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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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195 鹿肉を食べよう

 無事に炭鉱作業を終えた私は、疲れた体でリディーの小屋に帰ってきた。

 小屋の中に入ると家主であるリディーは居らず、部屋の中は寂しさに包まれていた。

 冷えた体を温める為、すぐに竈に火を点ける。

 ここ最近、落ち込んでいた私の為に朝夕と食事をしてくれたリディーの為に、今日は私が料理をしようと思う。

 それに夕食の後には小遣い稼ぎをする為、木札とインクと羽ペンを借りなければいけない。描く内容を知られたら貸してくれない恐れがあるので、ここは美味しい物を食べさせて機嫌を取っておこう。

 竈の火も安定してきたので、早速、調理に取り掛かる。

 本日の料理は、鹿肉のローストビーフ……もとい、ローストディアである。

 

 山には普通の獣が消えてしまい、ウサギの魔物ばかり狩ってくるリディーに料理長が鹿の魔物も食べやすいと教えた。そこで昨日、リディーはホワイトエルクという鹿の魔物を狩ってきたのだ。

 正直、ジビエ料理は苦手なのだが、メイン料理となる肉が鹿肉しかないので我慢する。

 なお、ローストにする理由は、牛肉よりも鹿肉の方が脂身が少ない分、普通に焼くよりもローストにした方が美味しいと聞いたから挑戦してみようと思っただけである。

 まぁ、普通の鹿肉でなく、ホワイトエルクという鹿の魔物なので、美味しいかどうかは分からないけどね。


 では、早速、調理開始。

 鹿のブロック肉に塩胡椒と適当な香草を練り込んでから熱したフライパンで表面を焼く。

 焦げ目が付いたら取り出し、蓮のような大きな葉っぱの上に乗せた。

 名前は忘れたこの葉っぱは、リディーが山に狩りに行く際、間食用の食べ物を包む為に何枚も保存されている物である。本当はアルミホイルを使いたいのだが、この世界にアルミホイルはないので、この大きな葉っぱで代用させてもらう。ちなみに、この葉っぱは若干タイムのような香りがするので、臭み取りの効果があると私は判断している。

