185 幕間 ティアの昇級試験 その1
今日は、ティアさんの昇級試験です。
朝食を終えるとすぐに冒険者ギルドに訪れた私たちは、レナさんの謝罪から始まりました。
「大変、申し訳ありません」
心苦しい表情をするレナさんは、どこか疲れた雰囲気を漂わしています。
「え、えーと……どうしたんですか?」
「本日のティアさんの昇級試験なのですが、昨日、話をした内容と少し変更があります」
「えー、もしかして、ホーンラビットでなく、スライムになったと言わないよねー!」
私の胸元にいたティアさんが飛び出し、レナさんの前に降り立ちました。
「いえ、ティアさんの昇級試験の内容自体は、変更はありません。ホーンラビットの討伐をお願いします」
「そう、それなら良いわー」
「変更内容は、エーリカさんとアナさんの立場です」
「えっ、私ですか?」
今日の私とエーリカ先輩の立場は、ティアさんの昇級試験を見届けて、もし危険な状況になったら助ける役を受けています。
「私個人としては、アナさんとエーリカさんに、その役を全面的に任せたかったのですが、反対の意見が出まして……その……」
「身内や仲間だと不正を働く可能性があるという訳ですね」
今まで眠そうな表情で口を閉ざしていたエーリカ先輩が、言い難そうにしているレナさんの代わりに言いました。
「そんな事、アナちゃんもエーちゃんもしないわよー。逆にエーちゃんなんか、あたしが危険になっても無視しそうだわー」
「試験です。厳しくするのは当たり前です」
「ほらねー」
エーリカ先輩とティアさんのやり取りを微笑みながら見ていたレナさんは、すぐに元の済まなそうな表情に変わります。
「私も他の職員もアナさんとエーリカさんに任せても良いと思っていたのですが、ある人物が反対を言い、それを押し切られてしまいました」
そこでレナさんは、後ろの方に視線を向けます。
私たちもレナさんの背後に視線を向けます。
冒険者ギルドに来てからずーっと気になっていた事があります。
ただ、なかなか聞く機会がなくて、そのままになっていたのです。
どうして、レナさんの背後にギルマスが立っているのでしょう?
ギルマスは腕を組んで、目を瞑り、私たちの会話を頷きながら黙って聞いていました。
そのギルマスが、ゆっくりと瞳を開らくと「俺が反対した」と堂々と告げます。
「俺もお前たちの事は信頼している。仕事内容と普段の行いからギルド内の評価は高い。鉄等級と鋼鉄等級にも関わらずだ。これからも精進するように」
冒険者ギルドの代表からお褒めの言葉をもらい嬉しいはずなのですが、何だか裏がありそうで鵜呑みに出来ません。
「ただ、今回に関しては、お前たちの評判云々は別だ。見習いとはいえ大事な昇級試験。正確に評価をするには、第三者の目が必要になる。今日の試験内容が、依頼主のいる試験なら依頼主が評価してくれるのだが、今回は単独での魔物討伐だ。分かるな?」
「ええ、言いたい事は分かります」
ギルマスの言い分に理解した私は頷きます。
「それにお前たちを妬んで、不正疑惑を吹きかける奴が現れるかもしれん。どこにでも馬鹿はいる。分かるな?」
「はい、阿呆はどこにでもいます」
エーリカ先輩もギルマスの言葉に大きく頷きます。
「お前たちの為にも、内容を少し変更する事に決まった。従うように」
「つまり、私と先輩の代わりに別の誰かがティアさんと同行する事になるんですね」
「そう言う事でしたら、わたしたちは帰りましょう」
「いやいや、お前たちも一緒に来てもらうぞ」
そそくさと帰ろうとするエーリカ先輩を、ギルマスが慌てて呼び留めました。
「え、えーと……私たちも一緒に行くのですか? 別の方が代わるのでしたら、私たちが居ても意味が無い気がするのですが?」
「不正がない事を証明する為に第三者を置いとけば良いだけの話だ。お前たちは、昨日決めた通り、妖精の嬢ちゃんを見守る役をやってもらう」
「それは必要があるのですか?」
「今後も同じような依頼があるかもしれん。例えば、見習い冒険者の補助役とか、監督役とかな。その為にもお前たちは、妖精の嬢ちゃんの依頼で練習をしてもらう。これは別の依頼として出してやるから受けるように」
有無を言わさない圧力をかけるギルマスです。元々、ティアさんと同行するつもりの私は、ギルマスの提案に反対するつもりはありません。
ただ、なぜか釈然としない、しこりのような物が残るのですが……。
「私は構いませんが、先輩は大丈夫ですか?」
「依頼として扱ってくれるのでしたら問題ありません」
「ティアさんは?」
「ん、あたし? ホーンラビットの肉さえ手に入るなら何でもいいよー」
二人の同意を得た私は、代表として今回の依頼を受ける事を承諾しました。
「それで、一緒に来てくれる方はどなたになるんですか?」
「そんなの決まっているだろ」
そう言うなりギルマスは、自分のぶ厚い胸板に親指を当てて、ニカッと笑いました。
「ま、まさか……」
げんなりとした表情のレナさんが、同情めいた瞳で私たちを見て、コクリと頷きます。
「お前たち、俺が直々に面倒を見てやるから安心しろよ」
がっはっはっとギルド内にギルマスの馬鹿笑いが響きます。
