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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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189 幕間 ギルドマスターを倒せ その2

 エーリカ先輩は、ギルマスの元まで低い姿勢で駆け出します。

 脇に構えたギルマスの大剣が空気を裂くように真っ直ぐに突きました。

 鋭く迫る剣先をエーリカ先輩は、さらに低く体を屈めて躱します。そして、鉄塊のような大剣が頭上すれすれを通り過ぎても速度を落とさず、ギルマスの懐に飛び込んでいきました。

 今度は、エーリカ先輩が細かい刃が高速回転する魔術具をギルマスの胸に突きます。

 体を捻って魔術具を躱したギルマスは、大剣の柄を離した左拳をエーリカ先輩の顔に放ちました。

 迫るギルマスの拳をエーリカ先輩は、筒状の魔術具で防ぎます。だが、ギルマスの拳が強く、後方へと吹き飛ばされてしまいました。

 すぐに大剣を引き戻したギルマスは、エーリカ先輩が地面に着地する所を狙って、大剣を構え直します。

 血肉を巻き散らしたスモールウルフの光景が過り、無意識に声が出てしまいます。


「先輩ぃ……」


 ただ、私の叫び声は爆発音で掻き消えました。

 吹き飛ばされたエーリカ先輩は、地面に着地する直前、空中で筒状の魔術具を撃ったみたいです。

 魔術具から撃ち出された石をまともに受けたギルマスは、土煙で見えなくなっています。

 エーリカ先輩は、魔術具の衝撃でさらに後ろに飛ばされますが、途中でくるりっと回転し、すたっと地面に降り立ちました。


「損害はなしですか……」


 苦々しく呟いたエーリカ先輩の言葉通り、土煙が晴れると、無傷のギルマスが現れました。

 体の正面に大剣を構えているのを見るに、大剣を盾のように使ってエーリカ先輩の攻撃を防いだようです。


 距離を空けて、エーリカ先輩とギルマスが睨み合い、二人の間に緊張が張り詰めていきます。

 緊張感が最高潮に達した瞬間、エーリカ先輩は先程と同じように、低い姿勢のままギルマスに駆け出しました。

 ギルマスは、大剣を短く持ち直すと、迫りくるエーリカ先輩を迎え撃ちます。

 鉄の塊とは思えない細かく速い剣先がエーリカ先輩を襲います。

 右へ左へ、上へ下へと変化に富んだ攻撃をエーリカ先輩はギリギリで躱していきます。時には体を捻り、時には屈み、時には飛んで、ギルマスの攻撃を躱し続けます。

 体格の小さいエーリカ先輩は、ギルマスの懐に入って攻撃をしたいのに、手数の多いギルマスの前で思うようにいきません。

 また、躱しきれない攻撃は魔術具を使って防いでいます。細かい刃が高速回転している所為で、大剣を受け流したり、鍔迫り合いになる事はなく、火花を散らしてお互いの武器が弾き返されます。武器同士が弾かれると、体格の小さいエーリカ先輩は、後方へと離されてしまいます。

  

 エーリカ先輩とギルマスの攻防が続きます。

 ギルマスの懐に入り込みたいエーリカ先輩、それを阻止するように細かく打ち込むギルマス。時たま、武器同士が合わさり、火花を散らしては、エーリカ先輩が飛ばされます。

 平行線のような闘いですが、まだエーリカ先輩には武器が残っています。

 後方へ飛ばされたエーリカ先輩は、同じようにギルマスの懐目掛けて駆け出しました。ただ、今回は左腕に装着している筒状の魔術具をギルマスに向けています。

 ギルマスの間合いに入る直前、筒状の魔術具から爆発音が鳴り響きました。

 煙を吐き出しながら高速で飛び出した石は、ギルマスにぶつかりますが、今回も大剣で防がれます。

 ただ、攻撃は防がれましたが、ギルマスの動きを止める事は出来ました。

 その隙を付いてエーリカ先輩は、ギルマスの懐に飛び込みます。

 体勢を直したギルマスから鋭い剣先が襲いますが、それを上空に飛んで躱し、そのまま細かい刃が回転する魔術具を右から左に振り払いました。


 エーリカ先輩の狙いは首。

 やはりギルマスの息の根を止める気です。

 

 殺気満々の魔術具が首に当たる瞬間、魔術具の動きが止まりました。


「……ッ!?」


 珍しくエーリカ先輩の目が見開き、驚いています。

 細かい刃が回転している魔術具をギルマスの左手に掴まれていました。

 魔力で体を強化しているとはいえ、大木を簡単に切る刃を素手で受け止めるなど不可能です。

 それなのにガリガリッと嫌な音を立てながら、火花を散らして受け止めていました。


 ……火花?

