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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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188 幕間 ギルドマスターを倒せ その1

 正気を失ったギルマスは、胞子を噴出させたマタンゴに視線を向けると、大きく踏み込み、頭上に持ち上げた大剣を振り落としました。

 マタンゴごと叩き斬った剣先が地面にぶつかり、土と共にマタンゴの肉片が飛び散ります。

 すぐ近くに倒れていたティアさんは、その衝撃で私たちの近くまで吹き飛んで来ました。


「いったー!? 気持ち良く寝ていたのに何てことをするのよー!」


 マタンゴの胞子を浴びたティアさんは、睡眠の状態異常を受けていたみたいです。

 頭を押さえて涙目になっているティアさんを両手で持ち上げると、ギルマスの様子を見せました。

 ギルマスは、草の周りを飛んでいる虫を追い駆けては、大剣を振っています。動いているものを片っ端から攻撃しているみたいです。


「何あれ? 子供が癇癪(かんしゃく)を起しているようね」

「マタンゴの胞子を吸って、正気を失っているのです」

「さすが、あたしが連れてきたキノコちゃんねー。凄い子だと思ったのよー」


 なぜかティアさんは、荒れ狂うギルマスを見て、誇らしくしています。


「体だけでなく脳みそまで筋肉のギルマスが、狂人化しています。下手に近づくと攻撃されるでしょう。このまま無視して帰るのが得策だと提案します」


 遠くに待たせているクロとシロを見ながらエーリカ先輩は言いました。

 レナさんからも、面倒になったら置いてきて良いと許可を貰っていますので、その案を採用したいのですが……。


「さすがにそれは……。このまま森に入って、魔物相手に暴れていればいいのですが、もし街道に出て通行人を襲うとまずいです。ギルマスを何とかしなければいけません」

「……面倒臭いです」

「時間が経つ事で正気に戻ってくれればいいのですが、治る確証はありません。もしかしたら、衝撃を与えれば元に戻るかもしれませんが……」


 時間稼ぎをするにしろ、攻撃をするにしろ、元冒険者のギルマスを相手にするのは危険を伴います。

 ギルマスは、引退したとはいえ元銀等級冒険者まで登り詰めた人。一方、私たちは低等級の冒険者です。

 それに今のギルマスは、言葉も通じないし知性もないので、余計に性質が悪いです。

 そんなギルマスの相手を私たちで務まるとは思えません。


「街道に出そうになったら誘導し、それ以外は刺激を与えず様子を見るべきだと思います」

「面倒ですね。いっその事、遠距離から攻撃して無力化させた方が効率的だと提案します」

「無力化って……殺しては駄目ですよ!」

「駄目ですか……やはり、面倒です」


 エーリカ先輩の持っている魔術具なら本当にギルマスを殺せそうなので、すぐに却下します。正気を失っているとはいえ、一応ギルマスも一般市民の人間ですからね。

 そんなやり取りをしていると、六人のティアさんが……


「ようは、あのおっちゃんを動けなくすれば良い訳よねー。やってやろうじゃない」


