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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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182/347

182 幕間 商業ギルドのギルドマスター

 マクシミリアンと名乗る商業ギルドのギルドマスターは、中年に差し掛かった比較的若い男性です。線の細い体躯に綺麗にまとめられた髪から神経質そうな印象が窺えます。

 そんな彼は微笑みながら、椅子に座るように勧めてきました。

 いつ勘違いを訂正しようかと悩んでいる私の心情を察しないエーリカ先輩は、まったく気にした風もなく椅子に座ります。

 おずおずと私もエーリカ先輩の横の椅子に座ると、ギルマスの眉がピクリと上がるのが分かりました。やはり、私を従者か何かと思っていたのでしょう。召使いが一緒の席に座る事はありえませんから。

 すぐに元の表情に戻ったギルマスは、私たちの対面に座ります。

 頃合いを見た様に別の使用人が部屋に入ってきて、お茶を用意してくれました。

 とても香りの良いお茶で、私たちが普段飲んでいるその辺に生えている薬草茶ではありません。


「早速ですが、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 お茶を一口飲んだギルマスは、微笑みながらエーリカ先輩の顔を見つめます。


「そ、その前に伝えなければいけない事があります!」


 勘違いを訂正するならここしかないと思い、私はつい大きな声を出してしまいました。

 私が声を発した事で少しだけ眉間に皺を寄せたギルマスは、私の方に視線を向けます。

 ギルマスの細い目……怖いです。


「か、勘違いをしているようですので、訂正させてください」


 私の言葉を聞いたギルマスは、不審な表情に切り替わりました。

 

「私たちは冒険者です」

「……冒険者?」


 冒険者と聞いて、ギルマスの細い目が僅かに開きます。

 若干の変化はありますが、基本、表情の乏しい人のようです。


「はい、決してどこぞの大富豪や貴族様ではありません」

「……身分証を拝見しても宜しいですか?」


 ギルマスの要求に従い、私とエーリカ先輩は冒険者ギルドの身分証を提示しました。

 私たちの身分証を受け取ったギルマスは、一通り目を通すとゆっくりと瞳を閉じます。

 そして、しばらく沈黙が流れます。


「あ、あのー、言い出す機会がなくて……すみません」

「後輩が謝る事ではありません。勘違いしたのはそっちです。我々に非はありません」


 エーリカ先輩は、まったく悪びれた様子もなく香りの良いお茶を飲んでいます。

 

「ええ、確かにそうです。我々が勝手に勘違いをして、こんな奥にまで呼んでしまった。申し訳ない事をした」


 素直に謝罪をするギルマスは、喉元のボタンを外すと、今までの微笑みを消しました。代わりに、不愛想で不機嫌そうな表情に切り替わります。

 人を惹きつけない表情でありますが、何だかそちらの方がしっくりきている事から、それが彼の素の顔なのかもしれません。


「昨日今日と貴族の問い合わせが多くて、つい、あなたたちもその関係者と思ってしまった。それにしても……冒険者だったとは……」


 そう言うなり、ギルマスはエーリカ先輩と身分証を見比べています。

 まぁ、無理もありません。私は慣れてしまっていますが、エーリカ先輩の姿は決して冒険者の姿ではありません。


「何事も見た目で判断してはいけません」


 なぜかギルマスに対して偉そうに言うエーリカ先輩です。

 もしかしたら、おじ様の事を言っているのでしょうか?


「おっしゃる通りです……おや?」


 私たちの身分証をもう一度見たギルマスは、何かに気が付いた表情でエーリカ先輩を見直します。


「鉄等級……もしかして大ミミズを退治した新人冒険者ですか?」

「はい、ご主人さまと私が退治しました」

「ご主人さま?」


 ギルマスがチラリと私を見たので、私はブンブンと首を振って、「別の方です」と伝えます。

 私たちの反応を見たギルマスから冷たい表情が和らぎ、気の緩んだ雰囲気に変わります。


「そうですか……その節はありがとうございます」


 なぜか、ギルマスから感謝の言葉が出ました。


「商業ギルドに感謝をされる事はしていません」

「大変貴重な大ミミズの素材を流してくれました。とても儲けさせてもらったのです」

「儲けたのですか? そうですか……」


 確かおじ様たちは、大ミミズの素材は全て冒険者ギルドに渡したと聞いています。当時はまだ借金を背負っていた筈ですので、もしかしたら、もっと大ミミズの素材を高く買ってくれたかもと、エーリカ先輩は後悔しているのかもしれませんね。


「大ミミズの件だけではありません。現在、街で流行っている食べ物……ピザもあなたたちが考案されたのでしょう」

「えーと、それは……」


 考案したのはおじ様であって、あなたたちと一括りにされると困ります。

 そもそも、どうして、そんな事をギルマスが知っているのでしょうか?

