196 小遣い稼ぎ その1
ベッドの周りの床には、リディーの私物が至る所に転がっている。
私が初めてこの小屋に訪れた時、リディーの荷物はベッドの下に押し込めて綺麗にしたのだが、それから十日ばかりでこの有様である。
私は居候している身なので、歩けるスペースがある限り、文句を言う気はない。
そんな部屋の中、食事を終えたリディーは、散らばっている荷物を漁り、さらに散らばらしている。
「たしか、この辺に合ったと思うんだけどな……」
木札を探しているリディーは、ベッドの下の荷物を引っ張り出すと、これじゃないとポイポイと関係ない物を捨てていく。
あのー、リディー君。私のベッドの上に荷物を捨てないでくれますか。
ちなみにインクと羽ペンはすでに発見済み。作業机の荷物の山に埋もれていた。
そんなリディーの姿を見ながら、私は汚れた皿を洗っている。
木札は、私の小遣い稼ぎに必要な物であると同時に、リディーにとってはローストディアのレシピをメモする為に必要な物である。
すぐに探してくれるのは有り難いが、部屋の中がますます散らばっていくので、後悔も増していく。
「あった、あった! ベッドの下の隅にあった」
ベッドの下に頭を突っ込んでいるリディーから木札発見の報告が入る。
お疲れ様でした。
「あまり使わないから、壁の隙間を埋める為に置いといたんだった。すっかり忘れていた」
埃塗れの木札を息で綺麗にしたリディーは、床に散らばっている荷物を足でベッドの下に押し込んだ後、インクと羽ペンを持って、食卓に座った。
皿洗いを終えた私も食卓に座り、先程作ったローストディアとマッシュポテトのレシピを教える。
私の説明をリディーは丁寧に木札にメモを取っていく。
その文字はまったく読めない。時間があればエーリカからこの世界の文字を習っていたのだが、未だに文字が読めないでいる。私って、馬鹿なのかな?
一通り説明を終えると、「意外と簡単だな」とリディーは羽ペンを置き、席を立った。
「今から料理長の所に行ってくる。その後、お風呂に入ってくるから遅くなる」
そう言うなり、床に散らばっている荷物からお風呂セットを見つけ出し、脱兎の如く出て行ってしまった。
そんなに急いで行かなくてもと思う反面、リディーがいなくなり好都合だと思ってしまう。
一人っきりになった私は、木札とインクと羽ペンを持って作業机に向かった。
では、お小遣い稼ぎでもやろうかな。
新品の木札は十枚ある。
ブラッカス一味は五人いて、全員から枕絵の依頼を受けているので枚数は足りる。
ブラッカスは、以前持っていた枕絵に似たものと依頼を受けた。なるべく思い出して、似せるように努力しよう。
ハンスは、色っぽい年上の女性をリクエストされた。これはナターリエをモデルに描こう。
名前の知らない残り三人からは、「富豪の娘」、「猫耳の亜人」、「女性兵士のアガタ」と依頼を受けた。
「富豪の娘」は、金髪縦ロールにして、適当にドレスでも着せておけば良いだろう。
「猫耳の亜人」は、私の大好物なので目を瞑っていても描ける。これを依頼した子分とは美味しい酒が飲めそうだ。……飲まないけど。
問題は、「女性兵士のアガタ」である。私は、今までアガタとか言う女性兵士を見た事がない。いや、見たかも知れないが、どの人か分からない。女性兵士は誰も凛々しいからだ。
その事を伝えたら、筋肉質でキリッとした顔立ちの女性兵士との事。つまり、カッコいい女性を描けば良いとの事なので、エイリアンに支配された星で自爆した女性海兵隊をモデルにしておこう。
イメージを固めた私は、未使用の木札に絵を描いていく。
以前、ギルマス×ラースのBL絵を木札に描いた事があるので、少しだけ練習したら癖を思い出した。ただ、紙に描いている訳ではないので、何度も何度も失敗した所や変な所をナイフで削って描き直していく。
こうして、時間を忘れ、一枚、二枚と完成させていく。
もともと趣味の範囲を越えられない程度の画力しかないのだが、私の絵を見て喜んでくれるのならと、真剣に描き続けていく。
