178 幕間 料理屋会議 その1
「では、これから料理屋を開店するにあたり、色々な事を決めていきましょう」
お茶を一口飲んだエーリカ先輩は、私とティアさんの顔を一通り眺めてから話し始めました。
「決めるって、何の料理を作って、何処で売るかを決めれば良いんでしょー?」
「それだけではありません。お店を開くには、事前に計画を立て、あらかじめ色々な事を決めておかなければ、商業ギルドで門前払いを受けるでしょう。適当にやっていては、時間を無駄にします」
確かに、お店を出した事のない私でもエーリカ先輩の言わんとする事は理解できます。
「では、初めにティアねえさんが言った、何の料理を提供するお店にするかを決めましょう。一番、大事な事ですからね」
普段、口数の少ないエーリカ先輩が、率先して話を進めていきます。
それだけ、この料理屋を成功させたいという意気込みを感じました。
「やはり、肉よ、にーくー! 貴族じゃないけど、みんな肉が好きよー。肉料理を出せば、人が蟻のようにわらわらと集まってくるわよー」
「珍しくわたしもティアねえさんの意見に賛成です。以前、後輩は魔物肉を提供するお店を出すのが夢と言っていましたね?」
出会って間もない時に少し話をした内容を覚えていてくれるのは嬉しいのですが、内容が少し違います。
このままでは魔物肉料理のお店として、誰も来ない未来しか見えません。しっかりと訂正しておきます。
「え、えーと……魔物肉限定ではないです。そもそも、お店は父と母の夢でした。父が冒険者として狩ってきた獣や魔物、茸や薬草などを持ち帰り、その材料を使って調理したお店を開きたいとの事でした。どうせなら、私も同じようなお店にしたいです」
「うんうん、あたしたち、冒険者だもんねー。材料費、節約だわー。さすがアナちゃん。良いお嫁さんになるよー」
「そ、そんな、お嫁さんなんて……」
お嫁さん……何て素敵な夢なんでしょう。
ついティアさんの言葉に頬が赤くなります。でも、こんな私を貰ってくれる男性がいるのでしょうか?
「そんなどうでもいい話し必要ありません」
私が照れていると、エーリカ先輩がスパッと切り捨てました。
ちょっと、酷い……。
「材料費の事を考えると、冒険者の依頼で手に入れた食材を使うのは理に適っています。魔物肉でなく、鹿や猪を使った料理屋にしましょう」
「先輩、普通の獣を捕まえるのは大変です。狩人のような専門家なら料理屋の食材に捕らえる事も出来るでしょうが、素人の私たちでは、安定して確保できるか不安です」
基本、人間に対して好戦的な魔物は、人がいれば近づいてきます。尚且つ、生息する地域も限定的なので、見つけて討伐することは容易です。
ただ、普通の獣は、臆病ですので人間や魔物がいると遠ざかります。捕まえるのはもちろん、見つけるだけでも大変なのです。
そうなると、やはり……。
「やはり魔物肉料理屋になるのねー。面白くて良いんじゃないー。バッタの足とか、蜂の子とかも美味しかったわよー」
「美味しいものはあるかもしれませんが、基本、魔物肉は苦味が強いので、客は敬遠されてしまうでしょう。あれを美味しく食べられるのは、貧民地区の人たちだけです」
「でも、おっちゃんがいれば、その魔物肉から苦味が取れるよねー。普通の肉よりも美味しい魔物肉があるかもよー」
「それはご主人さまが戻ってから調べる必要があります。今の段階では、魔物肉を使うのは止めておきましょう」
冒険者の主な依頼は、魔物の討伐です。
その時に手に入れた魔物肉を料理屋に使えれば材料費が節約できるのですが、味が不味いので使えません。
勿体ないですが、諦めるしかありません……と考えていると、ある事を思い出しました。
「ホーンラビットはどうですか? 先輩たちと初めて依頼をした時、魔力抜きをしていないホーンラビットを食べましたよね。あのぐらいの苦味ならお客に出せませんか?」
