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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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172 炭鉱作業 三日目 その2

 本日は、石炭のある炭層を探す為、第三横坑の最奥である切羽で作業をする。

 私と共に炭層探しをする相手は、ブラッカスを親分と呼んでいるハンスであった。

 私の所為で炭坑送りになり、恨み辛みを抱いているハンスが多数ある横穴の一つに立ち止まる。

 

「説明は一回だけだ。お前はソリと共に穴の中に入り、石炭がありそうな場所を掘れ」


 ハンスが指差したソリには、縄がつけられ、穴を掘る道具が乗せられていたる。


「掘って出た土や石はソリに乗せろ。一杯になったら、縄を引っ張り、出口で待機している俺に合図を送れ。そうすれば、俺が縄を引いてソリを引き戻し、土や石を片付ける。終わったら、俺の方から縄を引いて合図を送るから今度はお前が引いて、ソリを引き戻す。それの繰り返しだ」


 ハンスは簡潔に説明をする。

 私の事が嫌いなのに作業の説明はしっかりとしてくれる。彼も私情を挟んで、兵士に殴られるのは嫌なのだろう。

 まぁ、やる事は簡単なので説明も何も無いのだが……。

 要は、私が狭い穴に入って掘り進め、いらない土や石をソリに乗せて、縄を使ってソリを出し入れすればいいだけの事。

 問題は、暗闇一色の穴に私が入って行かなければいけない事だ。


「真っ暗なんだけど? 明かりは?」

「あるわけねーだろ」


 うそっ!?


 恐怖に青褪めた私にハンスは、「ふっ」と笑いを零す。

 あっ、その表情、騙された!?


「……と言いたいが、これを使え」


 そう言うとハンスは、一本の棒切れを渡した。

 なにこれ? 本当にただの棒なんだけど? と思ったが、よくよく見ると棒の先端に小さな魔石が嵌め込まれており、小さく光っていた。

 

「こんな小さな明かりで作業が出来るの?」

「ただ穴を掘るだけだ。見えなくても出来る。それに穴の中は一本道だ。魔力が無くなって光が消えても戻ってくるなよ」


 「兵士に殴られる前に、さっさと行け!」とハンスに言われ、私は横穴に目を向ける。

 穴は地面に沿って掘られているので、地を這うようにしないと入れない。

 以前、リーゲン村を襲った大ミミズの穴よりも狭く真っ暗な穴をペンライトにも劣る棒切れの明かりだけで入っていくのだ。

 怖すぎて、嫌すぎる。


「こ、これ、どのぐらいの距離があるの? 地中で崩れたりしない? 酸欠にならない? 虫とか出ない?」


 恐怖でやらない方向に話を持っていけないかと色々と訴えるが、私の事を嫌うハンスは「さっさと行け!」と言うだけで、後輩いじめをする。

 こんな姿だけど私は未成年なんだよ。もう少し、優しくしてよ。

 

 私の願いも聞き入れてもらえず、ソリを繋いだ縄を私の体に括りつけ、穴の中へと押し込まれてしまった。

 仕方無く、私は真っ暗な横穴に突入する。

 ズルズルと地面に体を擦りながら匍匐前進をするように奥へと向かう。

 右手に持っている棒切れの先端が光を発しているが、せいぜい手元しか見えない。辺り一面、黒く塗りつぶされている世界に今すぐに引き返したくなる。

 入口の方からシュコシュコと変な音が聞こえる。

 たぶん、酸欠予防の通風機があり、ハンスが空気を送ってくれているのだろう。ただ、空気の流れがまったく感じられず、とても息苦しい。

 所々、簡易の支保で穴を補強してある所為で、無駄に立派な体が引っ掛かり上手く進む事が出来ない。

 私の体格でギリ進入できる狭い横穴は、水滴に濡れており、さらに暑さも酷い為、全身が汗と泥で汚れきっている事だろう。

 今の私はさながら、高層ビルを占拠したテロリストから逃げる為に通気口を移動している主人公だ。汚れで服の色も変わっちゃうしね。



 先が見通せない永遠とも思える横穴を荒い息を吐きながら進み続ける事しばらく、ようやく壁にぶつかった。

 何とか無事に先端に到着である。

 体感的に二十メートルぐらいの横穴であったが、もしかしたら、もっと短いかもしれない。

 心身共に疲れた私は、全身の力を抜き、目を閉じて、少しだけ休憩する。

 目を閉じても、開けていても、暗いのは変わらない。

 どうせ誰も見ていないので、このまま作業した(てい)でサボろうかな?

