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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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176 幕間 これまでの事 その2

 食事を終えた私たちは、これからお風呂に入ります。ただ、今日はおじ様がいないので、エーリカ先輩が一人で入る事になります。

 そこで私は「一緒に入りませんか?」と誘ってみました。しかし、エーリカ先輩は、「一人で大丈夫」と、なぜか私の胸の方に視線を向けてから断わりました。


「もう、付き合い悪いわねー。いつもの事だけどー。仕方ない。ここはお姉ちゃんであるあたしが一緒に……」

「絶対に嫌です」


 ティアさんが言い終わる前にエーリカ先輩の断りが入ります。


「恥ずかしがらない、恥ずかしがらない。姉妹の仲を深めるわよー」

「昔は良く入ったよねー。みんなで体を洗いっこしたよねー」

「百年以上ぶりよねー」

「あれ、別の子だったかも……まぁ、いいわー」


 断わられたにも関わらず 

四人のティアさんは、エーリカ先輩の周りを飛び回りながら一緒に入る(てい)で準備を始めます。

 そんなエーリカ先輩ですが、いつもの無表情で眠そうな顔をしているにも関わらず、凄く嫌そうな雰囲気が体全体から出ているのを感じ取れました。


「ティアね えさんと入ると後輩が一人で入る事になるでしょう」


 私をダシに断ろうとするエーリカ先輩ですが、私は姉妹の仲を裂くような事はしたくありません。

 そこで私は、「一人でも大丈夫です」と言おうとしたら……。


「「「アナちゃんとは、あたしたちが入るわー!!!」」」


 ……と、戸棚の中、天井の梁、地下貯蔵庫から三人のティアさんが勢いよく現れました。

 

 ティアさん、いつも何体の分身体を作って、家の中に待機させているんですか?


 すごく嫌そうな雰囲気を出しているエーリカ先輩は、四人のティアさんに引きずられるように浴室に連れていかれました。


 エーリカ先輩たちがお風呂に入っている間、私と追加で現れた三人のティアさんたちと一緒に汚れた皿を洗ったり、髪を洗う小麦粉液を作ったりして、時間を調整します。

 しばらくすると、ホクホク顔のティアさんたちと、何となく疲れた顔をしているエーリカ先輩が浴室から出てきました。


「どうかしましたか、先輩?」

「終始、落ち着きのない羽虫がうるさかっただけです」

「確かに外で鳴いている虫がいたわねー。でも風流だったじゃない」


 じとーっとエーリカ先輩が睨みますが、自分たちの事だとティアさんたちは気付いていません。

 私も初めの方は、ティアさんの天真爛漫な行動に戸惑いましたが、今は楽しくさせてもらっています。


 私は、三人のティアさんに引っ張られるように浴室に入り、服を脱ぎ、浴槽の横で体を洗います。三人のティアさんに体を洗われ、小麦粉液で髪を綺麗にしてから浴室に入りました。

