149 兵士による尋問
異世界に強制転移させられた私。
奴隷商で自動人形のエーリカと契約をしてしまった為に金貨一枚の借金を背負ってしまった。
この世界に来てまだ一ヶ月近くであるが、借金返済の為に冒険者としてお金を貯める日々を送る。
それも貴族の依頼を成功させた事により先程、借金の返済は済んだ。
これからは、ゆっくりまったりと異世界を満喫し、のんびりと過ごすつもりでいたのだが……。
「そこの男、止まれ!」
冒険者ギルドで報告を済ませた矢先、武器を持った衛兵たちに取り囲まれてしまった。
私は『啓示』の指示に従い、衛兵たちと共に向かうつもりでいる。
だが、その前に……。
「抵抗はしません。ただ、その前に荷物を仲間に渡してもいいですか?」
「駄目に決まっているだろ! さっさとその男を捕らえて連れ出せ!」
衛兵の後ろに隠れている神父が顔を赤らめて罵声を浴びせてくる。
槍を向けている衛兵たちは、お互いに顔を見合わせてから一人の衛兵を見つめた。
「すぐに済ませろ」
一人の衛兵が一歩前に出て許可を出すと、後ろにいる神父から怒声が発せられる。
その衛兵は後ろを振り向くと、怒り心頭の神父を諫め始めた。
どうやら、彼がこの衛兵たちの代表のようである。
許可を得た私はエーリカたちの元へ向かうと、武器と防具、小物入れを渡した。もしかしたら、着ぐるみを剥がされ、捨てられるかもしれないと危惧したからだ。
「エーリカ、よく聞いて。私は彼らに付いて行く。素直に従えば、無罪だと分かってくれるだろう」
「危険です。危ない人物が一人います。教会の権力を使い、ご主人さまに危害を与える可能性が高いです」
エーリカは、衛兵に怒鳴り散らしている神父に顔を向けた。
うん、私もそう思う。
「たぶんだけど、大事にはならないと思う。『啓示』の指示に従うからね」
「啓示……ですか?」
「ああ、エーリカと出会えたのも、今まで危険な魔物と戦って生き残ったのも『啓示』の指示のおかげだ。今回も大丈夫だろう」
「そうですか……」
「だから、エーリカ。私の為に無茶な事はしないように」
一番、私の身を案じて無茶な行動を起こしそうなエーリカに釘を刺しておく。
そして、未だに状況が呑み込めていないアナと胸元に避難しているティアにも顔を向けた。
「どうせ何かの勘違いだ。すぐに戻って来るから、留守の間は頼むよ。いつも通りにしておいてくれ」
みんなに安心させるように、ニッコリと笑っておく。
「小声で話してやがる! 逃げる気だぞ! さっさと捕まえろ!」
衛兵の影から神父の怒声が聞こえたので、私はエーリカたちの元を離れて、衛兵の元まで移動した。
「両手を前に」と神父を諫めていた衛兵の言う通りに両腕を前に突き付ける。
衛兵が何やら呟くと私の手首に光の輪が現れ、動けなくさせられた。
どうやら、魔術で作った手錠のようである。
そして、私は四方を衛兵に囲まれて、連れ去られた。
街の住民に見られながら衛兵に連行されていく。
四方には衛兵が、後ろに神父と代表の衛兵が並んで歩いている。
後ろから神父の愚痴が聞こえるが、連行中なので振り返る事が出来ない。
この異世界に来てからここまで憎しみに塗れた態度を取られた事はなかった。
貴族も含め、今まで出会ってきた人たちは、基本、良い人たちであった。
まぁ、盗人や盗賊から殺気を当てられ殺されそうになった事はあるが、今のように憎しみで見られていた訳ではない。
一体、私が何をしたというのだろうか? まったく思い当たらない。
いや、あるとすれば、この異世界に強制転移された事ぐらいか。
教会の連中が私の事情も鑑みず、勝手に転移したのだ。
被害者は私。
私が教会に対して恨む事はあっても恨まれる事ではない。
はぁー、それにしても大丈夫なのだろうか?
