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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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179 幕間 料理屋会議 その2

 私の家を料理屋にするという所で、会話が途切れました。

 動揺する私は、心を落ち着かせる為、冷めきったお茶をゴクゴクと飲み干します。

 空になったグラスを見たティアさんが、新しいお茶を用意する為に飛び立ちました。そして、熱々のお茶をみんなに配り、机の中央にチーズを乗せたパンも置かれました。

 朝食を食べたばかりだというのに、エーリカ先輩とティアさんは、チーズパンをバリバリと食べています。

 特にお腹は空いていませんが、あまりにも美味しそうに食べているので、私もつい手に取ってしまいます。

 ほんのり温めたパンから小麦の香りがしてきます。さらに溶けたチーズの香りも相まって、くぅーっとお腹が鳴ってしまいました。

 顔を真っ赤にしながら、一口、パンを齧ると……普通のチーズパンの味でした。



「夜の営業をしないと言う話でした」


 一つのチーズパンをペロリと食べたエーリカ先輩が、会議を再開させます。


「後輩の家は街の外……北門のすぐ近くにあります。門は夜になると閉まります。一応、門兵の方はいますので、夜でも人の出入りは出来ますが極端に減ります」

「そうだねー。真っ暗の中、街の外まで出て、あたしたちの料理を食べにくる人はいないよねー」

「そう言う事ですので、わざわざ人が来ない時間にお店を開いても意味はありません。同じく、昼に食べる習慣がないので、必然的に朝のみの営業になります」


 場所が悪いから朝だけの営業は仕方がありませんが、どうもエーリカ先輩は、お店を開いて儲けようという気概はないと感じました。あくまでも料理屋を開く事が重要のようです。


「朝だけの営業は分かりましたけど、道を作ったからといって、こんな街外の場所に人が来ますかね? 街に居れば、料理屋は沢山あります。わざわざ私の家まで食べに来る人がいるとは思えないのですけど」

「乗合馬車の待機場所は、北門を出た所にあります。つまり、この家の近くです。馬車を利用する人が、乗り降りの合間に来てくれるでしょう」


 私はクロとシロがいますので、馬車を利用した事はありません。たが、北門を通る時、いつも沢山の人が馬車を利用している姿を目につきます。

 彼らがお客になるそうです。


「あとは、冒険者の連中も来るんじゃないかなー」

「冒険者ですか?」

「うんうん、あいつら朝食を食べずに朝一番にギルドに行くよねー。依頼内容によっては、そのまま門を抜けて、道中で腹ごしらえするんじゃない? そこに料理屋があれば、寄り道しないかな?」

「ご主人さまの記憶……話では、モーニングという朝食専用の食事があるそうです」


 よく分からない言葉がでてきましたが、冒険者もお客になると……本当でしょうか?


「知り合いにも声を掛けます。ギルドを使って宣伝もします。まったく人が来ない事はないはずです」

「たしかに数人の方が興味本位で寄ってくれるとは思いますが、一定以上の人が定期的に来てくれませんと営業は成り立ちませんよ? 利益は出ますかね?」

「初めは少しの客で結構です。わたしたちの料理を食べた人が人伝に宣伝してくれれば、おのずと人は集まってきます。何といっても、ご主人さまの料理です。美味しい料理は、辺鄙(へんぴ)な場所でも来てくれるでしょう」