 肉汁が零れないようにしっかりと大きな葉っぱで鹿肉を包み、コポコポと湧いているお湯の中に入れて湯煎する。

 時間にして五分ぐらい。やり過ぎると中まで火が通り過ぎてパサつくので、このぐらいが丁度良いと思う。

 体内時計で時間を計り、火から鍋を退かし、余熱だけで火を通す。

 後は、お湯が冷めたら薄く切るだけで調理は終わり。簡単だね。


 メインのローストディアの調理が終わったので、付け合わせの温野菜と簡単な野菜スープを用意する。

 ただ、これだけでは物足りないと思い、マッシュポテトも作る事にした。

 屑野菜のスープを煮込んでいる間、茹でたジャガイモをグチュグチュとマッシュしていると、玄関の扉が開き、リディーが帰ってきた。


「ん? おっさん、夕飯を作っているのか?」


 私が料理をしているのを見たリディーは、長い耳をピンッと立てて嬉しそうに厨房に入ってきた。

 沈んでいた私に合わせるかのようにリディーもここ最近静かにしていたのを思い出す。

 リディーは、落ち込んでいた私に対して、慰めや叱責など一切せず、ただ黙って見守ってくれた。本人は、自分の事は自分で何とかしろ、みたいな感じだったと思う。

 その姿勢は、私にとってとても有り難かった。変に慰めを掛けられていたら、間違いなくリディーに当たり散らしていた事だろう。それだけ私の心は不安定だったのだ。

 そんな空気を読んでくれたリディーの為にも私はせっせとジャガイモを潰していく。


「それで今日は何を作っているんだ?」

「鹿肉のロースト……蒸し焼きって意味だったかな? まぁ、ただの肉料理。魔物の鹿肉を使わせてもらったよ」

「その為に狩ってきたんだ。好きに使ってくれ。それで、むし焼きって何だ? 昆虫でも入っているのか? 美味いのか?」

「私も数回ぐらいしか作った事がないから上手く作れたかは分からない。ちなみに昆虫は入っていないよ」

「そうか……それならいい」

「あとは、野菜のスープとジャガイモを潰した物。付け合わせに温野菜を添えたいから作ってくれる?」


 毎回、私が「リディーの作った温野菜は美味しい」と言ってリクエストをするので、朝食と夕食に欠かせない品になっている。

 リディーは、雑貨が散らばっている隙間に荷物を置くと嬉しそうにお湯を沸かし始めた。


「それにしても今日は遅かったね。何かあったの?」


 私は、潰したジャガイモにバターと牛乳を入れながら尋ねた。

 今まで私が小屋に帰ると必ずリディーが先に帰っていた。もしかして、狩りに行っていると言うのは嘘で、本当は引き籠りなんじゃないかと思える程である。


「『女神の日』が近いだろ。その日の相談を受けていたんだ」


 近いだろと言われてもカレンダーがないので分からない。

 『女神の日』は二十日毎に行われる国民全員が女神様を称える特別な日だ。

 前回の『女神の日』は、『カボチャの馬車亭』でスープを売ったり、エーリカたちとお祭り騒ぎの街を回った。

 とても楽しかった前回の『女神の日』から二十日も経ったのか……その間、色々とあり、今では囚人になっている。私の人生、色々ありすぎだろ。

 そんな『女神の日』は、囚人が集うこの炭鉱でも適用され、その日だけは労働はなく、お休みになっている。二十日に一度の休み。何たるブラック企業か! まぁ、会社じゃないんだけどね……。


「リディーも『女神の日』に何かするんだ。祈って終わりじゃないんだね」

「私は女神を信仰していないから祈らないよ。別の件で問題があるんだ。詳しくは、食べながらしよう。おっさんの料理で問題が解決するかもしれない」

「私の料理?」

「後で話す」


 調理中の料理をチラリと見たリディーは、話を終わらせると温野菜を鍋から取り出した。

 私もマッシュポテトに塩胡椒を入れて完成させる。

 あとは、後回しにしていた問題に取り掛かるだけだ。


 さて、ローストディア用のソースを作るけど、どうやって作ろうかな?


 調理中、ずっと考えていたが、未だに答えは出ていない。

 この世界に醤油があれば解決できるのだが、無い物ねだりをしたところで仕方が無い。ある物でそれっぽいのを作るしかない。

 まず、みじん切りにした玉ねぎを炒め、赤ワインを入れる。そして、大きな葉っぱに包まれたローストディアを解いて、中に溜まっている肉汁を入れた。

 ソース作りをしている間、リディーに鹿肉を薄く切ってもらう。


「この肉、生焼けだけど、大丈夫か?」


 薄切りにしているリディーが、眉を寄せながら尋ねてきた。

 

「大丈夫、大丈夫。そういう料理だから。内部に向けて赤くなっているのが美しい、見た目の良い料理なんだ。ただ、今回は熱を通し過ぎたみたい。本当はもっと赤くて良いよ」


 私の作ったローストディアは、お湯の温度が高すぎたみたいで、赤い部分が少ない。それでも、リディーが綺麗にスライスしてくれているので、とても美味しそうに見える。

 煮詰めていたソースに塩胡椒で味を整えた私は、お皿に料理を盛り付け始める。

 真っ白な皿に肉を並べてソースを掛けると凄く見栄えがするのだが、生憎と木製の皿しかないので我慢する。

 スライスした肉を乗せ、温野菜を添えて、隙間にマッシュポテトをドガッと乗せる。目分量を間違えてしまった為、マッシュポテトの量が半端無い事になってしまった。どれがメインか分からないが、これもご愛敬。

 最後に、ソースを肉とマッシュポテトに掛けて完成。


 食卓にローストディアとスープ、そして硬いパンを並べて、椅子に座る。

 暖かいログハウスの中でロースト肉を食べるなんて、なんと素敵なシチュエーションであろうか。それも目の前には、綺麗な顔立ちをしたエルフと一緒にだ。私の顔は自然と顔が蕩けてしまう。他の囚人がこの場面を見たら、リア充死ね! と爆死していただろう。

 そんな私の顔を見たリディーは、「おっさん、気持ち悪い」と視線を逸らし、椅子を少し遠ざけている。

 気を取り直して、早速、食べよう。

 まずは、ソースを舐めてみる。深みのないグレイビーソース。香りの良いハーブを入れたら良かったかもしれない。ちなみに、オレンジやブルーベリーを使ったソースもあるのだが、私があまり好きではないので作らない。そもそも作り方を知らない。

 そして、メインの鹿肉は、食べやすいと聞いたわりには、山賊ウサギに比べて苦味が強かった。ただ、ピリピリと痺れるが食べられない事ではない。逆にこの苦味があるおかげで、鹿肉本来の風味や臭みが紛れて、ジビエ料理が苦手な私にとって食べやすくなっていた。

 総評は「美味しい。また、作ってみよう」である。

 リディーも顔をほころばせて黙々と食べているので口に合ったみたいだ。特にマッシュポテトが気にいったみたいで、山のようになっていたマッシュポテトは、山頂部分をくり抜いてカルデラが出来ていた。


「さっきの話だけど……」


 カルデラにソースを入れてカルデラ湖を作っているリディーが、先程、脇に置いた話を引っ張り出してきた。


「『女神の日』に食べる料理をどうしようかと料理長たちと話していたんだ」

「料理? 特別な料理が必要なの?」


 ダルムブールの街では、女神様にお祈りをした後、お祭りをしていた。いつも以上に屋台が並び、美味しい物が売られていた。

 囚人と兵士しかいないこの場所でも、料理を振る舞って、お祭り騒ぎでもするのだろうか?