 

「義手ですか」


 エーリカ先輩の言う通り、ギルマスの左手が義手だったら不可能ではありません。

 私、ギルマスについて何も知らないのですね。あまり、知りたいとも思いませんが……。


 魔術具を掴まれたままのエーリカ先輩は、筒状の魔術具をギルマスの顔に当てます。

 

「せ、先輩、ギルマスの剣がおかしいです。すぐに逃げて!」


 魔術具に魔力を流しているエーリカ先輩に、私は叫ぶように忠告します。

 大剣の刀身に透明な靄が纏わりつき、稲妻のような閃光が走っていました。

 それを見たエーリカ先輩は、掴まれている魔術具を腕から外し、ギルマスの顔を蹴って、後方へ飛びます。

 ギルマスが大剣を地面に突き刺すと爆発が起きました。

 大剣を中心に硬い地面は捲れ、ギルマスの周囲に衝撃波が襲います。

 無論、すぐ近くにいたエーリカ先輩はもろに衝撃波を受けて、遠くに飛ばされました。

 

「先輩っ!?」


 私の悲痛の叫びも空しく、ゴロゴロと地面を転がったエーリカ先輩は、何事も無かったかのように立ち上がります。


「損傷は軽微です。問題ありません」


 いつも通りの眠そうな表情のエーリカ先輩は、ヒラヒラの多い綺麗な服を手で叩き、土埃を払っています。


「ただ、魔術具を取られてしまいました」


 先程までエーリカ先輩の右手に装着していた魔術具は、ギルマスの左手に握られたままです。

 エーリカ先輩は、袖口からいつもの可愛らしい手を取り出し、装着しました。


「接近戦は止めて、今度は遠距離からの攻撃に切り替えます。後輩もしっかりと仕事をするのですよ」


 右手を握ったり開いたりしているエーリカ先輩に注意されて、私ははっとします。


 そ、そうでした!


 今まで私は何もせず、二人の戦いを傍観していました。

 私もしっかりと援護をしなければいけません。


 エーリカ先輩は、通常の右手から炎の塊をギルマスに向けて放ちます。

 ギルマスは、大剣を盾にして炎の塊を防ぎました。


「先輩、炎は不味いです! 森に引火します!」


 私が注意すると、エーリカ先輩は素直に魔術で作った石の塊を撃ち始めました。


「風を集え、刃へ変われ……『空刃』!」


 私は右手に魔力を集めると手刀の形にして振り払います。


「うそっ!?」


 エーリカ先輩の攻撃を防いでいるギルマスの背中に風の刃が襲いますが、服を裂いただけで傷一つありません。

 

 硬すぎです!


 体を魔力強化しているとはいえ、傷が一切つかないとは思いませんでした。

 私の攻撃を受けたギルマスは、ギロリと私の方を振り向きます。


「……ッ!?」


 真っ赤な目で睨まれると、心臓が跳ね上がり、筋肉が硬直しました。


 ギルマス、怖すぎます。


「後輩、その調子で注意を逸らしてください。はっ、はっ、はっ!」


 私の方を向いているギルマスに、エーリカ先輩は連続で石の塊を叩き込みます。

 まともに石の塊を受けたギルマスですが、私の魔術同様、損傷はありません。


「魔力耐性が高いです。やはり威力の高い攻撃で攻めなければいけませんが、今は数で押します」


 そう言うなり、エーリカ先輩は魔術を撃ち続けます。

 私もエーリカ先輩に倣って撃ち続けます。

 エーリカ先輩は前から、私は後ろからギルマスを挟むように攻撃を繰り返しました。

 その所為かギルマスは、私の方には一切顔を向けず、大剣を盾にエーリカ先輩の攻撃だけを防いでいます。

 私の攻撃は、脅威を感じず、無視しても良いと判断しているのでしょう。

 悔しいですが、事実です。

 私の魔法では、ギルマスに傷を与える事が出来ず、服だけが破れていきます。その所為か、今のギルマスは裸に近い恰好になっていました。目のやり場に困ります。

 

 私がもっと強ければ……。


 稲妻を落とす私の最大火力の魔法『雷槍』が使えれば、もしかしたら損傷を与える事も出来るかもしれません。だが、生憎と今日は晴天で雨雲一つありません。

 もっと色々な魔法や攻撃手段を覚えておくべきでした。

 こんな状況になって、悔やみが膨れていきます。

 たが、今は悔やんでいる暇はありません。やるべき事をやりましょう。

 私は、足の腱や関節の付け根を狙って、必死に風の刃を繰り返し放ちます。

 狂人化しているとはいえ、ギルマスも人間です。

 足が駄目になれば、戦闘はできません。

 ただ相変わらず、私の魔法は利いていませんが……。


「……くっ!?」


 突如、頭に痛みが走りました。

 目の前が眩み、足元が覚束なくなります。

 

