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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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152 来訪者

 尋問室から出された私は、別の部屋に移動された。

 簡易の木製ベッドとおまるの壺が置いてあるだけの六畳ほどの狭い場所だ。

 地面も壁も石造りで、薄暗く肌寒い。

 鉄格子の嵌った小さな明かり窓があるが、私の身長よりも上に付けられているので、外の様子は見えない。

 ここは囚人を一時的に収容する留置場のようで、扉は鉄格子がはまり廊下から丸見えになっている。

 私はベッドに腰を落とし、薄汚れた地面を見つめた。

 泣きたい感情が湧きあがってくるが、涙は流れる事はない。

 一本の蝋燭が灯された薄暗い部屋にいる所為で気分は沈み続ける。

 いや、これからの事を考えると絶望しか感じない。

 

 これからどうなるのだろうか?



 マルティン大司教と副助祭のコニーが尋問室から出ると、代わりに兵士長のマリウスが入ってきた。

 マルティン大司教から話を聞いたマリウスは、再度、私から事情を聞き、正式な調書を取った。そして、私が希望した通り、罪人に認定され、炭鉱送りが決まった。

 ただ、炭鉱送りが決まったとはいえ、今すぐに移送される訳ではなく、後日、別の囚人と一緒にまとめて送られるとの事。

 そういう事で、私は炭鉱へ移送されるまで、兵士詰所にある留置場みたいなこの場所で過ごす事になったのである。

 なお、手錠のような束縛魔術が両手から消えていた事に驚いていたマリウスであるが、再度、私に束縛魔術を掛ける事はしなかった。

 マリウスが「特別だ」とぽつりと呟いたのを考えると、マルティン大司教の恩赦が利いているのかもしれない。

 ただ、恩赦があるとはいえ、私の未来は炭鉱行きが決まっている。

 囚人が送られるこの世界の炭鉱など、きつい、汚い、危険に決まっている。

 喧嘩や暴動が起きないように、僅かな食事で、ヘロヘロになるまで労働させられるのだ。

 低レベルの私では三日も経たずに倒れてしまうだろう。そして、役に立たない囚人は壁に埋め込まれ、人柱にさせられてしまうのだ。


「はぁぁぁーーー……」


 絶望しか見えない未来を想像して、溜め息しか起きない。

 何で『啓示』は、わざわざ私を炭鉱送りにしたのだろうか?

 今までの事を考えれば、ただ私を虐めて楽しんでいる訳ではない筈だ。

 何かしら意味がある筈である。

 そう思い、私自身『啓示』の言葉を信じて、炭鉱送りを宣言したのだが……改めて一人になると後悔しか湧いてこない。

 外見は強面のおっさんだけど、中身は現役の女子高生なんだよ。もう少し、私の体力や気力も考えて、指示を出してほしいものだ。

 その辺、理解しているかな、『啓示』さん?



 ―――― ………… ――――



 相変わらず、自分が言いたい事しか言わない『啓示』であった。



 明かり窓から差し込む太陽の光が茜色に変わった事で夜に近づいているのが分かった。

 この部屋に入れられてから半日以上誰も来ない。

 たまに鉄格子越しに兵士が様子を見に来るぐらいである。

 やる事もないので、半日以上、硬いベッドの上でゴロゴロとしていた所為で体の節々が痛い。

 体をほぐす為に部屋の中央でストレッチをしていたら、鉄格子の外から二人の兵士が現れた。


 「飯の時間だ。壁の奥に移動しろ」


 私は言われた通りに狭い部屋の奥まで行き、兵士の様子を眺めた。

 一人は扉の前に立ち、鋭い視線を私に向ける。

 もう一人の兵士は、私の動向を伺いながら夕食の乗った皿をベッドの横の地面に置いた。

 別に暴れたり、逃げ出したりしないから、そんなにも警戒しないでほしいものだ。

 兵士は、おまるの中身を覗き、新しい物と交換してから出て行った。

 ガチリと鉄格子の扉が閉まると、私は地面に置かれた料理へ向かう。

 不安と恐怖に震えていた一日であるが、朝から何も食べていない所為で、料理を前にするとお腹の虫が鳴る。


 さて、本日の献立は何かな?


