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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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160/347

160 はじめての炭鉱労働 その2

「お前たち、一旦、戻るぞ」


 班長であるトカゲ兵士が帰っていくと、別の兵士の一人が率先して、私たちを元来た道に戻した。

 昇降機の所まで戻った私たちは、横一列に並ぶと、兵士によって三つの班に別れさせる。

 ムキムキマッチョの班、細マッチョの班、普通の班と見た目の体格で別れた。

 勿論、私はムキムキマッチョの班で三人いる。

 ディルクは細マッチョの班で四人だ。

 ペーターだけ一人である。


「お前たち、ついて来い」


 各班を先導する兵士に連れられて、囚人たちは移動する。

 細マッチョ班は、さらに下の第三横坑へと梯子を降りていく。

 ペーターは第一横坑へと梯子を登っていった。

 私たち、ムキムキマッチョ班は、再度、暗く狭い坑道の奥まで進む。

 何度も枝別れした分岐を通る。

 分岐する場所には、木札が地面に刺さっており、数字らしき記号が書かれている。この記号で現在位置を確認するのだ。

 だが、その記号や異世界文字を知らない私には理解できず、すでに元来た道すら分からないでいた。

 至る所で天井からポタポタと水が滴っており、私のツルツルの頭を濡らす。水滴で泥濘んだ地面に靴を汚しながら進むと、最奥の突き当たりに辿り着いた。

 今まで以上に天井が低く狭い。光の魔石の数も少なく、やたらと真っ暗な場所であった。

 私たちを連れてきた兵士は、現場を監督している兵士に二言三言報告し、帰っていった。


「お前たちは、掘り起こした岩石をトロッコまで運んで積み込め」


 私たちの身元を引き受けた現場兵士から指示が飛ぶ。

 私の初めての炭鉱仕事は、囚人たちが掘り起こした石炭の含まれる岩石をトロッコまで運ぶものらしい。

 ムキムキマッチョの囚人三人で顔を見合わせてから、恐る恐る奥へと向かった。


 奥に行くと少しだけ開けた場所があり、その中心に幾つもの採掘作業場である切羽があった。人一人が通れるぐらいの狭い隙間の切羽。上へと掘り進めている切羽。穴を掘った切羽もあり、一つの洞穴になっていたりもする。

 石炭がある炭層は、一か所に集まっているわけでなく、地中に散らばって埋もれている。その為、炭層の一部を見つけると、それに沿って上下左右と掘り進め、岩石ごと砕いていくのである。

 そんな最前線の場所に、真っ黒な姿の囚人が工具を持って壁を掘っていた。

 

「新人ども、地下世界によくきた。光の神から見捨てられた場所だが、闇の神と土の神が歓迎してくれるだろう。神々に恥じないよう、しっかりと体を動かせよ」


 づんぐりむっくりのもっさりとした髭を生やしたドワーフが、ハンマーと(くさび)を持って、私たちに向かって笑っている。

 ドワーフと言えば、山の中や地下に巨大な都市を作って生活しているイメージがある。そんなドワーフなら山の中で通路を掘り、石炭を掘り起こすぐらい朝飯前だろう。

 私たち素人の囚人を使うよりも、ドワーフ五十人ぐらい雇えば、簡単に石炭を掘りつくせそうな気がするのだが……。


「一人はあっち、もう一人は向こうだ。早く、行け」


 片目の大男がつるはしを持って、簡潔に指示を出す。

 私はあっちの方へ向かった。

 人一人がやっと通れる狭い脇道に体を擦りながら入ると、二人の囚人がいた。

 一人はドワーフで、壁に向かってつるはしを振って岩盤を削っている。

 もう一人は上半身裸の初老の男で、地面に座り、掘り起こした岩をハンマーと楔を使って細かく砕いていた。


「えーと……新人なんだけど……トロッコまで岩石を運べと指示されました。この地面に転がっているのを運べばいいですか?」


 作業をしている囚人に恐る恐る尋ねると、地面に座っている初老の囚人がギロリと睨む。


「ふん、新人か……でがいのは俺が砕いているから、持ち運べるものを片っ端に運び出しな」


 そう言うなり初老の囚人は、私の顔から視線を外し、岩を砕き始めた。


 さて、どうやってトロッコまで運ぶかな?

