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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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171 炭鉱作業 三日目 その1

 太陽が昇る前に目が覚めた。

 昨日は、リディーとフリーデの三人で食事をした後、後片付けをしてから、すぐに寝てしまった。

 早く起きる事は良い事なのだが、いかんせん、早すぎてもやる事がないので二度寝する……と思ったが、部屋に違和感を覚えた。

 やたらと部屋が暖かいのだ。

 いつもなら朝起きたらカチコチに冷え切っているのに、なぜか今日は部屋の中がぬくぬくしている。

 気になった私は、二度寝を諦めてベッドから下り、部屋の中を見回す。

 すぐに原因が分かった。

 台所の竈に火が点けられ、部屋を暖めていたからだ。

 隣で寝ている筈のリディーの姿がない事から私よりも早く起きて、竈に火を点けたのだろう。

 竈の火以外明かりのない薄暗い台所に向かうと、椅子に座っているリディーの背中が見えた。

 上半身裸になっているリディーは、桶に入れたお湯で布を濡らし、体を拭いている。


 ああ、そう言えば、昨日、リディーはワインで酔い潰れて、お風呂に入っていなかったな。


 何となく声を掛けそびれた私は、ぼんやりとリディーの後ろ姿を見ていた。

 絹のような白い肌。

 スラリと伸びた背筋。

 水で濡れたうなじ。

 竈の火に照らされるリディーの姿は、とても現実とは思えないほど幻想的な光景をしていた。


 うーむ……それにしても綺麗すぎる。


 男性のリディーであるが中性的な部分がある所為で、余計に美しさが際立っている。

 決してエロスを感じさせない眩しさがそこにあった。

 エルフ、何て恐ろしい種族なの。

 

 黙々と体を拭くリディーを見つめていると、つい生唾をゴクリと飲んでしまった。

 リディーの長い耳がピクリと動く。

 やばい、気付かれたかも……いや、別に(やま)しい気持ちがあるわけじゃないので、普通に声を掛ければいいだけだ。

 私は煩悩を消すように頭を振り、今更ながら声を掛ける事にした。


「お、おはよう」


 ビクッと長い耳を立たせたリディーは、首がもげそうな勢いで振り返った。

 驚いたリディーは、目を丸く見開き、顔を赤く染めて、口元をあわあわとさせている。

 その表情は、歳相応(エルフだから見た目年齢)の男の子になっており、先程の美しさは霧散していた。

 

「い、いつからいた!?」

「今さっき起きたばかりだよ」


 「そうか……」とリディーは、体を包み込むように隠しながら私をじとーっと見ている。

 そこまで恥ずかしがらなくてもと思うが、つい後ろ姿に見惚れていた所為もあり、私は素知らぬ様に徹しながら竈の前まで向かう。


「昨日は、お風呂に入りそびれたからね。もう少しすれば太陽も上がるし、濡らした布で体を拭くよりも井戸で行水した方が良くない?」


 私はリディーの方を向かず、蝋燭に火を点けながら尋ねた。外のトイレに行く為に明かりが必要なので、ランタンの用意をしなければいけないのだ。 


「い、井戸の水は冷たすぎる。僕は冷たいのは嫌だ」

「そう……」


 私たち囚人は、いつも冷たい水で体を洗っているんだけど……。たまには暖かいお風呂に入りたいな。


「それはそうと、いつもお風呂に入れるって凄い事じゃない? 私が住んでいた街では、毎日、お風呂に入ると変に思われていたよ」


 蛇口を回せばお湯がでる現代日本と違い、この世界のお風呂はいちいちお湯を沸かして、運んで、ためなければいけない。たまになら良いが、これが毎日なら大変な労働になってしまう。