そして……。
………………
…………
……
「おっさん、おっさん。起きろ」
「……んん」
リディーの声で目を覚ました私は、体を起こす。
頼まれていた絵を全て描き上げた事で集中力が切れたのだろう。机の上で眠ってしまったようだ。
「リディー、戻って来たんだ。料理長の反応はどうだった?」
「木札を渡して、簡単に調理法を教えただけだから、味の感想は明日になる」
「そうなんだ」
「ああ……それで、これは何かな?」
「これって?」と振り返ると、リディーは目を細め、私を蔑んだ目で見ていた。その手には、木札が握られている。
「えーと……見た?」
「ああ、堂々と机に置かれているからな」
インクを乾かす為に表向きにしていたのが仇になった。
「こんな猥褻な絵に囲まれて眠っていたんだから、とても良い夢を見れたんじゃないのか?」
「さ、さぁー、どうかな……」
はははっと笑って誤魔化すと、リディーの目がさらに細められた。
「木札だってタダじゃないんだ。それをこんな馬鹿な事に使って……」
「ベッドの下で埃を被っていたじゃない」
「んっ! なにっ!?」
「いえ、何も……」
リディーの言う通り、木札もインクも羽ペンもタダじゃない。それも私の私物でなく、リディーから貰った物だ。もっと為になる事を描くならまだしも、汗臭い男どもの為にエロ絵を描いたのだ。リディーが怒るのも無理はない。
私、囚人になって何をしているんだが……。
ただ反省はするが、お小遣いを稼ぐ為には、必要な事なので何とかリディーには納得してもらう。
「せ、説明するからまずは聞いてほしい」
私は今日あったブラッカス一味のやり取りを説明し、新しい服を購入する為に渋々描く事になったと伝えた。そう渋々だ。
黙って聞いていたリディーは、しばらく無言で私の顔を見つめると、大きく溜め息を吐いた。
「まったく、男連中は馬鹿ばかりなんだから……」
私も同じ感想です。
「こんな場所だ。囚人同士の繋がりも大事だと思うし、金を稼ぐ事は悪い事じゃない。だけど、もっと他に方法はないのか? 凄く、馬鹿っぽいぞ」
至極、ご尤もです。
それにしても、どうしてそこまでリディーは怒っているのだろうか? いや、軽蔑しているのか?
綺麗な顔をしている所為で、いまいちリディーの感情が読めない。
もしかしたら、自分も欲しいけど、照れ隠しで怒っているのかもしれない。エルフとはいえ、リディーも男の子だ。エロ絵の一枚や二枚、ベッドの下に隠しておきたいだろう。
そう思った私は、「一枚、描こうか?」と尋ねたら、「いるかーっ!」と手に持っていた木札を投げつけてきた。そして、リディーは、プリプリしながらベッドに潜り込んでしまった。
うーむ……男連中の事も分からないが、リディーの事も分からないな。
私は、描き上げた絵をもう一度見直してから自分のベッドに入った。
こうして、ギスギスしたまま、夜は過ぎていったのである。
次の日の朝、機嫌の悪かったリディーは、いつも通りに戻っていた。
まぁ、喧嘩をした訳じゃないので、気まずい雰囲気にはならないだろう。
リディーの作った朝食を食べ、しばらく休憩をした後、炭鉱へ向かった。
本日の作業は、レール作りだ。
現在、拡張中の第二横坑は、四方八方掘り進められ、大迷宮みたいになっている。そんな新しく掘り進められた横坑にレールを敷いていくのだ。
私は、二人の囚人と共に選炭場でレールと枕木をトロッコに詰め込み、炭鉱内へと運ぶ役目である。
朝から何度も何度も選炭場と第二横坑を往復した。
そして、休憩時間になった。
炭鉱内で休憩しているとブラッカス一味が、期待に満ちた顔をしながら私の元まで来た。
ブラッカスたちの目的を知っている私は、黙って皮袋から木札を取り出して、一人ずつ渡していく。
木札を見たブラッカスたちから歓声が上がる。そして、私を中心に座り込むと、楽しそうに感想を述べていった。
