184 幕間 料理屋の準備とあれやこれや その2
亡き父の遺産相続の税金が予想以上に高くなりました。このままではお金が足りず、料理屋を開店する事が出来ません。やりたくても先だつ物がなければ、どうする事も出来ないのです。これが世の常。仕方ありません。
まだ何も始まっていない時に分かったので、痛みが少ない分、今で良かったと思うべきでしょう。今まで通り、冒険者稼業でお金を溜めて、ゆっくりと準備を進めれば良いのです。
そう結論付けた私は、街道側の林に足を運びます。
とぼとぼと林の中に入り、辺りを見回すと、今まで隠れていたエーリカ先輩とティアさんの姿を発見しました。
「先輩、ティアさん、少し話があります」
私は、道幅を計っていたエーリカ先輩たちの元まで向かい、相続税でお金が無くなる事を伝えます。
やる気満々だったエーリカ先輩たちはガッカリするでしょうね。
そう思いながら全てを言い終わると、エーリカ先輩は「問題ありません」といつも通りの表情で返答しました。
「えーと……お金が無くなるので、お店の準備が出来なくなるのですが……」
私の話を聞いていたのでしょうか?
いつも眠そうな顔をしていますが、もしかして眠っていました?
「後輩が心配する事ではありません」
「そうそう、お金ならあるからねー」
「えっ、どこに?」
「元々、わたしのお金も準備金として使う予定です」
「そうそう、アナちゃんだけにお金を使わせる訳ないじゃなーい。あたしのお店なんだからー」
「いえ、ご主人さまとわたしのお店です」
何か最後の方が変な事になっていますが、二人の言葉を聞いて、ズンッと重かった胸がすっきりとしました。
「そ、そうですよね! みんなのお店ですよね! これからも頑張りましょう!」
遠ざかった夢が、また戻ってきました。
一人で悩んで、結論付けて、落ち込んでいたのが馬鹿らしくなります。
私は一人じゃないんです。
「些細な後輩の悩みは解決しました。早速、邪魔になる木材を伐採していきます」
私の悩みを吹き飛ばしたエーリカ先輩は、右手を外し、幅広の剣のような魔術具を取り付けました。魔術具の刀身には、沢山の細かい刃が付いています。見た目だけでゾッとする魔術具です。
エーリカ先輩がその魔術具に魔力を流し起動させると、キュイーンと細かい刃が刀身を移動し、光り輝きました。
これ、怖すぎます。魔物相手に使ったら、昆虫系の硬い魔物でも簡単に細切れにしそうです。
「離れていてください」
私たちに忠告をしたエーリカ先輩が、一番近くにあった大木の根元に魔術具を当てると、ガガガッと粉塵を巻き上げながら、見る見る内に魔術具の刃が大木に入っていきます。
信じられない光景です。
硬く大きな木が、まったく力を入れなくても刃が入っていくのです。この光景を樵の人が見たら、涙目になるでしょう。
白い雨具に木屑が降り注ぐ中、エーリカ先輩は何度か位置を変えつつ大木に切れ目を入れていくと、次第に大木自身の重みで傾き始めました。
事前に計算していたのでしょう。傾いた大木は、数本の若い木を倒しながら、バリバリバリッと唸るような音を上げながら空いている場所へ完全に倒れました。
時間にして数分。この魔術具があれば、樵は廃業でしょうね。
「簡単に整えてから収納します」
エーリカ先輩は、魔術具を使って倒した大木の枝を刈り、硬い表皮も表面を滑らすように動かして剥がしていきます。
瞬く間に大木は丸裸にされ、ティアさんの大型収納魔術に保管されました。
「残っている切株はどうするんですか?」
大木は根本で切っているので、切株は地面に残されたままです。道を作るのに、そのままにする訳にはいきません。
ただ、太い根がしっかりと地面に張っているので、自力で引き抜くには無理があります。
「勿論、除去します。方法は、切株の周りを掘り、根を切りながら掘り起こします。ある程度、根が無くなれば、縄を掛けて、引き抜きます」
