151 罪の償い
「慈愛の女神フォラよ。我に奇跡を授けたまえ。聖なる光の下に、彼の者の虚実を曝けたまえ」
私の前まで移動したマルティン大司教は、呪文を唱えると私に向けて右手を掲げた。
徐々に光り輝くマルティン大司教の右手を見つめながら、冷や汗が顔を伝う。
どうしよう!
このまま嘘発見器の魔法を掛けられたら、今までの嘘がばれてしまう。
教会内部の不法侵入に宝の窃盗、さらに偽証罪まで追加されちゃう。
不味い、不味い、不味い!
助けてー、『啓示』さーん!
「『真理の威光』!」
マルティン大司教の右手から光の輪が放たれ、椅子に座っている私の体を包む。
―――― 体中に魔力を流してねー ――――
「――ッ!」
『啓示』の言う通り、急いで体中の魔力を動かす。イメージするのは激流。血管に血液が流れるように、凄い速さで体中に魔力を循環させた。
「……んっ?」
嘘発見器魔法を放ち続けるマルティン大司教の眉間が寄る。
魔力操作をしているのがばれたかもしれない。
だが、私は素知らぬ顔をしながら、体中に流れる魔力に集中し続けた。
それにしても、これ役に立つの?
未だに私の体はピカピカと光り輝いている。
幽霊に恋をした情けない坊さんが大妖怪を倒そうとするように、ハゲのおっさんが黄金に輝いている。
非常に恥ずかしい……。
パキっと両手から小さな衝撃が伝わった。
どうしたのだろう? と机の下にある手を見ると、手錠のような束縛魔術の輪が無くなっている。
体中に流した魔力で壊してしまったのかもしれない。……いや、無力化か。
もしかして、レジストかな?
体中に魔力を流す事でレジスト能力が発動し、嘘発見器魔法を抵抗させる作戦なんだと理解した。
さすが『啓示』さん。頼りになる。
私は、束縛魔術が壊れた事がばれないように両手を机の下に隠し、嘘発見器魔法を受け入れるふりをしながら、魔力を体中に動かし続けた。
「なるほど……分かりました」
しばらくするとマルティン大司教は私に向けていた右手を下ろし、顔中に浮かんだ汗をハンカチで拭いた。
ピカピカと光っていた私の体も普段のおっさんの姿になっている。
「そ、それでどうでした!? やはり、こいつが犯人だったでしょう!」
魔法の効果を知らない助祭のグレゴールは、期待に満ちた顔で疲れた顔をしているマルティン大司教に詰め寄る。
「結果は分かりました。彼の言っている事は本当です」
「はっ?」
何を言っているのか分からない顔をするグレゴールにマルティン大司教は元の場所に戻り、椅子に座った。
「彼が嘘を言えば、光の色が変わります。つまり、同じ色に光り続けた彼は、本当の事しか言っていません。宝箱を開けて、中身を盗んだのは彼ではない」
私が無実だとマルティン大司教が断言したおかげで、ほっと胸が軽くなった。
『啓示』のおかげで、何とか切り抜けた。
「そ、そんな馬鹿な!? 何かの間違いでしょう! そう、魔法が不完全とか、マルティン大司教が……」
「私自身が嘘をついたと言うのかな?」
納得の言っていないグレゴールにマルティン大司教がジロリと睨むと、「むぐ……」と押し黙った。
「で、では……彼が犯人ではないという事は、別に犯人がいるという事ですか?」
今まで私の監視をしていた兵士長のマリウスが、マルティン大司教に顔を向けて尋ねた。
「そ、そうだ。こいつでないのなら、仲間が
いたのだろう。副助祭、貴様はこいつ以外にも仲間を見たんじゃないのか?」
心臓がドクンと鳴る。
もしコニーと呼ばれる副助祭がエーリカとティアを見ていたら、また同じように疑われてしまう。
いや、それ以上にエーリカと
ティアまでも犯罪者扱いされてしまう。
それだけは駄目だ。
「それが……覚えていないのです。その人の顔は覚えていますが、他に人が居たかは、分かりません。すぐに意識を無くなりましたので……」
申し訳なさそうに答えるコニーに、再度、胸が軽くなる。
「役に立たん!」
「グレゴール神父、コニーは十分に役に立っていますので侮辱は止めてもらおうか」
「しかし……」
「先程の神聖魔法は、あなたが気にしている仲間云々も判定する。あの時、あの場所に彼は一人でいたのは事実。私の力と神聖魔法を疑うという事は、女神フォラを疑うと同義だと思うように」
マルティン大司教が念を押すと、グレゴールは完全に口を閉ざした。
「彼の疑いは晴れましたが、兵士長の言う通り疑問も残ります」
そう言うなり、マルティン大司教はグレゴールに顔を向けた。
「グレゴール神父に聞きたい。宝物庫を管理しているのはゲレオン司教ですよね」
「ええ、直接は私が管理しております。……まさか、私やゲレオン司教を疑うのですか!?」
顔を真っ赤にするグレゴールは、ギロリとマルティン大司教を睨む。
疑いの晴れた私は、のんびりと教会関係者の話を聞いている事にした。
「いえ、女神に仕える私たちをそんな風に思ってはいません。ただ、情報が欲しいのです」
「そ、そうか……」
「最後に宝物庫に入ったのはいつですか?」
「前回の『女神の日』です。二十日も経っていない」
「ふむ……では、隠し扉を開けられるのは誰ですか?」
「ゲレオン司教だ。……いや、教会関係者で司教以上なら開けられる。つまり、マルティン大司教、あなたも開けられるだろう」
私は、教会関係者ではないのに魔力を流したら扉が開いちゃったけどね。
「つまり、聖属性で一定の魔力量があるなら開くのですね」
「詳しくは分からないが、たぶんそうだろう。私では開けられない」
「ふむ、なるほど……それなら、中身を盗まれたという宝箱はどうですか? 何でも結界が掛かっていたと言うではないですか?」
「ああ、強力な結界が張ってあり、誰にも開けられない」
あれ、エーリカは足でグリグリと地面を削っただけで解除させたんだけど?