 教えたのはおじ様でありますが、売り始めたのは『カボチャの馬車亭』です。カルラさんが吹聴したとは思えません。

 その事を素直に聞いてみたら、「商業ギルドのギルドマスターですから」と返ってきました。まったく、答えになっていません。


「物を売り買いするギルドですから、情報収集は必須です。街で流行っている物は勿論、最近、注目されている新人冒険者も大事な情報です。その新人が先日、貴族の大事な日に料理を提供した事も知っています」

「そんな事まで!?」


 貴族の誕生日会の事まで知られていた事に私が驚くと、ギルマスは「くくっ」と笑いを零しました。


「失礼。隠し立てする事でもないので教えますが、商業ギルドと冒険者ギルドは仲が良いんです。特に私とヘルマン……冒険者ギルドのギルマスとは旧知の仲で、たまに飲みにもいきます」


 ああ、情報元は冒険者ギルドのギルマスか。レナさんから冒険者ギルドのギルマスへ。そして、商業ギルドのギルマスへ流れるのですね。


「そう言う事ですので、あなたたちの事は少なからず知っているのです。いつか会いたいと思っていましたが、このような形で会えるとは思ってもいませんでした」

「大袈裟な……」


 私がポツリと呟くとギルマスは首を振りました。


「大ミミズの件も感謝をしていますが、街にピザを流行らせた事にも感謝をしているのです。さるパン屋から販売したピザは、今では沢山のお店が真似て売り出されています。沢山売られ、沢山の人が買われます。商業ギルドとしては、お金の流れが出来る事はとても有り難い事なのです」

「そ、そうですか……」

「このままダムルブールの名物と成ってくれれば、他の街や村からも人が来てくれるでしょう。商業ギルドとしては、是非ともピザをダムルブールに根付かせたいと思っています」


 ギルマスが熱く語り出します。

 第一印象のギルマスは、冷静で要点しか話さない印象を抱きました。だが、どうも違うみたいで、こう熱く語り出すと、見た目の落差があり過ぎて、変な感じがします。

 まぁ、あの冒険者ギルドのギルマスと旧知の仲という事なので、見た目に反して、似た者同士なのかもしれません。


「流行と言うものは、意図して作り出せる事ではありません。それを作り出した事は称賛に価します。偶然なのか必然なのか分かりませんが、流行を生み出したあなたたちには、感謝しかありません」


 ギルマスの称賛語りは、過大評価が過ぎて私にはついていけません。

 そう私は思っているのですが、エーリカ先輩は違い、コクコクとギルマスの称賛に同意していました。大好きなおじ様が褒められるのが嬉しいのでしょうね。


「私個人、ピザを気にいっているのです」

「え、ええ……美味しいですからね」

「あなたたちは若いので分からないと思いますが、この歳になると、なかなか心を揺さぶられる出来事が少なくなっていくのです。そんな中、『カボチャの馬車亭』のピザを食べた事で、まだまだ、この世は面白い事があるのだと感心したのです」

「…………」


 ピザを食べた日の話を始めたギルマスは、自分の食生活の話へと変わりました。

 長々と自分語りをするギルマスに相づちを続けて疲れてきました。

 それにしても何で私だけギルマスの相手をしているのですか?

 ギルマスに会う切っ掛けを作ったエーリカ先輩を見ると、我関せずと明後日の方を向きながら、香りの良いお茶を楽しんでいます。

 おじ様の話で無くなり、関心が無くなったのでしょう。


「……それ以来、定期的に『カボチャの馬車亭』に通っているのです。それだけでなく、休日には他の店のピザを食べ歩き、味比べをする程です。ちなみに今度、『カボチャの馬車亭』の宿に泊まる事も考えているのです。ピザとは別に美味しい物が出るそうですね。楽しみです」


 先程、カルラさんが言っていた、近所の方がわざわざ泊まりにくると言う話は本当だったのですね。

 まぁ、リンゴパイは美味しいので、宿泊してまで食べたい気持ちは分かります。


「そうそう、話は変わりますが……」

「は、はい!」


 ギルマスの話に飽きていた私は、急な話題転換につい声が大きくなってしまいました。

 