 ……と、ギルマス相手にやる気になっています。


「ティアさん、何か良い案があるのですか?」

「案って程でもないけど、ただ、あたしの幻影魔術で眠らせてやろうと思って」

「ティアねえさん、たぶん無理だと思います」

「えー、どうして? やってみないと分からないわよー。そーれ、『幻夢』!」


 白い蝶を追い駆けていたギルマスに、ティアさんは幻影魔術を放ちます。

 これで眠ってくれればいいのですが、そう上手くいきませんでした。

 灰色の靄はギルマスの顔を覆うとすぐに霧散してしまいます。


「うそー!? 頭スカスカで筋肉しか入っていないから簡単に幻影がかかると思ったのにー!」

「だからです。精神耐性がガバガバですので、マタンゴの胞子が根深く影響されているのでしょう。ティアねえさんの魔力が入り込む隙間がありません」


 頭スカスカとか、精神ガバガバとか、酷い言われようですよ、ギルマス。


「そう言う事は早く言ってよー。こっちの方を見ているじゃなーい」


 ぐるるーっと獣のように唸るギルマスは、赤い目で私たちを睨んでいます。

 ティアさんの幻影魔術を受けた所為で、私たちを敵認定されてしまったようです。

 ギルマスに睨まれた私は、ゴクリと唾を飲み込みます。

 大剣を握り締め、真っ赤な目で睨む元銀等級冒険者。

 理性を失い、ただ目の前のものを破壊するだけの存在。

 視線が合うだけで、足が震え、力が抜けそうになります。

 だけど、このまま何もせずにやられる訳にはいきません。

 自分の命の為に、エーリカ先輩とティアさんの為に、そして、おじ様の為に、ギルマスと戦うしかありません。

 覚悟を決めると私は体中の魔力を循環させました。


「来ます」


 ぼそりと呟くエーリカ先輩の言う通り、ギルマスは大剣を強く握り、腰を落としました。


「一番手は、あたしよー」


 魔力を込めていた私とエーリカ先輩の前に六人のティアさんが飛び出してきました。そして、「カタツムリちゃん、動きを止めてやれー!」と右手を伸ばして、魔物に指示を出しました。

 言葉が通じるかどうか怪しい化け蝸牛がティアさんの指示通り、ギルマスに向けて滑るように地面を移動します。

 地面を粘液塗れにしながら一直線に移動する化け蝸牛は、ギルマスに近づくなり口から粘液を放ちました。

 正気を失っているギルマスは、慌てる事もなく、軽く横に移動し、飛んできた粘液を躱します。そして、体を捻りながら大剣を横へと振り払いました。

 ギルマスの大剣をまともに受けた化け蝸牛は、殻ごとバラバラに散らばってしまいます。


「予想の範囲内よー。次はワンちゃん、行っちゃえー!」


 「わん」と一鳴きした二匹のスモールウルフが駆け出します。

 大剣を上段に構えたギルマスに、先を走るスモールウルフが真正面に飛びつきました。

 鋭い牙を剥き出しにするスモールウルフがギルマスの顔に届くよりも速く、大剣が襲います。

 上から下へ振り下ろされた大剣は、スモールウルフを縦に輪切りにされました。

 だが、スモールウルフはもう一匹います。

 残ったスモールウルフは、回り込むようにギルマスを襲います。

 低い姿勢から走り込んできたスモールウルフは、ギルマスの喉を狙って飛びかかりました。ただ、大剣の柄から手を離したギルマスの左拳の方が速く、スモールウルフの顔に叩き付けられます。

