180 幕間 冒険者ギルドへ
料理屋の会議が終わりました。
結構な時間、話し合っていたので、太陽はすでに真上に昇っています。
色々と決めるはずの会議でしたが、改めて思い返すと、特に決めた事はありません。
どちらかといえば、料理屋を開くにあたり、何の準備をすればいいのかを話し合っただけでした。
でも、そのおかげで私の中で料理屋で働く想像が明確になりつつあります。
新しく作った建物にお客を招き、私が調理をして、エーリカ先輩とティアさんが給士をするのです。その中におじ様もいるのですが、おじ様は何を担当するのでしょうか? 私と調理でしょうか? それとも給士でしょうか?
おじ様がエプロンを付けてお客に料理を運ぶ姿を想像したら、クスリと笑ってしまいました。おじ様には悪いですが似合いません。
今まで夢のままにしていた料理屋が現実になるのです。
戸惑いもありますが、一緒に実現してくれるエーリカ先輩たちがいますので、どんどん胸が高鳴っていきます。
まだ何も始まっていませんが、これから忙しくなるでしょう。
おじ様は、これから大変な炭鉱労働に行かれますが、戻って来る時には、準備を全て終わらせる覚悟は出来ています。
ぜひ、無事に戻って来てください。
「わたしは、外の様子を見て、増設する建物の場所を考えます」
「それなら私は、お昼ご飯の準備をしますね」
「あたしは、アナちゃんの手伝いをするわー」
エーリカ先輩が外に出ると、私とティアさんは厨房に入りました。
会議の合間にチーズパンを食べたので、軽く食べられる物を作るつもりです。それも先程、「肉、肉」と言っていたエーリカ先輩とティアさんの要望に沿う物を作ります。
さて、肉を使った軽い料理となると何が出来るでしょうか?
うーんと考えていると、名も無き池に行った時に食べた料理を思い出しました。
あの時、パンにハンバーグを挟んだものを食べましたね。
とても美味しかったです。
あれにしましょう……とはいえ、ハンバーグは無いので、代わりにベーコンを挟んだものにします。
私はティアさんに、パンを薄く切って、温めてもらいました。
小さな体でパンを薄切りにするティアさんを横目で見ながら、厚切りにしたベーコンをフライパンで焼いていきます。ついでに上から卵も焼きます。
両面を程よく焼いたら、パンに乗せて、その上にチーズとトマトソースを掛けます。
最後にもう一枚、パンを乗せて挟みました。
ちょっとベーコンを厚く切り過ぎた所為で軽い料理のつもりが、がっつりとした料理になっています。
朝食とチーズパンを食べているので、私にとっては食べきれるか分かりません。でも、エーリカ先輩とティアさんがいるので、食べ残す事はないでしょう。
「アナちゃん、折角なので外で食べよー。天気も良いし、エーちゃんも外だし、良い考えでしょー」
ティアさんの提案に賛同した私は、作ったばかりの料理を皿に乗せて外に出ます。ティアさんは、飲み物のお茶を用意してから来るとの事で遅れてきます。
ティアさんの言う通り、外は良い天気です。
雲一つない晴天で、たまに吹く風が暖かくて気持ちが良いです。
私は、料理皿を持ちながらエーリカ先輩を探します。
周りをぐるりと見回すと薬草園の前に立って、林の方を見つめているエーリカ先輩の姿を発見しました。
「先輩、軽食を作りました。ベーコンと卵をパンに挟んだものです」
「それは美味しそうです」
「外で食べるので、手を洗ってきてください」
「うむ、分かった」
私の言葉を素直に聞いたエーリカ先輩は、井戸へ向かいました。
私は、薬草園の前にある切株に料理の皿を置き、転がっている石の上に座ります。
薬草園の中では、スライムの上で気持ち良さそうに眠っている別のティアさんがいました。
懐いているのか教育されているのか分かりませんが、スライムは大人しくしています。
少し前には、スライムの代わりに鶏が数羽いたのですが、ブラック・クーガーに食べられてしまいました。
料理屋を始めるのですから、また鶏を飼った方が良いかもしれません。
そうすれば、卵が手に入ります。
卵だけでなく、薬草園の野菜が上手く育ったならお店に出しても良いでしょう。そうすれば、材料費の節約になります。