 辺鄙って……まぁ、そうなのですが……。


「長い目でやっていく訳ですね」

「ええ、わたしたちは冒険者でもあります。依頼の報酬でもお金は入ります。後輩が本格的に料理屋に転職を考えない限り、副業としてやっても良いと考えています」

「お小遣い稼ぎみたいなものよー」


 副業と言われると堅苦しいですが、本格的に料理屋を経営する時の練習だと思えば、少しは気が楽になりました。

 まだ、心の準備が出来ていない私にとっては、逆に有り難い提案かもしれません。

 人生を掛けて料理屋を経営している人からしたら怒られそうな気はしますが……。


「そう言う事ですので、午前中は料理屋を、午後から冒険者の依頼を受けるのが良いと判断します」

「でも、その時間帯だと依頼は残っているかなー? 夕方に依頼完了の報告をする時に掲示板を見るけど、何も無くなっている時があるよー」


 ティアさんの言う通り、冒険者の依頼は数に限りがあります。条件の良い依頼は、朝一番に無くなります。

 私たちの望むホーンラビットの討伐依頼が、常にあるとは限らないのです。


「それなら料理屋と冒険者を一日置きにしても構いません。その辺は、実際に経験してみない事には判断できません。臨機応変に変更しましょう」


 私だけでなく、エーリカ先輩もティアさんも料理屋の経験はありません。

 今ここで決めて、実際に運営すれば、色々と変える事になるでしょう。

 その為の話し合いと準備です。


「えーと……まとめますと、場所は私の家。営業時間は午前中で、空いた時間に冒険者の依頼を受ける。料理の内容は、おじ様の考えた料理で、主に肉料理という事で良いですか?」

「はい、間違いありません」


 長々と話していましたが、改めて思い返すと大した内容は決まっていません。

 ただ、これも必要な事だと思います。

 長々と話す事で、私とティアさんもお店を開く事を真剣に考え始めました。

 エーリカ先輩が色々と考えて提案してくれるのは、お店の準備だけでなく、私たちの心の準備の為なのでしょう。



「あと決めなければいけないのは何ですか?」

「事前に決めなければいけないのは、お店の名前でしょう」

「おお、名前!? あたしが決めるよー!」


 えっ! ティアさんが決めるの!?

 とても不安なんですが……。


「名前決めは長くなりそうなので、後にしましょう。その前に、お店を開店するにあたり、実際の準備の話をします」


 「何で後回しなのよー」とぶぅーぶぅーと文句を言うティアさんに、視線すら合わせないエーリカ先輩です。


「準備と言っても何から始めればいいんですか?」

「先にも言いましたが、まずは林を切り開いて道を作ります。北門の近くに道が出来れば、必要な荷物の運搬も楽になりますし、木材も手に入ります」

「それだけで大仕事ですね」

「安心して下さい。労働力はいます」


 そう言うなり、エーリカ先輩はティアさんをチラリと見ます。


「あたしを頼らないでよー。アナちゃんの家の事をしなければいけないし、クロちゃんたちの世話もしなければいけないし、野菜も育てなければいけないし、おっちゃんの様子も見なければいけないし、冒険者の依頼もやらならなければいけないのよー。やる事が山積みだわー」

「それ以外のティアねえさんは、暇なんですね。では、これから毎日、六、七人をわたしたちに回してください」

「どんだけ働かせる気なのよー!?」


 「ひぃー」と悲鳴を上げるティアさんから顔を逸らしたエーリカ先輩は、再度、私の方に向きます。


「道が出来たら次は料理屋の建物を作ります。予め伝えておきますが、場所によっては、既存の部屋を壊す事になるでしょう。覚悟しておいてください」


 料理屋という事もあり、食事をする場所は、厨房に近い場所が望ましいです。

 厨房を作り直すのは難しいので、隣接する場所を壊して、そこを食堂にするそうです。

 

「全て壊す訳ではないのなら構いません」

「それは助かります。あとで場所を決めます。建設については、土台を作り、外壁と屋根を付けてお終いです」

「お終いって……それで本当に出来るんですか?」


 私の家も大した作りではないのですが、見た目年下のエーリカ先輩が言うと、すぐに壊れそうな建物が建ちそうで不安になります。


「問題ありません。まったく作り方の知らないわたしの姉に一から教えて、一人で作れるように教育した実績があります」

「そう言えば、二人で掘っ立て小屋を作っていたわねー」

「掘っ立て小屋ではありません。立派な家です」


 エーリカ先輩とティアさんが昔話を始めたので、話を戻します。


「それで……建物が建ったら、次は内装ですか?」

「はい、内装です。床や壁を綺麗に磨いてから色々と整えます」

「食事をしてもらうのだから、机と椅子が必要ですよね。何人ぐらいのお客を入れるつもりですか?」

「あまり大きな建物を作るのは大変ですので、せいぜい数組……四組ほどの客が食事できればと思っています」


 一つの机に四人が座るとなると、机は四卓、椅子は一六脚が必要になります。

 それだけでも、結構なお金が掛かります。


「机や椅子もわたしが作ればいいのですが、あまり凝った物は出来ません。どこかで安く仕入れれば、そちらを使った方が良いでしょう。中古を売っているお店で結構です。少し壊れている程度なら直しますので、後日、売っている所を探しましょう」