「誰も? 中身は何です?」
「知らん」
グレゴールは、マルティン大司教の問いに首を振って答えた。
まぁ、無理もない。中身は妖精の姿をした自動人形が入っていたんだからね。
答えを知っている私からすると、彼らの問答が茶番に見えてくる。ただ、答えを言う訳にはいかないので、傍観者に徹していた。
「知らない? どういう事です?」
「だから、強力な結界が張ってあると言っただろう。誰も中身は知らないんだ」
「いつから教会に置いてある宝箱なんですか?」
「さぁな、ゲレオン司教も出所は知らないと言っている」
「もしかしたら、中身が空だった可能性もあるのですか?」
「そんな筈があるか!」
「なぜ言い切れるのです?」
「宝箱だぞ! 中身が無い訳があるか! 宝が入っているに決まっている!」
「それだけの理由ですか? 誰も中身を知らない。開ける事も出来ない。つまり、元から空の可能性だってあるでしょう?」
おっ、あれかな?
みんな大好きのシュレーディンガーの猫。
蓋を開けるまで中身があるかどうかは、観測するまで両方の可能性が存在するとか何とか……。
まぁ、量子力学の考え方の話なので、今回の件とはまったく趣旨が違うけど……。
「元々空だった場合、盗難自体、無かった事になりませんか?」
「暴論だ! 実際に隠し扉は開けられ、宝箱の蓋は開かれていた。中身は空だったんだ。そいつか、そいつの仲間が盗んだはずだ!」
グレゴールは、私を指差して怒鳴り散らし始める。
また、この話をぶり返すの? 勘弁してよー。
「彼でない事は先程証明したばかりでしょう。証拠もないのに、思い込みで彼を責めてはいけません」
庇ってくれるマルティン大司教であるが、私は沢山嘘を吐いているので、申し訳ない気持ちで一杯になる。
「話は変わりますが、宝物庫で管理している者は、ゲレオン司教とグレゴール神父でしたね」
「ん? ああ……私やゲレオン司教が責任をもって管理している。やはり私を疑うのか!?」
「いえ、先程も申した通り、疑っている訳ではありません。今回の件、率先して犯人を捜しているのはあなたですからね。ただ、教会内部で迷子になった彼が無実なら、犯人は教会関係者が濃厚ではないかと思いまして」
「なに?」
「犯行現場は教会内部。それも司教以上でないと開かない扉の部屋です。教会関係者の可能性が高いでしょう」
「そうなると、マルティン大司教、あなたも該当しますよ」
「ええ、そうなるでしょう。ただ、恥ずかしながら、私は事件が起きるまで宝物庫の存在を知りませんでした。責任者なのにです。知っているのはごく限られた人物だけでしょう」
「つまり?」
「大司教という地位を授かっている私が、全面的に協力をさせていただきます」
「協力だと? あなたが?」
「ええ、責任者ですからね。教会で起きた不祥事です。協力をするのは道理でしょう。現に今もここにいますしね」
グレゴールが、疑わしい目でマルティン大司教を見つめる。
協力宣言しているにも関わらず、双方は未だにギスギスしたままだ。
一体、この二人の関係は何なのだろうか?
