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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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163 お疲れ様とただいま その2

「ただいま」


 昨日から住み始めた小屋であるが、つい帰ってきた安堵から言葉が出てしまった。それほど、この小屋に帰るのを待ち望んでいたのだろう。

 私の呟きが聞こえなかったリディーは、すぐに台所に行くと竈に火を点け始めた。


「これですぐに暖かくなる」


 体同様、小屋の中は冷え切っていたので、竈に火を点けてくれるのはありがたい。


「おっさん、これを見てくれ。すげーだろ」


 竈の火が落ち着くとリディーは、謎の塊を両手に持って、私の方へ見せた。

 

「ん? それは、鳥肉かな?」

「鳥に似ているけど違う。ウサギだ。さっきの毛皮の元」


 頭を切り、内臓を抜いて、毛皮を剥いだウサギは、ホールチキンに似ていた。

 ただ、ウサギにしては大きい。

 以前、私が退治したメタボのホーンラビットぐらいある。

 そんな大きなウサギを片手で持ち上げているので、リディーの腕はプルプルと震えていた。


「おっさんが言っていただろ。ホーンラビットの肉は、魔物肉の中でも美味しいと。だから、今日、狩ってきた」


 ちなみにホーンラビットでなく山賊ウサギと言い、名前の由来は分からないが険しい山に生息する魔物のウサギらしい。

 