「落ち着いて食べられるように、小綺麗な場所にしよー。床に敷物を敷いたり、窓にカーテンを掛けたり、匂いのいい蝋燭を使うのよー」

「ええ、その辺もおいおい決めていきます。まずは建物を作ってからです。ちなみに窓は作れませんので、そちらは専門の人に頼まなければいけません」

 

 さすがのエーリカ先輩もガラス作りは無理そうです。


「道と建物に関してはわたしが考えます。内装はティアねえさんが考えてください」

「おう、あたしに任せておけー」


 腕を振り上げるティアさんから視線を逸らしたエーリカ先輩は、私の顔を見ながら「後輩は、厨房をお願いします」と言いました。


「厨房ですか? 料理の内容はおじ様が戻ってからですよね? 事前に考える事はあります?」

「勿論です。今、使っている調理器具で足りますか? 食材の確保は出来ますか? 冷蔵室はどうですか? 実際に客を迎えた時の事を想像し、準備をしなければいけません」


 エーリカ先輩に言われて、疑問が腑に落ちました。

 改めて思い浮かぶと、今使っている器具では心許ないでしょう。

 前回の『女神の日』にいくつか購入しましたが、それだけでは足りません。

 スープを作り置きできる大きな鍋も必要ですし、使い古されたフライパンも変えるべきでしょう。

 

 また農家も探さなければいけません。

 主に使う肉は、私たちが狩ってくるというのは先程決まりましたが、肉だけでは料理になりません。

 野菜、卵、牛乳、チーズ、果物と必要になります。

 材料が無くなったら、その都度、市場に行って買い足していたら、時間も手間もかかります。それとティアさんが作っている野菜も数が少ないので、あてには出来ません。

 だから、専用の農家と契約した方が家まで届けてくれたり、値段も安くしてくれるでしょう。


「冷蔵室はどうですか? 必要なら一緒に作りますよ」

「あればいいのですが……先輩は作れるのですか?」

「クロージク男爵の厨房で見た限り、石を組んだ部屋を作るだけです。その後、氷の魔石を手に入れて置いとけば完成です」


 簡単に言いますが、本当にそんな感じでいいのか不安になってきます。


「えーと……それなら作る方向でお願いします」

「分かりました。調理器具と食材に関して、どのくらい必要か調べておいてください」

「そもそも、一日でどのくらいの人が来るか分かりませんよね。必要数が決まらないと、購入も出来ませんよ」

「初め内は……一日二十人としましょう。そのぐらいは来てくれる筈です」


 二十人も来るかな? 午前中だけですよ。

 興味本位の人が一人、二人来てくれればいいと思ってた私です。エーリカ先輩は強気ですね。

 そう思っているとティアさんは、「百人は来るわよー」と超強気発言をします。こちらは、まったく根拠のない自信でしょう。

 

「種類と数が決まれば、食材は農家に、調理器具はドワーフに頼みます」

「ドワーフ!?」


 何で調理器具の購入をドワーフに頼むんでしょうか?

 確かにドワーフの作る物は、武器だけでなく、包丁も鍋もフライパンも一般の鍛冶屋と比べると質は良いです。ただ、その分、値段が跳ね上がります。

 包丁一本、頼んだだけで金貨が飛んでいきそうです。


「金物作りならドワーフが一番です。どうせなら良い物を使うべきです。美味しい料理を作るには、味の良い食材と質の良い道具で作るものです」


 エーリカ先輩の言い分は分かります。分かりますが、お金が掛かります。その辺は分かっているのでしょうか?