「それはそうと、私も宝物庫に入らせていただきました」
「なっ!? 入ったのか?」
「ええ、責任者ですからね。数日前の事です」
「…………」
グレゴールは口を閉ざし、マルティン大司教の顔色を窺っている。
「面白い宝物庫でした。古い物から珍しい物まで色々とありました。どれも価値の高い物ばかりで驚きです」
「そ、そうだろう。宝物庫だからな」
「責任者である私が知らない宝物ばかりです。いつの間に集まったのか疑問ですね」
「う、うむ……件の宝箱のように出所不明の古い物ばかりだからな。我々が教会に入る前にすでに保管されていたのだろう」
「ええ、そうでしょう。だから、良い機会ですから宝物庫で管理している物を調べ、目録を作るべきと思いました」
「いや、それには及ばない。私がしっかりと管理している」
「今回の件を調べるついでです。もしかしたら、別の物も盗まれているかもしれませんよ」
「それはない!」
「なぜ、言い切れるのですか?」
「だから、私がしっかりと管理していると言っているだろ!」
グレゴールは、椅子を蹴り飛ばすように立ち上がる。
「今回の件も宝物庫の中身も我々が責任を持って調べる!」
「私はダムルブール大聖堂の最高責任者です。あなただけの責任には出来ませんし、あなたの一存で決める事柄ではありません」
「ゲレオン司教には、今回の件、全てを報告するからな」
「ええ、私の方からも報告をするつもりです。先にあなたから伝えておいてください」
「ふ、不愉快だ!」
そう言うなり、グレゴールはプリプリと怒りながら鉄扉を開け、出て行ってしまった。
部外者になっている私と兵士長のマリウスは、ぽかーんと口を開けて、二人のやり取りを見ていた。
そもそも、どこにブチ切れて帰ってしまう所があったのだろうか?
マルティン大司教とグレゴール助祭の関係がまったく分からない。
「あのように挑発して、良かったのですか?」
今まで黙っていた副助祭のコニーが、小声でマルティン大司教に尋ねる。
マルティン大司教は「構わない」と一言返すと、マリウスの方を向いた。
「兵士長、すまないが部屋から出て行ってくれないか。そこの彼と私たちで話がしたい」
「えっ、いや、その……」
「なに、今回の騒動の後始末について教会として話をしたいだけだ」
えっ、後始末!?
無罪放免で解放されて終わりじゃないの?
再度、私の背中に冷たい汗が流れてくる。
「しかし、彼は鉄等級とはいえ冒険者ですよ。見た目もあれですし……」
あれとは何かな?
よく言われる犯罪者顔で、危険だと思っているのだろうか?
見た目だけで判断しちゃ駄目と教えられなかったのかな? おじさん、泣いちゃうぞ。
「私たちは聖職者ですよ。あなた以上に自分の身を守る術は持ち合わせています」
そう言うなり、マルティン大司教は鉄扉の方へと視線を向け、無言で「行け」と指示を出している。
教会の、それも大司教の言葉を無視する事も出来ず、マリウスは渋々と部屋から出て、鉄扉を閉めてしまった。
いやー、私を一人にしないでー!
「別に不安がる必要はない。悪い話をする訳ではないからな」
グレゴールと対話していた威厳たる姿勢は崩れ、柔らかい雰囲気に変わったマルティン大司教とコニーは、椅子から立ち上がり、私の前に移動した。
ゴクリと唾を飲み込む私の前に二人が座ると、懐に入れていた羊皮紙を取り出した。
丸まった羊皮紙を広げたマルティン大司教は、一通り目を通すと私の顔をジロジロと眺める。
「名前は、アケミ・クズノハと言ったかな?」
「は、はい……」
「以前、私と会った事はあるかな?」
「い、いえ……ない筈です」
そう答えたが、実は少し前から何となく二人の顔に見覚えがある気がしていた。
コニーに関しては、宝物庫で会っているのだが、それ以外にも既視感があるのだ。もちろん、マルティン大司教にもだ。
どこかで会った事があるかな?
私が首を傾げて考えていると、「そうか……」と一言呟いたマルティン大司教は、姿勢を正して私を見据える。
「先程、コニーが私を呼びに来た直前に、ある書面が急ぎで届いた」
マルティン大司教は手にもっている羊皮紙をヒラヒラとさせる。だが、表面は見せる気は無いらしく、何が書かれているかは分からない。まぁ、この世界の文字が読めない私には、表面を見ても分からないけれど……。
「ある人物から君の事が書かれている。どんな人物で今までの功績が細かく記載されているのだ」
「はぁー、そうですか」
何それ? 何でそんな事をわざわざマルティン大司教に送るの?
それもこのタイミングで? 意味が分からない。
「君が捕らえられたと知ったのだろう。罪状も分からないのに、寛大な処分をと願い出ている。余程、気に入られているようだな」
つまり、私を助ける為に誰かが恩赦の請求をしたの? それも教会相手に……。
誰だろう?