 ちまちまと両手で運んで、トロッコまで往復すれば、とんでもない時間と手間が掛かる。

 そこで私はキョロキョロと辺りを見回すと、木の棒で編んだ網目状の盆ザルのようなものが地面に置いてあるのに気が付いた。盆ザルは、先端に紐が付いており、底が若干尖っている。

 「これを使っても?」と囚人に尋ねると、初老の囚人は一瞬だけ顔を上げ、無言で頭を上下に動かす。

 許可が出たと判断した私だが、光源の少ない薄暗い場所なので、どれが石炭の含まれた岩石なのか判断が出来ない。それで私は、その辺に転がっている石や岩を適当に盆ザルにポンポン入れていった。どうせ、選炭するんだからその時に仕分けするだろう。

 盆ザルが岩石で山積みになったので、トロッコまで運ぼうと持ち上げたら、まったく持ち上げる事が出来なかった。

 仕方なく、入れた岩石を退けて軽くしていると、地面に座っている囚人が声を掛けてきた。


「無理はするな。どう足掻いても俺たちは囚人だ。どんなに頑張っても評価はされねー。何もしてねーと殴られるが、必死こいてやる必要もない。上手くやれよ」


 先輩労働者の有り難い言葉を頂いた。見た目は頑固親爺っぽいが、面倒見は良いかもしれない。

 私は彼にコクリと頷くと、さらに盆ザルから岩石を退かしていく。

 山が無くなった盆ザルを持ち上げる。

 持ち上がる事は出来るが、非常に重い。これではトロッコまで運べる自信がない。


「それは持ち上げる物じゃない。引くか、押していけ」


 プルプルと震えながら盆ザルを持ち上げていた私に初老の囚人が教えてくれた。

 ああ、どうりで少し変な形をしていたのか、と私は一人で納得する。

 初老の囚人の助言通りに盆ザルに付いている紐を握り、そりを牽く要領でズルズルと動かす。

 岩石を積んだ盆ザルのようなそりは非常に重く、握っている紐が手に食い込んで痛い。腰を使ってようやく動くので、手や足や腰に負担がかかる。

 整地されていない地面なので、転がっている岩や石でそりが止まり、その都度、そりの位置を変えたり、岩を退けたりするので、まったく進まない。

 歯を食いしばり、狭い脇道を何とか通り抜る。


 もっと簡単に運べる方法はないの!? これでは、体が持たん!


 気温も湿度も高く、空気の重い薄暗い坑道内で、岩石を積んだそりを引っ張っているのだ。止めどなく汗が吹き上がってきて、すでに私の衣服は汗と天井の水滴でベタベタになっている。

 荒い息を吐きつつ、フラフラになりながら、ようやくトロッコまで辿り着く。

 辺りに誰もいないのを確認してから、私は背中に回してある麻袋を動かし、皮製の水袋を取り出すと、グビっと生暖かい水を一口飲んだ。

 

 ああー、生き返る。


 本当はグビグビと沢山飲みたいのだが、先の事を考えて我慢する。

 腰をトントンと叩いてから、トロッコの中に岩石を入れる事にした。

 トロッコの高さは一メートルほど。

 私の力では、そりをそのまま持ち上げて入れる事は不可能なので、ちまちまと一つずつ岩石をトロッコに入れていった。

 

 たった一回の運搬で、息が切れ、汗だくになってしまった。

 蒸し暑く、息苦しい。腕に力が入らない。

 それでも、やらなければいけない。

 疲れたと言って、休憩していれば兵士に殴られるだろう。

 無意味に殴られるのは嫌なので、空になったそりをズリズリと引き摺りながら元の切羽に戻った。

 そして、最初に運んだ岩石よりも少な目に入れて、ヒーヒー言いながらトロッコまで運ぶ。

 ヘロヘロになってトロッコに岩石を入れて、元の場所に戻り、さらに量を減らした岩石をそりに乗せて運ぶ。

 これの繰り返しである。

 今では最初に運んだ岩石の半分以下しかそりに乗せていない。

 それを見た初老の囚人は、無言で首を振っていた。

 

 決して、手抜きしている訳じゃないんです! 非力で体力がないんです! 仕方が無いんです!