まぁ、上手く出来たらの話ですけどね。
そんな事を考えていると、手を洗ってきたエーリカ先輩とお茶を持ってきたティアさんが来ました。
ティアさんはお茶の入ったグラスを配り、私はベーコンパンを二人に渡します。
「後輩もやりますね。なかなかの美味です」
「うんうん、美味しい、美味しい」
切株と石の上に座ってベーコンパンを食べ始めたエーリカ先輩とティアさんからお褒めの言葉を貰いました。
その言葉を聞いた私は、自然と頬が緩みます。
やはり、自分の料理を人に食べてもらい、喜んでくれるのは嬉しい事です。
「それで、先輩。料理屋にする場所は決まりましたか?」
分厚くなったベーコンパンをちまちまと食べている私は、かぶりかぶりと食べ進めるエーリカ先輩に尋ねました。
「効率を考えると一か所しかありません」
口元についたトマトソースをハンカチで拭ったエーリカ先輩は、林の中にある獣道を指差しました。
「街道から後輩の家まで一直線に道を整備します。その整備した道を進んだ目の前に料理屋があるのが望ましいです。だから……」
次にエーリカ先輩は、薬草園へと指を動かしました。
「そこにお店用の建物を建てるべきでしょう」
「ちょっと!? もしかして、あたしの菜園を潰す気なのー!? 許可しないわー!」
今まで黙ってベーコンパンを食べていたティアさんが、パン屑を口から飛ばしながら抗議します。ちょっと、汚いです。
「まだ、しっかりと育っていないのですから壊しても問題ありません。また、どっかその辺で作り直してください」
「何て冷たい妹なのー。信じられないー。おっちゃんに言ってやるー」
「何で、そこにご主人さまが出てくるのですか?」
きっぱりと薬草園を切り捨てるつもりのエーリカ先輩ですが、ティアさんからおじ様の名前が出ると、焦りのような雰囲気が現れました。
「そりゃーそうよー。だって、あたしの菜園は、おっちゃんと一緒に作ったのよー。おっちゃんの菜園でもあるのよー」
「そ、そうでした!」
いつも眠そうな顔をしているエーリカ先輩が、珍しく目を大きくします。おじ様が関わっていた事を本当に忘れていたようです。
「ティアねえさんの言う通り、菜園は残しましょう。客なんか迂回させればいいだけの話です」
すぐに案を変えるエーリカ先輩。おじ様の愛が強すぎます。
「えーと、二人とも落ち着いてください。潰すという言葉が悪く聞こえるのであって、場所を移動すると言い換えればいいんじゃないですか? もっと、日当たりの良い場所に作り直して、苗を移動させましょう。どうですか?」
「うんうん、人の心を持っているアナちゃんは流石ねー。移動に賛成。もっと、広く作って、お店に出せるぐらいにするわー」
私の言葉にティアさんが納得してくれました。
「後輩、潰すのは菜園だけでなく寝室の部分も取り壊すつもりです」
「えっ、寝室ですか!?」
薬草菜園の後ろは、私たちの寝室があります。そこも取り壊しの範囲に入っていたみたいです。
「寝室二つと菜園の範囲がちょうどいい面積なのです。林の道を抜けた正面にもなりますし、現在、後輩が使っている部屋からは厨房に繋がっていますので効率的です」
「それなら構いませんが……壊した後、私たちはどこで寝るんですか?」
「壊す前に新しく作ります」
その後、色々と話し合った結果、薬草菜園と寝室の場所に料理店用の建物を作ります。新しく作る寝室は、日当たりの事を考え、今、浴室がある場所に作り直します。亡き父が作った浴室は、厨房の裏の竈のすぐ近くに作り直してくれる事になりました。
「今日から作業を始めますか?」
「いえ、今日は止めておきましょう。その前に商業ギルドに行きたいです。まだ、足りない準備があるかもしれません」
「それなら先にカルラさんの所に行きませんか? 商業ギルドの情報を教えてくれるかもしれません」
「パンの件もありますし、それは良い考えです」
「おおー、ピザだねー、ピザ!」
「食べたばかりですので、ピザはさすがに食べれません」
ピザという言葉が出た所為か、ペロリとベーコンパンを食べたエーリカ先輩が、私のベーコンパンを見つめてきます。
「後輩、お代わりを所望します」
「残念ながらベーコンを使い切ってしまい作る事が出来ません」