 今日は薬草風呂です。

 夕食で牛乳を使い切ってしまったので、牛乳風呂は出来ません。

 ただ、香りの良い薬草の匂いを嗅ぎながら暖かい湯船に浸かると、不安に駆られていた心が凪いでいきます。


 ふぅー、お風呂は良いですね。


 おじ様たちが来てからというもの、毎日、お風呂に入っています。

 以前では考えられない事です。

 大量のお湯を沸かすには時間が掛かります。それを浴槽まで運ばなければいけません。それを何往復もするのです。

 そんな大変な労力を楽しそうにやってくれるティアさんには、感謝しかありません。

 そんなティアさんは、三人で楽しそうに体を洗いっこしてから浴槽に入りました。

 一人はお湯を入れた桶でのんびりと浸かっています。

 もう一人は、水面の上をプカプカと浮いています。

 最後の一人は、私の胸にもたれ掛かり、「ふぃー」と気持ち良さそうにしています。

 エーリカ先輩の時と違い、今日のティアさんは大人しくお風呂を満喫していました。

 ちなみにティアさんは、裸にはなりません。

 体を密着させた水に濡れてもよい綺麗な布を着ています。

 いつも着ているヒラヒラの服の下がこれですので、つまり下着姿のままお湯に浸かっている事になります。

 ちょっと、複雑な気分です。


 体も心も温まってから浴室から出ると、ティアさんたちがドライヤーを使って、エーリカ先輩の髪を乾かしていました。

 このドライヤーと言うおじ様が考えた魔術具はとても便利で、水に濡れた髪を簡単に乾かす事が出来るのです。

 少し癖ッ毛のある私にとって、とても有り難い魔術具です。これがないと毎朝、髪の毛が爆発してしまうからです。

 エーリカ先輩の髪が乾いたら、今度は私の髪をティアさんたちがドライヤーで乾かしてくれます。

 暖かい温風と上質

なブラシが気持ちが良いです。今にも眠ってしまいそうになります。

 その後、ティアさんたちを机に並ばせ、私がドライヤーでまとめて乾かしました。

 体の小さいティアさんたちは、髪だけでなく、体全体に温風が当たり、「わーわー」と騒いで楽しそうにしています。その様子を見ていたエーリカ先輩の眉間が少し皺になっているのが気になります。



 食事をして、お風呂に入り、髪を乾かし、後は寝るだけになった時、玄関の扉か開きました。

 こんな夜に誰かなと思うと、ティアさんでした。また一人追加です。これで、この家に居るティアさんは八人になりました。まだ、どこかに隠れているかもしれませんね。


「おっちゃんと会えたわー。元気にしていたわよー」


 兵士詰所に行って、おじ様の様子を見ていたティアさんが戻ってきました。

 

「詳しく報告をお願いします」


 今にも寝てしまいそうな表情のエーリカ先輩が、背筋を伸ばして、ティアさんを見詰めます。


「その前に何か飲ませて。急いで戻ってきたから喉がカラカラよー」


 エーリカ先輩はすぐにも話を聞きたそうにしていましたが、ティアさんの報告が長く成りそうなので、みんなのお茶を用意する事にします。

 食卓にミーレ草のお茶を並べ、中央に乾燥させた果物を置いてから席に座ります。

 私の右側にエーリカ先輩、左側に七人のティアさん、正面に兵士詰所から帰ってきたティアさんがいます。


「では、ティアねえさん。ご主人さまの様子を話してください」

「あいあい」


 モリモリと乾燥させた果物を食べていたティアさんは、一口お茶を飲んでから報告をします。

 おじ様が衛兵に捕らわれた理由は、教会の無断進入と宝箱の中身を盗んだ疑いらしいです。ティアさんと初めて会った日の事です。


「あの時、本当に教会内に入って、宝箱を開けたんですか?」


 当時、ティアさんの怒涛の挨拶で詳しく聞いていなかった事を思い出し、私はエーリカ先輩の方を向きました。


「はい、ご主人さまと一緒に教会に入ると、助けを乞う声が聞こえました。わたしたちは、教会内部に入り、声のする方へ向かいました」


 エーリカ先輩は、乾燥させた果物を見ながら、淡々と説明をします。

 

「声の場所は隠し部屋でした。ご主人さまとわたしは隠し部屋の結界を解除し、部屋に入りました。声の出所は、その部屋に置かれていた宝箱からです」


 私は、ゴクリッと唾を飲み込みます。

 貴族よりも権力があり、悪名を響かせていた教会内部に黙って入るだけでも罪なのに、隠し部屋に安置してある宝箱を開けるとは、これは死罪になってもおかしくはありません。


「でも何で宝箱の中から声が……あっ、その中にティアさんが居たんですね」


 そう言えば、百年近くも箱の中に入っていたとティアさんが言っていたのを思い出しました。


「そうなのよねー。おっちゃんたちのおかげで助かったわー。感謝、感謝」

「あの時、無視しておいても、まったく問題なかったと後悔しています」


 目を瞑って首を振るエーリカ先輩。その先輩に向けて、八人のティアさんが……。


「何言っているのよー、この子は」

「箱を開けてくれたおかげで、姉妹の感動の再会が出来たんじゃないー」

「本当は、嬉しいくせにー」

「素直じゃないんだからー」


 ……と、わいわい言っています。


「ご主人さまの身の安全を考えて、ティアねえさんを箱に詰めて教会に送り返しましょう。ご主人さまも助かるし、わたしも安寧の日々を送れます」

「元の場所なんかに戻らないわよー!」


 理由はどうあれ、教会内部の不法侵入と宝箱の開封は、罪に問われる行いです。ただ、そのおかげでティアさんが助かったと思うと、おじ様たちの行いが良いのか悪いのかは、私では判断できません。