「なーに言っんのよー。ドワーフなんて自分の腕を金額に上乗せしている自信家よー。酒飲み対決して酔い潰さない限り、安くならないわよー」

「そんな事をしなくても安く交渉します。以前、知り合ったドワーフの元に行きます」


 以前、知り合ったドワーフというのは、『女神の日』に知り合った東地区の師弟ドワーフの事でしょう。


「彼らは、私の魔術具に興味を持っていました。それを使って交渉します。無料とはいかないまでも一般的な値段まで下げます」


 エーリカ先輩の言う通り、師弟ドワーフはエーリカ先輩の使っている不可思議な形をした魔術具に興味を持っていました。

 でも、それで安く出来るとは思えませんが、エーリカ先輩は安く出来る自信があるようです。

 不安です。不安しかありません。

 全てにおいて、楽観的に考えていませんか、エーリカ先輩?



「議題もほとんど終わりました。今の所、大まかな計画です。細かい部分は、実際に準備していくと変わっていくでしょう。その都度……」

「まだ、大事な議題が残っているわよー!」


 長い会議が終わりかけて、ほっと肩の力を抜きかけていたら、ティアさんがエーリカ先輩の言葉を遮りました。


「まだ、何かありますか?」

「あるわよー! 大事な事!」

「思い当たりませんが?」

「名前よー! 名前! お店の名前は何にするのー!?」


 ああ、名前については後回しでしたね。


「話し続けて疲れました。名前は『ご主人さまとエーリカの料理店』にしておきましょう」


 疲れてやる気のなくなったエーリカ先輩は、思いついた名前を言います。

 勿論、私とティアさんは即却下です。


「一応、私のお店ですよね!?」

「ふむ、そうでした……では、『ご主人さまとエーリカと(後輩)の料理店』でどうでしょうか?」


 エーリカ先輩は、笑いを取りにきているのでしょうか? その割にはいつも通りの眠そうな顔をしています。


「エーちゃんは、本当に面白味のない感性をしているわよねー」


 眉間に可愛い皺を作ったエーリカ先輩が、「ティアねえさんは、もっと良い案がありそうですね」と反論しました。


「勿論よー。『妖精のお店 ティタニア』でどうよ」


 「最悪です」と即切り捨てるエーリカ先輩。

 私も同感です。

 どうして、二人とも自分の名前を使いたがるのでしょうか?

 恥ずかしくないですかね。


「後輩ちゃんは、何かないー?」

「反対したのです。わたしたちよりも良い案があると思います」

「えーと……」


 急に意見を振られた私は、急いで頭を回転させます。

 ぐるぐるっと色々な単語が浮かんでは消える中、一つの名前が浮かびました。


「……『薬草料理店』」


 沈黙が流れる事しばし、エーリカ先輩とティアさんから「はぁー」と溜め息を吐かれました。


「それは名前ですか? 料理内容の説明ですか?」

「その後に、アナスタージアと付け加えるんじゃないのー」

「~~~~」


 二人から駄目出しされます。

 顔を真っ赤にした私は、恥ずかしさのあまり、机の上で突っ伏してしまいました。

 その後、エーリカ先輩とティアさんが、私の頭越しにあーでもないこーでもないと、色々なお店の名前を挙げていきます。

 どれもこれも私が言った名前と対して変わらない感性の名前が連なります。

 エーリカ先輩は、やたらとおじ様の名前を使いたがり、ティアさんは自分の名前を使いたがります。

 そんな言い合いがしばらく続くと……。


「後輩、この中からどれが良いですか?」

「アナちゃん、あたしが考えた名前が一番良いよねー?」


 エーリカ先輩とティアさんの案を私が決める事になってしまいました。

 ただ、どれもぱっとしません。いえ、良い名前が一つもありません。

 だから、私は……。


「えーと……どれも良いと思いますが……その……大事な店名ですので、おじ様の意見を聞いてからの方がいいと思います」


 ……と、おじ様を使って、後回しにしました。


「確かに、ご主人さまの意見は聞きたいです。わたし以上に良い案が出るでしょう」

「おっちゃんの意見? あの顔で感性があるとは思えないけど……まぁ、良いか」


 二人とも納得してくれました。


 

 こうして、長い会議は終わりました。

 これから実際に準備に取り掛かります。

 今まで夢で終わっていた料理屋を現実にしていきます。

 不安も多大にありますが、それと同じぐらいにワクワクもしています。


 女神フォラさま、どうか上手くいきますように見守ってください。


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