私を恨んでいる相手は、教会の神父だ。
衛兵の人たちは、神父の依頼を受けて私を連行しているだけのようである。
寄りにも依って、教会とは……。
細かい理由までは聞いていないが、貴族以上に権力のある教会と関わるのは厄介だと聞いてきた。
そんな相手に恨まれるなんて……本当に『啓示』の言う通りにして良かったのだろうか、と不安になってくる。
見世物のように歩く事しばし、北門の近くの建物に連れて来られた。
衛兵が出入りしているのを見るに、どうやら、ここは衛兵詰所のようである。
私はてっきり、山の上のダルムブール大聖堂へ連れて行かれるのかと思っていた。
石造りの衛兵詰所は、明かり窓が少なく、獣臭いランプが所々灯されているだけで、とても薄暗い。その為、視界が悪く、デコボコの石畳で足を引っ掛かりそうになり、転ばずに歩くのが大変だった。
「入れ」
一人の衛兵が、ギギギーと嫌な音をさせながら鉄の扉を開き、部屋へと通された。そして、すぐに鉄扉は閉められ、一人っきりになる。
両手は拘束の魔術に縛られているが、両足は自由なので、部屋の様子を見て回る。とはいえ、部屋は十畳ほどなので、すぐに見終わってしまった。
部屋は、鉄格子の付いた小さな明かり窓が一つだけなので、真っ暗に近い。
中央に机と四脚の椅子があるだけの素っ気ない部屋。
おまると寝床が無い事から牢屋ではなく、尋問部屋なのかもしれない。
私は椅子を引いて、腰を落とすと、盛大に溜め息を吐いた。
不安が圧し掛かり、体中が重い。
恐怖で頭がクラクラとしている。
これからどうなるのだろうか?
話をして、ただの勘違いだと信じてくれるだろうか?
ここは異世界だ。
人権があるのかも怪しい。
疑わしきは罰せずなんて言葉がまかり通っていればいいが、魔女狩りのように疑いを掛けられた時点で罪人とされ、自白をさせる為なら手段を選ばず、色々な拷問をさせられるかもしれない。
次に鉄扉が開いたら大量の拷問器具を抱えた尋問官が登場するのだ。
そもそも自白自体に意味はなく、二言三言で有罪にされる可能性もある。
あの怒り狂った神父がいるのだ。私の話など聞かず、死刑にしてしまうかもしれない。
暗い部屋の中、一人で椅子に座っていると、どんどん悪い方向に考えが行ってしまう。
恐怖で体が震え、貧乏揺すりをするように椅子が揺れる。
両手で顔を覆い、クラクラとする頭を支える。
呼吸が荒くなり、喉が渇いていく。
ああー、本当に大丈夫なの、『啓示』さん……。
いっその事、逃げようか?
―――― 駄目でーす ――――
ちょっと脳裏に過った考えを『啓示』から拒否される。
分かってますよ。
やろうとしても、両手は縛られているし、衛兵を倒せるほどの実力もない。返り討ちに遭うのが関の山だ。
ギギギーと嫌な音が鳴り、ビクリと体が跳ね上がる。
鉄扉が開くと二人の衛兵が部屋の中に入ってきた。
扉の外では神父の怒声が聞こえるが、それを遮断するように鉄扉が閉
まる。
衛兵の一人は、何度も神父を諫めていた代表の衛兵であった。
もう一人の衛兵は、槍を地面に突きながら扉の前に仁王立ちしている。
代表の衛兵は、対面の椅子を引いて座ると、机の上に置いてあった燭台に蝋燭を刺し、火を灯した。
薄暗い部屋が明るくなるが、蝋燭が一本だけなので、陰影が濃くなり、余計に部屋全体が見通せなくなった。
「俺は北門の兵士長であるマリウスだ。本来ならお前さんを捕らえるように依頼を出したグレゴール神父を同席させる所だが、彼は感情的になっているので、俺が先に話を聞く事にする。素直に答えるように」
マリウスと呼ばれる兵士長は、私の瞳を真っ直ぐに見つめると、名前、年齢、職業を聞いた。
私は素直に答える。
ただ年齢については、少し悩んでしまった。実年齢の一七歳と言っても信じてもらえないだろう。何て言ったって、今の私はハゲで筋肉の中年オヤジだからだ。
だから、第三者から見た私の姿を思い出し、適当に三十歳と答えておいた。
「三十?」
年齢を聞いた兵士長は、濃く太い眉を歪ませる。
もしかして、年寄り過ぎたか?
現役女子高生の私からしたら、二十代も三十代も四十代も中年にしか見えない。だから、間を取って言ってみたのだが……。
「意外と若いな……四十過ぎだと思った」
えっ、そっち!?
私って自分が思っている以上に年寄りに見えるのだろうか?