 いや、いらない土や石をソリに乗せて運んでもらうので、サボっているとバレてしまう。


 はぁー、やるか……。


 今日、何度目かの溜め息を吐き、私は体に縛られた縄を手繰(たぐ)り寄せるとソリに乗せられた道具を掴んだ。

 暗くて分からないが、小さなスコップみたいなのがある。

 試しに寝転がった状態からそのスコップみたいなもので、表面の壁を刺すようにぶつけてみた。

 スコップの刃先は、ガスっと音を立てて、壁から逸れる。


 表面の壁、もろに岩なんだけど……。


 これ、どうやって掘り進めればいいの?

 何度も何度もスコップで壁に突き刺すが、その都度、刃先が逸らされてしまう。

 埒があかないので、別の道具をソリから取り出す。

 手探りで探し当てたのは、楔と小さなハンマーであった。


 うん、これしかないよね。


 炭鉱作業初日に何個か硬い岩を楔で砕いた経験がある。

 私はチマチマと壁に楔を打ち込み亀裂を作っていく。

 暗い上、寝転がりながらの作業なので、何度も指にハンマーが当たり、悲鳴を上げてしまった。だが、その甲斐もあり、壁の一部がボロボロと崩れていく。


 ちょっと、感動。


 何となくやり方が分かった気がした。

 穴を掘るというよりも、壊していくといった感じだ。

 その後は、チマチマと壊れやすい場所に楔を打って壊し、地面に落ちた破片をスコップを使ってソリに乗せていく。

 ある程度、ソリが満タンになったら、縄を引っ張ってハンスに合図を送ると、ズルズルとソリが出口に向けて移動していった。

 しばらくすると、グイグイと縄から合図が起きたので、今度は私が縄を引っ張り、ソリを引き戻す。

 この繰り返しである。


 ハァハァと呼吸が荒く、息苦しくなってきた。

 ちょっと、ペースを上げ過ぎたみたい。

 しばらく、休憩。

 誰も見ていないので、好きな時に休憩が取れるのは嬉しい。

 私は、濡れた地面にうつ伏せになって目を瞑る。

 何も考えずに目を閉じていると、音が敏感に感じ取れた。

 ズズズとか、ゴゴゴとか、ピシッとか、パシッと壁の奥から聞こえる。


 これは山鳴りかな?


 山の内部が動く事で鳴る現象で、これが聞こえるって事は、山の中にいる私たちは非常に危険なんじゃないだろうか?

 山鳴りは、落盤や崩落の予兆というし、もしかして天井が崩れたりしないよね。

 簡易ではあるが、一応、支保も設置されているし、大丈夫だよね? いや、簡単に作ってあるだけの代物だから意味がないかも……。

 私は、嫌な想像をしてしまいゾクリと体を震わせた。

 今すぐにでも出口に戻りたくなる。

 目を開け、どうしようかと悩んでいると別の音が耳に入ってきた。

 それは、カンカンとか、ドンドンという音である。

 もしかして、他の穴に入って炭層を探している囚人の音が地中を通して聞こえているのかもしれない。

 私だけでなく、数人の囚人も狭く暗い穴に入って、モグラのように作業をしているのだと思うと、一人でビクビクと震えているのが申し訳なくなってきた。

 みんなも同じ思いと境遇で作業をしているのだ。

 それに、出口に戻って、崩落が怖くて作業が出来ませんと言った所で、一発殴られてから無理矢理穴に押し込められるのが目に見えている。


 大丈夫だよね、『啓示』さん。



 ―――― ………… ――――



 現在、話し相手になりそうな『啓示』に話し掛けてみたが、まったく返事がない。

 返事が無いという事は、大丈夫なのだろう。

 もし駄目なら『啓示』の方からアドバイスが流れると思う。

 私は覚悟を決めて、再度、道具を持ち、壁を掘り始めた。



 ビクビクしながら壁を壊していると、体に括られた縄が強く引かれた。

 グイグイと私を出口まで戻そうとするような強い引きで、何かあったのかと思い、出口の方に顔を向け、耳を澄まし、真っ暗に染まった空間を見つめる。


「……休憩だ! 戻って来い!」


 出口の方から、微かにハンスの声が聞こえた。

 ああ、ようやく休憩か。

 途中、恐怖でガクブルしていたが、結構、良い仕事をしたんじゃないだろうか?