 硬い黒パンが一つ。

 野菜屑のスープ。

 謎肉をカチカチに乾燥させた干し肉が数切れ。

 以上、やはりと言うべきか、囚人に出される料理なんてこんなものである。

 あれかな? 暴れたりしない為に栄養は最低限にさせたり、空腹で無気力にさせるのかな?

 いや、もしかして兵士の一般の食事がこういう物かもしれない。今までの私の食事内容が異質の可能性が高い。


 では、味の方はどうかな?


 私はまず硬いパンを掴み、かぶりつく。

 ガリっと歯が欠けそうな音が口に広がった。

 これはヤバイ。パンを食べたつもりがレンガを食べてしまったみたいだ。

 『カボチャの馬車亭』のパンに慣れてしまった私の顎では、異世界パンをそのまま食べる事は出来ないと久しぶりに実感した。

 こんなカチカチパンは、スープなどで一度ふやかさなければ食べられない。

 そこで屑野菜のスープを一口啜る。

 うん、野菜の味が一切しない塩味のお湯。

 それならと干し肉を齧ってみた。

 こちらもパンに負けずとカチカチに硬い。

 干し肉は、口の中に入れて、唾液で柔らかくしながら徐々に食べていくもの。塩分が高いので口に入れれば唾液が止めどなく溢れてくるのだが、柔らかくなる頃には、私の顎は再起不能になっているだろう。


 うーむ、味云々の前に食べられない。

 どうしようか? と悩んだあげく、一つの結論に達した。

 一品ずつ食べようとするから食べられないので、一つにまとめればいけるんじゃないかな?

 

 そう判断した私は、塩スープの中にカチカチのパンとカチカチの干し肉を入れて、しばらく放置する。

 そうしたらカチカチのパンがスープを全て吸い取ってしまった。

 塩スープを吸ったパンはふにゃふにゃで気持ち悪い食感に変わり、元から味もないので美味しくない。

 干し肉なんて、肉にも関わらず、まったく肉の味がしない。何の肉を使っているのだ?

 何とか食べられるようになったものの、全てに味気ないので、食事をしている気分にはならなかった。

 エッヘン村で食べたオートミールのミルク粥に比べれば食べられるのだが、こんな料理をこれから食べ続けなければいけないと思うと気が滅入ってくる。いや、既に滅入っているので、追い打ちを掛けられた気分である。



「おっちゃん、無事そうだねー。怪我とかしてなくて、安心したわー」


 何とか料理を食べ終え、さらに気分が落ち込んでいる所に聞き慣れた声が頭上から聞こえた。

 キョロキョロと周りを見回すと、明かり窓の鉄格子の外から手の平サイズの人間がいるのを見つけた。

 

