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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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181/347

181 幕間 カボチャの馬車亭と商業ギルドへ

 冒険者ギルドを後にした私たちは、『カボチャの馬車亭』へ到着しました。

 昼過ぎという事で、『カボチャの馬車亭』のパン屋は閉まっています。

 私たちは、宿屋の方へ入りました。


「こんにちわ」


 誰も居ない受付から声を掛けると二階の階段からカルラさんが降りてきました。

 恰幅の良いカルラさんは、温和で人当たりの良い方で、人見知りの私でも話しやすい方です。

 そんなカルラさんは、私たちの姿を見ると、「おや、あんたたちかい」と優しく笑って、迎えてくれました。


「クズノハさんの姿が見えないけど別行動かい? 珍しいね」


 カルラさんは、エーリカ先輩の姿を見ながら、そう言いました。

 それも無理のない話です。おじ様の隣には、いつもエーリカ先輩がいるからです。

 

「はい、訳がありまして、ご主人さまは別の場所にいます」


 おじ様の状況を知らないカルラさんに、エーリカ先輩は適当に答えます。

 おじ様とエーリカ先輩にとって、『カボチャの馬車亭』は縁のある場所で、そこの奥さんであるカルラさんには色々とお世話になっています。ただ、お世話になっているとはいえ、さすがに昨日の今日の出来事で、さらに教会が絡んでいますので、現在のおじ様の状況を教える事は控えました。


「もしかして、カリーナに用かい? 最近、あんたらの家に行く為に休みをくれと煩いんだよ」

「えっ、カリーナちゃんが私の家にですか? 何の用でしょう?」


 カリーナちゃんはカルラさんの娘さんで、私よりも二つ三つ年下の可愛らしい女の子です。ただ、私との接点はほとんどなく、家に来たがる理由が分かりません。

 もしかして、エーリカ先輩やティアさんに用でしょうか?

 そう思い、二人に聞いてみましたが、「思い当たる節はありません」「さぁー、街の外に出たいだけじゃないのー」と返答されました。


「おや、あんたらも理由を知らないのかい。私も何度か理由を尋ねたんだけど、教えられないの一点張りでね。理由も分からずに休みをあげれないと口喧嘩ばかりさ」


 わっはっはっと豪快に笑うカルラさんですが、喧嘩しているのですから笑いごとではないと思います。


「当の本人に聞けば理由は分かります。呼んでくれませんか?」

「残念だけど、今、マルテの所に行っていて、当分、戻ってこないよ。ここ最近、仕事を片付けると、すぐに出て行っちゃうんだ。一体、何をしているのかね」


 「やる事はやっているから良いけどさ」とカルラさんは言いますが、その顔は母親らしい心配の色が見えます。

 正直、カリーナちゃんの要件は気になりますが、本人が不在で尋ねる事が出来ないので、彼女の件は後回しです。

 

「カリーナに用がないのなら、あんたたちは食事でもしにきたのかい?」

「はい、ピザを食べにきました」

「リンゴパイも食べたーい」

「違います! さっき食べたばかりじゃないですか!」


 本心なのか冗談なのか分からないエーリカ先輩とティアさんの言葉を否定すると、「相変わらずだね」とカルラさんに苦笑いされました。


「実は相談がありまして……」


 こうして、私たちは料理屋の件について話しました。


「へー、料理屋を始めるのか? それは楽しみだ」

「まだ、何も準備をしていませんので、当分、先の話ですけど……」


 カルラさんもレナさんと同じ反応が返ってきました。

 商売仇として反発があるかもと少し身構えていましたが、杞憂に終わります。


「それで、これから商業ギルドに行こうと思いまして、何か事前に必要な事ってありますか?」

「うーん、昔の事だからあまり覚えていないけど、特に何もなかったと思うよ」

「何もないんですか?」

「ああ、名前と場所と職種を記入して、身分証を提示し、お金を支払って終ったはず。その後、ギルドの職員がお店を見て、商業ギルドに加入して終った」

「それだけですか?」

「加入と許可だけならそれだけ。ただ、その後が大変なんだよ。一定の売上金をギルドに定期的に納めなければいけない。売上の一割は取られるので、初めの内は苦労するよ。覚悟しておくんだね」


