155 鉱山の町ルウェンへようこそ その2
朝から気分の悪くなるロシュマン男爵の挨拶が終わった。
私たちは、これからどうするのだろうか?
早速、鉱山の中に入れられて、石炭でも掘らされるのだろうか?
そんな事を思っていると、ロシュマン男爵と入れ違いに一人の兵士が進み出る。
例の火蜥蜴人のトカゲ兵士がスススッと音を立てずに演壇に上がった。
「えー、皆さん、おはようございます。今日も晴天に恵まれた気持ちの良い朝を迎えました」
大きな目をギョロギョロと動かしながら、流暢な人間の言葉を話す。
ちなみに空は曇っており肌寒い。彼なりの冗談なのかもしれないが、私を含め、囚人も兵士も晴天について突っ込む事はなかった。
「これから皆さまが働くルウェン炭鉱についてお話をしますので、しっかりと聞いてください。皆さまには、これから汗水流して石炭を採掘をしてもらいますが、そもそも石炭とは何か? 知らない方もいるでしょう」
ロシュマン男爵と違い、トカゲ兵士の話し方は丁寧だ。火蜥蜴人特有の話し方なのか、それとも彼が特別なのかは定かではない。
私の知っている石炭の知識は、太古の昔に生えていた植物が膨大な年月を掛けて変質した化石燃料である。
石炭は、長い時間良く燃える事から蒸気機関の汽車や船の燃料で有名である。また、製鉄産業や火力発電などの火を使う分野にも広く使われる。
その為、地中から大量に採掘できる炭鉱事業は主要産業の一つになった。
ただ、『黒いダイヤモンド』と呼ばれる程、価値のある石炭であったが、時代と共に石油やコストの面で徐々に炭鉱事業は衰退していく。
たしか、こんな事を学校の授業で習ったな。
あまり興味が無いので、間違っているかもしれないけど……。
「石炭は、真っ黒な土の塊です。これは非常に良く燃えるので、王都や工業都市バルンで使われ始めており、徐々に需要が高まっています。特に王都では、石炭で動く乗り物が開発されたそうなので、ますます石炭需給は上がると見込まれ、国策になるのは時間の問題でしょう」
ロシュマン男爵の話でもあったが、この異世界では、まだ石炭などの化石燃料の使用率は少なく、これから売り込んでいく商品みたいである。
ただ、魔法や魔術といった意味不明な力が働く世界で、産業革命みたいな事が起きるのだろうかと疑問に思う所だ。
「このルウェン鉱山には、石炭の他にも色々な鉱石が取れます。稀に自然魔石もありますので、見逃さずに回収してください」
私が「自然魔石?」とぽつりと呟くと、隣に立っているディルクが小声で教えてくれた。
自然魔石は、魔物などから取れる魔石でなく、名前の通り草木や大地といった自然から取れる魔石の事だそうだ。
この世界の草木や大地にも魔力で満たされている。
それが鉱石や石炭のように長い年月をかけ、様々な要因が重なった結果、魔力の結晶が作り出される。
魔物が持っている魔石は魔物を殺せば取れるが、自然魔石は偶然の産物なので、見つけるのは非常に希である。その為、とても高値で取引されるそうだ。
「では続きまして、炭鉱について話します。皆さまが実際に働く事になる炭鉱は、第二坑道になります。第一坑道は、罪を犯した皆さまと違い、一般人の方たちが採掘しています。所々、第一と第二坑道が繋がっている場所がありますが、決して中に入らないでください。まぁ、交わっている場所には兵士がいますので、無理に入ろうとしますと注意勧告もなく殺されます」
トカゲ兵士は「ヒヒヒィ、気をつけてくださいね」と変な笑い声を上げて注意する。
囚人だけが石炭を掘るとばかり思っていたが、一般人も働いているようだ。
よくよく考えれば、重要産業の一つにしようと考えている炭鉱事業である。
きつい、危険、汚い分、賃金は良いのだろう。
自発的に炭鉱夫になる人がいてもおかしくない。
だが、町に居た人たちの表情は疲れ切って、沈んでいたのが気になるのだが……。
「実際の作業内容を簡単に説明します。主な作業は、採掘、運搬、選炭です。採掘は分かりますね。山を掘って、石炭を見つけます。それをトロッコに積み込んで、外へ運びます。運ばれた石炭は、選炭場で仕分けします。大まかに言えば、これだけです」
確かにこれだけの事だが、それがとても大変である。
悪環境の山の中だ。石炭が眠っている地層を見つけるまで断層を掘り抜いていく。作業中に落盤で埋もれる事もあれば、地下水が漏れて溺れる事もある。ガスも発生するし、粉塵で爆発する事もある。力仕事だけでなく、事故も多いのだ。
そう思っていると、トカゲ兵士も事故について話し始めた。
「皆さまが立ち向かうのはキルガー山脈です。大自然を相手にする仕事ですので、思わぬ事故も多く発生します。先日など、トロッコの移動中、車輪から火花が飛び散り、粉塵に火が付いて火災が発生しました。トロッコの積荷が良く燃える石炭ですので、何日も燃え続け、作業が中断した事がありました。ちなみに、囚人が二人ほど亡くなりました。まったく、困ったものです。そういう事で、皆さまには細心の注意を払いながら、しっかりと労働に取り組んでいただきたいと思います」
実際に働く私たちが注意するだけで、管理する側の危険対策はこれといってないようだ。
「説明を終えた後、直接、現場を見に行きますので、細かい事はその時に話します」
説明会だけでなく、炭鉱ツアーまであるのか。
なんか、罰で強制労働しに来た感じが無くなりつつある。
「では、続きまして、皆さまの一日の生活について話します」
トカゲ兵士の話が終わらない。
伝えなければいけない事は多いと思うが、囚人相手にするものだろうか?
