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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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175 幕間 これまでの事 その1

男ばかりで暑苦しいので、数話ほど、アナ視点の話を入れさせていただきます。


 大金が手に入りました。

 金貨です! 金貨!

 生まれて初めて見ました。

 さすが貴族様の依頼です。

 アケミおじ様たちと行動を共にしてからというもの、驚きの連続です。

 亡くなった父と一緒に過ごしていた時は平穏を楽しんでいましたが、今は刺激ある生活を楽しんでいます。

 ただ、そんな楽しくも慌ただしい日々は、すぐに幕を閉じてしまいました。



 おじ様とエーリカ先輩の借金を返済した後、エーリカ先輩とティアさんがこれからの事を楽しく話し合っています。

 主に私の夢であった料理屋について話しています。

 私自身、亡き母の夢を引き継いだだけで、今すぐに現実にしたい訳ではありません。冒険者でもある私は、すぐに飲食業に転職するつもりはないのです。歳をとって冒険者稼業が辛くなった時にでも出来たらと思う程度でした。

 それが借金を返済しても、まだ手元に金貨が数枚ある所為で、料理屋の話が進んでしまっています。

 どうすれば良いのでしょうか?

 みんなを束ねているおじ様は、苦笑しながら成り行きを見守っているだけです。

 このままでは本当に夢が叶ってしまいます。……まぁ、それはそれで嬉しいのですが……。

 そんな優柔不断な私もいるのです。


 そんなやり取りをしていたら冒険者ギルドに辿り着きました。

 今か今かと待っていた受付のレナさんに貴族の依頼の完了報告を済ませます。

 誕生日会の報告を聞いたレナさんは、驚いたり怪訝な顔をしたりしていますが、一応、報告は無事に終わりました。

 気苦労の多い貴族の依頼と借金返済が終わり、おじ様の表情は晴れやかです。私もほっと胸を撫ぜ下ろしました。エーリカ先輩とティアさんは、いつも通りです。

 そして、冒険者の依頼を受けずに外に出た所で、問題が起きました。

 

 なんと、おじ様が捕まってしまったのです。


 それも事もあろうに教会の神父にです。

 貴族よりも権力のある教会は、ここ数年、悪い噂が絶えません。嘘か真か分からない色々な噂は、全て良くないものばかりです。

 そんな教会の神父は、街の衛兵を数人連れて、汚い言葉をおじ様に吐き捨てています。

 私は、どうすれば良いか分からず、ただ呆然とするしか出来ません。

 おじ様は、衛兵に向けて二言三言話した後、私たちの元に来ました。

 私たちの中で一番おじ様を慕っているエーリカ先輩が暴走しないように念を押し、心配しないようにと言ってくれました。

 その顔は笑っていますが、私たちを心配させない為の痩せ我慢なのは、顔色の悪さから分かります。

 そして、武器や小物入れを私たちに渡したおじ様は、衛兵たちに連れて行かれたのです。

 おじ様に心配ないと言われたエーリカ先輩は、黙っておじ様の後ろ姿を見ていました。

 

「ああー、おっちゃん! あたしを置いて行っちゃったじゃない!」


 ガバッとおじ様の小物入れが開くと、別のティアさんが飛び出てきました。

 

「仕方ないわねー」


 そう言うと、私の胸元に入っていたティアさんが、上空へと飛んで行きました。


「しっかりと様子を見てきてねー」


 小物入れに入っていたティアさんが、空を飛んで行ったティアさんに向けて手を振っています。

 魔術で分身体を作れるティアさんです。とても便利な魔術ですが、傍から見ている私たちは、混乱しそうです。

 おじ様の姿が見えなくなると、冒険者ギルドの職員や遠目で見ていた冒険者の人たちが、わらわらと集まり問いかけてきました。

 「何があった?」「どうして、連れていかれた?」「あの顔だ。神父を殴ったのか?」「いや、酔って教会の壁にゲロでも掛けたんだろ。そういう顔をしている」と問われたり、変な邪推をしたりしてきます。

 私たちも何で連れて行かれたのか分からないので、返答する事は出来ません。

 「分かりません」「私も知りたいです」と連呼していると、おじ様を追いかけていったティアさんが戻ってきました。


「おっちゃん、北門近くの兵士詰所に連れていかれたよー。もう一体、あたしを作ってきたから心配しなくていいわよー」


 監視用に別のティアさんが残っていると言いますが、ティアさん一人で何が出来るのでしょうか?