「捕らえられたのがおじ様だけという事は、その時、エーリカ先輩やティアさんが居た証拠は見つからなかったんですよね。何でおじ様だけが、犯人と分かったんですか?」

「あたしを助けた時に運悪く教会のにーちゃんが現れたのよー。まぁ、あたしの魔術で夢の世界に連れてったから助かったんだけどねー。ただ、おっちゃんだけが顔を覚えられていて、今に至る訳ー。濃い顔をしているから忘れようにも忘れないかー」


 うんうんと八人のティアさんが頷いていると、「素敵な顔です。ご主人さまは」とエーリカ先輩が訂正しました。

 

「あの男性を殴って、宝箱に詰めて、絶対に解除できない結界をしておけば、今頃、ご主人さまは捕まらなかったのですね。後悔しかありません」

「あたしももっと強力な幻影を掛けて、一生、夢の世界から抜け出せなくしておけば良かったわー」


 さすが姉妹。恐ろしい事をしれっと言います。


「そ、それで、おじ様はどうなるのですか? 教会の宝を盗んだ事になっているんですよね? も、もしかして……」


 正直、この先の事は怖くて聞きたくありませんが、聞かなければいけません。

 意を決して尋ねると、ティアさんは「無罪よー」と何事もなく言いました。


「えっ? 無罪? どうして?」


 無罪なら喜ぶ所ですが、顔を見られているのにどうして無罪になるのでしょうか?


「あたしもよく分からないんだけど、おっちゃんが盗んだという証拠が出なかったみたいなのー。何とかという偉い神父が途中から来て、魔術なのか魔法なのか分からないけど、調べたらしいわー。まぁ、実際、盗んだ訳じゃないしねー。入っていたのは、あたしなんだからー」


 ティアさんの話を聞いてもよく分かりません。ただ、それは仕方がありません。ティアさんはその場で見聞きした訳でなく、おじ様から聞いた話を私たちに伝えているだけです。会話の内容を完全に覚え、理解する事は無理なのです。


「では、ご主人さまはすぐに戻ってくるのですか?」


 眠そうな顔をしているエーリカ先輩の瞳に淡い光が射しました。

 そんな期待に満ちたエーリカ先輩の問いに、ティアさんは「当分、戻って来ないわねー」と乾燥させた果物をモチャモチャと食べながら答えます。

 その返答を聞いた私は、やはりと思いました。

 あの教会が証拠がないというだけで、簡単に無罪にするとは思えません。

 証拠がなければ、探せばいい。見つからなければ、作ればいい。

 教会は、そのぐらいすると思います。


「なんか偉い神父が、おっちゃんを庇ってくれたらしいのよー。だから、宝を盗んだ件は無罪らしいわー」


 神父の中にも話が分かる人がいるようですね。

 少し、教会の印象を変えた方がよいかもしれません。


「ただ、宝を盗んだ犯人でない事は実証されたけど、無断で教会内に入り、さらに今回の騒動の一旦を引き起こした。その罪を償わなければいけないらしいのよねー」

「罪の償いですか……」


 話を聞く限り、最悪の事態ではなさそうで、ほっとします。

 その償い方法が、お金で解決するのか、労働で解決するのか分かりませんが、無茶な事はなさそうです。

 すぐにおじ様が戻ってきて、またいつもの日常が送れると思った矢先、ティアさんから理解の越えた言葉が飛び出しました。


「おっちゃん、炭鉱に行って労働してくるそうよー。思いっきし、重罪人の末路ねー」


 えっ!? 炭鉱行き!?

 教会の不法侵入と騒乱の責任の罪として炭鉱送りが償いなのですか?