「ここには労働する人間が沢山いるだろ。おっさんもその内、兵舎の掃除をしたり、お風呂にお湯を入れたりする事になる」


 ああ、炭鉱作業だけでなく兵士の身の周りの世話も囚人の仕事なのね。


 ランタンの用意が出来た私は、未だに警戒心を露わにしているリディーの視線を背中に受けながら、そそくさと外へと出た。

 暗闇の中、ランタンの明かりを頼りに簡易トイレで用を済ませ、井戸で顔と手を洗った。

 肌を刺す冷たい水を顔に掛けた時、顔の腫れが完全に治っているのに気が付いた。

 流石、リディーの傷薬と私の謎回復力である。

 ちょっとだけ自慢したくなったので急いで小屋に戻ると、すでにいつもの服装に着がえたリディーが出迎えた。

 ちょっと、残念。


「ほらほら、見て。私の顔」

「んー、いつもの顔だが……あー、怪我が治っているな。さっきは気づかなかった」


 私の顔に興味のないリディーは、一晩で腫れが治ったにも関わらず、あまり興味がないようだ。

 ちょっと、寂しい。


「今日の朝食は私が作るよ」


 先程、覗き見していた後ろめたさもあり、そのお詫びを兼ねて朝食作りを願いでた。

 リディーは、特に気にした風もなく、「そうしてくれ」と許可が下りた。

 体を拭いていた桶や布を片付けているリディーから視線を逸らし、食材を物色する。

 色々な食材がある訳ではないので、いつもの朝食になりそうだ。

 卵を焼いて、ベーコンかウサギ肉を添えよう。

 スープは昨日の残りがあるので温めるだけ。

 フリーデが持ってきたパンも残っている。

 栄養も考えて飲み物は、果物を潰した果実百パーセントのフルーツジュースを作っても良さそうだ。

 あとは、塩味だけでは面白くないのでトマトソースを作って、卵と肉に掛けて食べても良さそうだ。時間もあるしね……と思ったけど、肝心のトマトが無いので諦めた。

 

 あっ、そうだ!


 フレンチトーストを作ろう。

 毎回、カチカチの硬いパンをスープに漬けて食べるのも面白くないので、フレンチトーストは良いアイデアだ。


 献立が決まった私は早速調理に取り掛かる。

 卵と牛乳をお椀に入れてかき混ぜ、硬いパンを適度に切り、漬けておく。

 変わった調理を始めた事でリディーが顔を覗かしてくる。

 どうせなら手伝って貰おうと思い、リディーに声を掛けると二つ返事で同意してくれた。

 リディーには、ふやかしたパンをフライパンで焦げないように焼いてもらった。


 私は、リンゴのフルーツジュース作りに取り掛かる……が、実際にリンゴを掴むと首を傾げた。

 ミキサーもないのに、どうやってリンゴジュースを作ればいいのだろうか?

 握り潰す訳にもいかないし道具もない。

 リンゴパイの甘煮みたいに、細かく切って、水と一緒に煮込んでから濾すか?

 いや、さすがに時間が掛かるし、手間も掛かる。

 そこで私はリンゴジュースを諦めて、ウサギリンゴに切り替えた。

 そう、私の料理は妥協と諦めで出来ているのだ。

 