初めておじ様たちと冒険者の依頼をしたのが、ホーンラビットの討伐でした。
討伐途中でホーンラビットを食べたのは、良い思い出です。
「ええ、あれは美味しかったです。表面はカリッと中はホクッとして、食べ応えがありました。香草の香りも良く飽きがきません」
「なにそれー! あたし、食べてないんですけどー!」
自分だけ食べていないティアさんがプリプリしながら「今日の依頼はウサギ狩りよー」と宣言しますが、エーリカ先輩は「見習い冒険者のティアねえさんでは、魔物討伐の依頼は受けれません」と駄目出しをしました。
「ふふっ、今度、ホーンラビットの依頼を受けましょう。ホーンラビットは繁殖力が高いので、依頼は頻繁にあるんです」
「依頼があり、材料が安定して手に入るのならホーンラビットを主に出すお店にしましょう」
「ホーンラビットに限らず、依頼中に遭遇した獣がいれば狩りましょう。捕れるか分かりませんが、家の周りの林に罠を張っても良いかもしれません。材料費節約になります」
「これから準備にお金が掛かります。節約できる所は節約していきます」
見た目に反して、エーリカ先輩は現実的に料理屋の開店を考えているようで安心します。
これも借金を負った経験があるからですかね。
「そうそう、この前、退治した巨大な魚の切り身があったじゃないー。今も相当の量が残っているよねー。あれ、使えない? 魚料理なら珍しくで喜ばれるかもよー」
「たまに使う分ならよいですが、それを主に使う分の量はありません。あれ一匹しかいないので、材料が無くなったら終わりです」
「お客に出せる程、この辺では魚は捕れませんからね」
私は、男爵の館で初めて魚料理を食べました。
獣肉とはまったく違いましたが、とても美味しかったです。
ただ、魚は安定して手に入らない現状を考えるとお店に出すのは止めた方がいいでしょう。
「魚は無理なら、結局は肉を出すのねー」
「そうです。肉です、肉」
エーリカ先輩が肉、肉と連呼します。
たぶん、今、肉が食べたいんでしょうね。今日の昼は肉料理にしましょう。
「でも、肉料理と言っても、何を出すんですか? ホーンラビットの時みたいに薬草を付けて焼いたものですか?」
「薬草を使うのは珍しいので、それはありです。ただ、それだけでは駄目です。他の店にない独自の強みがなければ、人は寄り付きません」
「おっちゃんが色々と珍しい料理を作ったじゃない。それを出せば、良いんじゃないー」
おじ様が作った料理はどれも美味しいです。
ただ、普段の料理と違い、一手間二手間増えるので、上手く作れる自信がありません。
私は、貴族様に料理を作っている料理人ではなく、ただの冒険者なのですから。
「その辺は、練習あるのみです。試食は任せてください」
「から揚げとかは、簡単なんじゃない? あたしはハンバーグを出したいわねー」
「ええ、あれは良いものです」
ティアさんとエーリカ先輩が言う通り、ハンバーグと言う肉料理はとても美味しかったです。今まで食べていた肉料理とはまったく違い、とても柔らかくて、複雑な味がしました。
ただハンバーグには問題があります。それは肉を細かく切る作業に時間と労力が掛かる事です。毎回、あの作業をする事を考えると、絶叫してしまうでしょう。
「ご主人さまの言葉では、あれは挽肉と言うそうです。その挽肉を簡単に出来る道具があれば、お店に出せませんか?」
「まぁ、前日に仕込めば、当日は焼くだけですけど……そんな道具、作れるんですか?」
挽肉という形が簡単に出来るのであれば、私個人としても欲しいです。定期的にハンバーグが食べれます。それだけでなく、スープにミンチ肉を入れる事も出来るでしょう。
「今度、作れるかどうか、彼に話を持っていきましょう」
彼とは、ドライヤーの魔術具を作った青年ですかね? それとも別の方でしょうか?