自分が描いた絵で喜んでくれるのは嬉しいが、内容が内容なのでとても気まずい。
満足したブラッカスたちから、報酬の大銅貨一枚を各々から受け取ると休憩時間が終わった。
休憩後は、直接レール作りに回された。
地面が水平になるように均し、枕木を固定してからトロッコの幅に会うようにレールを敷いていく。
私は地面を均す担当で、地面に転がっている石や岩を退かし、木製のスコップを使って平らにしていく。
汗だくになりながら黙々と作業をしていると、二回目の休憩時間が訪れた。
樽の水で顔を洗い、地面に座って休んでいると、話した事もない二人の囚人が私の元まで近づいてきた。
「ブラッカスに絵を描いたのはあんたか?」
「ああ、そうだけど? 何かあった?」
「あいつ、作業中にも関わらず自慢ばかりしてくるんだ」
彼らは、苦情を言いにきたみたいだ。
私がブラッカスに絵を描いた所為で、暑っ苦しいブラッカスがさらに暑っ苦しくなったと文句を言いたいのだろう。
ただ、そんな事、私に言われても困る。直接、本人に言ってくれ。……と思うが、直接本人に言えない事情もあるのだろう。何と言っても相手は、筋肉馬鹿だ。文句を言ったら、筋トレの相手をさせられそうだ。
そう思った私は、絵を描いた張本人という事もあるので、彼らの苦情を受け入れる事にした。
「それは悪い事をした。私の方からブラッカスに言っておく」
私が注意した所で聞き入れてくれるとは思わないけど……。
「い、いや、文句を言っている訳じゃないんだ」
「えっ、そうなの?」
あれれ、早とちりだったみたい。
「それで、何が言いたいの?」
「その……なんだ……俺たちにも絵を描いてくれないか?」
「金は払う。一枚ずつ頼む」
こうして、新たに二人分の依頼を受ける事になった。
ちなみに二人の囚人からは、「胸が大きく背の低い女性」とリクエストを受けた。ロリ巨乳がお好きなようで……頭が痛い。
二人の囚人と入れ違いに、もう一人、ハンスに連れて来られた囚人が絵が欲しいときた。
彼は、顔はこうで、体はこうで、服装はこうで、姿勢はこうでと細かく注文してくる。
注文を聞いていた私の表情は、昨晩のリディーのような顔をしていた事だろう。
それにしてもブラッカスたち、営業をしていないで働けよ。
疲れた体でリディーの小屋に戻ると、リディーが出かける準備をしていた。
「これから料理長がおっさんの料理を作るので、その試食を頼まれている。今日は、一人で食べてくれ」
そう言うなりリディーは、さっさと出て行ってしまった。
私は、一人寂しく食事を済ませると作業台に座った。
今日の依頼は三つ。
昨日同様、黙々とロリ巨乳の絵を二枚描き上げる。そして、細かく指定してきた囚人の絵に取り掛かる頃、リディーが帰ってきた。
「料理の件、どうだった?」
私は羽ペンを置いて、リディーの方を向いた。
リディーの髪は湿っていて、長い耳と頬がうっすらと赤くなっている。どうやら試食した後、ついでにお風呂に入ってきたみたいだ。羨ましい……。
「ああ、上手くいった。料理長が気に入って、『女神の日』に出す事になった。感謝していたぞ」
「それは良かった。……それで森の方はどうなの?」
「そっちは相変わらず変化なし」
散らばっている床に荷物を置くとリディーは、「おっさんの方は、昨日と同じで変な絵を描いているようだな」と机の上に冷たい視線を向けた。
「服を買う為にね」と私が言うと、リディは「あっ、そう」と素っ気なく呟き、ベッドの上に寝ころんだ。
私は羽ペンを握り、最後の一枚を描き始める。
黙々と絵を描いていると、リディーがベッドの上から首を伸ばして、私の描いている所を覗いているのに気が付いた。
エロ絵に嫌悪感を示すだけで、絵を描く行為には興味があるみたいだ。
ここで「一緒に描く?」と誘うと、またプリプリと怒りそうなので、視線に気付かないふりをしておく。
リディーの視線を気にしつつ、三枚のエロ絵を描き上げる。
本日の作業はお終い。
やる事はやったので、気持ち良く眠れそうだ。




