186 幕間 ティアの昇級試験 その2
新年、あけましておめでとうございます。
今年もちまちまと投稿していきますので、宜しくお願いします。
私たちが住んでいるダムルブールの街と隣の街であるザールブルグのちょうど中間地点に位置する森の入口にいます。
本日は、ここでティアさんの昇級試験を行う事になっています。
私とエーリカ先輩は、ティアさんにもしもの事が起きた場合、手助けをする見守り役を受けています。
「『木漏れ日の小森林』と呼ばれるこの場所は、名前に反して、色々な魔物が生息している危険な森だ。重要な街道近くにあるので、頻繁に魔物の調査を行っている。お前たちも等級が上がれば、受ける事もあるだろう」
私たち全員を監査する為についてきた冒険者ギルドのギルマスが、目の前の森について説明してくれました。
「これから幾つかの魔物が繁殖期に入る。今回は、その調査もおまけで行うので気を抜かないように」
「そんな場所で、見習い冒険者の昇級試験を行ってもいいんですか?」
「妖精の嬢ちゃんの目的はホーンラビットだろ。そいつらは、道の近場にいる事が多いから奥まで行かなければ問題ない」
「そう言う事らしいですよ、ティアさん。聞いてました?」
私は、ガツガツとパンを齧っているティアさんに言葉をかけます。
珍しく大事な話をしているギルマスに対して、見向きもしないティアさんが心配です。
「おー、聞いてる、聞いてる」
硬いパンをペロリと食べたティアさんは、私たちの前に飛び立ちます。
「じゃあ、早速、ホーンラビットの討伐を始めるわねー」
そう言うなりティアさんは、空中で体を丸め、「むむー」と唸った後、バッと両手足を広げました。
「ぶんしーん!」
爆発音と共にティアさんの背後に強い光と炎が立ち上がります。
「おおっ!?」
ギルマスの驚きの声が漏れます。
光と炎が消えるとティアさんは三人に分裂していました。
いつもなら、もっと地味に分裂しているのですが、今日はなぜか派手に分裂をします。
初見のギルマスが居たからでしょうね。
「分裂した状態でも一人と考えて良いのですか? 単独討伐になりますか?」
疑問に思ったエーリカ先輩がギルマスに尋ねます。
「うーむ……もともと一人が魔術で複数人に別れたのだろ……今までも数人で依頼を受けていたし、問題ないと思うぞ。俺が許可する」
「そうそう、全員、あたしなんだから疑問に思う事自体、間違っているわよー。細かい事ばかり考えていると、おっちゃんみたいにハゲるわよー」
「わたしは禿げません。それにご主人さまの禿げは褒め言葉です」
いつも通り、エーリカ先輩とティアさんの言い合いが始まりました。
「おいおい、嬢ちゃんたち。仲良しなのは分かったから良い加減、落ち着いてくれ。試験が始められないぞ」
「仲良くありません」
きっぱりと断るエーリカ先輩。
三人のティアさんは、訳知り顔で「素直じゃないんだからー」と言っています。
「まぁ、良いや。エーちゃん、ホーンラビットを呼んでくれるー? 森から出てきた所をやっつけるわよー」
三人のティアさんは、森の方に体を向けて拳を固めます。
私とエーリカ先輩は、ギルマスの方へ顔を向けると、ギルマスは顔を左右に振りました。
「妖精の嬢ちゃん、それは駄目だ。手を貸した事になる」
「ええー!?」
「自分で探すなり誘うなりしてから討伐するように」
エーリカ先輩の魔物寄せの特技にギルマスから駄目出しが入りました。
私もそうだと思います。
「仕方がない。あたしが行ってくるー」
三人のティアさんの内、一人が森の中へと飛んで行きました。
「気をつけろよー」「デカいのを見つけろよー」と残されたティアさんたちが森の中に入っていったティアさんに声を掛けています。
傍から見ている分には分かりませんが、これ実質的には独り言です。自分で自分を心配しているのです。そう思うと変なやり取りです。
一人のティアさんが森の中に入って、しばらく経ちます。
なかなか見つけられないだけなら良いのですが、もしかして一人で討伐している訳じゃないですよね。または別の魔物と遭遇して、襲われている可能性もあります。
そんな怖い想像をして、居残っている二人のティアさんに視線を向けます。二人は呑気にお話をしているのを見ると、危険な状況ではなさそうです。もし死亡したら、遠くにいても分かるらしいです。
もう少し様子を見ようと森の方へ視線を戻すと、草木を分ける音が聞こえてきました。
「みんなー、連れて来たわよー! 用意してー」
森に入って行ったティアさんが、低空を飛びながら、草木を縫うように飛び出してきます。
その後ろを二匹のホーンラビットが、後ろ脚を使って、追い駆けてきました。
その瞳は真っ赤に染まっています。
「滅茶苦茶、怒っているじゃない。何をしたのー!?」