 ティアさんの幻影魔術は凄いのですが、おじ様が最悪の事態になった時、助ける事が出来るかは疑問です。

 まぁ、神父とはいえ、すぐに最悪の事態になる事はないでしょうから、しばらくは様子を見る事しか出来そうにありません。

 今、私たちに出来る事は何も無いのです。


「帰りましょう」


 今まで黙っていたエーリカ先輩が、人混みを掻き分けながら歩いて行きます。

 その後ろ姿は、見た目通り小さく、寂しそうでした。

 まだ納得していないギルド職員や冒険者を置いて、私は二人のティアさんと共にエーリカ先輩の後を追いかけます。

 向かうのは北門の方、おじ様が連れて行かれた兵士詰所に向かうのかと一瞬思いましたが、エーリカ先輩は、そちらに見向きもせずに門を抜けて、私の家へと帰ってきました。



 家の中に入ると食卓の上で四人のティアさんがお茶とチーズを食べながら談笑していました。

 もう既に一通りの家事を終えて休憩をしていたみたいです。


「早い帰りだねー」

「腹でも減ったの?」

「お茶を用意するねー」

「エーちゃんが落ち込んでいるけど何かあった?」


 四人のティアさんが各々挨拶をしてきます。

 私とエーリカ先輩が椅子に座ると、ティアさんたちがお茶を用意してくれます。

 おじ様が好きなミント茶です。

 私たちと共に帰ってきた二人のティアさんが、家事をしていた四人のティアさんに説明をします。

 食卓の上に置かれたチーズを囲って、六人のティアさんが話し合っているのを私とエーリカ先輩は黙って見ています。

 ティアさん同士が話し合っていますが、良く良く考えると、これって独り言の一種なんですよね。そう考えると、変な光景です。まぁ、分身体の状態では、各々、僅かな情報しか共有されないとの事ですから、独り言ではないのかもしれません。


「おっちゃんが捕まった!?」

「それは大変だー!」

「様子を見に行こー!」

「皆の者、あたしに続けー!」


 一通り話を聞いた四人のティアさんが、家を飛び出して行きました。

 

「え、えーと……行っちゃいましたけど、良いんでしょうか?」


 もしかして、変な事をして余計におじ様に迷惑を掛けるのでは? と危惧した私が残ったティアさんに尋ねると、「さぁー?」と返ってきました。

 自分の事なのに分からないようです。凄く心配になります。


「ティアねえさんでも最低限の常識はあります。無茶な事はせずに本当に様子を見に行っただけでしょう。心配はいりません」

「何が最低限の常識よー。このこのっ!」


 ティアさんにポコポコと殴られているエーリカ先輩は、一欠片のチーズを口に入れると、席を立ちました。

 

「もしかして、先輩もおじ様の様子を見に行くのですか?」

「いえ、少し風に当たってきます」


 そう言うなり、エーリカ先輩は家から出て行きました。

 寂しそうな後ろ姿のエーリカ先輩が居なくなったので、私も席を立ち、汚れた皿や使用した容器を洗い場に持っていき、ティアさんと共に綺麗にします。


 さて、この後、どうしようか?


 家事は全てティアさんが終わらせています。

 家の中の掃除、使用した衣服の洗濯、布団も干してあります。

 クロとシロの世話もしてもらっているので、私の出番はありません。

 一旦、外に出ると馬場の中でクロとシロが楽しそうに走っている姿が見えます。

 最近、餌やりも掃除もしていないので、私の事を忘れているかもしれません。

 散歩でもしようかと思いましたが、おじ様が大変な事になっているので自粛します。


 家の裏に回って薬草園を見てみました。

 綺麗に柵で囲った薬草園には、野菜の苗も植えられており、問題無く育っています。

 収獲にはまだ先ですが、今から楽しみです。


「あれ、スライム?」


 よくよく薬草園を見ると、数匹のスライムが地面の上でプルプルと震えています。

 色は緑色ですので、草を主食にするグリーンスライムです。

 薬草や野菜が食べられると思い、急いで柵に近づくと……。


「おー、アナちゃん。薬草を取りにきたの?」

「あれ、ティアさん?」


 なぜか、一匹のスライムの上にティアさんがいました。プルプルと震えるスライムに器用に座っています。


「このスライム……もしかして、ティアさんが用意したんですか?」

「そうそう、雑草取りに連れてきたのよー。虫も食べてくれるし、凄く便利なんだよー」


 自信満々に答えるティアさんは、プルプルと震えるスライムの上に器用に立ちあがって、胸を反らしました。


「そ、そのー、薬草とか野菜の葉は食べないか心配なんですが?」

「大丈夫、大丈夫。その辺は、あたしがしっかりと教育していくから問題ないわよー」


 教育できるの!?

 脳みそがないのに、物を覚える事が出来るのだろうか?