「それで、どうやって食う。焼くか、煮込むか、スープに入れるか、どうすれば美味しく出来る?」


 子供のようにワクワクしているリディーに悪いけど、これから料理をする気力がない。


「申し訳ないけど、好きに焼いて食べてくれる。私は疲れた……」


 そう言うなり私は、自分のベッドの横に荷物を置いてから、ポフっと仰向けに倒れた。

 途中で半分のリンゴを食べたけど、それ以外は朝から何も食べていない。

 空腹なのは間違いないのだが、あまりにも疲れていて、食べる気力が湧いてこない。

 このまま眠れば朝までぐっすりだろう。十二時間ぐらいは眠れるはずだ。


「おーい、本当に寝るのか?」

「暗くて、暑くて、ジメジメとした場所で作業していたんだよ。岩石は重いし、兵士には鞭で叩かれるし、梯子は怖いしで、もうヘロヘロ……」


 ベッドに倒れたまま今日あった出来事を簡単に教えていると、リディーが私のすぐ横まできた。


「おーおー、本当に鞭で打たれた跡がある。頭や首にもミミズ腫れになっている。これは痛いな」


 ベッドに倒れて本気で寝に入った私の鼻に青臭い匂いが入ってくる。

 何かな? と目を瞑りながら考えていると、産毛すら生えていない頭にぬめっとしたものが塗られた。


「な、なに!?」


 気味が悪くなった私は、ガバッと起き上がる。


「僕が傷薬を塗ってやる。そのまま他っておくと痕になるぞ」


 貝殻のような入れ物を手に持ったリディーの人差し指には、緑色をした傷薬が付着していた。


「えーと……有り難いけど、自分で出来るよ」

「そう? ほとんどが後ろ側にあるけど、ちゃんと塗れる?」


 そう言われると難しそうだ。

 頭や首ならまだしも、一番酷い背中は自分では塗れそうにない。

 傷薬を塗らないという選択肢もあったが、昨晩まで警戒心マックスだったリディーが懇意で傷薬を塗ってくれると言うので、眠るのを我慢してお願いした。


「ど、どうして、服を脱ぐんだ!?」

「いや、だって……一番、酷いのは背中だから」


 耳まで真っ赤な顔にしたリディーは、私の背中を見るなり「ヒィッ!」と息を漏らした。

 自分では見えないので分からないが、余程、酷い状態になっているのだろう。


「何をしたら、こんなにも打たれるんだ?」


 私が鞭で打たれた経緯を簡単に説明している間、ミミズ腫れになっている個所をリディーが傷薬を塗っていく。

 ミミズ腫れの痕に沿って、リディーの指先の感触が伝わる。

 痛みはほとんど無くなってきているが、流石に直接触られると痛みが走る。

 痛みの悲鳴を零すと、ヌリヌリと優しく丁寧に塗られた。


「ぬりぬりぬりぃ……これで良し」


 満足そうな顔をするリディーに礼を言うと、私は脱いだ服を着る。

 ベタベタに傷薬を塗られて、このまま服を着ると汚れると思うが、ガーゼや絆創膏などが無いので諦める。


「良し、傷に薬を塗ったし、料理をするぞ」

「あー、だから、疲れたから私は寝たいのだけど……」

「駄目、駄目、駄目! おっさんは、明日も明後日も炭鉱に入るんだろ。飯は食べられる時に食べなきゃいけない。本当にぶっ倒れるぞ!」


 確かにリディーの言う事はもっともだ。

 一日二食のうえ、肉体や精神に厳しい炭鉱作業。元から体力の無い私だ。栄養をしっかりと取っておかなければ、確実に途中で倒れてしまうだろう。


「薬を塗ってやったんだ。料理を作れ。僕は魔物のウサギを食べたい」


 私の事を心配しているのは確かだが、どちらかと言えば、自分がウサギ料理を食べたいが為に私に傷薬を塗った気がする。

 リディーの心情はどうあれ、眠いからといって食事を抜くのは止めておこう。

 私は、のっそりとベッドから起き上がり、リディーと共に台所へ向かった。



 リディーが狩ってきた山賊ウサギは二匹。

 一匹がとても大きいので、さすがに一人一匹は食べられない。

 その事をリディーに伝えると、一匹は床下の貯蔵スペースに仕舞った。


「部位ごとに切り分けてほしい。胸肉ともも肉とその他にして」


 私が指示を出すと、リディーは嬉しそうに大きな山賊ウサギを解体していく。

 さすが、エルフ。何の迷いもなくナイフを動かして、ウサギが部位ごとに別れていく。

 あまりにもスムーズな作業の為、つい見惚れてしまった。


「終わったぞ。それで何を作る?」


 解体の終わったリディーは、期待に満ちた顔で尋ねてくる。

 うーむ、部位ごとに切り分けてもらったはいいが、何を作るかは決めていない。

 疲れているので、時間の掛かる物や手間の掛かるものは止めておこう。

 単純にステーキとスープぐらいでよいだろう。

 献立が決まったので、手早く調理する事にする。


 まず、ウサギのもも肉に塩胡椒とニンニクをすり込んで、しばらく放置。

 水の張った鍋にウサギの胸肉を入れて、灰汁を取りながらコトコトと煮込んでいく。生姜やネギが無いので、白ワインを少しだけ入れて、臭みを取った。そして、火が通ったら、肉を取り出し、冷ます。

 胸肉を取り出したお湯に適当な野菜を入れて、コトコトと煮込んでスープを作っていく。

 リディーには、サラダ用の温野菜を別の鍋で作ってもらう。今朝食べた温野菜が美味しかったとリクエストしたら、長い耳をピコピコと動かしながら喜んで作り始めてくれた。

 スープの鍋を見ながら、下味をしたもも肉を鉄フライパンで焼いていく。

 ジュウジュウと両面を焼いてから、白ワインを振り掛けて、蓋をする。

 冷めた胸肉を裂くように切り、半分をスープ用の鍋に、残りは温野菜の上に乗せた。

 フライパンで蒸焼きにしているもも肉も火が通ったので、皿に乗せる。

 ウサギ肉の入ったスープに塩胡椒と白ワインで味を整えて、料理を完成させた。

 正味三十分程度の簡単な料理。

 リディーが気に入ってくれればいいのだが……。


 食卓に皿を並べて、早速、食べ始める。

 ウサギステーキは、表面はカリカリ、中はふっくらとした食べ応えのある仕上がりになっている。ただ、あまり癖のないウサギ肉の為、塩胡椒だけでは物足りなかった。

 色々とハーブがあれば、もう少し面白味のある味と香りになるのだが、小屋にはお茶用の乾燥ハーブが幾つかあるだけで、料理用に使えそうなハーブは置いていなかった。

 スープはいつも通りの野菜スープ。胸肉を煮込んだお湯を使ったが、あまり効果はなかった。

 そして、温野菜。やはりリディーの作った温野菜は美味しい。ただ塩茹でしただけなのに、なぜか美味しい。茹でたウサギ肉は、さっぱりし過ぎて、有っても無くても味にはあまり関係なかった。

 これが私の評価。

 リディーはどうかと思い、顔色を窺う。


「へー、おっさんの言う通り、魔物肉でも食べやすいな。若干、苦味があるが、普通のウサギと対して変わらない。これなら普通に狩ってきても良いかもしれないな」


 料理全体の評論と言うよりも、魔物肉の評論である。

 味を確認しながらパクパクと食べ続けているので、不味くはないようで安堵する。


「この何とかウサギの肉は、兵舎の方にも渡したの?」

「いや、あそこの料理人は、魔物肉を毛嫌いしているから渡していない。狩ったのは二羽だけだし、僕たち用の食材だ」


 まだ一羽と骨付き肉が残っているので、私に余裕があれば、以前作った骨で出汁を取った料理を作ってもいいな。

 まぁ、余裕があればの話だが……。


 昨日、会ったばかりのリディーとの食事。

 警戒心の薄れたリディーは、普通に食事を楽しんでいる。

 私も緊張が無くなり、のんびりと食事を楽しむ事が出来る。

 自分が囚人だと忘れるような心安らぐ時間だ。


「ふぁぁーー……」


 坑道内の疲労と強制労働の緊張から解放された私は、お腹も満たされた事で本格的に睡魔が襲ってきた。


「もう限界に近そうだな」

「ああ、お腹も膨れたから、余計に眠気が襲ってきている」

「後片付けは僕がしておくから、おっさんはもうベッドに行っていいぞ」

「それは助かる。歯を磨いたら、寝させてもらうよ」


 私は残りのスープを飲み干すと、目をシパシパさせながら布に歯磨き粉を付けて、歯を磨いていく。

 リディーは、空になった皿を片付けて、洗い始める。


「洗い物が済んだら、お風呂に行ってくる。竈の火はそのままにしておくから注意してくれ。それと扉の鍵は掛けないでよ」


 リディーの言葉に「ああ」と適当に返事をしてから、口をすすぎ、ベッドに倒れ込んだ。

 心の中で「おやすみ」と呟き、目を閉じる。

 床に転がっている荷物からお風呂セットを探しているリディーの物音を聞きながら、私は夢の世界へと落ちていった。


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