190 幕間 ギルドマスターを倒せ その3
「ああぁー……」
エーリカ先輩がやられました。
私は道具袋から傷薬を取り出し、痛む体に振りかけます。そして、良く見えるように地面から立ち上がりました。魔力切れで痛む頭は無視です。
地面を抉った際に出来た土煙で良く見えませんが、ギルマスの大剣はエーリカ先輩の体を貫いて、地面に刺さっています。
小さな体に鉄塊のような大剣が、半分以上が貫かれている……これでは助からないと確信した私は、全身の力が抜け、膝から倒れそうになりました。
……あれ?
ギルマスの様子がおかしいです。
ギルマスは突き刺したエーリカ先輩を見ながら、首を傾げていました。
「もしかして……」
爆発音が鳴り響きます。
耳を劈く程の爆発を受けたギルマスが、煙を撒きながら後方へと倒れました。
「よっしゃー、騙してやったぜー」
「ティアねえさん、煩いです」
土煙の中から聞き覚えのある声が聞こえました。
「先輩、無事だったんですね!」
ズキズキと頭が痛みますが、今は気にしません。
駄目だと思っていたエーリカ先輩が、いつもの表情のまま現れたからです。
でも、なぜ?
疑問に思った私は、大木の根元を見ます。大剣に貫かれていたエーリカ先輩の姿は消えていました。
実際のエーリカ先輩は、大木の裏から片膝をついて、煙を吐いている魔術具を構えています。そんなエーリカ先輩の肩には、ティアさんが乗っていました。
つまりギルマスの大剣に貫かれたのは、ティアさんが作った幻影だったようです。
いつすり替わったのでしょうか? まったく、気が付きませんでした。
「おーい、アナちゃん、無事だった……って、凄く顔色が悪いわねー」
エーリカ先輩とティアさんが、私の元まで来ます。
私はふらふらになる足元に力を入れて、「大丈夫です」と答えました。
ただの空元気です。
「むっ、まともに食らったのに、まだ動きますか。頑丈にも程があります」
私の横でギルマスの様子を見ていたエーリカ先輩が呟きます。
私も視線を移すと、ギルマスがゆっくりと立ち上がっている所でした。
胸に付けていた鎧は壊れ、裸同然の胸板から煙が上がっているのを見ると、全くの無傷ではありません。だが、それでもギルマスの強靭度は、度が過ぎています。
「元から頭の中が筋肉で、さらに正気を失っているから、痛覚が鈍感なんだよー。肉体が破損しない限り、襲ってくるわー。まるで動く死体ねー」
ティアさんの言葉を聞いた私たちは、呆れた顔をしながらギルマスを眺めます。
「ど、どうしますか? 本当に逃げてしまいましょうか?」
「もう一発、食らわしてやりましょう。今度は顔です」
「あんなのを顔に当たったら、本当に死んじゃうよー」
戦闘前はギルマスを殺すなと言っていた私ですが、この状況を打開できるのなら殺しても良いんじゃないかと、今では思ってしまいます。
それだけ今の私はギリギリでした。
「まぁ、ここはわたしに任せておきなさーい」
自分の胸を叩き、自信満々に言うティアさん。
私とエーリカ先輩は、顔を見合わせます。
「ティアねえさんに出来るのですか?」
「その為に戻ってきたのよー」
ティアさんが「出番よー!」と森の中に向けて叫ぶと、一匹の緑色のスライムが地面を擦りながら出て来ました。
私とエーリカ先輩は、そのスライムを見て、肩を落とします。
「またスライムですか……意味の無い事を……」
ティアさん、すみません。私もエーリカ先輩の言葉に同意します。
「エーちゃん、落胆するのは早いわよー。お前たち、ギルマスをやっつけろー!」
ティアさんがギルマスに向けて腕を伸ばすと、緑色のスライムの後を追うように、続々と森からスライムが現れました。
その数、二十匹以上。
色も様々で、緑色、青色、黄色、灰色といます。中にはポイズンスライムも交じっていました。
良くもこれだけのスライムを集めたものです。
「スライムの中に禍々しい色をしたスライムがいるのですが……」
二十匹近いスライムの中に一匹だけヘドロのようなスライムがいます。
そのスライムは、マタンゴのように体から紫色の靄を吹き出しながら移動していました。
「あれが臭いスライムよー。たぶん腐った死骸や糞尿が好きなスライムねー。あたしは汚物スライムと名付けたわー」
うーん……酷い名前を付けられたスライムがいたものですね。