単純にトカゲ兵士が話し好きなのかもしれない。
「朝の鐘で起床、すぐに朝食です。その後は、掃除の時間があり、ようやく労働です。労働時間は、夜の鐘までです。鐘が鳴ったら、坑口浴場で体を洗い、夕食です。その後は、就寝時間まで自由です。ちなみに、特別の日以外は休みはありません」
トカゲ兵士が説明している途中、一人の囚人から「普通じゃねーか」と呟くのが耳に入った。
私も同じ感想を抱いた。
十二時間労働二勤交代の二十四時間フル稼働で掘り続けると思っていたが、トカゲ兵士が言う通りならこの世界の住人と同じ労働時間である。休みがないのもこの世界では当たり前なので驚かない。
「あなた、今、口を開きましたね。そこのあなたです」
大きな目をギョロリとさせたトカゲ兵士は、ぼそりと呟いた囚人を指差す。
「大事な話をしている時に無駄口を叩くとは、不埒極まる振る舞いです。教育が必要でしょう」
トカゲ兵士が宣言すると、三人の兵士が呟いた囚人の前に進み出る。
「ちょっと待て……俺は……」
「また、口を開く。これだから、あなたは罪を犯すのです。あなたの精根を治してあげましょう」
そう言うなり、二人の兵士が囚人の腕を掴み、動きを封じる。
正面に立つ兵士が両手に皮のグローブをはめると、「精根注入ッ!」と叫び、囚人の顔目掛けて拳を振るった。
ゴツゴツと鈍い音を響かせながら、左右四発の拳が囚人の顔を殴りつける。
「班長、教育しました!」
殴った兵士は、トカゲ兵士に顔を向けて、大声で報告する。
「ご苦労……あなた、教育してくれた兵士に感謝の言葉を伝えなさい」
「い、痛ってぇ……」
「ありがとうございますは?」
「意味が……分からん」
殴られた囚人の言う通り、私も意味が分からない。
だが、そんな囚人の言葉を聞いたトカゲ兵士は、「教育が足りません。もう一度」と命令すると、グローブをはめた兵士が「精根注入ッ!」と殴りつけた。
再度、四発の拳が囚人の顔を襲う。
「感謝の言葉は言えますか?」
「あ、ありがとう……ござい……ます」
殴られた囚人は、血を滴らせながら弱々しく言葉を発する。
「よろしい」と満足そうにトカゲ兵士が頷くと、囚人を掴んでいた兵士たちは離れていった。
殴られた囚人は、その場に倒れる。
こ、こえー。
時代錯誤の鉄拳制裁じゃん。
こんなバカな事がまかり通るの? 囚人が相手だからいいの? 異世界だからいいの?