 冒険者ギルドの場合、依頼料から差し引かれるので上納金の意識は薄いですが、商業ギルドの場合、自らギルドに納めなければいけないそうです。

 もし支払いが遅れたり、支払い能力が無くなったら、ギルドの身分証は剥奪され、罰則を受ける事になります。


「細かい事は商業ギルドに聞くんだね。その為の窓口も用意されているから気楽に行くといいさ」

「そうさせてもらいます」


 まだ何も準備していない私たちです。

 カルラさんの言う通り、相談と言う名目で商業ギルドに行きましょう。


「それで料理屋を開くと言っていたけど、どんな料理を提供するお店なんだい? やはり、ピザやリンゴパイを出すのかい?」

「いえ、パン釜がありませんし、経験もないので、お肉を中心にした料理を出す予定です」

「それは楽しみだね。カリーナじゃないけど、完成したらぜひ行かせてもらうよ」


 レナさんだけでなく、カルラさんも来てくれる事になりました。

 これは絶対に料理屋を完成させなければいけません。


「それで、もう一つ相談なんですが……」


 そこで私はお店が出来た時、料理と共に出すパンを『カボチャの馬車亭』から購入したい旨を話しました。


「うん、パンだね。どのぐらいの量が必要になりそう?」

「その辺はまだはっきりと答えられません。それなりの量は必要になると思います」

「まだまだ先の話だから、分からないのは仕方がないか……」

「やはり、厳しそうですか?」


 未だに朝と夕方には、ピザを求めて客が集まり、忙しそうにしています。

 宿屋の方も経営していますので、私たちのパンを焼く余裕はないかもしれません。


「今も客は多いけど、ある程度、人数は安定してきたところさ。問題は宿屋の方」

「宿ですか?」

「ああ、話したか分からないけど、リンゴパイは宿に泊まった人だけに出しているんだよ」


 ああ、そんな話を聞いた記憶があります。


「リンゴパイを食べた人から噂が広まって、宿に泊まりたい客が増えている」


 『カボチャの馬車亭』の部屋は三つしかありません。

 一日、三組のお客にしか出さないリンゴパイをぜひ食べたいと言ってくる客が増えているそうです。


「リンゴパイだけでも食べさせてくれと言う連中もいるが、例外を作ると大変だから全て断っている。その所為か、すぐ近所に住んでいる知り合いも、わざわざ泊まりにくる事もある」


 「忙しくて大変だ」とカルラさんは笑います。その顔はとても嬉しそうです。


「だからと言う訳ではないけど、宿の方を少し大きくする予定なんだ」


 『カボチャの馬車亭』の建物の横は空家で、そこを買い取り、宿として増築する相談をしているそうです。


「宿の方も大変な事になりますね。ますます私たちのパンは難しそうです」

「まぁ、宿に関しては、手伝いの人を雇えば問題はそこまでない。ただ、あんたらと同じで、まだ先の話だから、今はっきりと答えられないという事さ」

「では、ある程度、準備が整った時にもう一度、相談させてもらいます」

「そうしてくれると助かるよ」


 こうして商業ギルドとパンの件の話は終わりました。


「それで、どうする? ピザは食べていくかい? 窯の火はまだついたままだから作れるよ」


 お腹一杯で食欲のない私はカルラさんの提案を断ろうとした時、今まで黙って私たちを見守っていたエーリカ先輩とティアさんが「食べます」と声を発しました。

 

「さっき食べたばかりですよ」

「わたしなら大丈夫です」

「あたしもー。ついでにリンゴパイも食べるわー」


 二人の胃袋は、どうなっているのでしょうか?


 正直を言えば、私もピザとリンゴパイは食べたいです。ただ、今はお腹を空いていないので、私は根気良く二人を説得させて、夕食用にお持ち帰りする事に成功しました。

 決め手になったのは、おじ様の差し入れにピザとリンゴパイを持っていきましょうと提案した事です。

 そういう事で、カルラさんには、特大のピザと人数分のリンゴパイを焼いてもらい、劣化しないエーリカ先輩の収納魔術に入れました。

 今夜はピザです。帰りにワインでも買っていきましょう。



 『カボチャの馬車亭』を後にした私たちは、元来た道を戻り、大通りの十字路に着きました。

 商業ギルドは、冒険者ギルドの対面の北側に建っています。ちなみに東側の角には、工業ギルドと街役所が建ち、どれも同じ様な建物です。


「冒険者ギルドに行く時、毎回、商業ギルドを見るけど、入るのは初めてねー」

「私も初めてです。工業ギルドも入った事はありません。役所の方は、定期的に地代として税金を支払いに来ていますけどね」

「アナちゃんの家は、借家だったの?」

「いえ、父の……今は私の家です。ただ、土地だけは街の資産ですので、借りるという形になっています」


 そう言えば、父が亡くなってから今日まで地代の支払いに来ていませんでした。このまま支払いを延ばしていくと、怖い人が家まで取り立てに来るかもしれません。ついでだから、帰りにでも支払っておきましょう。


「税金は他にも掛かるのですか?」


 あまり興味の無さそうにしていたエーリカ先輩が尋ねてきました。


「色々とありますよ。街に住んでいるだけで支払わなければいけない納付金。街の出入りをする通行税。お店を開くだけでもお金は掛かりますし、カルラさんも言っていた売上の一部も上納金として取られます。そうそう、結婚して新しい家族になった時も取られるし、亡くなった親族の遺産を相続する時も取られます」


 あっ、話していて気が付きました。地代だけでなく、父の相続税も支払わなければいけませんでした。出費が酷い事になりそうです。


「搾り取られるわねー。あたし、何も支払っていないけど、問題にならないかなー?」

「ティアさんや先輩は、冒険者ギルドの冒険者ですから、依頼料から勝手に引かれています。それに冒険者は住民扱いになりますので、色々と免除されている筈です」


 「気になるようでしたら、直接、ギルドに聞いてください」と話を丸投げしました。私も税金に関しては、詳しくないのです。


「街の外に家を建てているので、もしかしたら料理店の税金は免除されるかもと思っていましたが、考えが甘かったみたいです」

「ええ、しっかりと取られますよ」


 私の家は、街に近いのでダムルブールの街に支払っていますが、街から遠く離れた場所に住んでも、そこを管理している領主……つまり貴族に支払わなければいけません。

 お金を取られる方からしたら堪ったものじゃないですが、街側から見たら、それだけ街や土地の運営にはお金が掛かるのでしょう。まぁ、純粋に街や住民の為にお金を使ってくれればの話ですが……。