 たぶんだけど、二十センチぐらいは掘ったと思う。

 私は満足そうにズルズルと後退し、出口へと戻る。

 方向転換する事が出来ないので、中々、戻る進みが遅いが、これから休憩という事で気分は晴れやかであった。


「お前、手を抜いていたんじゃねーだろうな。全然、廃石を回収してないぞ」


 数時間ぶりに顔を合わせたハンスは、開幕一番、文句を言ってきた。

 私の事を嫌っているのは分かるが、サボっていたと思われるのは心外だ。

 まぁ、確かに途中何度か勝手に休憩をしていたけど……。


「いやいや、結構、掘り進めたよ。初めてにしては、良い仕事をしたと褒めてほしいね」


 ムカっとした私は、つい反論してしまった。


「掘り進めただけで満足してどうする!? 目標は炭層を探す事だ! いくら掘っても、炭層を見つけなければ意味がない!」


 あー、そう言えば、そうだった。炭層探しが目的だった。

 図星を刺された私は、ぐうの音も出来ず、素直に「ごめん」と謝った。

 

「ふん、休憩が終わったら、次は俺が中に入る。お前よりも経験のある俺が、誰よりも先に炭層を見つけてやる」


 ハンスは、炭層探しにとてもやる気に満ちていた。

 もしかして、一番に炭層を見つけた者は、特別報酬でも貰えるのだろうか? それとも誰かと賭けているのかもしれないな。



 私は他の囚人たちと共に、昨日、拳闘をした場所まで戻り、休憩に入る。

 全身泥だらけの私は、羞恥心と一緒に上着を脱いで裸になり、桶に満たされた水で汚れを落とした。

 上着も簡単に洗い、乾いた布で全身を拭いてから適当な場所に腰を落とす。

 昨日同様、若干広くなっている場所で二人の囚人が殴り合い、それを見ながら他の囚人が賭け事をしていた。

 殴られて痛いだけなのによくやるよ。

 まったく理解できない私は、金輪際、あそこには近づかないと誓う。


 視線を逸らした私は、すぐ近くにいるハンスに目を向けた。

 ハンスは、壁を背に、別の囚人と話し合っている。


「お前、ツイてねーな。新人のお守なんて」

「ふん、まったくだ。それだけでなく、俺や親分をこんな場所に送り込んだ張本人だ。余計に腹立だしい」

「そんなお前じゃあ、一番に炭層を見つけるのは無理そうだな。賭けは俺の勝ちだ」

「馬鹿言うな。見つけるのは俺が先だ。お前に譲らねーよ」


 聞くも無しに視線を向けていると、そんな会話が耳に入ってきた。

 うーむ、やはり、賭け事をしていたみたいだ。

 他にやる事はないのかね……うん、無かったね。

 自由のない囚人に娯楽なんてない。せいぜい、適当な内容で賭け事をして楽しむか、殴り合うぐらいしかないのだろう。


 ドサリと私のすぐ横に誰かが座った。

 顔を向けると、ディルクが革袋から水を飲んでいる。


「顔の調子はどうだ?」


 水を一口飲んだディルクは、革袋を私の方に持ち上げる。

 私は、ディルクの飲みかけを断り、自分の革袋を取り出し、温くなっている水を一口飲む。


「見た通り、もう腫れも痛みもないよ」


 体中傷だらけで一見怖そうな雰囲気をしているディルクだが、色々と手を貸してくれたり、心配をしてくれる良い人である。


「私は、力も体力もないので炭鉱作業は大変だけど、それ以外は、結構、余裕がある」


 恩赦のおかげで、作業が終わればリディーの小屋でぬくぬくと生活が出来る。この事を他の囚人に素直に伝えると妬まれそうなので言わない。


「そっちはどう? 上手くやっていけてる?」

「まぁまぁだ。環境が厳しい分、囚人連中はお互いに手を取り合って乗り越えている。大したものだ」


 何となくだが、ディルクの言葉は、他人事のように聞こえる。自分も囚人だというのに……。


「うーむ……手を取り合ってね?」