 心の中で詫びを入れながら、ズズ、ズズっと力無く、そりを運んでいると……。


「貴様ッ!」


 ……と怒鳴り声を浴びせられた。

 血相を変えた一人の兵士が私の前まで来ると、そりの中身と私の顔を交互に見て、怒鳴り散らす。


「何だ、その量は! 手を抜きやがって! 遊びじゃないんだぞ!」


 私の胸倉を掴む兵士は、唾を飛ばしながら目と鼻の先で怒鳴り散らしてきた。


「い、いえ、遊んでません……これが限界です」


 鬼気迫る兵士の雰囲気に呑まれた私は、つい言葉を発してしまった。


「口応えするな! 根性が足りん! 壁に背を向け!」


 ヤバイ、制裁がくる! と思った瞬間、「遅いッ!」と怒鳴った兵士は、懐から乗馬鞭のような棒を取り出し、私の顔目掛けて振った。


「――ッ!?」


 シュンっと空気を切る音と同時に左頬に痛みが走る。今朝、ナイフで切った場所に鞭が当たる。

 あまりの痛みに顔を覆い、地面に倒れてしまった。


「精根注入っ! 精根注入っ! 精根注入っ!」


 私の広い背中に鞭が当たり、痛みでビクンビクンと体が跳ねる。

 痛すぎて、悲鳴すら上がらない。

 背中、腕、頭と容赦なく鞭が振るわれると、ようやく兵士の動きが止まった。


「立て!」


 痛みで息が出来ない私に兵士が上から指示を出す。

 痛みに耐えながら私は、ヨロヨロと立ち上がる。

 兵士は無言で私を睨みつける。

 何かを待っているようだ。

 ああ、あれか……。


「あ、ありがとう……ございました……」


 弱々しく私が言うと、コクリと頷いた兵士は「しっかり働け」と言い、去っていった。



 酷い目にあった。

 痛みと悔しさで涙が浮かぶ。

 皮膚が裂けて血が出ていないかと、痛む背中に手を当てるが出血はしていないようだ。

 ただのミミズ腫れで済んだみたいである。

 また、無慈悲な教育が来ると嫌なので、ズキズキと痛む体に無理をしながら、そりの中身をトロッコに入れた。

 しょんぼりしながら元の切羽に戻ると、初老の囚人が私の表情を見て、「ひでー目に遭ったな」と言った。


「あんな量で運んでいたら、いつかはドヤされると思っていたが、速攻で教育が来たな」


 ヤレヤレと首を振るう初老の囚人。そう言うのは、早く教えて欲しい。


「私の体力では、あれが限界です」


 体が痛すぎて、つい愚痴を零してしまう。

 ベテランっぽい初老の囚人に「嘘をつくな!」とドヤされると思っていたが、「ふむ」と頷ぎ、私の姿をジロジロと見始めた。


「おめーさん、良い体付きをしているが、よくよく見ると弱そうだな」


 ご尤もです。


「代わってやる。おめーはここで大きな岩盤を砕いてろ。わしがトロッコまで運んでやる」


 そう言うなり、初老の囚人は私にハンマーと楔を渡してきた。

 いいのかな? と思いつつも、初老の囚人が居た場所に座る。

 初老の囚人は、地面に散らばっている岩石をドガドカとそりに乗せるとズズズっ滑らせて行ってしまった。私とまったく体形が違うのに、苦労もなく運んで行く。経験の差なのか、体力や筋力が違うのか、理由は分からないが、あの歳で凄いと素直に感心してしまう。

 せっかく代わってもらったので、私も頑張ろう。


 岩を楔で割った事は無いが、何となくやり方は知っている。

 私は人間の頭サイズの岩を引き寄せると、三角形をした楔を窪みに当ててからハンマーでカンカンと叩いていく。

 予想していたよりもスムーズに楔が岩の中に減り込んでいく。

 全てが減り込む前に楔を引き抜き、別の窪みに当ててハンマーで叩く。

 何度か場所を変えて穴を空けていくと、突然岩石の塊がバカッと割れた。


 うん、とても面白い。これなら私でもやれそうだ。


「おい、にーちゃん。こっちにこい!」


 上手く岩が割れた事で二ヤついていた私に、岩盤を掘り起こしていた囚人ドワーフが声を掛けてきた。

 私は言われた通り、ドワーフの元まで向かうと、ドワーフは短い指を地面に向ける。

 ドワーフの足元には、今さっき掘り起こしたばかりの岩や石や土が山のように転がっている。


「俺が掘った岩を退けろ。本来の仕事はこれだ。岩を砕くのは空いた時間にやれ」


 言われた通り、私は壁を掘っているドワーフの邪魔にならないように、地面に転がっている岩石を退かしていく。

 小さい岩や石はポイポイと捨てるように移動させ、人間の頭サイズの岩は両手で持ち上げて赤ちゃんが歩くような速度で移動させた。持ち上げる事が出来ない大きな岩は、ゴロンゴロンと地面を転がすように動かす。土は、木製のスコップがあったので、通路の隅っこに集めておく。

