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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第三部 炭鉱のエルフと囚人冒険者

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150/347

150 大司教による尋問

 青年の顔を思い出した!

 ティアと初めて会った時の事だ!


 誤認逮捕だ。無実だ。冤罪だ。と思っていたが、全く違っていた。

 教会関係者を怒らせる事をしていたのを思い出し、私は両手で顔を覆って絶望する。


 あの時、『啓示』の指示通り、教会へ向かうと助けを呼ぶ声を聞いた。

 そして、関係者以外立ち入り禁止の場所に入り、隠し扉を開けて、宝箱に入っていたティアを助けたのだ。

 その時に見つかった相手が、目の前の青年なのを思い出した。

 ティアの存在があまりにも強くて、教会に不法侵入した事を忘れていたとは……胸を張って、「何もしていません」と宣言していた自分が恥ずかしい。


「顔を隠すな!」


 凄みを利かせた兵士長マリウスの怒声が部屋に響く。

 高圧的な態度のグレゴール神父の依頼で、どこにでも居そうな似顔絵から私を逮捕したマリウス。彼も私が罪を犯していないとどこかで思っていたようで、今までは温厚な対応をしてくれていた。

 だが、ここで教会の青年が断言をした所為で、態度は一変してしまう。

 マリウスの表情は硬く、眼光が鋭い。鉄扉を守っている兵士もいつでも槍を動かせるように手の位置を変えている。


「コニー神父、もう一度、確認してください。間違いありませんか?」

「私は神父ではなく副助祭です。彼で間違いありま……ッ!?」


 コニーと呼ばれる青年は、再度、私の顔を見て、言葉が止まった。

 表情が固まったままのコニーに、「どうしました?」とマリウスが怪訝な声で尋ねる。


「そ、その……すぐに教会へ戻らなければいけなくなりました。すぐに戻ってきますので、彼はこのままの状態でお願いします。決して、無茶な事はせず、怪我をさせないように……」


 そう言うなり、コニーは部屋から出て行ってしまった。

 後を追うようにマリウスも出て行く。

 しばらくするとマリウスだけが戻り、「そこにいろ。騒ぎを起こすなよ」と鋭い声で念を押され、鉄扉を守る兵士を連れて部屋から出て行った。

 ガチリと鉄扉に鍵を掛けられ、私は寒々しい薄暗い部屋に取り残されてしまった。



 私の顔を見たコニーがどうして教会へ戻ってしまったのかは分からない。

 だが、今考える事はそれではない。

 私はこれからどうすればいいのだろうか?

 運の良い事にコニーが目撃したのは、私だけだったみたいだ。

 当時、エーリカも一緒にいた。

 だが、エーリカは真っ白な合羽を着て顔を隠していたし、見つかった時、すぐにティアの幻影魔術で眠らせたので、エーリカとティアを見た可能性は低いだろう。

 だから、木札に描かれていた似顔絵は私だけなのだ。

 うん、そうだったら良いな。

 最悪、私だけ罰を受けて、エーリカが免れてくれればそれでいい。

 

 そもそも私の罪とは何なのだろうか?

 立ち入り禁止の不法侵入ぐらいしか思いつかない。

 ティアが眠っていた隠し部屋は宝物庫であったらしいが、別に宝物を盗んだわけでもないし、勝手に開けた宝箱はティアが入っていただけだ。

 そのティアも勝手に私たちについて来たので盗んだ訳ではない……と実際はそうなのだが、教会からしたら宝箱の中身を私が盗んだ事になるのだろう。

 つまり、私の罪は不法侵入と窃盗になる。

 うーむ、あのグレゴールの態度からすると、とても重い罪な気がする。

 私、死罪になったりしないよね。大丈夫だよね、『啓示』さん?