「前日に用意できるのなら、昨日作ったクリームシチューとか、女神の日に出したスープとかも出せるんじゃなーい? 肉料理じゃないけど、あれはあれで人気でるよー」
「料理にスープ、パンは欠かせません。その辺は、準備できそうですか?」
「スープは、ティアさんが言う通り、作り置きをすれば問題ないでしょう。ただ、パンに関しては、どこかで仕入れなければいけません。この家には窯は無いですし、私自身、パンを焼く経験はありません」
「『カボチャの馬車亭』のおばちゃんに、安く譲ってくれないかねー」
「どうでしょうか? 今も忙しそうにしていますから、私たちの分を作る余裕はあるかどうか……」
「掛け合う価値はあります。今日にでも交渉しに行きましょう」
「夜はピザだねー」
「料理に関しては、後輩の技量によりますので、今ここで細かく決める事は止めておきます。それに、ご主人さまが戻ってきたら、もっと良い考えがあるかもしれません」
本格的にお店を始めるのは、おじ様が炭鉱から帰って来てからになります。
エーリカ先輩は、その間にやれる事は全てやるつもりのようです。
話が一段落した私たちは、目の前の温いお茶を一口飲んで、乾いた喉を潤します。
「材料は冒険者の依頼中に狩ってきたホーンラビットや普通の獣肉を使うという事ですが、そもそも料理屋と冒険者は兼用できるのですか? そんな時間、あります?」
もし兼用するとなると、朝はお店を開き、昼は冒険者をして、夜にまたお店を開く事になります。それだけでも慌ただしいのに、事前に料理の準備も必要です。
沢山の分身体を作れるティアさんが手伝ってくれる事を想定したとしても、忙しすぎて倒れる未来しか見えません。
「後輩は、もっと上の等級冒険者になる気はありますか?」
時間の話をしたら、エーリカ先輩から変な事を聞かれました。
「上の等級? いえ、別にそういう願望はありません。今の鋼鉄等級が能力相応と考えています」
「うむ、ご主人さまも別段、等級に関しては考えていないようです。生活できる程度のお金が入ればいいと言っていました」
「あたしは、もっともっと上げるわよー。目指せ、アダマンタイト等級冒険者!」
自信に溢れたティアさんをチラッと見たエーリカ先輩は、首を振り、無言で私の方に向き直ります。
「えーと……どういう事ですか?」
「午前中は料理屋を、午後から冒険者をすればいいでしょう。食材調達を兼任できる簡単な依頼なら半日もあれば達成すると思います。現にホーンラビットぐらいなら半日は掛かりませんでした」
「冒険者の仕事を終えた後、また料理屋を開くんですよね。結構、厳しいと思います」
「夕方の営業はなしです」
「えっ、ないんですか!?」
エーリカ先輩の言っている事が分かりません。
おじ様たちは一日三食が基本ですが、街の人たちは一日二食です。つまり、朝方と夕方が飲食店にとって一番お客が来る時間帯になります。
その夕方の営業をしないとなると、料理屋として生計できません。
「場所柄、やっても意味がないと判断しています」
「場所? そもそも、どこで料理屋を開くつもりですか?」
肝心の事を聞いていませんでした。
貧民地区ならいざ知らず、裕福地区に土地や建物を借りるとなると、金貨があるとはいえ、手元のお金では心許ないです。お店の改装や備品なども購入しなければいけませんので、お店の場所の為に、大金を使うと後の事が心配になります。
その事をエーリカ先輩に言うと、「何を言っているのですか?」と逆に首を傾げられました。
「場所なら良い所があるでしょう?」
「そうそう、広いし、街から近いし、珍しいクロちゃんたちも居るしねー」
どうやらティアさんもエーリカ先輩と同じ考えだったみたいです。
「クロって……もしかして……」
「そうです、ここです。後輩の家をそのまま料理屋にすれば、土地代は節約できます」
私は、口を開けたまま、動きを止めてしまいました。
生まれた時から住んでいる大事な家ですが、年季が立ち過ぎていて、お店にするにはあまりにもな家です。どこもかしこも壊れかけていて、お客を呼んで、料理を出してよい場所ではありません。
もしかして、立て直すつもりですか?
それならそれでお金が掛かりますよ。
「たしかにこのままでは無理でしょう。だから、外見だけ見栄え良く改装します。そして、実際にお店として利用する場所は、新しく増築しましょう」
「簡単に増築と言いますが、それこそ、お金が掛かりますよ。既存の建物を借りた方が安くなりませんか?」
「いえ、問題ありません」
本当に何でもないという顔をしながら、エーリカ先輩は冷めきったお茶を飲み干します。
「増築はわたしがやります。専門の人たちには負けますが、それなりの物を作れる自信はあります」
「うんうん、エーちゃんは昔からこう言う事が得意だったからね」
「そ、そうなんですか?」
「なんですか、その疑いの目は? この家の浴室よりかは、上手く作れますよ」
隙間だらけの浴室は、亡き父が一日で作った思い出の場所です……とはいえ、寒いからついでに新しく作り直してほしいです。
「も、もし、先輩がお店の部分を作れたとして、こんな街の外の林の中にあるお店に、お客が来るとは思えません。誰も場所なんか分かりませんよ」
「後輩の言う通り、このままでは駄目です。だから、街道と家を繋ぐ獣道を綺麗に整備します。道を作る際に出た木材は、そのまま増築用の材料にしましょう。一挙両得です」
「しっかりとした道を作って看板を立てとけば、みんな知る事になるわよー。問題解決ねー」
エーリカ先輩とティアさんから問題無しと説明されましたが、本当に大丈夫なのでしょうか。
なんか不安ばかりが増えていく気がします。