たまに隣にいるディルクと小声で話していた事を思い出し、背筋が凍り付いた。
これからは口を堅く閉ざしておこう。
「彼の言う通り、無理な労働はさせません。炭鉱事業はこれから国策になる重要な事業です。大事な労働者を使い潰す程、我々は愚かではないのです。皆さまは重い罪を犯し、罰としてここに来ましたが、これからは重要な事業の労働者として、誇りを持って作業をしてもらいたいと切に願います」
私たちは強制労働しにきた囚人だ。
トカゲ兵士のホワイト企業宣言について、誰も信用していない。
「では、実際に現場を見に行きましょう」
説明会を終わらせたトカゲ兵士は、演壇から飛び降りると、スススっと音を立てずに歩き始めた。
私たち囚人は、その他の兵士に囲まれながら後をついていく。
まず向かった場所は、囚人が寝泊りする宿舎だ。風で吹き飛ばされそうなオンボロの平屋が等間隔に並んでいる。
一つの平屋に四十人ほどの囚人が寝泊りする。食事は各平屋で行い、トイレは外にあるそうだ。
ちなみに、ルウェン鉱山にいる囚人は百五十人弱である。
宿舎を取り囲むように木柵で仕切られ、その周りを兵士が巡廻するのだが、今は囚人が労働に出されているので、兵士の姿は見かけない。
さらにその周りを石造りで三階建ての建物が取り囲むように建っている。
ここは兵士や一般職員が生活する兵舎との事で、巡回する兵士だけでなく、兵舎からも脱獄がないように、常に見られているそうだ。
「木柵内でなら、自由にしてもらっていいです。井戸で洗濯をしても構いませんし、囚人同士で会話してもいいです。中には、畑を作っている者もいます。ただ、木柵を越えようとすれば、即座に処刑しますので、間違って木柵を越えないように注意してください」
自由にしていいと言われても、自由時間は夜しかないので出来る事は限られている。
宿舎スペースを抜け、山の方へ向かうと体育館みたいな建物が現れた。
中に入ると、机の上に乗せられた真っ黒な石炭を色や大きさ別に仕分けしている囚人が見えた。
さらに奥に行くと、トロッコに積まれた岩石を小さなハンマーやノミなどを使い、いらない石や土を取り除いている。
この建物は選炭場と呼ばれ、掘り起こした岩石を洗浄し、品質ごとに仕分けする場だ。
「石炭だけでなく、その他の鉱石や自然魔石もここで仕分けします。貴重な鉱石を取りこぼさないように注意してください」
あまり力を使わない作業の為、細身の囚人が多く見かける。
私も山の中に入らず、仕分けだけしていたいな。
建物を出ると、すぐ近くにこんもりとした瓦礫の山が見えた。
俗にいうズリ山と呼ばれるもので、洗浄した際に出た不要な岩石を捨てる場所である。あまりにも量がある所為で山のようになっている。
選炭場からズリ山に向けて、二人の囚人が大量の岩を乗せた荷車を牽いているのが見えた。
以前、馬糞を乗せた荷車を牽いた事がある。馬糞だけでも大変だったのに、岩石を山盛りに乗せた荷車を私の筋力と体力で牽く事は無理そうだ。
選炭場から一本の線路が炭鉱に向けて敷いてある。
トロッコ用の線路で、基本一本道であるが、炭鉱に向かうトロッコと選炭場に向かうトロッコが鉢合わないように所々分岐機を使った待機場所が設けられていた。
特に鉄道好きではないのだが、分岐器を見ると、ついジロジロと見てしまう自分がいる。何か良いよね、分岐器。
その線路であるが、鉄製のレールは場所によっては歪んでいたり、ズレて繋がっていたりしている。枕木に関しては、大きさや長さもバラバラであった。
素人目で見ても、適当に作ったと思える線路で、本当にこんなのでトロッコがスムーズの動くのかと疑問に思った。
「レールは町の鍛冶屋で作られています。それを皆さま囚人が枕木と共に線路を作ります。現在も新しく坑道を掘り進んでいますので、線路作りに回るかもしれませんね。なお、枕木や地盤を支える坑木などは、近くの森から伐採して加工しています。これも囚人の仕事です」
一通り説明を終えたトカゲ兵士は、線路の横を歩き始める。
私たちも歩き始めると、前方からトロッコが来るのが見えた。
岩石を山積みにしたトロッコを三人の囚人が息を切らしながら動かしている。
トロッコの後ろは二人の囚人が押している。前方に回った囚人は四つん這いになってトロッコを引っ張っている。
考古学先生がインドで冒険した時のトロッコの動きでなく、ギコギコと重々しくゆっくりと動かしていた。
トロッコ自体重いのに、そこに山積みの岩石が入れられているのだ。さらに線路の作りは雑ときた。どのくらいの距離を運んできたのか分からないが、囚人たちは体中に汗をかきながら、力一杯運搬している。
あー、これは私では無理だ。某映画みたいにジェットコースターみたいなトロッコならやってみたかったが、これは絶対に無理だな。
歯を食いしばりながらトロッコを運んでいる囚人を通り過ぎ、歩く事しばし、ぽっかりと開いた洞穴が姿を現した。
崖をくり抜いた洞穴に線路が続いているのを見ると、坑口だと思われる。
ここが炭鉱への入口か。