「えっ、ティア!? どうして、ここに?」


 ティア、は月の光を背に鉄格子の隙間から体をくねらせて部屋に入ってくる。


「くー、ちょっと、待って。んーん……ふぅー、進入成功!」


 無事に明かり窓の鉄格子から部屋に入ったティアは、飛び回りながら部屋を観察する。


「兵士の数が減るのを待って、おっちゃんの様子を見に来たのよー。おっちゃんに似合う良い部屋じゃない」


 ティアとは半日ぶりの再会であるが、尋問が終わってからずっと一人寂しく何もない部屋に閉じ込められていた所為で、ティアの無意味な話も懐かしくて涙が出てきそうなった。


「なーんだ、メシはもう終わったのか。差し入れを持ってきたけど、無駄だったみたいだねー」

「さ、差し入れ!? なになに?」


 ティアは、小ぶりのリンゴを三個を取り出すと、ベッドの上へと置いた。

 不味い夕食を食べた後だというのに口の中が唾液で溢れてくる。

 すぐにリンゴに手に取り、かぶりつく。酸っぱくて美味しい。

 ティアも私の横に座り、リンゴを食べ始めた。

 二人でシャリシャリとリンゴをかじりながら、私は夕飯に何が出たかをティアに教えてあげた。

 ティアは「そうなんだー」「それは大変ねー」「なるほどなー」とリンゴを食べるのに夢中で簡素な相打ちしかしてくれないが、そんなんでも話し相手がいるのは嬉しい。

 一人に慣れている私でも囚人として何もない部屋に閉じ込められていると寂しくなる。


「あたしたちは、アナちゃんが作ったクリームシチューを食べたわよー。おっちゃんの作り方を思い出しながらだから、エーちゃんが駄目だしの助言ばかりが飛んでいたわねー」


 何それ! 凄く、楽しそう。私も食べたかった。


「それで、どうしてティアは私がここに居る事が分かったの?」


 リンゴを食べ終えた私は、疑問に思った事をティアに尋ねた。


「空からおっちゃんの様子を見ていたからね。場所はすでに知っていたわー」


 元々私の小物入れにティアの分身体を忍び込ませていたらしいのだが、没収されて返ってこない可能性を考え、私がエーリカに渡してしまったのだ。

 だから、アナの胸元に避難していたティアは、急いで空に飛び出して、上空から私が兵士に連行されていくのを観察していたようだ。そして、兵士の数が減った夜に直接会いに来てくれたみたいである。


「それでおっちゃんは何で捕まったの?」

「ティアと初めて会った時の事が原因だよ」


 ティアの質問に答えると、「あー、あの時かー……で、何が問題なの?」とあまり理解していなかった。

 そこで私は、あの日何をして何が問題だったかを教えた。


「幻影魔術を掛けた人間は無事だったようね。寝起きで百年ぶりの魔術だったから、加減が無茶苦茶だったんだよー。突然の事だったしねー。今だから言うけど、もしかしたら、一生幻影に捕らわれていたり、精神が崩壊していたかもしれないんだよねー。無事で良かったわー」


 懐かしそうに思い出すティアであるが内容が怖い。

 コニーとか言う副助祭が無事で良かった。もし最悪の事態になっていたら、私の罪はもっと酷い事になっていただろう。


「それで、おっちゃんはこれからどうなるの?」


 私は今日あった尋問の内容を思い出しながらティアに教えていく。

 宝箱の中身を盗んだ罪は無くなったが、不法侵入と騒ぎを起こした償いとして炭鉱送りになった事を教える。


「おっちゃん、ついに囚人になっちゃったかー。うん、うん、似合う似合う。でも、おっちゃんが炭鉱なんかに行ったら、数日で倒れて死んじゃうんじゃない? 見た目に反して、体力も筋力も無いしねー」


 ご尤もな意見です。


「ま、まぁ、一応『啓示』の指示だから、最悪な事にはならないと思うよ……たぶん……」

「『啓示』か……神の言葉って奴だよね……」


 今回の件、自分も原因の一人だという事を棚上げにして楽しそうに聞いていたティアだが、『啓示』の単語を聞いてから神妙な顔へと変わった。


「神かどうかは分からないけど、何か『啓示』について知っているの?」

「ん? いや、何も……あたしの知り合いにも同じような人がいたなーと思い出しただけ」


 えっ!? 同じ『啓示』持ちの人がいるの?

 興味が出たので、ティアに「誰?」と聞くと、「おっちゃんに権限がない」と断られた。


「まぁ、そういう事だから当分帰れそうにない。エーリカとアナに心配せずに、のんびり待っていてと伝えておいて」


 空元気で伝言を頼む。

 囚人として炭鉱送りにされるのだ。いつ帰れるのかは分からない。数か月だろうか? 数年だろうか?

 そもそも生きて帰れる保証もないのだ。

 不安と恐怖しかない自分の未来であるが、エーリカとアナとティアには心配させたくはなかったので、気楽にお願いした。


「それで今日は、ティアたちは何をしていたの?」


 話を変える為に私が連行された後のエーリカたちの事を尋ねたら、「ちょっと、待って!」とティアに口を閉ざされた。


「兵士の見回りが来たわ」


 そう言うなり、ティアはベッドのシーツの中へと隠れてしまう。

 ティアの言う通り、二人の兵士はすぐに現れた。

 私は、食事を運ばれた時のように奥の壁ぎわに移動し、待機する。

 鉄格子の扉を開けた兵士は、そのまま武器を持って私の動向を監視する。

 もう一人の兵士は部屋の中に入り、空になった夕飯の皿を回収すると……。


「……ん?」


 ……兵士は、首を傾げた。

 心臓がドキリと高鳴る。

 もしかしてティアが居る事に気が付いたのだろうか?