そんな色とりどりのスライムたちは、地面に体を擦りながらギルマスの元へ向かいます。
スライムたちに気付いたギルマスは、大剣を構えると横へ振り払いました。
先頭を走っていたグリーンスライムは、ギルマスの大剣で斬られます。
やはり、そうなりますよね。
一匹のスライムを倒したギルマスは、大剣を戻すついでに二匹のスライムも斬り捨てます。
一匹のスライムがギルマスの足元まで辿り着きました。そして、飛び跳ね、裸同然の胸にくっ付きます。
体当たりの攻撃でなく、体にくっ付いただけのスライム。そのスライムが気に入らないのか、ギルマスは大剣の柄から片手を離し、胸にくっ付いているスライムを剥がし、地面に叩き付けました。
その隙に残りのスライムたちが、ギルマスの体に飛びかかります。
ペタペタペタッとギルマスの体に張り付いていきます。
腕、足、胸と色々なスライムたちが隙間を埋めていきました。
ギルマスは両腕を振ってスライムを振り払いますが、関節部分にもスライムが張り付いているので、思うように体が動かせていません。
「うわー……」
狙ったのかどうか分かりませんが、ギルマスの顔に汚物スライムが張り付きました。ちなみに首にはポイズンスライムもいます。これで毒確定です。
「ふっふっふっ、どうよ、あたしのスライムちゃんたち。凄いでしょー」
全てのスライムに張り付かれたギルマスを見て、私はコクリと頷きます。
身動きが出来ないだけでなく、顔にも張り付いているので呼吸も出来ないです。
弱い弱いと思っていたスライムも数が増えれば、強敵になるのですね。
ブドウの房みたいな状態になってしまったギルマスは、身動きできずに立ち尽くしたままです。
「やはり、スライムごときでは駄目そうです」
ポツリと呟いたエーリカ先輩の言う通り、ギルマスの大剣が透明の靄が掛かり、バチバチと稲妻が走ります。そして、スライムまみれのギルマスが大剣を地面に突き刺すと衝撃波が襲い、体に張り付いていたスライムたちが一瞬に粉みじんに弾け飛びました。
様々な色のスライムの肉片が雨のように降り注ぎます。ギルマスの体もスライムの肉片で、汚れまくっています。
「ああー、あたしのスライムちゃんがー!?」
ティアさんの叫び声が森中に木霊します。
それに合わせたかのように、森から黒い影が飛び出してきました。
「今度はあたしの番よー」
機会を伺っていたかのように現れたのは、別のティアさんです。
「同胞の敵討ちよー」と叫びながらティアさんが腕を伸ばすと、大木の上から見慣れた魔物が飛び立ちました。その魔物は、不器用に空を飛びながらギルマスを襲います。
「またマンティスですか……芸がない」
スライムの時と同様、エーリカ先輩から駄目出しの言葉が漏れます。
新しく現れた魔物は、人丈もある両手が鎌のマンティスです。
ただ先程倒した草刈マンティスと違い、体の色が赤茶色で鎌の色が黒いです。
石切マンティス。
草刈マンティスよりも少しだけ強い上位種です。
その石切マンティスは、両手の鎌を振りながらギルマスの目の前に着地しました。
ギルマスは、大剣を盾に石切マンティスの鎌を防ぎます。
草刈マンティスの鎌は、獲物を捕まえるだけで攻撃皆無の鎌ですが、石切マンティスの鎌は、殺傷能力があるのでとても危険です。
それが分かっているようで、ギルマスは石切マンティスの攻撃を防ぐ事に専念していました。
「はっはっはっ、あたしのカマキリちゃんの攻撃に為す術がなさそうねー」
楽しそうに笑うティアさんの言う通り、目にも留まらぬ速さの石切マンティスの鎌を正面から避ける事は人間では難しいです。それも切れ味鋭い鎌です。普通なら防御に徹して、後退してしまいます。
ただ相手は経験豊富のギルマス。正気を失っているとはいえ元冒険者のギルマスは、後退せず、盾のように使っていた大剣を鎌の攻撃に合わせてそのまま前に突ぎ出しました。
力強いギルマスの突き出しは、四本足の石切マンティスの体勢を崩します。
そして、ギルマスは押し上げた大剣を上段で止めると、踏み込みながら振り落としました。
斜めに落とされた大剣は、石切マンティスの細い胴体を叩き斬ります。
「ああー、あたしのカマキリちゃんがー!?」
二つに分かれた石切マンティスを見て、ティアさんが叫びます。