 「ギャンッ」と鳴くスモールウルフが地面に倒れるとギルマスは、すぐさま大剣を握り直し、横へと振り払いました。

 立ち上がろうとするスモールウルフは鉄塊のような大剣を食らい、血と肉と内臓が地面に飛び散らします。

 弱い魔物とはいえ、まったく危なげなく討伐してしまうギルマス。正気を失っているとは思えない、手際の良さです。長年の戦闘経験の成せる技なのでしょう。


「ああー、あたしたちが苦労して連れてきた魔物がー!?」

「許せない!」

「これでも食らえー!」

「「『幻空』!」」


 ギルマスの斜め上に飛び立つと、二人のティアさんの口から一筋の炎が吹き出します。

 鞭のように襲いくる二本の炎に、ギルマスは大きく後ろに飛び退きました。


「次はあたしたちよー!」


 四人のティアさんが、ギルマスの四方を囲むように移動します。


「動けなくしてやるわー! 『幻空』!」


 ティアさんたちが魔術を発動させると、ゴゴゴッという音と共にギルマスの周りの地面が崩れていきます。

 四方を囲むティアさんを軸に長方形の穴が空きました。その穴の中心にギルマスが立っている地面だけが、柱のように残っています。

 突如現れた穴に立ち尽くすギルマスは、狭い地面を行ったり来たりしながら、穴の様子を観察していました。


「はっはっはっ、飛び越える事も出来ない底なし穴を作ってやったわー!」

「これで当分、足止めができるわねー」


 おお、凄いです。

 その穴は底が見えず、奥底から風の音まで聞こえます。

 直接、ギルマスに幻影魔術が利かなくても、周りの景色を変えて、動きを止められるのですね。

 素直に私が感心していると、別のティアさんが不敵な笑みを浮かべます。


「もう少し、焦らせてやるわー」


 穴の周りをウロウロとするギルマスにティアさんが近づきます。


「ちょっと、余計な事をしないでー!」


 四方を囲む四人のティアさんから抗議が発せられますが、当のティアさんは気にせず『幻空』と叫び、口から一筋の炎を吹き出しました。

 迫りくる炎を避ける事が出来ないギルマスは、大剣を自分の前に突き立て防ぎます。

 大剣にぶつかった炎は、ギルマスの左右に別れ、流れていきました。


「はっはっはっ、慌てて、剣で防いだわー! あー、楽しい……って、あー、気付かれた!?」


 炎を防いでいたギルマスは、突如、大剣を地面から離し、ティアさんの炎を体に浴びます。

 体中に炎を受けるギルマスは、何事も無いように仁王立ちをしています。

 ティアさんが出したのは、見た目だけの幻の炎です。熱さを感じなければ、気づかれて当然です。

 幻と分かったギルマスは、大剣を持ち上げると、底なしの穴に突き刺しました。

 穴だった場所に剣先が突き刺さると、「うががぁぁーー!」とギルマスが吠えます。


「バカバカバカッ! あんたの所為で、バレちゃったじゃなーい!」

「ごめーん」


 喉が枯れるまで吠えたギルマスは、大剣を持ち上げ、四方にいた一人のティアさんに向けて、穴の上を走り出しました。

 ティアさんはすぐさま魔術を解除して、上空に逃れます。

 他のティアさんたちも蜘蛛子を散らすように私とエーリカ先輩の方へ逃げてきました。


「いやー、参った、参った。上手くいかないわねー」

「想定内です。いえ、むしろ一分近くギルマスを足止め出来た事に称賛を送ります」


 珍しくティアさんを褒めるエーリカ先輩は、私たちに見せるように両腕を持ち上げます。


「おかげで魔術具を装着する事が出来ました」


 いつの間にか、エーリカ先輩の両腕に魔術具が取り付けられています。

 右手には大木を伐採した時に使った細かい刃の付いた魔術具を、左手には石を高速射出する筒状の魔術具を装着しています。

 私の知る限り、エーリカ先輩の持っている魔術具の中でもっとも威力が高い魔術具です。


「せ、先輩……ギルマスを殺す気ですか?」

「なるべく生かす方向で努力します」


 エーリカ先輩から不安の募る言葉が返ってきました。

 それにしても今のエーリカ先輩は、つり合いの取れない不均等な姿です。

 高貴のご令嬢のようなエーリカ先輩が、禍々しい魔術具を両手に装着している姿は、あまりにもな姿で人様には見せられません。

 そのように私が感想を述べると……


「相手が大物を使っているので、こちらもそれ相応の物を用意しなければいけません」


 ……と、返ってきました。


「それにご主人さまの記憶を辿った際、この組み合わせが最高と出ました。この装備で死霊どもを倒す英雄がいるのです。わたしの雄姿をご主人さまにお見せ出来ないのが心残りです」

「し、死霊って……ギルマスのは、ただの狂人化ですよ」

「見た目、同じです……むっ、話は終わりです。来ます」


 大剣の先を地面に擦りながら、ギルマスがドスドスと近づいてきました。

 相変わらず、瞳は真っ赤に染せ、獣のような荒い息を吐いています。

 

「わたしが前に出ます。後輩は、距離を取りつつ援護を」


 簡単な指示を出したエーリカ先輩は、魔術具に魔力を流し、細かい刃の付いた魔術具を起動させました。


「ティアねえさんは、邪魔になるので離れていてください」

「それなら森の中に入って、仲間を探してくるわー」

「凄いのを連れて帰ってくるわねー」

「面白いのを連れて戻ってくるわねー」

「アナちゃんとエーちゃん、あたしたちが戻るまで時間稼ぎをよろしくー」


 そう言うなり、六人のティアさんは森へと入って行きました。

 チラリとティアさんたちを見るとエーリカ先輩は、魔術具を構えながらギルマスを迎えます。


「では、ギルマスを亡き者にしてやりましょう」


 そう言い残し、エーリカ先輩は飛び出して行きました。


 だから、殺しちゃ駄目ですってー!


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