 まずい、魔力切れです。


 私の攻撃が止んだ瞬間、ギルマスが動きました。

 正面からエーリカ先輩の攻撃を受けていたギルマスが横へ飛び、石の塊を躱します。


「きゃっ!?」


 ギルマスの横を通り過ぎた石の塊は、真後ろにいた私の前の地面に当たり、破片を撒き散らしました。


「グアアァァーー!」


 ギルマスは大きく前に踏み込み、大剣を横に振り払います。

 エーリカ先輩は、ゴロンと後ろに回転して躱し、片膝を付いた状態で左手に付けている筒状の魔術具を構えました。

 エーリカ先輩に向けて、上段に大剣を構えるギルマス。

 逃げる事もせず魔術具に魔力を込めるエーリカ先輩。


「後輩、援護を!」


 エーリカ先輩の言葉で、私は急いで魔法を唱えます。

 頭の中にナイフが刺さったような痛みが襲います。


「……『風砲』!」


 苦痛に歪ませながら私は、ギルマスに向けて風の塊をぶつけます。

 風の塊を背中に受けたギルマスは、前のめりになりながらも大剣を振り落としました。

 大剣は、エーリカ先輩のすぐ横を通り過ぎ、地面に刺さります。


「良くやりました後輩……はっ!」


 地面の破片が体中にぶつかっているにも関わらず、エーリカ先輩は瞬き一つせず、魔術具を撃ちます。

 爆発音と共にギルマスが後方へ倒れました。


 ようやくギルマスを倒した! と喜ぶのも束の間、エーリカ先輩の舌打ちが聞こえました。


「この間合いでも防ぎますか」


 一言呟いたエーリカ先輩は、大きく後ろに下がります。

 モクモクと土煙を上げる中、何事も無かったかのようにギルマスが立ち上がっていました。

 偶然か故意か分かりませんが、ギルマスの義手が黒く焦げているのを見ると、エーリカ先輩の攻撃は義手に当たっただけのようです。


「せ、先輩、もっと距離を! ギルマスの剣が!」


 ギルマスの大剣には透明な靄が纏わりついています。また、あの衝撃波がきます。

 私の言葉通り、ギルマスから距離を取るようにエーリカ先輩は、大きく後ろに飛び退きました。

 それに合わせるようにギルマスもエーリカ先輩の方へ飛び、大剣を地面に突き刺しました。

 大剣を中心に衝撃波が広がります。

 ギルマスよりも体重が軽いエーリカ先輩は、地面に着地する直前に衝撃波を受けてしまい、さらに吹き飛ばされました。

 追撃をする為、ギルマスが駆け出します。

 

「――『空刃』!」


 痛む頭を無視して、私はギルマスの足に風の刃をぶつけますが、ズボンを切り裂いただけに終わりました。


「グァッ!」


 エーリカ先輩の近くまできたギルマスは、足を止めると私の方へ体を向けます。

 そして、近くにあった岩の塊に向けて、大剣を横に振って破壊しました。

 痛みで思うように動けない私に、岩の破片が飛んできます。


「……ッ!?」

 

 体中に岩の破片が減り込み、声無き悲鳴をあげて、地面に倒れました。

 ギルマスは岩を破壊した後、その勢いのまま体を回転させて、地面から立ち上がろうとするエーリカ先輩に大剣を振り払います。

 迫りくる大剣にエーリカ先輩は、左手の魔術具で受け止めました。

 しかし、勢いの付いた鉄塊の大剣です。

 体の軽いエーリカ先輩は、大剣の衝撃を受け止めきれず、後方に弾かれ、大木にぶつかりました。

 地面に倒れたままのエーリカ先輩の上に葉っぱが舞い落ちます。



 私は、魔力切れで満足に動けない上、石つぶてが体中に当たり、痛みで身動きできません。

 エーリカ先輩もギルマスの攻撃で何度も吹き飛ばされ、無傷とは言えない状態です。

 ギルマスは、未だに目を真っ赤に染めて、唸り声を上げています。

 私の攻撃が一切通らず、エーリカ先輩の攻撃はことごとく防がれます。

 これが正気を失ったギルマス。

 殺される未来が頭を霞めます。

 今では、ギルマスの姿が死神のように見え始めました。

 そんな死神のギルマスは、のしのしと歩みを進め、地面に倒れているエーリカ先輩の元に向かいます。

 そして、地面に倒れたままのエーリカ先輩を上から睨むと、ゆっくりと大剣を持ち上げました。


「せ、先輩ッ!」


 私は地面を這いずりながら、叫び声を上げます。

 

 いつもの様に何気ない顔をしながら、立ち上がってください。

 そうしないと、本当に……。


 私の願いも空しく、エーリカ先輩はピクリとも動きません。

 大剣を持ち上げたギルマスは、両手に力を入れると、大地を破壊する勢いで振り下ろしました。


 ギルマスの大剣は、エーリカ先輩の体ごと地面を貫きました。


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