 ―――― ………… ――――



 『啓示』からの返答はなし。

 一方通行の会話で、不安ばかりが募る。



 不安と恐怖で胃がキリキリと痛みだす。

 トイレでも借りようかと悩んでいると、鉄扉の外から騒がしい声が聞こえてきた。

 ガチリと鉄扉の鍵が外され、ギギギーと扉が開いていく。そして、簡易の椅子を持った二人の兵士が部屋に入ると、扉側の壁に三脚の椅子を並べていった。


「マルティン大司教、なぜ、あなたがここに来たのですか!?」


 鉄扉が開け放たれた通路から声が漏れている。


「どうしても何も、私は教会の代表ですよ。教会で起きた事は知る必要があります」

「そうですが……」

「それにコニーは、私の元で女神に仕えている者です。指導者としての責任があります」

  

 徐々に声が近づいてきているので、会話の内容が耳に入る。だが、意味までは分からない。


「グレゴール助祭の上位であるゲレオン司教は不在でしょう。私が代わりでは不足ですかな?」

「い、いえ……」


 祭服を着た三人の教会関係者が部屋に入ってきた。

 一人は、私に向けて罵詈雑言を浴びせていたグレゴール神父。薄い頭髪に頬と目元がこけている所為で、陰湿な感じのする初老の男だ。

 もう一人は、黒髪黒目のコニー。二十歳前後で若いにも関わらず、落ち着いた雰囲気である。冒険者ギルドの職員であるレンツに似て、あまり感情を表に出さないタイプのようだ。

 そして、最後は、ふっくらとした体形に細目の老人。人の好さそうな表情で、微笑みを浮かべている。グレゴールもコニーも真っ黒な祭服を着ているのだが、好々爺の神父は、白い祭服を着ていた。

 先程の会話からマルティンと呼ばれる神父は大司教の地位にあり、教会の中でとても偉い人のようである。……教会内部の階級は良く分からないから、だぶんとしか言えないが……。

 

「こんな椅子しか用意できず申し訳ありません」


 最後に部屋に入ってきた兵士長のマリウスが三人の神父に謝罪する。


「いえ、我々が突然来たのです。それにこの建物の用途は知っていますので、気になさらずに」


 にこやかに微笑むマルティン大司教は用意された椅子にちょこんと座る。

 鉄扉から左側にマルティン大司教とコニーが、右側にグレゴールが離れて椅子に座った。この位置関係が、三人の人間関係を現しているように見えた。

 マリウスは、私の正面の椅子には座らず、机の横に移動し、変な行動をしないか監視する。


「では、改めて紹介をさせてもらいます。私はダムルブール大聖堂の最高責任者であるマルティンです。そして、グレゴール助祭、コニー副助祭です。あなたの名前を教えてもらえませんか?」


 代表としてマルティン大司教が温厚な声で私の名前を尋ねてきた。

 優しい口調ではあるが、言葉の奥に威厳を感じる。嘘を言うとすぐに見破られそうだ。

 私は素直に名前を言い、鉄等級冒険者だと伝える。

 私の名前を聞いたマルティン大司教とコニーは、ジロジロと私の顔を観察しだした。

 あまりにもジロジロと観察されるので、話が進まない。まぁ、進んで欲しくもないのだが……。

 グレゴールなど、苦虫を噛み潰したような仏頂面で黙っている。曲がりなりにも神に仕える神父なんだから、もっと愛想良く出来ないものだろうか?


「おほん……では、数日前、ダムルブール大聖堂の宝物庫から宝が盗まれました。場所は魔術で閉ざされ、宝箱も結界で封印されていました。盗んだのはあなたですか?」

「いいえ、違います」


 不安と恐怖で言葉が震えるのを必死に押さえて、きっぱりと断言する。

 盗んだ訳ではない。宝箱に入っていたものが、独自の判断でついて来ただけだ。


「あなたではないと……しかし、当時、コニーは宝が盗まれた宝物庫で犯人を見ています。その犯人の顔は、あなただと言っています。コニー、間違いありませんか?」

「私が見たのは、彼で間違いありません」

「コニーは、そう言っていますが、どうですか?」


 どうしよう。

 本当の事を言うべきか、しらばっくれるか、嘘でも吐くか……どれも嫌だな。



 ―――― 間違いありません ――――



 まじかー!?

 

「ま、間違いありません……」

「貴様!」

「やはり、お前が犯人か! さっさと宝を返せ! 下種な盗人が!」


 マリウスが目を光らせ、グレゴールが罵声を吐く。

 私は、広い肩幅を縮こませ、申し訳なさそうに丸まった。


「二人とも、落ち着きなさい。……それで、あなたは先程、宝は盗んでいないと言いました。しかし、コニーが見たのは自分だと断言しています。どういう事でしょう?」


 ああ、どうしようか?