「今日は、妖精はいらっしゃらないのですか?」


 妖精というのはティアさんの事でしょう。

 おじ様やエーリカ先輩の事を知っているギルマスです。ティアさんの事を知っていても不思議ではありません。

 ただ、今は私の胸元で眠っています。男性であるギルマスの前で、ローブを広げて、胸元を見せる気はしません。


「え、えーと……今は眠っています」


 胸元でとは言いません。

 そんな私の曖昧な返答を聞いたギルマスは、小さく溜め息を吐きました。


「そうですか……一目だけでも見たかったのですが……」

「め、珍しいですからね」

「私が冒険者だった時、一度だけ見た事があるんですよ。あれは確か……」


 この話題も長くなりそうだな、と思ってうんざりし始めた時、エーリカ先輩が口を開きました。


「そろそろ本題に入らせていただきます」


 ギルマスの話をきっぱりと断ち切るエーリカ先輩。とても頼もしいです。

 お茶の中身が無くなって、暇になっただけとは考えません。


「えっ……ええ、そうでした。まだ、あなたたちが商業ギルドに来た要件を聞いていませんでした。話を伺いましょう」

「では、後輩。続きをお願いします」


 やはり私が話すのですね。前よりも人見知りは治りつつあるのですが、初対面の相手に長く話すのは苦手です。

 でも、私のお店の事ですので、頑張ります。

 私は、今日、何度目かの料理屋の話をします。

 たどたどしい私の説明をギルマスは真面目に聞いてくれます。


「話は分かりました。貴族の件を考えるに、ピザだけでなく、まだ色々と隠し持っていると予想が出来ますので、料理屋の件、非常に興味があります。商業ギルドとして、また私個人として是非とも助力したいと思います」


 ギルマスからの色良い返事がきて安堵します。

 ただ、それに比例して、料理店を絶対に完成させなければという重圧が掛かります。


「これから準備を始めるとの事ですから、今現在、商業ギルドとしての手続きはありません。書類の提出や会員登録は、お店が完成してからになります。現在、商業ギルドとして助力できる事は、お金の融資ぐらいですが、貴族の依頼を完遂したあなたたちなら必要はないでしょう」


 お店が完成した後の手続きをギルマスから簡潔に説明してくれました。

 カルラさんが言った通り、お店が完成した後は、必要事項の書類を提出し、登録料を支払い、商業ギルドの会員になって、ようやく販売許可が下りるそうです。

 ちなみにお店が無事に開店した後は、しっかりと売り上げの帳簿を作り、定期的に商業ギルドに提出しなければいけないと念を押されました。怪しい事をしているとギルド職員が監査に来て隅々まで調べるので、横着は出来ないとまで言われました。


「想像通りのお店になりましたら、私個人も窺わせて頂きます」


 遠回しにギルマス自身が監査に来ると宣言されました。

 まだ始まってもいないのに、お腹が痛いです。


 こうして、当初の目的であった相談は終わりました。

 改めて思い返すと、窓口で二言三言、話を聞いて終る内容でした。ギルマスと長々と話をする事ではありません。

 無駄な時間を過ごし疲れただけとは、口が裂けても言えませんが、商業ギルドのギルドマスターと顔見知りになったのは大きな成果と思っておきましょう。



 商業ギルドを後にした私たちは、街役所に寄って、地代を支払ったり、亡き父の遺産相続に関する相談をしました。なお、相続税に関して、明日、役所の方が家に来て直接査定するそうです。

 その後、私たちは西地区で食料を買ってから家に帰りました。

 時刻は夕刻。

 夕食用のスープを作ったり、お風呂の用意をしたり、クロたちの世話をしたら、いい時間になりました。

 今日の夕食は、『カボチャの馬車亭』のピザとリンゴパイです。

 私たちは、ワインを飲みながらピザを堪能します。

 おじ様の事を考えると悪い気はしますが、ティアさんが「おっちゃんにも持っていくから気にしない」と言うので、食事を楽しみました。

 そして、お風呂から出て、髪を乾かしている時、おじ様に会っていたティアさんが戻ってきました。

 おじ様は、嬉しそうにピザとリンゴパイを食べたそうです。


「おっちゃん、元気そうだったよー」


 おじ様が酷い仕打ちをされていなくて安心します。

 ティアさんの報告を聞いた後、近い内、壊される事が決まっている寝室に行きます。


 今日は料理屋の会議から始まり、冒険者ギルド、『カボチャの馬車亭』、商業ギルドへと行きました。

 沢山、会話した一日です。

 明日からは、本格的に料理屋の準備を始めます。

 

 明日も頑張りましょう。


 お休みなさい。


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