「なかなか思うように動いてくれなかったから、臭いスライムに幻を見せて、ぶつけてやったのよー」
ホーンラビットは、自分たちの縄張りを大切にする魔物です。それを汚したティアさんを許せず、必死に追い駆けているのでしょう。それにしても、臭いスライムってなに? 聞いた事がありません。
「ちょうど二匹いるんだから、しっかりと動きを止めるわよー!」
「「任せておけー!」」
待機していた二人のティアさんは、森から出てきたホーンラビットに両腕を伸ばします。
「「『幻夢』!」」
ティアさんたちが叫ぶと、二匹のホーンラビットの顔に灰色の靄が纏わりつきます。
強制的に幻を見せる魔術を受けた二匹のホ―ラビットの足が止まりました。
一匹のホーンラビットは、昼寝をするようにストンッと崩れ、動かなくなります。
ただ、もう一匹のホーンラビットは、ぶるぶると頭を振り、顔に纏わり付いた靄を振り払いました。
「あっ、こいつ、抵抗力がある!?」
幻影魔術を解除したホーンラビットは、驚いているティアさんに向けて、螺旋状の角を突き刺すつもりで駆け出します。
危険と察した私は、急いで右手に魔力を集めます。
「風を集え、刃へ――えっ!?」
ティアさんを助ける為に魔法を使おうとした私の前にエーリカ先輩が割り込んできました。
「大丈夫」
ぼそりと呟くエーリカ先輩。
「『幻身』!」
魔術を放つ別のティアさん。
後ろ足に力を入れて、飛び上がるホーンラビット。
白い靄を纏うティアさん。
「危ない! 避けて!」
私の叫び声も空しく、白い靄を纏ったティアさんは逃げようともしません。
一直線にティアさんを襲うホーンラビットは、白い靄を散らしながらティアさんの横を通り過ぎました。
「うおー、ギリギリだったー! こえー、こえー! 下手に動いていたら、刺さっていたわー」
「叫んでないで、注意を逸らしてー!」
「任せておけ―! おらー!」
一人のティアさんが、地面に着地しクルッと方向転換したホーンラビットに小石を投げます。
「『幻夢』!」
コツンッと小石がホーンラビットの顔に当たると同時に、ティアさんの幻影魔術の靄が顔を覆います。
灰色の靄を纏ったホーンラビットは、地面に蹲るように倒れました。
「良ーし! 今度は、効いたー!」
「さすが、あたし!」
「いや、あたしたちよー」
三人のティアさんがお互いを褒め合っています。
「ティアねえさん、自分自身でじゃれ合うのは後にしてください。魔術で無力化しただけですので、まだ、終わっていません。息の根を取るまでが本当の討伐ですよ」
私の前でティアさんを見守っていたエーリカ先輩が止めを刺すように言います。
エーリカ先輩の言う通り、相手を無力化して終わりではありません。
魔物討伐とは、相手を倒し、解体し、ギルドに持ち帰るまでが依頼です。ただ殺すだけが目的ではないのです。
それにしても、ティアさんよりも大きいホーンラビットをどうやって止めを刺すのでしょうか?
私が疑問に思っていると、三人のティアさんは一匹のホーンラビットの方に飛んで行きます。
「おらー!」
「うらー!」
「でりゃー!」
ティアさんたちは、可愛い手でホーンラビットを殴っています。
まさかの物理攻撃!?
気持ち良さそうに眠っているホーンラビットを囲って、ポコポコと殴り続けています。
ただ、まったく痛手を負っているようには見えません。
「はぁはぁはぁ……駄目だわー」
「あたしたち、見た目と違って力持ちなのに打撃は無理そう……」
「蹴っても同じよねー」
ホーンラビットは魔物です。
寝ているとはいえ、自分の魔力で、ある程度強化しているでしょう。
「フォークで刺してみる?」
「下手に傷を与えると、幻影が解けて、夢から覚めちゃうよー」
「どうしよう?」
三人のティアさんは、顔を合わせて、「うーん」と考え込みました。
これ、本当に討伐依頼の最中でしょうか?
「やはり、何も考えていませんでしたね」
ぼそりと呟くエーリカ先輩に、私は無言で頷きます。
「「「はっ!?」」」
顎に手を当てて悩んでいたティアさんたちは、何かを思いついたように顔をあげます。
「ちょっと、行ってくるー」
そう言うなり、一人のティアさんを残して、二人のティアさんが再度、森の中に入っていきました。
二人のティアさんはすぐに戻ってきました。
それもオマケ付きです。
二人のティアさんの後に現れたのは、全身緑色でギョロリとした大きな目の付いた、両手が鎌の昆虫です。
大人の人間ぐらいの体格をした昆虫の名は『草刈マンティス』。
鋼鉄等級冒険者以上でないと討伐依頼を受けられない魔物です。
それも二匹。
「幻影を掛けて、連れてきたー」
「ほらー、目の前に美味しい食べ物があるぞー」
魔術を使ったとはいえ、何を考えているのか分からない昆虫相手に、良く連れて来れたものです。
どんな幻を見せたのでしょうか?
