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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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165 拳闘 その1

 えっちらおっちらと丸太を乗せた荷車を牽いていく。

 ガレ山を通り過ぎて、選炭場に入り、建物の一角にある木材加工場まで運んだ。

 作業場には囚人が色々な道具を使って加工している。ただ、加工と言っても、木板や角棒にする程度に切り揃えるだけの作業である。

 

「お前たちは、このまま別の木材を第三横坑まで持っていけ」


 現場監督の兵士は、加工された木材が積まれた荷車を指差しながら次の指示を飛ばす。

 私たちは選炭場の入口近くまでその荷車を動かして、トロッコに積み直してから炭鉱内へと向かった。

 三人でトロッコを押していくのだが、ペーターともう一人の囚人は細身で腕力がない。必然的に私を中心に重たいトロッコを動かさなければいけなかった。

 中身が木材だけなので、外見詐欺の私が中心になってもトロッコは何とか動いてくれたので、三人でヒーヒー言いながら、第一横坑から第二横坑へ。そして、第二横坑から第三横坑の昇降機まで運ぶ事ができた。

 私たちはそのまま第二横坑に空いている縦坑の穴を梯子を使って降りていく。

 縦穴の距離は、第一と第二の縦坑と対して変わらないと思う。

 ただ、第二横坑と比べ暑さと湿度が酷く、手汗で梯子を滑りそうになったり、顔から流れる汗で目がしみて踏み外しそうになった。

 そんな事もあるつつ何とか無事に梯子を降り切った私たちは、ずっしりと重い空気が漂っている坑道の奥へとトロッコを運んだ。


 第三横坑は、炭層を探す為に四方八方に穴が掘られており、至る所に封鎖された廃道が存在している。

 現在メインに掘り進めている場所に線路が繋がっているので、線路に沿って進めば作業現場に辿りつける。

 トロッコを動かしながら蒸し暑い坑道内を進む事しばし、ようやく作業現場に辿り着いた。

 私たちは、近くにいた兵士に報告すると、その兵士は懐から木札を取り出し、私の方を振り向いた。


「お前がアケミ・クズノハだな」

「えっ、は、はい……そうですが……」

「お前はこのまま残り、支保作りをしろ。他の二人は元の場所に戻れ」


 ええー!? 

 私だけ、こんな暑くてジメジメした真っ暗な場所に居残りなの!?


 ペーターともう一人の囚人は、兵士の指示通り、そそくさと元来た道を戻っていった。

 私はキョロキョロと辺りを見回すが、近くに支保作業をしている囚人はいない。

 炭層を見つける為に坑道を掘り進めているので、たぶん奥に行けば、作業をしているだろう。

 そう思い、足を動かそうとした時、兵士から待ったがかかった。


「休憩時間だ。お前は休憩を終えたら作業場に向かえ」


 懐中時計らしき物を確認した兵士は、鉄の棒でトロッコをカンカンと叩き出す。

 暗く狭い蟻の巣のような坑道内に音が響き渡る。

 休憩の合図を聞きつけた囚人たちが、坑道の奥からワイワイ言いながら集まってきた。そして、通路に置かれている水の入った樽で顔や手を洗っていく。

 ここまでは第二横坑と同じであるが、唯一違いがあるとすれば、囚人たちが元気という所だろう。

 何となく第三横坑で作業をしている囚人連中は生き生きとしており、至る所で会話をしているのが見えた。

 作業現場が違うだけで、囚人の態度も違うらしい。もしかして管理している兵士が原因なのだろうか? それとも石炭を掘る作業よりも炭層を探す作業の方が楽なのだろうか?