 いっその事、全部、本当の事を話してしまおうか?

 隠し部屋と宝箱の結界を解除し、ティアを助けた事を洗いざらい話してみるか。さらに教会の勝手で私がこの異世界に強制転移させられた事も伝え、文句の一つでも言ってやるか。



 ―――― どれも駄目でーす ――――


 

 ですよねー。

 じゃあ、どうすれば良いの、『啓示』さん?



 ―――― 道に迷った ――――



「…………」

「どうしました? 答えられない事ですか?」

「え、えーと……きょ、教会に祈りを捧げに行った時にですね……その……道に迷いまして……」


 しどろもどろしながら、頭をフル回転させていく。

 マルティン大司教は、細い目を光らせながら、ゆっくりと続きを尋ねてくる。


「道に迷う? 迷う場所ではない所ですが?」

「その……トイレ……いや、便所を探しに教会の中に入らせてもらいました」

「ふむ……それで?」


 それで、この後はどう答えたら良いですか、『啓示』さん?



 ―――― 扉はすでに開いていた ――――



「ば、場所が分からず、色々と迷い、そして……あなたたちが言う宝物庫の扉が開いていたので、そこが便所だと思い、入りました」

「嘘を吐くな! 隠し扉は魔術で厳重に施錠されていたんだぞ! 勝手に開いている訳がないだろ!」


 難しい顔をしながら黙って聞いていたグレゴールが怒鳴り出す。

 彼の言い分は間違っていない。

 エーリカが魔法陣を見つけ、私が魔力を流したら扉が開いたのだ。

 私は嘘を吐いているので、後ろめたい気分になってきた。

 

「グレゴール助祭、私は彼と話をしているのです。話の腰を折るのは止めていただきたい」


 マルティン大司教が威厳のある声で嗜めると、血管を浮き出た顔でグレゴールは口を閉ざした。


「なるほど、扉はすでに開いていたと……それで便所だと思い、中に入った訳ですか」

「……はい」

「ちなみに、便所を探している途中、教会の関係者には会わなかったのですか?」

「ええ、誰にも……会っていれば、直接、聞いていました」


 実際はエーリカの地獄耳のおかげで、誰にも会わずに移動していたんだけどね。


「では、中に入った後の事を教えてください」

「えーと……薄暗い階段を降りると、色々な物が置かれていましたので、便所ではないとすぐに分かりました」

「あそこは宝物庫です」

「私は物置だと思っていました」


 一度、嘘を吐いた所為か、ペラペラと適当な事が口から出てくる。

 舌先三寸。私は口の中から生まれてきたのかもしれない。


「部屋の奥に宝箱が置いてあったのはご存じですか? その宝箱の蓋が開いており、中身が無くなっているのです」


 出番です、『啓示』さん!



 ―――― すでに開いていた ――――



 『啓示』さん、またそれですか?

 もしかして、『啓示』って、何も考えていないのでは……。


「えーと……私が見た時には……す、すでに蓋が開いていま……」

「嘘を吐くなと言っているだろ!」


 私の言葉は、グレゴールの大声で遮られた。

 彼の言う通り、嘘です。

 宝箱の結界はエーリカが壊し、最終的に蓋を開けたのは私だ。

 中に入っていたのは、妖精の姿をしたティアであったので、別に盗んだ訳ではない。

 それだけは、自信を持って言える。


「グレゴール神父、何度も言わせないでください」


 マルティン大司教は、再度、威厳のある声でグレゴールを嗜めると、グギギっと歯を食いしばり、押し黙る。


「それからどうしましたか?」

「はい……便所でない事は分かりましたので、すぐに立ち去りました」

「すぐに? この副助祭のコニーが、その場であなたの姿を目撃をしているのですが、会っていないと言うのですか?」


 し、しまった!

 どうしよう、どうしよう、『啓示』さん!



 ―――― ……………… ――――



 アドバイスはないの!?


「答えられないのですか?」


 穏やかな顔をしているマルティン大司教であるが、言葉は優しくない。


「え、えーと……その……彼とは会いました。私の顔を見るなり盗人と言われました」


 顔を合わせてすぐに盗人呼ばわりされた。状況が状況とはいえ酷くない?