「私たちだけで抜けますかね?」
「クロとシロに手伝ってもらうつもりです」
若いとはいえクロたちは、魔物のスレイプニルです。普通の大人の馬の大きさをしていますので、力仕事には向いているでしょう。
ただ、無茶だけはしないように気をつけなければいけません。
戦時中、馬は人間の代わりに重い荷物を運ばされます。そして、過労で潰され、夕飯の材料にされると聞いた事があります。
「では、残りも片付けます」
同じ要領で合計十本の大木を伐採しました。
そのおかげで、街道から家まで馬車一台分が通れそうな道幅が出来ました。
ただ、道と行っても切株が残っていたり、若木や草が生えているので、完成はまだ先になります。
細い若木はエーリカ先輩が魔術具で刈っていき、草はティアさんがブチブチと引き抜いていきます。
私は、倉庫から手押しの荷車を牽いてきて、刈られた木や草、表皮などを入れて、家の近くの空場に仕分けしながら積んでいきました。
刈った草はクロたちは食べないので、スライムにでもあげましょう。
木や枝、表皮は竈の薪にします。ただ、このままの生木だと火の移りが悪いし、煙を出すので乾燥してからになります。
あっ、乾燥と言えば……。
私は、ある疑問が湧いて、エーリカ先輩に尋ねました。
「先輩、ちょっと聞きたいのですが……先程、伐採した大木は増築する家に使うのですよね?」
「そのつもりです。後で大きさを調整しながら切り分けていきます」
「その……乾燥とかさせなくて良いんですか?」
「そんな事、普段からしていません。大丈夫でしょう」
「あと、討伐した木は家の木材に使っても良い種類なんですか? 変な匂いがしたり、かぶれたりしませんか?」
「大丈夫でしょう。木なんですから。何を使っても同じです」
エーリカ先輩の回答は、まったく根拠が無くて、不安が募ってきました。
「エーちゃん、ここはあたしたちが住んでいた場所とは違うんだよー。木々を管理している精霊も居ないし、まったく同じと考えるのは危険よー」
「……たしかにそうですね」
珍しくティアさんに諭されるエーリカ先輩です。
「一通りの作業を終えたら、街に聞きに行きましょう」
分からなければ専門家に聞く。
エーリカ先輩の提案に同意した私たちは黙々と道作りの作業をしました。
………………
…………
……
「後は切株だけになりました。切株を除去した後、地面を均して終わりにするか、石畳を敷くかは後日決めましょう」
林を切り抜いて作った道は、切株を残して、綺麗になりました。
時刻は昼過ぎ。
予想以上に時間が経過しています。
仕事も一段落したし、ちょうど良い時間帯なので、街で昼食を摂ってから、材木の事を聞きに行く事になりました。
北門を抜け、開いている露店で簡単に昼食を済ませた私たちは、東の工業地区に向かいました。
適当な人を捕まえて材木屋の場所を教えてもらった私たちは、材木屋の親方に疑問に思った事を伝えます。
「駄目、駄目ー。嬢ちゃんたちが切った木材は使っても良いが、生木のまま使っちゃ駄目だよー」
汚れた作業服を着た愛想の良い親方は、私の予想通りの答えを返してきます。
「生木は水分を多く含んでいるから、もし、そのまま使ったら、途中で歪んで隙間が出来ちまう。虫食いの発生もしやすい。乾燥させた物を使うべきだ」
「乾燥させれば使えるのですね。どのくらい、乾燥させれば良いのですか?」
節々の目立つ痩せた親方に、エーリカ先輩が率先して聞いていきます。
「『女神の日』を十回以上迎えるぐらい……ざっと一年はほしいな」
「一年……そこまで掛けれません。水分を減らせば良いんですよね。魔法か魔術で無理矢理乾燥させても問題ありませんか?」
「魔法だー?」
たしかに一年は長すぎます。
だけど、無理矢理、乾燥させる事は出来るのでしょうか?
