。

 フリーデが一歩前に出て、警備兵に木札を渡し、通行目的を告げると難なく道を通してくれた。

 山間をガラガラと荷車を牽きながら進む。

 道が狭く、すぐ横が崖になっているので、安全の為に縦一列になっている。私を挟むように先頭をリディーが、後方をフリーデが歩いていく。

 ここまで会話らしい会話はない。リディーが崖下の川を見ながら鼻歌を奏でているだけだ。

 楽しそうに歩くリディーの後ろ姿を見ながら歩く事しばらく、手掘りのトンネルが見えた。

 このトンネルを通り過ぎれば町である。

 すでに疲れが溜まっていたので町に入る前に休みたいと思っていたら、フリーデから「待て」が掛かった。

 私の心を読んだのだろうか?


「町に入る前に改めて言っておく」


 兵士の顔をしたフリーデが、太い眉を上げて、睨みつけるように私を見る。


「新人、今日のお前の仕事は荷物運びだ。この荷車から離れる事は認めない」

「えーと……どういう事?」

「つまり、店の中に入る事は許されない。便意を催しても町の中では便所に行く事も許されない」

「それ、本当?」

「戻るまで我慢しろ。私もお前の監視をするので、離れる事はしない。買い物は全てリディーが行う。良いな」


 フリーデがリディーの方を向くと、「元からそう言う話だから僕に異論はないよ」とリディーが答える。

 私は聞いてないけど……これでは、本当にただの荷物運びだ。

 もう少しお店の中で商品を見たり、買い食いしたり出来ると思っていた。

 考えが甘くて、ワクワク感がどんどん薄れていってしまった。


 「面倒を起こすなよ」と最後の念を押したフリーデは、私たちの前に出てトンネルに入る。そして、出入口を塞いでいる警備兵に、木札を見せて、要件を伝えた。

 二人の警備兵は、木柵を退かして、顎で通るように動かす。

 私とリディーは、鋭い兵士の視線を刺さりながらルウェンの町へと入った。


 何日ぶりの外の世界。

 同じ空の下だというのに、何と開放的で空気が美味いのだ。

 囚人になってからずっと憂愁だった心がすくわれた気分である。

 町に来て本当に良かった。


 ……と感傷に浸れると思っていたのだが、まったく私の心は揺れる事はなかった。

 たぶん、目の前に広がる閑散とした活気のない町並みの所為だろう。

 囚人としてこの町に来た時も感じたが、あまりにも人が少ない。その所為か、店の亭主などは呼び込みも一切せず、椅子に座って空を眺めているだけだった。

 

「相変わらず人のいない町だな」


 フードを深々と被り直したリディーが、キョリキョロと周りを見回しながら呟いた。


「時間が時間だ。殆どの町人は、炭鉱に入っている。今、出歩いているのは休日の者だろう」

「子供の姿も見当たらないんだけど……」


 どんな町でも子供たちの声は聞こえるものだ。だが、ここでは子供たちの姿を見かけない。


「子供も炭鉱に行っている。女性もだ。商人や農民以外は、炭鉱労働者だ」

「子供も働いているの?」


 驚いた口調でリディーがフリーデの方を振り返る。

 以前、ディルクも同じ事を言っていたのを思い出した。

 学校のないこの世界の子供たちは、親の手伝いをするのが当たり前である。ただ、炭鉱労働までしているとは思わなかった。危険と隣り合わせの過酷な現場だ。私など毎日ヘロヘロになって帰ってくる程だ。……私を基準にしては駄目かな?


「子供だから出来る事はある。大人では入れない狭い穴に入って掘り進めたりな。女性たちも籠を担いで、選炭場を往復しているぞ。お前もしっかりと働けよ」


 子供に負けるなよと言うように、フリーデはニヤリと私を見る。そして、すぐに真面目な顔に戻った。

 

「ただ、ここで暮らしている連中は、色々と訳ありでな。家族総出で働かなければいけない事情がある。お前たち囚人と似たり寄ったりの境遇だ。危険で過酷と分かっていても働かなければいけないのさ」


 良い話に騙され、借金を背負い、逃げる事も出来ずに働いているとディルクが言っていた。

 だからだろうか、町に入っても私の心が揺れなかったのわ。

 ここも同じなのだ。

 立ち場は違えど、私たち囚人と対して変わらない境遇の町なのだ。

 

「辛気臭い話は終わりだ。買い物に行こう、買い物」


 暗い雰囲気を壊すように、無理矢理、話を終わらせたリディーが先に進む。

 その後ろ姿を見ながら、私とフリーデも町の中に入っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