ベーコンだけでなく、牛乳や果物もありません。商業ギルドの帰りに食材を買ってこなければいけないです。
熱い視線に耐えかねた私は、そっと食べかけのベーコンパンをエーリカ先輩の方へ差し出します。
「えーと……食べかけですがいります?」
「いただきます」
「あたしもー」
エーリカ先輩は、半分だけのベーコンパンをティアさんと仲良く分けて平らげています。
小さい体なのにどこに入っていくのでしょうか? 不思議でなりません。
昼食を終えた後、予定通り出掛ける事にしました。
私とエーリカ先輩とティアさんは、歩いて北門を抜けます。
門を抜けるとすぐにおじ様が捕らわれている兵士詰所が横目で窺えました。
エーリカ先輩は、チラリとそちらを見ると、すぐに歩き始めます。エーリカ先輩は、何も語りません。黙々と歩き続け、兵士詰所から離れていきます。
その態度は、頑なにおじ様の言葉に従い、ちょっとした迷惑もかけないつもりのようです。
「少し、冒険者ギルドに入りませんか? ホーンラビットの依頼がないか見てみたいです」
街の中心地に到着した時、私は目の前の冒険者ギルドを見て、二人に尋ねました。
二人とも特に異論はなく、私たちは冒険者ギルドへ入ります。
ギルド内部は、冒険者の姿はなく、数人の職員が書類仕事をしていました。
私たちはすぐに依頼の掲示板に行き、貼り出されている依頼票を眺めます。
「ないねー。すでに誰かが受けたのかもー?」
「それか、依頼自体無いだけかもしれません」
まぁ、今日は、冒険者の依頼を受けるつもりはないので、ホーンラビット討伐の依頼が無くても問題ないです。
「ホーンラビットはありませんが、薬草採取や茸の採取がありますよ。こっちには草刈マンティスの討伐とかもあります。この辺の依頼を受ければ、ついでにホーンラビットも狩れますね」
「もし、都合のいい依頼が無くても、帰り道に少し寄って狩ってきても良いでしょう」
ホーンラビットの住処は、私の家の林の近くです。
距離も近いし、エーリカ先輩の魔物呼びの特技を生かせば、わざわざ依頼と並行して狩らなくても良いかもしれません。
この辺も臨機応変に対処しましょう。
「アナさん、エーリカさん、ティアさん、来てたんですね」
掲示版に貼り出されている依頼票を見ていたら、声を掛けられました。
声の方を振り向くと、窓口からレナさんが手を振っています。
私より少し年上のレナさんは、私たちの担当職員です。
とても綺麗で明るい性格の為、沢山の男性冒険者から好かれています。ただ、怒ると凄く怖いので、気を付けなければいけません。
「アケミさんの事、何か分かりました?」
レナさんの元に行くと挨拶を抜きにして、おじ様の現状を聞いてきました。
「えーと……」
どこまでおじ様の事を話して良いのか分からず、チラリとエーリカ先輩の顔を窺いますが、いつもの眠そうな顔のまま、口を開こうとしません。
「どうして教会関係者に怒鳴られ、兵士に連れられたんですか? 何か知ってますか?」
レナさんの様子を見るに、まだ冒険者ギルドではおじ様がどうして兵士に連行されたのか知らないみたいです。
「おっちゃんはねー、教会に進入して、問題を起こしたんだよー」
「進入ですか!?」
私が何を話せばいいか分からず困っていると、窓口の机に降り立ったティアさんが「困ったおっちゃんよねー」とレナさんに向けて、話し始めました。
ティアさん、思った事をすぐに話しては駄目です!
おじ様の様子は、兵士の目を盗んでティアさんが会いに行ったから知る事が出来たのです。もし、こっそりとおじ様と会っているのが分かったら、今後、ティアさんがおじ様に会えない状況に変わってしまう恐れがあります。
「それでねー。おっちゃんは……んぐっ!?」
今まで無言を貫いていたエーリカ先輩が、パシッとティアさんを両手で捕まえ、胸元に引き寄せ、話が出来ないようにしました。
「ど、どうしたんですか!?」
「むぐー、むぐー!」とエーリカ先輩の手の中で暴れるティアさんを見ながら、レナさんは驚いた顔をします。
「ティアねえさんが口を開くと、変な方向へ話がそれますので、阻止しました。報告は後輩がします」
ええっー!? ここで私に振りますか、先輩!