「例えば、火と風の属性を使って温風を作り出し、木材に当てていけば、水分は失うと思います」
「出来なくはないが、数日間、休みなく当て続けられる魔力量があればの話だな。現実的じゃねー」
親方は、エーリカ先輩の案を律儀に答えてくれます。
「なら、魔法や魔術でなく、サウナみたいに高温にした部屋に入れておけばどうですか?」
「同じ事を考えた別の同業者はいたなー。頓挫したけど……」
「駄目だったんですね」
「ああ、これも一定の温度を数日間、維持しなければいけない。温度が低いと乾燥が遅れて時間が掛かる。逆に温度が高いと、変色したり、歪みが出来たり、最悪、割れが起きる。ちょうど良い温度を維持する為に常に温度管理をしなければいけないので寝ている暇はないぞ」
「…………」
「それにだ……こっちこい」
親方は、私たちを建物の中へ連れていき、作業場の裏口から外に出ます。
建物の裏手は、広々とした敷地になっており、色々な長さ、太さ、大きさの木板、丸太、角材が所狭しと積み重なっていました。これら全て乾燥途中との事です。
「椅子や机などで使う家財道具の木材ならまだしも、家などに使う大きな木材を入れるサウナ部屋はない。一から部屋を作るにしても膨大な金額が掛かる。その部屋を暖めるのにもお金が掛かる。木材がでか過ぎて、無理矢理、乾燥させようとする酔狂はいねーな」
親方の言いたい事は分かりました。
ただ、一年も乾燥させる事を考えると、強制的に乾燥させる部屋を作って、数日間、温度管理をすれば時間の短縮になるので、そこまで非常識ではない気はします。まぁ、素人考えですが……。
「そう言う事だ。木材は赤子と同じ。長い目でしっかりと育てなければいけねー。そうすれば、良い品質になる。焦ったら駄目だ」
「……そうですか」
子供を相手にするように親方は優しくエーリカ先輩に諭します。
エーリカ先輩は、いつもの表情なので、納得しているのか、していないのか分かりません。
「エーちゃん、どうしようか? 水色のスライムを捕まえて、無理矢理、水分を吸わせてみるー」
「南門の先の砂漠に放置すれば、数日で乾燥するかもしれません」
エーリカ先輩とティアさんが顔を合わせて、色々と打開案を話し合っています。
そんな事をしなくても、もっと簡単な方法があるのですが……と思っていると、呆れた顔で親方が口を開きました。
「嬢ちゃんたち、家を建てるんだろ。俺がおめーたちが切った材木を引き取るから、既に乾燥し終えている材木と交換してやる」
親方も私と同じ考えだったようです。
「等価交換ですね」
「等価じゃねーよ。乾燥に一年以上は掛かっているんだ。加工代と手間賃はもらう」
加工代と手間賃代は大した金額ではありませんでした。素人の私たちの相手をしてくれるだけでなく、金額も良心的な木材屋で助かりました。
私たちは、親方の言う通り、先程、伐採した大木を引き取ってもらい、それと同量の木材を手に入れました。
街の用事を済ませた私たちは、家に戻ってきました。
そろそろ、夕方になります。
私は、クロたちに餌を与えたり、馬場内を掃除します。
エーリカ先輩とティアさんは、林から落ち葉や土を持ってきて新しい家庭菜園の土に混ぜて耕しています。
そして、太陽が沈み始めた頃、冒険者の依頼をしていた三人のティアさんが帰ってきました。
「ちょっと、話があるんだけどー」
ティアさんは、帰って来て早々、作業をしていた私たちに声を掛けてきます。
「はい、どうしました?」
「あたしの昇級試験が決まったわー」
「その話、長くなりますか? いえ、ティアねえさんの事ですから長くなるでしょう。話は、わたしが眠ってからにしてください」
家庭菜園の後片付けをしていたエーリカ先輩は、ティアさんを無視して作業を再開します。
「どうして、そーなるのよー!」
「まぁまぁ、話は夕食の後にしましょう」
私がぷりぷりしているティアさんを宥めると、「そうだねー。お腹、空いたねー」と一瞬で納得してくれました。
………………
…………
……
夕食後。
食後のお茶を飲みながら、ティアさんの話を聞きます。
「明日、あたしの昇級試験が決まったわー」
一人になったティアさんは、机の上に座りながら話し始めます。
ティアさんの言う昇級試験は、正式な冒険者になる為の試験です。
何度か私たちと一緒に冒険者の依頼を受けていたので、まだ見習い冒険者だったのか、と思う所です。
「それにしても、明日ですか? 急ですね」
「無理矢理、ねじ込んだからねー。レナちゃんには感謝だよー」
以前からティアさんの昇級試験の話は出ていたそうです。ただ、妖精の姿のティアさんにどんな昇級試験が合うのか、冒険者ギルドの人たちは悩んでいたらしいです。
「それで内容は何ですか? ティアねえさんの事ですから、貴族の家に忍び込んだり、教会に忍び込んだり、人様の家に忍び込んで情報を収集するのですか?」
「そんなあくどい事、しないわよー!」