「うむ、盗人か……ふむふむ……」


 大司教であるマルティンも納得しているし。


「り、理由は分かりませんが、彼はすぐに倒れてしまいました。私はすぐにその場から逃げました」

「目の前で教会関係者が倒れたのに、逃げたのですか?」

「え、ええ、彼は私の事を盗人扱いしましたし、場所が場所だけに恐ろしくて逃げました。私はただの平民ですから……」


 マルティン大司教が真偽を確かめるように、私の顔色を窺う。

 私の背中には、冷や汗がタラタラと流れ続けている。


「コニーが倒れた理由は?」

「知りません」

「どうせ、殴って気絶させたのだろ。そいつの面構えを見れば分かる」

「コニー、あなたは殴られたのですか? その時の事を教えてください」


 グレゴールの言い分を聞いたマルティン大司教は、青年のコニーに視線を向けて、説明を求めた。


「私はあの時、書類を届ける為に廊下を歩いていました。そうしたら、見覚えのない扉が開いており、不思議に思った私は中の様子を伺いました」


 落ち着いた雰囲気で、ぽつりぽつりと語り出すコニー。

 私たちは黙って彼の言葉を聞いていく。


「中に入ると価値のある物が置かれていましたので、宝物庫だと知りました。その部屋の中に見た事もない一人の男性がおりました。そして、部屋の奥に置かれている宝箱の蓋が開いていたのです。私は盗人が宝物庫に入り、盗みを働いていると瞬時に思いました」

「なるほど……」

「ただ、なぜか分かりませんが、急に意識が遠のき、気が付いた時にはグレゴール神父の声で起こされました」


 ああ、想像できる。

 宝物庫の中で倒れていたコニーを介抱するのでなく、怒鳴り散らして、起こしたのだろう。


「意識が遠のいたのは、彼に殴られたからですか? 怪我とかはありましたか?」

「いえ、痛みはありません。腫れてもいませんでした。視界が無くなると、見た事のない美しい景色の中に居たのです。夢を見ていたようで、気絶というよりかは、眠ってしまったようです」

「魔法か魔術で強制的に眠らされたのかもしれませんね」


 三人の教会関係者はじろりと私を見る。

 これについては、私ではない。

 ティアの魔術で幻影を見せられていただけだ。


「茶番はうんざりだ!」


 そう言うなり、我慢が出来なくなったグレゴールは椅子を倒しながら立ち上がり、マルティン大司教に顔を向ける。


「落ち着きなさい、グレゴール神父」

「のんびりと虚言ばかりを聞かされて落ち着ける訳がないでしょう! 許可もなく隠し扉は開かれ、結界の張ってある宝箱の中身が盗まれたのです。その男がその場にいたのは、自白と副助祭の証言で間違いありません。宝を盗んだのはその男だ!」

「それを確認する為に話を聞いているのです」

「あなたは大司教でしょう。わざわざ話など聞かず、神聖魔法で真偽を確かめてください!」


 唾を飛ばす勢いで捲し立てるグレゴールに、穏やかな顔をしていたマルティン大司教は、不愉快な顔に変貌する。


「グレゴール神父、安易に女神様の力を使う訳にはいきません」

「安易ではありません。長年、教会が保管していた宝が盗まれたのです。女神に対する侮辱と同等ではありませんか! 違いますか!?」

「うむ、確かに……」


 グレゴールは、誰に対しても高圧的な態度を取るのだろうか?

 目上であるマルティン大司教を相手にも、私に向ける態度とあまり変わりない。

 そんなんで神父と名乗って良いのだろうか?


「グレゴール神父の言い分は尤もです。教会内ではありませんが、神聖魔法で彼の言い分に間違いがないかを確かめましょう」


 ちょっと、何か不味い流れになっていない!?

 神聖魔法?

 真偽を確かめる?

 もしかして、嘘発見器のような魔法があるの?

 そうなると、これまで私が言った嘘が全てばれてしまう。

 

 マルティン大司教は、ゆっくりと椅子から立ち上がり、私の前まで進んできた。


「気を楽にしてください。では、始めます」


 気楽になんか出来ないよー。

 どうすれば良いのー、『啓示』さん!

 助けてー!


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