 ドキドキしながら兵士を見ていると、空になった皿からリンゴの芯を取り出し、私に見せた。


 ああー、何も考えずにリンゴの食べカスを皿に入れていたー!


「お前、何を食べた?」

「え、えーと……初めからスープの中に入っていました……けど?」


 とっさに苦しすぎる嘘が出る。

 今日の私は嘘ばかり吐いている気がする。

 それだけで罪悪感が湧いてくる。


「…………」

「えーと……スープに変なものを入れるな、と文句言っていいですか?」


 足が震えそうになるのを必死に押さえながら平静を装って軽口を言うと、兵士は何事も無かったように部屋から出て行った。


「いやー、危なかったわねー。ばれたかと思ったわ。ドキドキよー」


 本当、心臓に悪い。

 もしティアがお忍びで部屋にいるのがばれたら、明かり窓のない独房に引っ越ししていたかもしれないのだ。

 ゴキブリしか話し相手がいない真っ暗な部屋なんて絶対に嫌だ。


「よく兵士が来ると分かったね」

「あたし、三人で来たからね。今も分身体の二人が兵士の行動を監視しているわよー」


 本当、便利な妖精である。


「それでエーちゃんたちの事だったわねー。特に何もしていなかったわ」


 兵士が来る前の話を思い出したティアは、私に教えてくれた。

 私と離れたエーリカとアナは、家に戻っても特に何もしなかったらしい。

 クロとシロの世話や家事は、ティアの分身体がすでに済ませているので、アナは手持ち無沙汰で仕事を探しては細々とした事をしていたらしい。不安を紛らわしたくて、何かをしていたかったみたいである。

 エーリカは、一日中、外の切株に腰を落として景色を見ていたとの事。瞬きを一切せずに空を見ているエーリカは、本当の人形みたいになっていたそうだ。

 そんなエーリカを心配したアナは、夕飯を一緒に作る事で普段のエーリカに戻ったらしい。

 ちなみにティアはと言うと……。


「あたしは冒険者ギルドの依頼をしていたわよー。上空を飛び回り、街の様子を監視するの。困っている人がいたら手助けしたりするんだから。今度、正式に冒険者になる昇級試験があるから頑張るわよー」


 ティアに限っては、最大十四体の分身体が作れるので、一日で色々できる。

 冒険者ギルドで依頼を受けるティアもいれば、アナの家で家事をするティア、私の様子を監視するティア、何もせずに昼寝ばかりするティアと休みなく話が続く。


「以前、頼んでいたあたしの似顔絵が入ったハンカチを貰ってきたわー。予定よりも一日早く出来たとマルテちゃんが教えてくれたから依頼中に行って来たの。今は持っていないから、今度、自慢しに持ってくるわねー。ちなみに四人の顔が描かれているハンカチは当分先になるって言っていたわ。『女神の日』に大量の注文を受けたから、完成に時間が掛かるって」

 

 そんな他愛の無い話を夜遅くまでしてティアは帰って行った。

 一本の獣臭い蝋燭に照らされている薄暗い部屋に一人だけになる。

 私は硬いベッドに寝ころび、ティアが出て行った鉄格子の付いた明かり窓を見つめる。

 今も不安と恐怖に支配されているが、ティアと会話した事で暖かい気持ちも残っている。

 現役女子高生だった時は、一人が当たり前で何の不満もなかった。

 だが、今現在、薄暗い部屋で一人だけになり、罪の償いで炭鉱送りが決まっていると、寂しさと不安が溢れてくる。

 環境も変われば、人も変わる。

 友や仲間の有難味が身に染みてくる。

 エーリカ、アナ、ティア……彼女たちが居てくれて本当に良かった。

 彼女たちに心配をさせないためにも、頑張って生き抜こう。

 

 明かり窓から差し込む朱色の光を眺めながら、不安と恐怖と共に私は眠りにつくのであった。


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