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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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154/347

154 鉱山の町ルウェンへようこそ その1

 鉱山の町ルウェン。

 ダムルブールの街を南に向けて、ベアボア馬車で半日以上かかる場所。

 キルガー山脈の麓にあり、標高が高く、薄着では寒い。

 私は両腕を擦りながら、帆馬車から降りた。

 すでに太陽は沈み、辺り一面暗闇に支配されている。

 街灯など無く、唯一の明かりは、私たちの目の前に建っている寂れた教会の燭台に挿った松明だけだ。

 教会の前に並べられた私たちは、兵士たちの動向を黙って見ている。

 私たちを移送した兵士たちは、町に滞在している兵士たちに引き渡しの手続きをしており、状況を説明したり、木札にサインを貰ったりしている。

 そして、移送してきた兵士たちは、帆馬車と共に何処かへ行ってしまった。この町で一泊するのか、それとも今からダムルブールの街へ戻るのかは、私では分からない。

 

「今日は遅い。ロシュマン様の挨拶は、明日の朝に行う。お前たちは、この中に入れ」


 暗闇の中から一人の兵士が、教会を指差して、移動するように命令した。

 ロシュ何とかって誰? と思いながら、一人の兵士を先頭に足をちょこちょこと動かしながら私たちは教会の内部へと入って行く。

 教会は、小さな祭壇と蜘蛛の巣が張った女神像が立っているだけの寂しい内部であった。

 礼拝する信者用の長椅子は無いし、壁や天井はひび割れており、所々、埃が積もっている。

 この町には信者がいないのだろうか?


「今、飯を持ってくる。お前たちは奥の方で好きにしていろ。決して、我々の方には近づくなよ」


 そう言うなり、三人の兵士は、槍を地面に付け、扉を守るように立ち尽くす。

 彼らの様子から教会の出入り口は、兵士が守っている扉しかないようだ。

 さて、好きにしろと言われても、どうしようか?

 そう思っていると数人の囚人が、小さな祭壇の前まで行き、お祈りを始めた。

 その内の一人は、元冒険者のディルクであった。

 彼は女神信者のようである。

 特にやる事もないので、私もディルクの横に移動し、手を合わせてお祈りをした。

 