 私は、チラリと拳闘している場所に目を向ける。

 新人歓迎会という口実で無理矢理、殴り合いに参加されせれたんだが……嫌な手の取り合いだ。


「ふっ、例外はあるがな」


 私の視線に気が付いたディルクは、「くくっ」と笑っている。

 笑いごとじゃなかったんだけど……。


「内容はどうあれ、こんな環境で楽しめる気力があるのは良い事だ」

「一部の者だけだと思うけど」

「確か名前はクズノハだったな」

「ええ、クズノハ。葛葉朱美。改めてよろしく、ディルク」


 そう言えば、お互いに名前を言い合ったりしていなかった事を思い出す。


「クズノハは、別の場所で寝起きをしているから分からないが、殴り合いだけが楽しみの一つじゃない」

「宿舎では、他にも何かしているの?」

「石ころや木の枝を使って賭けをしている者、体を鍛えている者、野菜を育てている者、こっそりと酒を作っている者。それぞれ自由時間を満喫している」

「お酒って、こっそりと作れるものなの?」

「兵士もグルだ」


 まぁ、そうなるよね。


「そういう部分では、俺たち囚人は恵まれている」

「恵まれているのかな?」


 そもそもディルクは何が言いたいのだろうか?

 ただ、思いつくままに話したいだけとは思えない。


「第一炭鉱に働いている炭鉱夫に比べればの話さ」


 私の疑問を察したディルクは、罪を犯した囚人ではない、一般人が働く第一炭鉱について話しだした。


「あそこで働いている連中は、元は貧民地区に暮らしていた連中を集めてきたんだ」

「貧民地区の人なら来そうだね。大変な作業だけど、給料は良さそうだ」


 きつい、汚い、危険の炭鉱現場だ。

 異世界だから分からないが、賃金はそれなりに高い筈である。

 貧民地区のようにお金がない人なら、仕事先として選んでも不思議ではない。


「そういう奴もいる。ただ、それ以外の奴もいる」

「どういう事?」

「この町に住んでいる大半の連中は、借金まみれで首が回らず、ゴミ虫のような扱いを受けながら、炭鉱作業をさせられているそうだ」


 ああ、そう言えば、昔の日本の炭鉱でもそのような話を聞いた事がある。

 高賃金という魅力的な話に乗って炭鉱に来たら、飲み食いで無理矢理借金を作らされ、返す事も出来ずに死ぬまで炭鉱作業をさせられたとか何とか。


「中には、家族全員で坑道に入っているのもいる。幼い子供もな」

「えーと……ディルクは何が言いたいの?」


 私たち囚人も大変だが、すぐ隣の第一炭鉱で働く人たちも大変なのは分かった。

 だが、そもそも罪を犯し罰として作業をしている囚人の私たちと、生活の為に働いている一般の炭鉱夫とでは、立ち場が違い過ぎて比較する事が出来ない。

 それが借金の為とはいえ、まだ私たちは娯楽が出来るほど気力があるので恵まれている、と言われると首を傾げてしまう。

 そもそもディルクは、なぜ休憩時間を使って私相手にこんな話をしたのだろうか?

 ディルクの心理が知りたくて、再度、問いかけてみた。


「知らないと不味い話なのかな?」

「別に深い意味はない。話の流れで言っただけだ。ただの世間話さ。気にするな」


 そう言うなり、ディルクは黙ってしまった。

 腑に落ちない私であるが、折角の休憩時間を使ってまで話し続けたい内容ではないので、私も黙る事にした。


 そして、しばらく休憩をしていると兵士の合図が坑道内に鳴り始めた。


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[一言] 妙に面倒見が良い人から貧困ビジネスの示唆…。 不穏な空気がしてきましたね。天秤がどう傾くのか楽しみです。
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