「それ、何?」


 ウサギリンゴを見たリディーが、不思議そうな顔をしながら尋ねてきた。


「ウサギの形に切ったリンゴ。この辺が耳を表しているの」

「ふーん、顔に似合わず、面白い事を考えるね」


 顔は関係ないと思うぞ、リディー君。


 そんなリディーは、本物のウサギ肉の塊を地下貯蔵庫から取り出し、肉を切り分け、別のフライパンで焼いていく。

 焼かれるウサギ肉を見て、添え用に茹でたジャガイモも作った。

 こうして、私とリディーで朝食を作り終えた。


 綺麗に焼かれたフレンチトーストは、砂糖を入れていないので、上から蜂蜜を掛けて食べた。シナモンがあると、もっと良いんだけどね。

 焼いたウサギ肉は、昨日、夕食に食べたものと変わらない。スープも然り。

 ウサギリンゴは、酸味の強いただのリンゴだった。


 フレンチトーストはリディーに好評で、砂糖や香辛料があれば、もっと美味しく出来ると教えると食らい付いてきた。


「砂糖は高くて手に入らないな。香辛料とはどんな物だ?」

「ハーブ……薬草とか樹皮とかかな。町で売っていない?」

「薬としては売っているが、料理用は見た事がない」

「同じ物だから薬用でも問題ないよ。値段が高かったら、山とかでも生えていると思うけど……」

「匂いに癖があるものだろ。思い当たる物が幾つかあるな。狩りのついでに、採ってくるとしよう」


 香辛料に興味を引かれたリディーが、やる気に満ちている。

 上手く使えそうな薬草や樹皮が見つかれば、料理の味に深みを加えたり、幅が広がったり出来るだろう。

 是非ともリディーには、頑張って薬草採取をしてもらいたい。



 一通り朝食を食べ終えた私たちは、ウサギリンゴを食べながら、ゆっくりとお茶を楽しんでいる。

 その頃になると真っ暗だった外が、うっすらとオレンジ色の光を帯び始めた。

 まだまだ集合時間まで余裕がある。

 私はゆっくりと洗濯をしたり、炭鉱作業の準備をしたり、ベッドでゴロゴロとしてから囚人と兵士が集まる広場に向かった。


 広場にはディルクと名前の知らない囚人の二人だけがいた。他の人たちはまだ来ていない。


「どうなっている? 酷い腫れだったのに綺麗に治っているじゃないか」


 私の顔を見たディルクは、不可思議な表情をしながらジロジロと見てくる。

 そうそう、リディーは素っ気なかったけど、普通、そういうリアクションをするよね。


「え、えーと……大した怪我じゃなかったみたい。傷薬を塗ったら一晩で治ったよ」


 色々と聞きたそうにしているディルクであるが、トカゲ兵士の鉄拳教育の口実を作りたくなかったようで、「そうか」と一言呟くと黙って前を向いた。

 私もディルクに倣い、黙って前を向き、みんなが集まるのを待った。まぁ、ここで真面目に待機していても適当な理由を作って、また殴られるんだろうけど……。

 しばらくすると他の囚人や兵士も集まってきた。

 そして、案の定、遅れて到着したトカゲ兵士は、朝の挨拶を終えると鉄拳教育を行った。

 本日の理由は、体が臭いとの事。

 身綺麗が出来ない人は、心に余裕がなく、事故を起こしやすいと理由を説明し、順番に殴られていく。

 恒例と化した鉄拳教育も終わり、本日の炭鉱作業が始まった。



 本日の作業は、昨日行った第三坑道の切羽での作業と告げられた。

 私は支保作業のディルクと共に坑道に入り、梯子を降りて、第三横坑へと辿り着いた。

 相変わらず、酷い暑さで気が滅入る。

 気分と体力がだだ下がりになった私は、昨日、支保作業を終えた場所に到着した。


「切羽はこの先だ」


 昨日一緒に働いたディルクと二人の囚人に別れを告げて、薄暗い坑道の奥へとトボトボと向かう。

 第三坑道のどん詰まりである切羽現場は、少しだけ広く掘られた空間になっており、そこに二人の兵士と数人の囚人が作業をしていた。

 私は、兵士の元に向かい到着の報告をする。

 コクリと頷いた兵士は、私の姿をジロジロと観察した後、作業現場をぐるりと見回した。

 作業現場は、四方八方、至る所に穴が掘られている。どれも人一人が通れそうな狭い横穴であった。


「お前の体格だと……おい、ハンス、来い」


 小さな荷運び用のソリを担いでいた一人の囚人が、名前を呼ばれ駆けつけてきた。

 細身で、背の低く、神経質な顔をした囚人であった。


「はい、何でしょう?」

「お前に新人を付ける。共に炭層を見つけろ」

「新人?」


 ハンスと呼ばれる囚人は、チラリと私を見ると「げっ!?」と嫌な顔をした。

 

「こいつと組むんですか?」

「知り合いか?」

「い、いえ、直接的には……」

「ふん、お前と新人の関係などどうでも良い。しっかりと作業をしろ」


 そう言うなり、兵士はどこかへ行ってしまった。

 ハンスは、なぜか私を親の仇を見るように下から睨んでくる。

 囚人に睨まれる覚えがないんだけど……。


「え、えーと……よろしく」

「よろしくはしない! お前の所為で、俺たちはこんなクソ暑い場所に連れて来られたんだ!」


 私の所為? 

 まったく、意味が分からない。


「お前に負けた事を親分は楽しそうに語るが、俺たちはムカムカしっぱなしだ」

「えーと、以前、会った事があるのかな?」

「そもそも何で親分だけが懲罰房に入れられるんだ! 納得いかねー!」

「えーと……」

「その所為で、当分、親分とは会えなくなっちまったじゃないか!」

「…………」

「ふん、まぁ、昨日は親分の拳で気絶させたし、清々したわ」


 ハンスは、まったく私の話を聞いてくれない。

 ただ、ハンスの話から察するに、筋肉ダルマであるブラッカスの関係者だという事は分かった。

 そう言えば、ベアボア探しの依頼の時、ブラッカスと戦う前に魔法使い数人と戦った。もしかしたら、その時の一人がハンスかもしれないと私は判断した。


「ここで話し合っていると、兵士に殴られるよ。早く作業を始めた方が良くない?」

「お前なんかと話し合ってなんかねーよ! 言われなくても分かってるわ!」


 ブツブツと言い続けるハンスは、私の顔を見る事もなく、沢山空いている横穴の一つに移動し始めた。


「はぁー……」


 蒸し暑い環境でテンションが下がっていた私は、ハンスの態度によって底辺まで下がり切ってしまった。

 確かに、私たちがブラッカスやその部下たちを叩きのめさなければ、炭鉱送りにあっていなかったかもしれない。でも、それは元を辿れば、貴族の荷物やベアボアを盗まなければ、こんな事態に成らなかったのだ。

 最悪、後で来た白銀等級のラースやナターリエに殺されていたかもしれないのに酷い八つ当たりである。

 まぁ、そんな事を説明しても聞いて納得しないだろう。

 私は、もう一度「はぁー」と溜め息をついた後、嫌がる足を動かして、ハンスの後についていく。

 

 気分の良い朝を迎えたのに……。

 こんな気分で、今日の作業を無事に乗り切れるだろうか。

 こうして、不安だらけの長い一日が始まったのであった。


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