 壁を背に地面に座ってそんな事を考えながら囚人の様子を観察していると、広場の奥の方で囚人連中が集まり、わーわーと騒いでいるのに気づいた。


「あそこで何かしているの?」


 近くにいた囚人に聞いてみたら、「拳闘だ」と返ってきた。


「自由時間になると、ああやって殴り合っているんだ。周りの連中はそれで賭けをしている。息抜きのつもりらしいが、こんな暑い場所でやらなくてもいいのにな」


 殴り合いも賭けも興味のない囚人は、馬鹿にした目で集団を見ている。

 確かに、こんな暗くて暑くてジメジメとした、ただ居るだけで体力を奪われる環境下で殴り合いをしているなんて、どうかしているとしか思えない。暑さで頭がやられてしまったのかな。

 それはそうと、賭けって何!?

 賭けるには、賭け金になるお金か物を持っていないと駄目だよね。

 あそこに集まっている連中は、賭け金になる物を持っているの?

 ますます理解が出来ないでいた。


 ちょっと、様子を見てみよう。

 何となく興味が出てきた私は、地面から立ち上がり、拳闘をしている囚人の集まりに近づいた。



 輪のように囚人が集まり、その中で上半身裸の囚人二人が殴り合っていた。

 布を巻いただけの拳で殴り合っているので、ゴスゴスと鈍い音がしている。

 お互い顔は腫れ、唇から血を流し、フラフラになりながらも拳を相手に叩き付ける様は、完全にスポーツではない。見ているこっちが痛々しい。

 殴り合っている囚人の片方が倒れそうになると、輪になっている囚人連中から歓声が飛び出し、坑道内に響き渡る。

 休憩時間とはいえ、こんなにも騒いで大丈夫かと思い、監視している兵士に顔を向けると、その兵士は眉を寄せる事もなく、黙って拳闘を眺めていた。

 許可を出しているのか、黙認しているだけなのか、それとも兵士自身も賭け事をしているのかは定かでないが、拳闘を止める事をしないだけは分かった。


 これは理解できないな。


 異常な熱気が立ち込めているこの場から立ち去ろうとした時、囚人連中から一際大きな歓声が飛び、坑道内を震わせる。

 どうやら決着がついたようで、顔を腫らした囚人が血の付いた拳を天井に向けて掲げていた。

 殴り倒された囚人は気絶しているようで、囚人の輪から引きずられるように出され、桶の水を顔に掛けられている。

 観戦していた囚人は二通りいて、賭けに勝った者は喜び、賭けに負けた者は悔しそうに気絶している囚人に罵声を浴びせていた。


「次は俺だ! 対戦する相手は誰だ! お前か? お前か? お前はどうだ?」


 先程、試合をした囚人と入れ替わり、新しい囚人が輪の中に入るが、なかなか対戦者が決まらないようだ。

 

「おい、新人、お前がこい! まだ、拳闘をした事がないだろう。新人歓迎会だ!」


 うわー、新人というだけで強制参加か。可哀想に……。

 それで、その新人は誰かな?

 あっ、壁を背に拳闘を眺めているディルクを発見。

 彼が次の対戦相手なのだろう……と思っていたら、私の前の囚人連中が左右に移動し、輪の中央までの道が出来た。

 そして、中央に立っている囚人が、私の方に拳を向けてクイクイと手招きしている。

 私の顔に嫌な汗が伝う。


 も、もしかして……その新人って、ディルクじゃなくて私の事を差していたの!?


 急いで断ろうとした時、囚人の誰かが私の背中をドンっと押した。そして、私はトトトっとたたらを踏みながら輪の中に入ってしまった。


 誰、押したの! 輪の中に入ったら参加する事になるじゃない!?


 急いで輪の外へ出ようと後ろを振り返るが、すでに囚人たちの道は閉ざされている。

 そして、囚人連中はすでに賭け事を始めていた。


「俺はルドガーに賭ける」

「いや、あの体形を見ろ。新人が勝つに決まっている」

「ルドガーの奴、昨日の負け以外は全勝しているんだ。ハゲの新人なんか目じゃねーぜ」

「あんな強面しているんだ。絶対、数人殺しているぞ。強姦の罪で捕まったルドガーじゃ勝てねーよ」


 囚人連中が好き勝手な事を言い、賭けが行われていた。

 ここでやらないと言えば、対戦者でなく、輪になっている囚人から罵声が飛び、石でも投げられそうである。

 

「おい、俺たちも賭けをしないか?」


 どうすれば、この場から逃れられるかを考えていたら、ルドガーと呼ばれる対戦者が声を掛けてきた。

 

「あれ? あんたは確か……」


 目の前の囚人に見覚えがあった。

 確か昨日、坑口浴場で体を洗っていた時に声を掛けてきた顔に酷い怪我をしている囚人だ。

 強姦の罪で炭鉱送りになったと他の囚人が言っていたけど、誰を強姦したの!? 怖いんだけど―!