バタリッと倒れた石切マンティスは、下半身が無くなっても、鎌を動かしていました。このしぶとさが昆虫系魔物の恐ろしい所です。
そんな石切マンティスを一瞥したギルマスは、大剣を持ち上げると、石切マンティスの鎌ごと頭を叩き潰します。
その後、なぜかギルマスは、すでに絶命している石切マンティスの体を破壊し始めました。大剣で叩き斬ったり、足で踏み潰したりと、破壊の限りを行います。
正気を失うって怖いですね。
「やはり、ティアねえさんの魔術で連れて来れる魔物では役不足ですね」
完全に観戦者に徹しているエーリカ先輩に対して、「そんな事ないわよー!」と森の方から抗議が飛んで来ました。
声の方を振り返ると、大木の枝の上に真っ黒な昆虫系魔物がおり、その横に別のティアさんが立っています。
「今度は蜘蛛ですか……」
気味の悪い昆虫が続き、私はげんなりします。
ティアさんの横にいる蜘蛛は、森蜘蛛と呼ばれる面白味のない名前の魔物です。
人間の腰ほどもある体格。色は黒。複雑な色合いの四つの目。形容しがたい変わった口。丸々と太ったお腹と短い脚。全身に短い毛が生えているのが特徴です。
「ギルマスのおっちゃん、今度はあたしとクモちゃんが相手よー」
枝の上で挑発するティアさん。オレンジ色の髪と水色の服が風で靡き、森蜘蛛の顔に当たってモゾモゾとしています。
石切マンティスを破壊していたギルマスは、ティアさんの声を聞いて、振り返ります。
そして、一吠えすると、のしのしとティアさんと森蜘蛛のいる大木に歩を進めました。
「来た来た来たぁー! クモちゃん、あいつが君の住処を壊した犯人よー。復讐しようねー」
ティアさんの言葉を理解しているか分からない森蜘蛛は、クルリと方向を変えるとお尻の先から一筋の粘液を吹き出しました。
粘液は空気に触れるとすぐに固まり糸のようになります。
森蜘蛛の糸は、非常に粘着性が高く、さらに強靭度も高いです。もし、まともに蜘蛛の巣にくっ付いてしまうと、大人の人間でも身動きが出来ず、糸を燃やさない限り逃げる事はできません。
ただ、蜘蛛の糸はお尻から一直線に飛んでくるので、躱すのは容易いです。
ビュー、ビューと森蜘蛛が糸を飛ばしますが、ギルマスは易々と避けながらゆっくりと近づきます。
うーむ、スライムや石切マンティス同様、森蜘蛛も期待が持てませんね。
そう思いながら眺めていると、ギルマスの動きが止まりました。
その様子を見ていたティアさんがニヤリと笑い、勝ち誇った顔をします。
「やーい、引っ掛かった、引っ掛かった! 誘導成功! さすが、あたしとクモちゃん」
ギルマスは、懸命に両足を上げようとしますが、地面に固定されたかのように持ち上がりません。
「予めその辺一帯に糸の塊を置いといたのよー。あとは幻影魔術で偽の風景を作って隠しといたのよー」
ネタ晴らしをするティアさんの言葉通り、幻影魔術が消えるとギルマスの足元にはべったりと糸の塊が張り付いていました。
「予定通り、動きを封じたわー! 後はよろしくー!」
ティアさんは森に向けて叫ぶと、「あいよー」と返事と共に、森の中から大きな塊が凄い速さで飛び出してきました。
四足歩行で走るその塊は……。
「ジャイアント・グリズリー!?」
通常の熊よりも一回りも二回りも大きい灰色の熊です。ちなみに魔物でなく、ただの野生の獣です。
そのジャイアント・グリズリーの頭の上に二人のティアさんが乗っており、ギルマスに向けて「行けー、行けー!」と指示を出しています。
地面に固定されているギルマスは、すぐさま大剣を構え、迎え撃ちます。
だが、ジャイアント・グリズリーの方が速く、大剣が届く前に体当たりされて、ギルマスは大きく吹き飛ばされました。
「みんなー、最後の戦いよー! あたしに続けー! 総攻撃だー!」
ジャイアント・グリズリーの頭にいるティアさんが叫ぶと、残りのティアさんたちは「おーっ!」と叫びながら、吹き飛んだギルマスの元まで飛んで行きました。
私とエーリカ先輩の二人でギルマスを相手にしていた時と違い、とても楽しそうです。
私も加わりたいですが、魔力切れで、さらに頭が痛いので、見守るだけにします。
エーリカ先輩も特に加勢するつもりがないらしく、ティアさんたちを見ながらリンゴを齧っていました。
ギルマスの事は、ティアさんに任せます。
頑張って、ティアさん。