 岩や石や土をたった数メートル移動させただけで息が切れる。

 スーハーと深呼吸をすると、ゲハゲハッと咽てしまった。

 口の中がジャリジャリする。目もしばしばする。

 暗くて分からないが、この狭い空間に土埃や炭粉が充満しているようだ。

 こんな場所で呼吸をしていたら、塵肺といった肺疾患を起こしそうである。

 どのくらい効果はあるか分からないが、麻袋から布を取り出し、口元を覆った。


「にーちゃん、こっち来い」


 再度、ドワーフに呼ばれる。

 なんだろう? と思いつつ近づくと、「掘ってみろ」とつるはしを持たされた。

 

「えっ、いいんですか?」


 岩盤掘りは炭鉱の花形……かどうかは分からないが、新人の私がやっていいのか迷ってしまう。

 

「構わん。やってみろ」


 ドワーフの許可が出たので、つるはしを構えるが、私の頭すれすれしかない天井では、上段に構える事が出来ない。

 そこで膝を折り、中腰になりながら岩盤に向けて、つるはしを振り下ろした。

 ガツっと衝撃が手に伝わる。

 つるはしの刃は、堅い岩に当たると、刃先が逸れて明後日の方へズレてしまった。

 

「これを手に付けろ。石炭だ。滑り止めになる」


 ドワーフは、地面に転がっている石を私に渡してきた。

 石炭が埋まっている岩を手で擦り、手の平を粉炭塗れにする。

 この状態で汗を拭ったら、顔が真っ黒になるだろうな。

 再度、つるはしを持ち、力を込めて振り下ろす。

 やはり、刃は逸れてしまう。


「もっと力を入れろ」


 ドワーフからアドバイスが飛ぶが、中腰の上、鞭で痛めた背中が痛くて力が入らない。

 それに決して大きくないつるはしであるが、それなりに重くて、私の腕力では思うように振るう事が出来なかった。

 

「岩と岩の間を狙え」


 真っ暗な場所で隙間なんか確認できない。


「短く持て」


 次々とドワーフからアドバイスをもらうが、何度つるはしを振り下ろしても上手くいかなかった。

 そして、力尽きた私はつるはしを地面に落し、肩で息をするのだった。


「お前、信じられないぐらい体格詐欺だな。力も体力も無さ過ぎる」


 ご尤もです。


「手を見せて見ろ」


 呆れているドワーフは、私の腕を掴むと、真っ黒に汚れている手の平をニギニギと触り出す。

 ゴツゴツとしたドワーフの手に触られるが、今の私はそれを嫌がる体力はない。


「赤子のような手だな。俺の女房の尻の方が硬いぞ。逆にどうすれば、こんな柔らかい手になるんだ?」


 中身が女性の私としては褒め言葉であるが、残念ながら今の外見は筋肉のおっさんだ。貶されていて、情けなくなる。


「まぁ、いい。お前は、岩盤掘りの才能はない。他の事をしていろ」


 見切りをつけたドワーフは、つるはしを持って、壁を掘っていく。

 私はトボトボと戻り、地面に転がっている岩石の塊をハンマーと楔で砕いていく。


 はぁー、役に立たないなぁー。

 情けない……。



 しばらくの間、岩石の塊を砕いたり、ドワーフが掘った岩や石や土を移動したりしていると坑道の奥からカンカンカンと鉄を叩く音が響いてきた。

 何の音だろうと首を傾げていると、囚人ドワーフと初老の囚人は道具を地面に置いて、自分たちの荷物を担ぎ始めた。


「にーちゃん、休憩だ。広場に向かうぞ」


 そう言うなり、二人の囚人は、狭い切羽から出て行く。


 おお、休憩時間があるのか!?


 疲れたり、鞭で叩かれたり、仕事が出来ず落ち込んだりと散々な状態の私であるが、休憩と聞いて、喜々としながら囚人の後を追うのであった。


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