 そんな話をしつつ、私たちは商業ギルドへ入りました。

 冒険者ギルドと違い、商業ギルドは終始、人の出入りがあります。

 他の街から来た商人が販売許可を貰ったり、街の商人が売上の一部を支払ったり、一般の街人が相談したりと色々な人が集まっています。

 私たちは比較的人の列が短い窓口に並びました。

 

「人が多いので、ティアねえさんは大人しくしているのですよ」

「わーてるわよー」


 ティアさんは、私の胸元に避難して、人目から隠れます。

 ただ、隠れる場所のあるティアさんはいいのですが、見た目が貴族令嬢のようなエーリカ先輩が一般人の列に大人しく並んでいるので、逆に目立って仕方がありません。

 周りの人から色々な囁き声が聞こえます。


「おい、どこの大富豪の娘だ?」

「いや、貴族様かもしれんぞ」

「貴族が俺たちと一緒の列に並ぶかよ!」

「あの娘、以前、露店でカエル串を買っている姿を見た事があるぞ」

「俺は、冒険者ギルドで見かけたぞ」

「何者なんだ?」


 冒険者ギルド内では見慣れたエーリカ先輩ですが、商業ギルドでは珍しいようです。

 そんな噂の中心のエーリカ先輩は、まったく耳に入っていないようで、いつもの眠たそうな顔をしながら順番が来るのを待っています。


「失礼します、お嬢様方」


 大人しく列に並んでいると職員と思しき男性が列の横から声を掛けてきました。

 私たちが振り向くと、男性は恭しく一礼をした後……。


「こちらの列は少しお時間が掛かりますので、別室にてお話を伺わせて頂けますか?」


 ……と少し緊張した声色で言ってきました。

 どうして私たちだけ別室に案内されるのか分からず首を傾げていると、エーリカ先輩が「分かった」と頷きました。

 その返答に職員の男性は、なぜか安堵しています。


「せ、先輩……行かれるのですか?」

「そっちの方が効率が良いでしょう」


 そう言うと、エーリカ先輩は今まで並んでいた列を眺めます。

 確かに長々と並んでいた列は、まったく進んでいません。このままでは私たちの番になる事には日が傾いている事でしょう。

 

「では、案内を致します」


 職員の男性が歩き始めました。

 私たちは、列から離れ、男性について行きます。

 職員用の扉から中に入り、通路を進み、二階に上がります。さらにもう一階上がり、奥にある部屋に案内されました。

 この部屋に着く頃には、私の血行は干からびて、真っ青な表情になっています。

 

 これ、間違いなく勘違いしていますよね。


 私が思っていた別室は、仕切りがあるだけの簡易な場所を想像していました。それなのに、目の前の扉は手間とお金の掛かった堂々とした扉で、決して簡易な個室ではありません。

 ギルド職員は間違いなく、エーリカ先輩をどこぞの大富豪か、貴族の令嬢と勘違いしている筈です。そして、いつも着ているボロのローブで身を包んでいる私は従者とでも思っているかもしれません。

 ちなみに、いつも元気なティアさんは、順番待ちの間に私の胸元で眠ってしまっています。


「そ、その……」


 職員の男性を呼び留めようとしましたが、私の声が聞こえなかったようで、その男性は扉を叩いてから「お連れしました」と声を掛けてから扉を開けてしまいました。

 部屋の中は、意匠をこらした机と椅子が置かれ、床には綺麗な絨毯が敷かれています。家具の上には色々な調度品が並んでいます。とても品のある優雅な部屋で、貴族であるクロージク男爵の執務室よりも数倍はお金が掛かっていると分かる部屋でした。

 そんな部屋の中央に、仕立ての良い服を着た男性が私たちを眺めながら立っています。


「お入りください」


 部屋の中央にいる男性から入室の許可が下ります。

 

 場違い過ぎて戸惑っている私と違い、エーリカ先輩はまったく気にせず、いつも通りの表情で部屋に入ってしまいました。

 急いで私も部屋に入り、フカフカの絨毯に足がもつれて転びそうになります。


「ようこそ、お出で下さいました。私は、商業ギルドを統括しているマクシミリアンと申します。以後、お見知りおきを」


 慇懃丁寧に挨拶をする男性の言葉を聞いて、くらりと頭が揺れます。


 ギルドを統括しているって……まさか、ギルドマスターって事ですよね!?

 ただ料理屋を開く為に相談をしに来ただけなのに、なぜか商業ギルドの最高責任者が出てきてしまいました。

 

 なんでこうなったのでしょうか?

 もう、意味が分かりません。


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