冒険者ギルドかな?
でも、あそこは貴族の依頼を受けただけであわあわと慌てるので、貴族よりも面倒臭い教会相手に鉄等級冒険者の為にするとは思えない。
「この書面に関わらず、私個人としても君の罪は無いに等しいと思っている。先ほどの神聖魔法で君が無罪だと証明されているしね」
本当は嘘ばかり吐いているのだが、ここは無罪でお願いします。
「ただ、このまま解放する事も出来ない」
なんですとー!?
「無断で教会内部に侵入した。それも重要な場所である宝物庫に入り、窃盗の疑いで騒ぎを大きくしてしまった。何らかの償いが必要になるのだよ」
確かに不法侵入で迷惑を掛けたけど、結果からしたら誤認逮捕で迷惑を掛けられたのは私自身なんだけど。
「なに、大した償いは受けさせない。こちら側の体面の為に必要なものだからな」
つまり、教会に迷惑をしたから世間体の為に償えという事かな。
……いや、違うな。
これは予想だが、キレてばかりいたグレゴールを黙らせる為に私に何らかの罰を与えて、大人しくさせたいのだろう。
「今回の件、ある意味、君も被害者である。我々教会からの最大の譲歩という事で、償いの内容は君に決めさせてあげよう」
おお、私に罰の内容を決めさせてくれるとは、見た目と同じで何て太っ腹なのだろう。
終始怒っていたグレゴールと違い、マルティン大司教は人が出来ている。
今まで聞いていた教会のイメージは、グレゴールのような神父が原因なのかもしれない。
さて、私に罰を決めて良いと言うが、何が良いかな?
お金で解決するのはどうだろうか?
実際に関わった私とエーリカとティアのお金を集めれば、金貨二枚と銀貨数枚はある。
さすがに全財産を払う必要はないだろう。
彼らは私が底辺の鉄等級冒険者だと知っている。
銀貨数枚の迷惑料という寄付で納得してくれるかな?
―――― 炭鉱行き ――――
「…………」
私がうんうんと唸っていると、『啓示』から有り難い言葉が頭に流れてきた。けど、たぶん気の所為だろう。さっきまで犯人扱いされ、不安と恐怖でストレスが溜まっている。幻聴だってするさ。
気を取り直して、償いの内容を考える。
お金で解決しても良いが、借金を返済したばかりで、あまりお金は使いたくない。
それなら労働で償うのはどうだろうか?
教会の草むしりとか椅子磨きとかで無料奉仕を願い出たら、お金で解決するよりかは印象が良いかもしれない。
うん、良いアイデアだ。
「決まったかな?」
マルティン大司教の催促がくる。
私は労働で償いますと言おうとすると……。
―――― 炭鉱! ――――
……幻聴に遮られた。
私は、相当に疲れているみたいだ。
早く解放してもらい、ベッドで眠りたい。
―――― た、ん、こ、う ――――
私は束縛魔術が無くなった両手で顔を覆う。
「急にどうした!?」とマルティン大司教の驚きに答える気力はない。
「わ、私は……その……草むしりとかの……」
―――― た、ん、こ、う、行き ――――
私の言葉を遮るように、『啓示』からの毒電波が頭に流れ続ける。
「君、大丈夫か? そこまで深く思い悩まなくてもいいぞ」
私を心配するマルティン大司教の声が身に染みる。
世間一般の教会のイメージと違い、彼は本当に優しい人物なのだろう。
そんな彼の優しさに流されたいのだが、私は……。
「わ、私は……た、炭鉱に……行きます」
……と、『啓示』の判断に従った。
「な、何で!? よりにもよって、何で炭鉱を希望するのだ!?」
マルティン大司教だけでなく、落ち着きのある副助祭のコニーも目を丸くしている。
私自身も「何で!?」と『啓示』に聞きたい。
でも、『啓示』からの返答はなし。
だが、何度も命を助けられた『啓示』の言葉だ。何か意味がある筈である。そう願いたい……。
「よりにもよって、炭鉱とは……」
炭鉱送りを希望した事を信じられないと驚愕する二人。
無理もない。
炭鉱送りなど、重罪をした囚人が送られる場所と聞いている。
恩赦を受けた私が願う場所ではないのだ。
「み、皆さまに迷惑を掛けました。炭鉱に行って……つ、償いをします」
血の滲む思いで告げる。
しばらく部屋が静寂に包まれる。
私は机の上で顔を覆い、震えていた。
「……君の覚悟は分かった。炭鉱行きを認めよう。そこで罪を償い、悔い改めるように」
マルティン大司教とコニーは席を立つと「そなたに女神様の祝福がありますように」と呟き、部屋から出て行った。
こうして、私は囚人として炭鉱行きが決まったのである。