一通り話を終えたギルマスは、準備をする為に席を外します。
その間にレナさんから依頼の授受をしてもらいます。
「我々、ギルド職員の力が及ばない所為で、変なお荷物を背負う事になって申し訳ありません」
何度目かの謝罪の言葉がレナさんから出ます。
「お目付け役のビルギッドさんがお休みなので、ギルマスが暴走しているのです。最近、書類仕事と貴族や教会の対応が多かったので、一度、街外に出て、気分転換が出来れば満足するでしょう。話をする岩だとでも思って、連れて行ってください」
「は、はぁー……」
レナさんの話から察するに、ギルマスの本心は、仕事から離れて、気晴らしをしたかっただけのようです。
どうりでギルマスの言葉が真っ当な事を言っているにも関わらず、胡散臭かったのですね。
「レナさんが謝る事ではありません。それにギルマスの言う事も当然ですから……」
「そう言っていただけると助かります。では、手続きをしながら、改めて依頼の説明をさせてもらいます。ティナさん、身分証を出してください」
「はいはーい」
ティアさんは、収納魔術から木製の身分証を取り出し、レナさんに渡しました。ちなみに体の小さいティアさんの身分証は、私たちと同じ大きさなので、ティアさんが持つと顔が完全に隠れてしまいます。
「今回の依頼は、正規の冒険者に成る為の昇級試験も兼ねています。内容はホーンラビットの単独討伐。ティアさん一人で、最低二匹のホーンラビットを討伐してください」
「うんうん、分かった」
「決して無理だけはしないでください。アナさんとエーリカさんが討伐に手を貸したら失敗の扱いになりますが、試験は何回でも受けられますので、もし危険な状況や手に負えない状況になったら、そぐにでも手を貸してもってください」
「おう、分かった」
「絶対ですよ」「無茶をしては駄目ですよ」「すぐに逃げるんですよ」とレナさんは、執拗に心配する言葉を掛けます。
見た目があれなので、ティアさんを心配する気持ちは分かります。
「では続いて、アナさんとエーリカさんの手続きを行います」
ティアさんの依頼授受を済ませたレナさんに、私とエーリカ先輩は身分証を渡します。
「お二人の依頼は、ティアさんの補助です。ただ先程も伝えた通り、討伐に手を貸した時点で、ティアさんの昇級試験は失敗になります。だから、危険な状況や困った状況でない限りは、手を貸さず、一歩下がって見守っていてください」
「助言はしても良いのですか?」
「ええ、ある程度は大丈夫です。ただ、最終決定はティアさんにさせてください」
レナさんは、依頼説明をしながらも手際良く依頼の手続きをしていきます。
「ホーンラビットは勿論、これから数種類の魔物が繁殖期に入ります。以前のベアボアの件もあり何が起きるか分かりません。重々気をつけてください。それと道中や討伐現場で変わった事があれば、後でギルドに報告をお願いします」
説明を終えたレナさんは、私とエーリカ先輩に身分証を返しました。
その後、レナさんは「何か質問はありますか?」と尋ねたので、討伐する場所について聞きました。
「場所は決まっていません。ティアさんの好きな場所で……」
「……決まっているぞ」
職員用扉から現れたギルマスは、レナさんの言葉を被せるように遮りました。
「場所は、北門を抜けて、名も無き池を越えた先の森だ。この街と隣の街のちょうど中間に位置する。商人たちが往来する大事な街道だ。異変がないか、ついでに調査をするぞ」
「ギルマス、私、それ聞いていませんけど!?」
ギロリッと睨むレナさんに、「そうか、そうか」と簡単に逸らすギルマス。
レナさんも大変ですね。
「そういう訳で、道中は馬で行くぞ。俺は馬を用意して、アナスタージアの家に向かう。そこで落ち合おう」
大きな剣を背負ったギルマスは、楽しそうな雰囲気を出しながら、のしのしと冒険者ギルドを出て行ってしまいました。
「はぁー……私の方からは以上です」
「頑張ってください」と憔悴したレナさんに見送られながら、私たちも冒険者ギルドを出ました。
馬を取りに行ったギルマスを待たせないように、私たちは急いで家に戻りました。
私は、急いでクロとシロに馬具を取り付けます。
急な遠出になったクロたちは嬉しそうです。
日中はいつも馬場内で自由にさせていますが、それでも外に出るのは嬉しいのでしょう。または、私たちと一緒に行動するのが嬉しいのかもしれません。たぶん、両方ですね。
「いつの間にか、林が切り開かれていて驚いたぞ。お前たちがやったのか?」
昨日、作ったばかりの道を通ってきたギルマスが馬に跨りながら近づいてきました。
「ええ、まだ先になりますが、料理屋を開こうと思いまして……」
ここ最近、何度目かの料理屋の説明をギルマスに説明すると、「完成したら、必ず教えるように。ギルド職員を連れて遊びにいく」と社交辞令なのか、本気なのか分からない返事が返ってきました。
クロたちの準備を終えた私たちも乗馬をして、すぐに出発しました。
私はシロに、エーリカ先輩はクロに乗っています。ティアさんは、クロの頭にしがみ付いて、クロ相手に何やら話をしています。
会話が成り立っているのでしょうか?