「知らないと思うが、今この町に別の国の使者が来ている」

「別の国? ここって、隣国に近い場所なの?」

「近いと言えば近いし、遠いと言えば遠い。険しいキルガー山脈を越えれば隣国だけど、普通に歩いて越える事は出来ない。まぁ、その使者が、どこの国の者で、何をしに来たのかは、僕は知らない。居るという事だけは確実だ」


 国同士の付き合いなど、一介の囚人である私にはどうでもいい事である。たぶん、石炭の取引相手だろう。


「その使者の為に『女神の日』用の特別料理を作る事になったんだ」

「ああ……つまり、その献立が決まらない訳だ」

「違う。献立以前に材料がない」

「材料?」

「おっさんも知っているだろ。今、山の中では普通の獣が捕れない事を」


 そういう事か。

 特別の日の料理だから出来れば魔物肉を使いたくないのだろう。食べやすい山賊ウサギでも若干の苦味がある。普通の肉に比べれば、味が落ちてしまう。


「わざわざ山で捕らなくても町に行けば、豚や鳥などの肉が売っているじゃない? そこで買えば?」

「売っているが、鮮度が悪い」


 このルウェンの町と他の町まで距離があるそうだ。そこを行き来する行商人は数十日に一回のペースで来るので、頼もうにも頼めないとの事。なお、畜産をしている町人は一切おらず、潰して使う事は出来ない。さらに、野菜を育てている農家はいるが、ベアボアしか使っていないので、こちらも駄目である。


「そう言う事で、もっと範囲を広げて、普通の獣がいないか調べて欲しいとお願いされた訳さ。ただ、あまり期待は出来ないね」


 首を横に振ったリディーは、薄くスライスしたローストディアを三枚纏めて口に放り込んだ。

 山奥まで獣を探す事に、リディーはあまり乗り気でないみたいである。


「ねぇ、山じゃなくて町を下りた場所にいないの? 野生の牛とか馬とか鳥とか?」

「町を下りるとすぐに砂漠だ。ベアボア、サンドスコーピオン、サンドワーム、あとはゴブリンぐらいしかいない」


 ああ、確かにそんな場所だったと、発情期のベアボアと鬼ごっこをした事を思い出す。

 あとは山のような岩の亀がいたね。どれも不味そうだ。


「料理長のお願いだから明日から範囲を広げて狩りをするが、一応、予備案としておっさんの料理も教えておこうと思う」

「えっ、私の料理を?」


 何でそうなるのか分からず、私は首を傾げる。


「おっさんの作ったこの鹿肉料理なら魔物肉でも十分特別な料理になる。凄く美味しい」


 リディーは、フォークでお皿をコツコツと叩くとマッシュポテトをパクリと食べた。

 リディーが私の料理を認めてくれた事は嬉しいが、私の妥協と諦めの料理が予備案になるのかは疑問である。

 まぁ、ビューロウ子爵の誕生日会で貴族たちが「美味しい」と言って食べてくれたので、このローストディアも美味しく食べてくれると信じたい。


「もし、僕が普通の獣肉を手に入らなかった場合、新鮮な魔物肉を使う事になるからな。普通に魔物肉を調理しても特別感は出ないだろう。だから、おっさんが作ったこの料理を料理長に教えたいと思う」

 

 ローストディアの作り方を教えるのは良いのだが、この場合、無料で教えても良いのだろうか?

 エーリカから「情報は貴重で高いです」と言われている。

 何かしら対価を貰うべきだろう。ただ、囚人の私が何を対価に交渉すれば良いのだろうか?


 私が黙って考えていると、下から覗くように「駄目か?」と心配そうにリディーが尋ねてきた。

 「いや、駄目じゃないよ」と私が答えると、リディーはほっとした顔をする。

 そんなリディーの顔を見て、交渉する気は消え失せた。

 囚人の私に暖かい寝場所と食べ物を提供してくれるリディーの頼み事だ。料理のレシピなど無料で教えてもおつりがくる。

 ただし……。


「教えるのは構わない。その代わりと言っては何だけど、使っていない木札を貰える?」

「木札? 何枚かその辺に転がっているから好きに使って良いけど……何に使うんだ?」

「囚人に頼まれてね。絵を描こうと思う」

「おっさんが絵を!? どんなのを描くんだ?」

「ちょっとしたものさ」


 はははっと笑って誤魔化す。

 男同士とはいえ、面と向かってエロ絵を描きますと言うのは恥ずかしい。いや、私は女だった。


「そ、それで、私が直接、その料理長に調理法を教えれば良いのかな?」

「うーん……さすがに囚人のおっさんが教えるのは無理そうだな。僕が覚えて、料理長に伝える」

「じゃあ、あとで教えるよ」


 この後、私とリディーは他愛ない話をしながら、料理を平らげるのであった。


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