「妖精の嬢ちゃんは、魔物使いなのか?」
今まで黙って見守っていたギルマスが、呆れた顔で尋ねてきました。
「いえ、ただの幻影魔術です。たぶん目の前に幻の餌を作って、誘ったのでしょう」
エーリカ先輩は、ティアさんたちから目を逸らさず、ギルマスの言葉に答えます。
当の草刈マンティスは、地面に眠っているホーンラビットの近くまで来ると、折り畳んだ鎌を顔の前に持っていき、翅を広げながら体を左右に揺らしました。
これは獲物との距離を測りつつ、相手に悟られないように草に擬態をする行動らしいです。ただ、大きさが大きさなので、擬態の意味がないような気もしますが……。
「ギルマス、草刈マンティスがホーンラビットを倒してもティアさんが討伐した事になるのですか?」
「んー、そうだな……」
私の疑問にギルマスは悩みます。
「魔物使いが魔物を使役して敵を倒すように、嬢ちゃんの魔術で魔物を誘導して倒すのだから、同じと考えて良いと思う。俺が許可する」
それを聞いてほっと胸を下ろします。これで駄目だと言われたら、致命傷を与える事の出来ないティアさんは万策尽きた状況になるでしょう。
「カマキリちゃん、さっさとウサギちゃんを仕留めちゃってー」
ティアさんの言葉が通じているのか分かりませんが、左右に振らしていた草刈マンティスは、ピタッと動きを止めると、目にも留まらぬ速さで両手の鎌を伸ばし、地面に寝ているホーンラビットを捕らえました。
草刈マンティスの恐ろしさはこれです。
あまりにも速い鎌の動きは、普通の人間では対処できません。
その為、草刈マンティスの討伐は、戦いになれた鋼鉄等級冒険者以上でないと受ける事が出来ないのです。
それも正面から正攻法で戦うのは難しいので、遠距離からの攻撃か横や後ろに回り込んでの攻撃になります。もし、正面からの戦いをするのなら盾持ちが必要になります。
ホーンラビットを捕らえた草刈マンティスは、小さな口でホーンラビットの頭を咀嚼し始めました。
頭を齧られ始めたホーンラビットは痛みで目を覚まし、「キューキュー」と鳴きながら、両手足をバタつかせます。ただ、どんなに動いても、がっちりと鎌で固定されていて、逃げ出す事が出来ません。
草刈マンティスの口は小さいですが、食べる速度は速く、バリバリと食べ続けます。毛も皮も肉も骨も全て食べます。
ホーンラビットの血液が草刈マンティスの鎌を伝い、草木に滴り落ちます。
風下にいる私たちに、ホーンラビットの悲痛の鳴き声に交じって、血の匂いが流れてきました。
頭の半分を食べた頃、暴れていたホーンラビットが動かなくなります。
「ちょっと、ちょっと、食べ過ぎ、食べ過ぎー! あたしたちの分も残しておいてよー!」
ホーンラビットの頭を夢中で食べ続ける草刈マンティスに、ティアさんは翅の部分をポコポコと叩きながら抗議をします。だが、草刈マンティスは、まったく聞く耳を持っていません。
「あっちの草刈マンティスは、食事を終えたみたいだな」
ギルマスの言うもう一匹の草刈マンティスは、口を使って血塗れの鎌を掃除していました。地面には、頭の中身だけ食べられたホーンラビットの死骸が転がっています。すでにお腹が一杯だったのでしょう。
今更ですが、恐ろしい光景です。
生きたまま食べられるなんで、考えただけでゾッとします。
私もホーンラビットを討伐し、解体して、食べたりもしますが、さすがに生きたまま解体はしませんし、生きたまま食べたりもしません。
これが自然の世界。
もし、私が動物や魔物なら生きていけないでしょう。
自然界の輪から外れた人間で良かったです。
まぁ、今回は、ティアさんの魔術で無理矢理やったのですが……。
「うむ、無事に二匹のホーンラビットを討伐したな。最初は心配したが、何とかなるものだな」
未だに草刈マンティスに食べ続けられるホーンラビットと熱心に鎌の手入れをする草刈マンティスの足元に転がるホーンラビットの死骸を見て、ギルマスは感心したように頷きました。
「つまり、ティアさんは合格という事で良いんですか?」
「ああ、合格だ。正規の冒険者へ昇格だ。俺の出番はなかったな」
少し残念そうにするギルマスから視線を逸らし、私は草刈マンティスに抗議をしているティアさんに声を掛けます。
「ティアさん、やりました。合格ですよ!」
「おお、やったー!」
「あたしに掛かれば、こんなもんよー」
「大した事なかったわねー」
三人のティアさんは、お互いの手を叩きながら、喜んでいます。
その姿を見て、私も微笑みます。
何度か危ない場面もありましたが、何事も無く無事に終えて良かったです。
こうしてティアさんは試験を合格し、正規の冒険者へと昇級したのでした。
……と思っていたら、そう簡単には終わりませんでした。