 えーと……名前を忘れてすみません。何とかの女神様、この先、無事に過ごせますように見守ってください。


 強制労働をさせられる事が決定している私だ。無事には済まないだろうと思うが、気休めで頼んでみた。

 怪我をしないように、病気にならないように、美味しいものが食べられますように、早く刑期が終わりますように……と思いつく限りお願いする。

 逆立ちしても出てこないぐらいお願い事をし終えると、ディルクが私の事を見ているのに気が付いた。


「な、なに?」


 もしかして、真剣にお祈りをしていない事がばれたかもと思い、つい聞いてしまった。

 そんなディルクは「いや」と首を振り、扉を守る兵士へと顔を向ける。


「女神様の像を綺麗に掃除しても良いか?」


 ディルクは、とても熱心な信者なようで、蜘蛛の巣が張ってある女神像が我慢できないようだ。

 だが、そんな彼の願いは「駄目だ」と一人の兵士の言葉で拒否される。

 ディルクは、「そうか」と一言呟き、壁際へと移動し、腰を落とす。

 祈りを終えた私も壁際へ移動し、地面に座った。

 囚人同士、おしゃべりをする事もなく、教会内は静まり返っている。

 しばらくすると、二人の兵士が教会に現れ、遅めの夕食が配られた。

 内容は、パン粥と薄茶色した水のみである。

 通常、パン粥はミルクで作るのだが、目の前にあるパン粥は、僅かな野菜屑しか入っていない塩スープで作られていた。

 塩味しかしない、ふにゃふにゃになったパン粥である。小麦の香りすらしない。

 日中、大量の汗をかいて塩分を必要としているのだが、こんな不味い物で塩分を摂取したくなかった。

 このパン粥にどれほどの栄養価があるのか疑問であるが、明日の事も考え、食べなければいけない。

 私は一気に口の中に塩味のパン粥を押し込み、薄茶色した水で流し込んだ。

 たったお椀一杯のパン粥を食べただけで、気力がゼロに差し掛かっている。

 私は倒れるように地面に寝そべり、目を瞑った。

 地面は冷たく、壁から隙間風が吹いている。

 体を包む毛布などない。

 炭鉱までの酷い移送、栄養価のない不味い飯、熱中症で倒れても助けてくれない兵士。

 今日一日の出来事が頭の中に流れる。


 ああ、私は囚人なんだ。


 束縛の魔術で自由を奪われた両手と両足を見て、ようやく現実を認識する事が出来た。



 ………………

 …………

 ……



「起床時間だ! さっさと起きろ!」


 兵士の怒鳴り声で目が覚めた。

 朝方という事で、教会内部は冷え切っている。

 もちろん私の体も冷え冷えで、目が覚めても体がいう事をきかない。

 他の囚人も同じようで、のそのそと立ち上がると、体を丸めながら肌を擦っている。

 細身のペーターに至っては、真っ青な顔をしながら、ガクガクブルブルと漫画のキャラみたいになっていた。


「食事の時間だ。お前、来い」


 兵士が近くにいた囚人を呼び、料理の入った鍋を渡し、順番に給士させる。

 朝食は、昨晩と同じパン粥と薄茶色の水、それとブドウの粒が二つだけ。ただし、パン粥は塩スープでなく癖の強いミルクで作られていた。

 お湯で希釈されたミルク粥は、本来の臭みが薄くなっており、私としては食べやすくなっている。まぁ、美味いかどうかは別であるが……。

 酸っぱいだけのブドウをパクパクと食べて、あっという間に朝食は終わった。

 量はまったく足りないが、お代わりを頼める環境でも状況でもないので、誰も何も言わない。


 朝食を終えてすぐに朝の鐘が聞こえた。

 ダムルブールの町では教会から鐘が鳴るが、この町では別の場所で鳴っているようだ。

 食事を終えると、順番にトイレの時間をもらう。

 教会内で不浄な行為は禁止らしく、おまるで済ませる訳にはいかない。そこで外に設置されている簡易なトイレで済ませるそうだ。

 私たちは囚人なので、一人づつ兵士の監視の元、用を済ませなければいけない。

 二人の兵士に連れられて私は外へ出た。

 昨日、ここに到着した時は真っ暗で周りを見る事は出来なかったが、太陽が昇った事で町の様子を見る事が出来た。

 町の第一印象は埃っぽいだった。

 剥き出しの地面は、風が吹くと黒い色をした土埃が舞っている。

 草木もほとんど生えていないので、殺伐とした雰囲気だ。

 建物は、使い古された木製の長屋が並んでおり、全体的に寂しい感じであった。

 教会から少し歩いた場所にトイレがある。

 敷地の隅に設置されている木板で囲ったトイレで、内部は深い穴があけられ、申し訳程度に便座っぽい板が設置されているだけだった。

 私は囚人の為、扉は開けっ放しで用を足さなければいけない。

 まぁ、有り難い事に小さい方しか出ないので、背中に兵士の視線を浴びながら、穴に向けて用を足した。

 余談だが、ダムルブールの街の留置所にいた時、何度もおまるで用を足している所を見回りの兵士に見られている。慣れたとは言えないが、諦めは出来ている。現役女子高生だった私は、この体になってから大事な物を色々と捨てていっている気がする。



 全員がトイレを済ませると、教会の前に整列させられた。

 

「これからお前たちが生活する場所に向かう。そこでロシュマン様の挨拶がある。お前たちは、話さず、動かず、黙って話を聞くように」


 そう言うなり、兵士たちは私たちを取り囲むように移動した。

 両手両足を束縛魔術で縛られている私たちは、足をちょこちょこと動かしながら町の中を歩く。

 今の時間、ダムルブールの街なら朝食用に住人がパン屋や露店に集まって賑わっている。

 だが、この鉱山の町ルウェンは静かであった。

 長屋の合間にパン釜屋や料理を売っている店を見かけるが、住民が集まっている様子はない。

 パラパラと住民を見かけるのだが、どの人も活力がない様子に見えた。

 彼らも私たちと同じ、囚人なのだろうか?