先頭を走るギルマスは、全体的に軽装で、胸、肘、膝に簡単な装備をつけた姿です。武器は背中に背負った大きな剣のみ。盾とかはなさそうです。
ギルマスの乗る馬は、軍馬とまではいきませんが、茶毛の立派な馬です。ところどころ傷跡が残っているのを見ると、冒険者時代から一緒に駆けまわっている大事な愛馬なのかもしれません。
その事を尋ねると、「俺が冒険者だった時に拾った大事な馬だ。苦楽を共にした大事な家族だ」と自慢けに話します。
その気持ち、分かります。
ギルマスと同じで、私にとってクロとシロは大事な家族ですから。
そんなギルマスと共に小走りで街道を進みます。
ゆっくりと景色を眺めながらのんびりとした道程です。
エーリカ先輩は、一切口を開かず、リンゴを齧りながら景色を楽しんでいます。
ティアさんは、クロの鬣を掴みながら寝ています。器用なものですね。
そして、私はというと、ギルマスの冒険者時代の話を聞いていました。
ギルマスの話は、武勇伝が八割、失敗談が一割、教訓が一割です。
「そうですか」「大変でしたね」「そんな事が」と相打ちをするだけなのですが、すでに疲れています。
「せ、先日、商業ギルドのマスターに会いました。何でもギルマスとは旧知の仲とか?」
ギルマスの武勇伝に飽きた私は、無理矢理、話を切り替えます。
「あいつも俺たちと組んでいた仲間の一人だ。俺たちが青銅等級だった時、新人冒険者として入ってきたあいつを入れてやったんだ」
話を変える為に振った話が、また冒険者の話でした。当分、続きそうです。
「前衛職しかいなかった俺たちに後方支援の有り難さを教えてくれたのはあいつだ。几帳面な性格だから、情報収集から薬や道具の準備、財布の管理もあいつがしてくれた。武器を振る事しか出来ない俺たちは、あいつが後方で支援し、私生活でも色々と管理してくれたおかげで、上位の冒険者まで成り上がれた」
商業ギルドのギルマス、べた褒めですね。
それにして、前衛職しかいない所に入れられた商業ギルドのギルマスの気持ち……さぞや大変だったでしょう。私なら逃げ出します。
「俺がギルマスになった時、商業ギルドでも組織編制があってな。俺があいつをギルマスに推薦したんだ。それ以来、会う度に文句ばかり零すが、本心は感謝しているだろう。昔からそうだったしな」
ありがた迷惑だったのでは?
私たちは、順調に目的地に向かっています。
道中、魔物に遭遇したり、事故も起こさず、平和なものです。
名も無き池を越え、リーゲン村も通り過ぎ、さらに北へと向かいます。
牧歌的な風景が広がり、所々、金色に輝く麦畑が見えました。
隣街から来た乗合馬車や商人の馬車と何度かすれ違います。
これから魔物の討伐をする雰囲気ではありません。
「こっちの細い道を進んだ先が目的地だ」
三叉路を曲がり、本道である街道から逸れます。
そして、しばらくすると、木々が生い茂る仄暗い森に突き当たりました。
ここが目的地のようです。
「ようやく到着だ。少し休憩をしたら、試験を開始するぞ」
「ティアさん、到着です。起きてください」
手近の木に手綱を絡めてから、クロの鬣に埋もれて寝ているティアさんを起こします。
「うーん……ここ何処?」
目を擦りながら起きだしたティアさんは、周りを見て、首を傾げます。
「これから魔物退治だというのに、肝の据わった嬢ちゃんだな」
ギルマスもティアさんの様子に呆れています。
「叩けば思い出すでしょう」
「わーわー、思い出した、思い出した!」
右手を挙げて近づくエーリカ先輩を見て、ティアさんは急いで空へと飛び出します。
「ホーンラビットの肉を取りに来たんだったわねー。さっそく始めよー」
自分の昇級試験も兼ねている事を忘れていませんか?
「ティアねえさん、少し休憩をしてからです。何かお腹に入れておきましょう」
「おー、何か食わせてくれー。腹、減ったー」
エーリカ先輩は、袖口の収納魔術からパンとリンゴを人数分取り出し、みんなに配ります。
火を焚いてお茶を作り、硬いパンと酸っぱいリンゴでお腹を満たすと、私たちはゆっくりと立ち上がりました。
これからティアさんの昇級試験が始まるのです。
今年の投稿は最後になります。
来年、また宜しくお願いします。
少し早いですが、皆さま、良いお年をお迎えください。