事あるごとにエーリカ先輩はティアさんを茶化して、ぷりぷりと怒らせます。
これでは話が進みません。
「おじ様とエーリカ先輩の時は、大ミミズの討伐が昇級試験でしたよね」
「いえ、わたしたちは郊外に出てリンゴ狩りの手伝いをする依頼でした。大ミミズは成り行きです」
ああ、そうでした……見習い冒険者に大ミミズの討伐依頼を受けさせる訳ないですよね。ただ、成り行きとはいえ、本当に討伐してしまうあたり凄いです。
「そうなると、ティアさんも郊外に出ての依頼でしょうか?」
「ふっふっふっ、あたしはエーちゃんたちとは違うのよー」
ティアさんは、机の上に仁王立ちして胸を張ります。
そして、「聞きたい? ねぇ、聞きたい?」とエーリカ先輩を見て、焦らします。
「いい加減、早く依頼内容を言ってください。これだから、ティアねえさんの相手は疲れるのです」
「はいはい、エーちゃんはせっかちなんだから困るわねー。それに引き換え、アナちゃんはしっかりと……」
「は、や、く、言って下さい! 羽を毟りますよ!」
「分かったってー……あたしの昇級試験は、ホーンラビットの討伐よー!」
私たちの間で沈黙が流れます。
自信満々に言ったわりには、微妙な依頼内容です。
ホーンラビットの討伐は、最低ランクの鉄等級冒険者でも受けられる簡易な依頼です。
見習い冒険者でも何とかなる魔物ですから、昇級試験としては妥当と思えます。
ただ……。
「寄りにも依って、魔物討伐の依頼ですか……ティアねえさんに討伐できますか?」
そう、普通の冒険者なら問題なさそうな依頼ですが、体の小さなティアさんにとって、魔物の討伐は難しいかもしれません。
ティアさんの幻影魔術は凄いの一言です。ただ、それは相手に幻を見せたり、眠らせたりする補助的な魔術です。直接、相手の命を仕留める事は出来ません。
もしかして、動きを止めた相手に直接、ティアさんが攻撃をするのでしょうか?
食事の時にフォークを持っている姿は見ますが、武器を持っているティアさんは見た事がありません。
実際、どうするのでしょうか?
「その辺は、あたしに考えがあるから大丈夫」
「どうせ幻影を見せて、同士討ちさせる考えでしょう」
「うっ!」
「ゴブリンのような同族嫌悪の魔物ならそれも可能です。だが、ホーンラビットのように仲間意識のある魔物では、幻影魔術で同士討ちは難しいですよ」
はぁー、そう言うものですか。
「ま、まぁ、いくつか対策を考えているから大丈夫。あたしに任せなさーい」
「ティアねえさんの事ですから、依頼に失敗して、一人、二人死んだとしても問題ないでしょう。心配していませんので、明日は頑張ってください」
「死なないわよー! それに、明日はエーちゃんとアナちゃんも一緒に行く事になったからー」
「一緒……ですか?」
「どうして、あたしたちも行くのですか?」
ティアさんの昇級試験になぜか私たちも巻き込まれています。
どういう事なんでしょうか?
「えーとねー。あたし、こんな可愛いなりをしているでしょー。だから、レナちゃんがとても心配して、ホーンラビットの討伐依頼を受けさせてくれないのよー。あたしは、どうしてもホーンラビットを狩りたいわけー」
「どうしてそこまで……ああ、料理屋の件ですね」
昨日の会議の時、ティアさんはホーンラビットの料理を食べたがっていました。
つまり、ホーンラビットの肉を手に入れると同時に、自分の昇級試験も受けようという算段だったのでしょう。
「そこでレナちゃんの心配を和らげる為に、見届け人兼見守り人を付ける条件で、今回の昇級試験を納得させた訳なのー」
ティアさん一人でホーンラビットを討伐したかを確認する見届け人と危険な時に助ける見守り人の役を私とエーリカ先輩がする事で話がまとまったようです。
「それ、私たちで良いんですか? 一応、ティアさんの身内みたいな関係ですよ」
依頼中、私たちがこっそりと手を貸すかもしれません。良く納得してくれましたね。
「まぁ、その辺は、アナちゃんの事を信頼しているんじゃない。エーちゃんは知らんけど……」
「むっ!」
エーリカ先輩の可愛い眉間に皺が寄りました。また言い合いが始まってしまうので、私はすぐにティアさんの話を終わらせます。
「そ、そう言う事なら喜んで手伝わせてもらいます。明日は、頑張ってくださいね」
「おう、あたしの雄姿を見せてあげるわー」
こうして、ティアさんからの話は終わりました。
その後、いつも通り、お風呂に入り、髪を乾かしていると、おじ様の様子を見てきた別のティアさんが帰ってきました。
ティアさん曰く、おじ様は何もやる事が無く、暇過ぎて辛いとの事。
無事で何よりです。
明日は、料理屋の準備はやらず、ティアさんの昇級試験の同伴です。
なぜか、私が緊張して寝付けません。
当事者のティアさんは、くかーくかーと鼾をかいて眠っています。
緊張とは無縁の性格が羨ましいです。
おじ様もティアさんも明日を無事に向かえられる事を祈っています。
おやすみなさい。