所々、松明で明かりを灯しているが、闇が濃すぎて、殆ど奥が見えない。
まるで巨大な魔物が大きく口を広げているように見えた。これからこの奥に入って労働をしなければいけないと思うと震えがくる。
「ご苦労さん。問題はないかな?」
「はい、問題ありません」
坑口の出入りを監視している兵士にトカゲ兵士が状況を確認し終えると、私たちの方を振り返った。
「夕方の鐘が鳴ると、囚人はそこの坑口浴場で汚れた体を洗い、宿舎へ戻ります。建物を汚すのは許しません。しっかりと体の汚れを落としてから戻るように」
トカゲ兵士が指差した場所は、浴場とは名ばかりのただ水を張った桶が置いてある場所だ。水は、渓谷の沢まで降りて囚人が運んでくるとの事。どれもこれも力仕事で眩暈がしてきた。
「キルガー山脈の雪解け水です。とても美味しいですよ。ヒヒヒィ……」
雪解け水って……とても、冷たそうなんだが……。
「では、早速、山の中に入りましょう」とトカゲ兵士が坑口へ向かおうとした時、来た道から一人の兵士が私たちの元まで走ってきた。
その兵士はトカゲ兵士に緊急の用事があったらしく、二言三言話すと戻って行った。
「残念ですが、ロシュマン様のお呼びがかかりました。説明会はこれで終わりにします。細かい説明は、直接、現場で聞いて覚えてください。では、また……」
そう言ったトカゲ兵士は、スススっと軽い足取りで行ってしまった。
突然の事で私たち囚人だけでなく、取り残された兵士たちもどうしていいか分からないでいた。
兵士たちは集まり、あーだこーだと話し合っているのを聞く限り、トカゲ兵士の許可が無いと坑道内には入れないそうだ。つまり、炭鉱ツアーも続けられないので、これからどうすればいいかを相談している。
そして、上司に確認に行った兵士が戻ると、私たちの予定が決まった。
適当な雑務をこなして、時間を潰せとの事だ。
来た道を戻った私たちは、広場の草むしりをしたり、兵舎の壁を修復したり、トイレに溜まった汚物を処分したりして、時間を潰していく。
そして、夕方の鐘が鳴った。
各場所で労働作業をしていた囚人たちが宿舎に戻って来るのを見ながら、私たちは広場に整列されている。
「今から名前を呼ばれた者は、言われた場所に移動しろ」
一人の兵士が木札を見ながら、「ペーター、二号棟。ディルク、四号棟……」と順番に囚人の名前と棟番号を伝え、各担当する兵士の前に囚人を移動させていく。
これから寝泊りする宿舎に分けているのだろう。
私は何処になるのかな? とドキドキしていたら……。
「明日から実際に労働作業する。問題を起こさず、静かに休め。以上だ」
……と、私以外の囚人は、兵士に連れられて宿舎の方へ行ってしまった。
一人取り残された私は木札を読みあげた兵士に顔を向けると、「お前は、アケミ・クズノハだな」と確認された。
私は素直に返事をすると「彼女について行け」と素っ気なく命令された。
顎で指し示された兵士は、茶色の髪で太い眉毛が凛々しい女性の兵士だった。
私と視線を合わせた女性兵士は、「ついて来い」と歩き出す。
どこに連れて行かれるんだ? と思いつつ、私はちょこちょこと足を動かして、女性兵士の後を無言で追いかけた。
「お前が生活する場所はここだ」
連れて来られた場所は、兵舎の横に建てられたログハウスのような小屋だった。
「今から両手足の魔術を掛け直す。腕を前に出せ。変な行動は起こすなよ」
女性兵士に釘を刺された後、両手両足を縛っていた束縛魔術が解除された。そして、すぐに掛け直される。
新しく掛けられた束縛魔術は、手首の部分が淡い青色に光っているだけで、動きを封じる事はなかった。
「魔力封じと一定時間動きを封じる魔術だ。自由に動けるからって脱獄なんか考えるなよ」
二日ぶりに自由になった手足をほぐしていると、女性兵士はログハウスの扉をノックする。
「開いてるよ」
ログハウスの中から声がする。
許可が下りたので、女性兵士と私は小屋の中に入る。
「話があった通り、これから同居する囚人を連れてきた」
「えっ、何の話? 同居!? 何も聞いてないけど?」
「そうか……伝達途中で不備があったようだな。まぁ、いい。そう言う事だ」
「全然、良くない!」
奥の方から声が聞こえる。一人は女性兵士であるが、もう一人は、男性か女性か分からない中性的な声だ。
「決定事項だ。お前が面倒を見てやってみれ」
「勝手に決めるな!」
「元々、そういう条件でここに住んでいるんだろ。諦めろ」
「だからって……」
どうも、ここに住んでいる住人は、急に私と相部屋になる事を聞いておらず、嫌がっているようだ。
私は、申し訳なさそうに言い合っている所に顔を出す。
「ひっ!?」
「あっ!」
私の姿を見た住人から悲鳴が漏れる。
私は別の意味で、息が漏れた。
住民はとても綺麗な顔立ちをしていた。
エーリカやティアのように、絵画から飛び出したような規格外の美しさがあった。
それもそのはずである。
「エルフ?」
住民の耳は、人間よりも長かったのだ。