「何か分かったんですね。ぜひ、聞かせてください。ギルドとして何か手助け出来るかもしれません」
真面目な顔をするレナさんに対して、全て嘘を言うのは気が引けます。
だから、私は……。
「そ、その……以前、おじ様が教会でお祈りに行った時……り、理由は分かりませんが、教会の内部に無断で入ったそうです」
「無断進入は、確かに許されませんね。それにしても、神父の怒り様が凄かったのですが……」
「な、何でも……その時、絶対に入ってはいけない部屋に入ったとか何とかで怒っているそうで……その辺は、私たちも詳しくは分からないのです」
「教会ですから一般人が入ってはいけない場所もあるでしょう」
私の大まかな説明を聞いたレナさんは、納得したような、していないような顔をします。
その後、色々と聞かれましたが、分からないで押し通しました。
後ろめたさで心が痛みます。
「それはそうと、アケミさんはどんな方なのですか?」
「どんな方?」
話の内容を切り替えたレナさんの質問に私は首を傾げます。
「えーと……アケミさんって、どこから来たのか、冒険者の前は何をしていたのか……そう言った事を聞きたいのですが……」
おじ様があんな状況になっているのです。おじ様について、色々と知りたくなるのは分かります。ただ、私自身、おじ様の過去については何も知りません。
おじ様は、私たちの知らない料理方法を知っていますし、変わった魔術具を作ったりもします。私たちとは別の場所から来たのは分かります。
また、見た目に反して、柔和で話しやすく、男性とは思えない身のこなしをします。
初めて会った時は、レベルが低く過ぎて驚きもしました。
こうやって思い返してみれば、確かに不思議過ぎる方です。
レナさんではありませんが、私もおじ様について知りたくなりました。
「すみません、私は出会ったばかりですので、おじ様については何も知らないのです。私は……」
「私は……」の部分を強く言ってからチラリとエーリカ先輩を見つめます。
私やティアさんよりもおじ様と一緒にいる時間が長いエーリカ先輩なら色々と知っていると思います。
「エーリカさん、アケミさんの事、何か知っていますか?」
「ご主人さまの大切な個人情報を簡単に教えられません」
未だにティアさんを握り締めているエーリカ先輩は、私たちに向けてきっぱりと断りました。
そんなエーリカ先輩の態度を見たレナさんは、「ああ、そう言えば……」と何かを思いつき、ニコリと微笑みます。
「エーリカさんもアケミさんと出会って間もなかったですね。確か、奴隷商で契約したとか何とか……知らないのも無理はありませんね」
「いえ、知っています」
「ふふっ、分かっています」
見た目子供のような姿をしているエーリカ先輩をレナさんは暖かい目で見つめます。
本当は知らないのに、大好きなおじ様の事ですから知っていると勘違いしたのでしょう。
そんな生暖かい視線を受けたエーリカ先輩は、レナさんに言い返す事はしません。
その代わり、今まで騒いでいたティアさんが大人しくなっていきます。
両手に力を入れていませんか、先輩?
「そ、その、レナさんに聞きたい事があるんです」
何となくエーリカ先輩から不穏な雰囲気が出始めたので、急いで話を変えます。
「はい、何でしょうか?」
「ホーンラビットの依頼についてです」
私は、料理屋について簡単に説明し、ホーンラビット討伐の依頼について聞きました。
「料理屋を始めるのですか?」
「まだ先の事です。それでホーンラビットの依頼は、今も定期的にありますか?」
「ええ、ありますよ。以前、アケミさんたちが沢山討伐しましたが、別の場所ではまだまだいます。もう少しすると繁殖期に入りますので、数が増えるだけでなく、凶暴になったり、街の付近に近づいたりします。ホーンラビットの討伐依頼だけでなく、生息地域の調査等と依頼は途絶える事はないでしょう」
「それは良かったです」
別の依頼と並行して狩っていいのですが、やはりホーンラビットの討伐依頼があるのなら、一緒に行った方が効率的でしょう。
「料理屋ですけど、慰労会の時に出た料理を出したりします?」
「料理内容はまだ検討中ですが、おじ様の知っている料理を出す予定です。貴族様の誕生日に出した料理も挑戦してみたいと思っています」
私個人としては、ハンバーグに挑戦してみたいです。
みんな驚くと思います。
「貴族に出した料理……それは楽しみにしています。料理屋を始めたら、ぜひ教えてください。必ず、伺いますから」
レナさんの顔を見るに社交辞令で言った訳ではないと分かりました。
お店に来てくれる人が分かると、やる気が出てきます。
その後、レナさんと二言三言話してから冒険者ギルドを出ました。
ちなみにエーリカ先輩の手に握られていたティアさんは、何とか生きています。
ただ、綺麗な羽はヨロヨロになっており、フラフラと飛び立ち、私の胸元に避難しました。
文句も言わず、無言でいるあたり、相当、お疲れの様です。
では、次は『カボチャの馬車亭』へと向かいましょう。