 

 私の心配もよそにティアさんは、「虫、発見! スライムちゃん、行くわよー」とスライムに跨り、数匹のスライムを伴い、薬草園の中を走って行きました。

 

 うーむ、大丈夫だろうか?


 心配ではあるが、土いじりから始め、柵作りも苗植えも全てティアさんがしてくれたので、私から口出しする事は止めておきます。


 その後、私はクロたちの餌である飼葉の在庫を調べる為に、厩舎に向かいました。

 厩舎の横には、エーリカ先輩がおり、切株の上に座って呆然と空を見ています。

 その姿は、まるで人形の様であり、感情が一切ありません。

 そう言えば、エーリカ先輩とティアさんは、人間や妖精の姿に似せた、本物の人形だという話でした。信じられない話ですが、今の姿を見れば、納得できそうです。

 こんな表情をするのは、下町でベアボアスープを食べた以来です。

 心配になった私は、エーリカ先輩に声を掛けますが、「問題ありません」「空を見ているだけです」と取り合ってくれません。

 それだけ、おじ様の事が心配で、離れ離れになった事が悲しいのでしょう。

 私も父を亡くした時は、こんな感じだったので心情は察します。

 何とか元気を出してもらいたいと思い、私はある事を思いつきました。


 今日の夕食は、おじ様が作った料理にしましょう。


 これは良い考えだと思い、さっそく家の中に戻り、食材を確認します。

 うん、材料はあります。

 では、早速、調理を……と思いましたが、まだ昼前ですので止めておきます。

 仕方がないので、私は調理方法を思い出しながら、細々とした事をして、夕方近くまで時間を潰しました。



 ………………

 …………

 ……



 太陽が沈み始めます。

 冒険者の依頼をしていたティアさんたちも戻ってきました。今日は、上空から街の監視をしていたそうです。

 私は、三人のティアさんがクロたちを厩舎に戻し、餌をあげている姿を眺めながら、エーリカ先輩の元へ向かいます。

 エーリカ先輩は、昼前に会った時と同じ場所、同じ姿勢、同じ顔つきをしながら赤くなり始めた空を眺めていました。


「エーリカ先輩、夕飯を作りますので、手伝ってくれますか?」


 私の声を聞いたエーリカ先輩は、ゆっくりと顔を私に向けます。


「以前、おじ様が作ってくれたクリームシチューを作ろうと思います」

「……あれは美味でした」


 クリームシチーは牛乳スープに似た料理で、肉や野菜が大きく、ドロリととろみがあり、これだけで主食になる食べ応えのある料理でした。


「ただ、作り方がうろ覚えで、エーリカ先輩が覚えているなら手伝って欲しいのです」

「…………」


 しばらく、眠たそうな目で私の顔を見つめていたエーリカ先輩が、「……分かりました」と一言呟くと切株から立ち上がりました。

 食べるのが大好きなエーリカ先輩がようやく動きました。さすが料理です。いや、おじ様の料理ですね。


 家の中に戻ってきた私たちは、早速、厨房へ入ります。

 厨房には既にティアさんがお風呂用に大量の水を沸かしている最中でした。

 

「ようやく雲の観察を終えたのねー。いっつも何かあると呆けるんだからー」

「別に呆けてません」


 茶化すティアさんを適当に対応するエーリカ先輩と共にクリームシチュー作りを始めます。

 二人で楽しく調理……と言いたい所ですが、どうしても作り慣れた牛乳スープの要領で作ってしまい、その都度、エーリカ先輩から注意が飛んできます。

 「野菜が細かい」とか、「煮込む前に炒める」とか、「牛乳の前に小麦粉を入れる」とか、エーリカ先輩は完璧に作り方を覚えていました。

 それだけおじ様の姿をしっかりと見ていたのでしょう。

 私は言われるままに調理をして、ようやくクリームシチューを完成しました。


 本日の夕食は、クリームシチューとパンと温野菜です。

 早速、食事を始めます。出来立てが一番美味しいですからね。

 自分で作った所為か、おじ様が作ってくれた時と同じぐらい美味しく出来たと自負します。

 四人のティアさんも一つの皿を囲って、「うめー、うめー」と食べ続けています。

 エーリカ先輩はと言うと……。


「どうですか、先輩? 上手く出来ていますか?」

「ご主人さまの手料理に比べたら愛情が足りません。及第点と言った所でしょう」


 辛口の評価ですが、スプーンの動きは早いです。

 その姿を見て、つい口元が緩んでしまいました。

 おじ様と離れて寂しそうなエーリカ先輩ですが、おじ様が大火傷をした時みたいに一切食事をしないという事はないので安心できます。

 私とエーリカ先輩とティアさんだけの夕食。

 料理は美味しいですが、おじ様がいないだけで、寂しい静かな夕食になってしまいました。


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