 炭鉱と言えば、死刑を免れた重罪人が送られる過酷な現場だと聞いています。

 あまりにもな結果に私の開いた口が塞がりません。

 これが教会のやり方なのだと知り、今まで聞いていた教会の印象が間違いなかったと再認識しました。


「アナちゃん、ちょっと勘違いをしているようねー。炭鉱行きを希望したのは、おっちゃん自身よー」

「えっ、おじ様が?」

「ご主人さまが希望したのですか?」


 私とエーリカ先輩の声が重なりました。

 私同様、エーリカ先輩もおじ様の行動に理解できなかったようです。


「えーと……何て言ったっけ? 頭の中に声が聞こえる……えーと……あれだよ、あれ……」


 何かを思い出そうと首を傾けるティアさんに、「『啓示』ですか?」とエーリカ先輩が言う。


「そうそう、『啓示』、『啓示』。それの指示に従うんだって」

「なるほど……それなら炭鉱行きも理解します。理由は分かりませんが……」


 エーリカ先輩は納得したようですが、私は逆に首を傾ける事になりました。


 えーと……『啓示』とは何でした?

 おじ様が以前に教えてくれたのですが、思い出せません。


「あたしとご主人さまを出会わせてくれた有り難い声です。ご主人さましか聞こえません。危険な時や迷っている時に助言をし、道を示してくれるそうです」


 思い出そうとしていた私に、エーリカ先輩が教えてくれました。


 ああ、そう言う説明でした。


 その『啓示』のおかげで、何度も死にそうな場面を切り抜けたり、エーリカ先輩やティアさんにも出会えたと言っていました。

 『啓示』の指示に従っていれば、悪い事にはならないとも言っていたので、今回も何かしらの良い事があるのかもしれません。

 ただ、今までそのような能力を持っている方が身近にいなかったので、どこまで信じてよいのか不安なのですが……。


「そう言う事だから、あまり心配せず、気長に帰りを待っていて欲しいと言っていたわよー」

「それは、ご主人さまの言葉で間違いありませんか?」

「ええ、おっちゃんが真剣な目で伝えて欲しいって頼まれた」


 気長と言えど、罰で炭鉱に送られるのです。刑期が決まっていないので、いつ帰ってくるか分かりません。数年も掛かるかもしれません。最悪、死ぬまで戻って来ない可能性もあります。

 胸の中に不安が募ります。

 居ても立ってもいられない嫌な気分です。

 私以上に嫌な気分になっているのはエーリカ先輩でしょう。

 誰よりもおじ様の事を慕っているのはエーリカ先輩です。

 そんなエーリカ先輩は、ティアさんからの言付けを聞くと、「分かりました」と一言呟き、席を立ちました。


「先輩?」

「ティアねえさんからの報告は終わりました。眠る事にします」


 ティアさんが「一緒に寝る?」と言うと、「一人で大丈夫です」と寂しそうに寝室へ入ってしまいました。

 ティアさんからの報告を聞いて、おじ様の境遇は理解しました。まだ色々と聞きたい事や腑に落ちない事がありますが、目の前のティアさんに聞いても答えられない事ばかりです。

 沈黙が流れます。

 それもその筈、報告していたティアさん以外、残りのティアさんは机の上で寝ているのです。

 特にやる事もないので、私たちも寝室に移動します。

 ちなみに机で寝ているティアさんたちは、そのまま放置です。日付が変われば、全員消えて一人の体に戻るので他っておけばいい、とティアさんに言われたからです。


 ベッドに入り、目を瞑りますが、色々な感情が胸の内を渦巻いて寝付けません。

 ベッドの横に置いてある机の上には、ティアさん専用のベッドが置かれています。その中から寝息が聞こえ始めました。

 おじ様たちと出会ったのは最近の事です。

 短い間に色々な依頼をこなし、一緒に生活するようになりました。

 慌ただしい日々ですが、とても充実した日々でもあります。

 これからも、それが続く事を願っています。

 おじ様がいて、エーリカ先輩が横について回り、ティアさんが賑やかにする日々。

 それが一番の願い事です。


 女神フォラさま、どうか、おじ様を見守ってください。


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