 そんなルドガーは、手首をクルクルとストレッチしながら、私の体を舐め回すように見つめている。


「そ、そもそも、わた……お、俺は参加すると言っていない」

「なんだ、腰抜けの鳥野郎か?」


 ルドガーから安っぽい挑発が飛ぶが、こんな挑発に乗るのは、未来や過去を行き来する主人公ぐらいで、私は動じない。

 自他共に認める低レベルの私だ。今更、弱虫毛虫呼ばわりされようが、殴られて痛い思いをするぐらいなら、チキン呼ばわりされても気にしないのだ。


「何とでも言え。こんな暑い場所で、くだらない殴り合いなんか、面白くもなんともない。わた……俺に関わらないでくれ」


 私がきっぱりと断るが、ルドガーは首を振って「もう遅い」と言い放った。


「周りを見な。お前以外、やる気満々だ。今更、無駄だぜ」


 私たちの会話を聞いていた輪の囚人から「さっさと始めろ」「休憩が終わっちまう」「殴られて、俺を儲けさせろー」と自分勝手な事を言っている。


「さっきも言ったが、これは新人歓迎会だ。新人は全員参加だ」

「なにが全員参加だ! 自分たちの都合で決めているだけだろ」

「そう嫌がるな。ただの余興だ。殺し合いじゃない。こうでもしないと、俺たち囚人は楽しめないんだ。お前も囚人の一人だろ。少しは自分だけでなく、周りの連中の為に参加しろ」


 むー、何だか腹立ってきた!


 自分勝手なルドガーの言葉に、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 そもそも、私は何で負ける事を前提に考えているのだ。

 たしかに私は低レベルで、ようやく一般人レベルになったばかりだ。

 だが、普通の一般人と違い、冒険者として色々な魔物と戦ってきた経験がある。

 内容はどうあれ、ただの一般人よりも戦闘に関しては経験がある筈だ。

 目の前のルドガーが、ブラック・クーガーやオークよりも強いとは思えない。

 もしかしたら、私が勝つ可能性だってある筈だ。


「それで、わた……俺たちの賭けとは?」


 ついやる気になってしまった私は、先程、ルドガーが言った提案を聞いてしまった。


「そうだな……俺が勝ったら、お前は俺の下につけ。面倒を見てやる」


 ぞぞぞっと全身に鳥肌が立つ。

 面倒を見るって、何の面倒を見る気なの!?

 青褪めた私は、首をブンブンと振る。


「なんだ、嫌か? お前が勝ったら、俺の体を好きにしていいぜ」

「したくない!」


 ルドガーの好きにしていいは、殴る蹴るの暴力でなく、性的な意味合いである事は間違いない。

 お前の体なんか、興味ないわよー!


「お、俺が勝ったら、金輪際、俺に関わらない事……いや、そもそも賭けはしない」

「まぁ、どっちでもいいぜ。時間もないし、さっさと始めよう」


 囚人の一人が私に向けて、布の紐を投げてきた。

 私はそれを受け止めて、適当に拳に巻く。

 ルドガーは、両手に巻いた布の紐を引き締め、両手の拳をガツンとぶつけた。

 よく漫画などでやっているけど、絶対に痛いよね、それ。


 こうして私は、殴り合いの拳闘に参加する事になった。

 相手は、同性愛疑惑がある囚人のルドガー。

 私の貞操は、この試合に掛かっている。

 絶対に負ける訳にはいかない闘いが始まるのだ。


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