 そんな寂れた町並みを眺めながら歩いていると前方にトンネルが見えた。

 トンネルの入り口は、木柵で閉ざされており、両脇に兵士が立っている。

 これが鉱山の入口かな? と思ったが、どうも違うみたいだ。

 柵の隙間からトンネルの先に光が見えたので、ただのトンネルのようだ。

 だから、ここが住民が住まうエリアと囚人が住まうエリカの境界線なのかもしれない。

 私たちが近づくと、兵士が柵の一部を開けて、奥へ通してくれる。

 この先に踏み込むと後戻りが出来ない強制労働の場になる。

 世間から切り離され、刑期が終わるまで戻ってこれない。

 境界線で一瞬、足が止まる。

 「嫌だー!」と叫び声を上げながら逃げ出したい衝動に駆られる。

 だが、私は『啓示』の言葉を信じて、ここまで来た事を思い出す。

 覚悟を決めて、囚人エリアに足を踏み入れた。


 手掘りのトンネルを抜けると、山間の細い道に出た。

 道の端は崖になっている。

 どうも渓谷のようで、崖の下から水が流れている音が聞こえた。

 道幅は狭い上、地面に落石した石や木が落ちているので、冷や冷やしながら足を動かす。

 両足に束縛魔術が掛かっているので、こけないように遅れないように歩くので、自然と息が上がる。

 私の後ろを歩いているペーターから「ゼヒーゼヒー」と苦しそうな息遣いまで聞こえる程である。


 渓谷の横をしばらく歩くと、再度、木柵で道を塞いでいた。

 警備している兵士の横を通り抜けると、平屋の木造建物が立ち並ぶ場所に出る。

 そこには沢山の人が集まっていた。

 真っ黒な服装を着た彼らは、各々スコップやつるはしを担いで、道の奥へと進んでいく。

 人間がほとんどであるが、中には二足歩行の狼や馬もいる。ドワーフの姿も見えるし、緑色の肌を持つ醜い大男もいた。

 彼らは囚人で、これから坑道に入り、石炭を掘りに行くのだろう。

 私たちは、建物が並ぶ場所から逸れて、広場に辿り着く。

 何もない空き地のような広場に一段高くなっている場所がある。

 その前に、私たち囚人は一列に並んで待機された。

 しばらく、ぼーと立ち尽くす。歩き疲れて座りたかったが、さすがに地面に座ると怒鳴られそうなので我慢している。


「ん? あれは……トカゲ人間?」


 一段高くなった演壇を中心に兵士が集まってきた。その中にトカゲが二足歩行で歩いている。カナヘビのようなスラリとしたトカゲ人間は、最低限の服を着て、赤茶色の鱗を自慢気に晒していた。左右に離れて付いている大きな目が、ギョロギョロと落ち着きなく動いている様は、異様に気持ち悪い。

 イメージと違うけど、もしかしてリザードマンかな?

 そんな事を思っていると、隣から「くっ!」と笑いをこらえる音が聞こえた。

 隣にいるディルクが小声で教えてくれる。


「トカゲ人間で間違いはないが……あれはサラマンダーだな」

「サラマンダー? 妖精の?」


 サラマンダーと言えば、炎を纏ったトカゲの妖精だ。

 四大精霊の一つで、風のシルフ、地のノーム、水のウンディーネと並ぶ有名な魔物である。

 サラマンダーか……私のイメージとまったく違うんですけど……。


「細かく言うと、火蜥蜴人と呼ばれるサラマンダーの末端の種族だ。鉱山のような高温多湿の環境に強いので、ああやって兵士として雇われているのだろう」


 さすが元冒険者だけあり、色々と知っている。ちなみにリザードマンは竜種なので全然違うそうだ。


「まったく……毎回、毎回、やらなくてもいいだろ……面倒臭ぇー……フヒィ……」


 ブツブツと文句を垂れる声が聞こえたので、前方に顔を戻すとブクブクに太った醜い男がノシノシと重そうに演壇に上がっていくのが見えた。


「傾聴ッ!」


 一人の兵士が私たちに向かって、黙って聞けと命令する。

 演壇に上がった男はフゥーフゥーと息を整え、ハンカチで顔を拭う。私よりも体力がなさそうだ。


「あー、諸君、私はテオドール・ロシュマン男爵だ。このルウェンの町を管理している」


 テオドール・ロシュマンと言う男爵は、言葉の合間に「ぜぇ、はぁ」と辛そうに息をするので、話がとても聞き取り難い。

 まぁ、あの体形では無理はない。

 小さな目と鼻と口の周りについた、だらしない頬。重力で弛んだ二重アゴ。仕立ての良い服装がはち切れそうになっている肥満体。

 グロージク男爵とマルティン大司教も太っているが、彼らと違い、ロシュマン男爵は不健康で醜い太り方をしていた。

 肌寒い場所にも関わらず、顔から汗を流してはハンカチで拭いている様は、いつ心臓発作で倒れてもおかしくない状態である。


「石炭は、これから需要が高まるであろう大事な資源とされ、色々な鉱山で採掘されている。このルウィン鉱山も石炭産出の大事な場所の一つだ。また石炭だけではなく、その他の鉱石や自然魔石も多く産出されているので、ダムルブールだけでなくフォーラルガルド全体を通し、重要な場所だと肝に銘じておけ」


 フヒーフヒーと苦しそうにしているロシュマン男爵の話は続く。


「お前たちは、罪を犯した。罪の裁きは女神が行うもの。だが、生憎と女神は留守のようである。だがら、私が女神の代わりにお前たちの償い場を与えてやる。女神の代理人である私の指示の通り、しっかりと罪を償え。それが女神の意志である」


 この男爵、女神の代わりとか言っている。女神信者が聞いたら怒りそうだ。

 チラリと隣を見ると、熱心な女神信者であるディルクが今にも飛び出しそうな恐ろしい顔をしていた。

 隣にいる私、めっちゃ怖いんですけどー。


「石炭を掘れ。それがお前たちが犯した罰の償いだ。掘って、掘って、掘りまくれ。それがお前たちに与えた女神の使命だ」


 ガマカエルのようなロシュマン男爵の言葉は、まったく私たちの心に刺さらない。

 罪を犯したのは私たちである。それで罰を受ける事は仕方が無い。

 上から目線で語るも仕方がない。彼は貴族だ。平民など人間と思っていないだろう。

 だが、女神の名を安易に使っているのは許せない。そんな雰囲気が、ディルクを始め、何人かの囚人から発せられている。

 信者でない私の場合、ロシュマン男爵の見た目と話す内容が生理的に受け付けないだけである。


「お前たちは、これから重要産業になる石炭を掘りつくすのだ。女神の代理人である私の為に、誇りを持って作業するように」


 そう締めくくったロシュマン男爵は、「あー、疲れた……飯食って、寝るぞ……」と呟きながら、「ぜぇ、はぁ」と息切れしながら去っていった。

 そういうのは、聞こえないように言えよ、まったく……。


 あんな貴族が管理している炭鉱に来てしまった。

 私はますます憂鬱の気分になったのである。


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