ちょっと、ショック。
マリウスは、私の返答を木札に記入してから、一枚の木札を取り出して、私の顔と木札を交互に見始めた。
「それでお前さんは何をしたんだ?」
「えっ?」
「グレゴール神父の怒り様は尋常ではない。よほどの事をしたのだろ? 教会に小便でもしたか? 女神像に唾でもかけたか? もしかして、何かを盗んだのか?」
「な、何であなたが聞くんです? 理由も分からずに私を捕らえたんですか?」
「……正直を言うとそうだ」
マリウスは、私の顔を見ながら素直に認めた。
ちょっと、何の罪状かも知らないのに人一人を捕まえていいの?
罪状は後で適当に付け加えたり、拷問してある事ない事自白させたりするつもりなの?
これが異世界の取り調べ? 怖い!
血の気を失せた私がぶるぶると震えていると、溜め息を吐いたマリウスが話し始めた。
「今朝、グレゴール神父が一枚の木札を持ってきて、この男を捕まえろと依頼をされた」
そこでマリウスは、手に持っていた木札を私の方へ向ける。
その木札には、禿頭で、無精髭が生え、厳つい中年の顔が描かれていた。
決して上手くはない絵であるが、ポイントをしっかりと掴んだ指名手配犯用の似顔絵である。
確かに今の私と似ていると言えば似ている。だが、こんな顔、武器屋や防具屋に行けば、ゴロゴロいるだろう。
私はアニメやゲームに出てく武器屋の主人をイメージして、この姿のアバターを作ったのだ。
マリウスも私と同じ考えのようで、何度も私の顔と木札を交互に見ている。
「この木札を渡された俺は、まず北門の出入りを監視している兵士に見せた。そしたら、ある兵士が鉄等級冒険者に似ていると報告を得た」
ああ、アナの家と街を出入りしているので顔を覚えられているのだろう。今朝も北門を通ったし……。
「それで冒険者ギルドまで行き、私を捕まえたという事ですか?」
「そういう事だ」
「理由は?」
「知らん」
そんなザルな仕事で良いのか!?
未だに恐怖と不安に染まっているのだが、怒りも湧き出してきた。
「事情を知っているグレゴール神父に聞いても「お前たちが知る必要はない。さっさと捕まえろ」の一点張り。まったく、これだから教会の連中は……」
ぶつぶつと愚痴が零れてしまっているマリウスである。
「もう一度言う。お前さんは何をしたんだ?」
「いえ、何も」
私がきっぱりと発言をすると、マリウスの眉間に皺が寄る。
「ここ最近、ある所から誤認逮捕について厳しく注意されている。お前さんで無いという証拠はあるのか?」
「証拠? ある訳ないでしょ。逮捕の理由も分からないのにどうやって証拠を出せと言うのです?」
逮捕理由が分かれば、アリバイも言えるのに無茶苦茶言ってくる。
どんどん苛立ちが募ってきた。
「逆に私だという証拠を示してください。もしかして、工業地区に行けば似ている人がごまんといる似顔絵が証拠と言うんじゃないでしょうね?」
私が反論をすると、マリウスは「うーむ……」と唸ってしまった。
この流れなら、証拠不十分で解放されそうだ。
さすが『啓示』さん。
もし、衛兵に取り囲まれていた時に抵抗したり、逃げ出したりしていたら、無実とはいえ疑いが深まっていただろう。
適格なアドバイスです、『啓示』さん。
「依頼主は教会のグレゴール神父だ。普段なら俺たちが間に入って取り成したりはせず、さっさと教会に引き渡す所だ」
これは脅しだろうか?
この場で罪を認めなければ、教会に引き渡すと……。
背筋に冷たいものが走る。
教会の尋問なんか、異端審問のイメージしかない。
鉄の処女とか、審問椅子とか、異端者のフォークとか。
「だが 色々とあり、俺たち兵士が先に話を聞いている。ここで罪を認めれば、俺たちのやり方で裁く事が出来る。今だけだからな」
マリウスの瞳を見て、脅しや脅迫でない事が分かった。
ここで今まで不思議に思っていた事が腑に落ちた。
どうも彼は、教会のやり方が気に入らいない人物の一人であり、グレゴール神父に私を引き渡したくないようだ。
この国や街では、教会は貴族以上に権力があると聞き及んでいる。
彼は、そんな教会の神父の指示に抗い、私の願いを聞いたり、尋問したりした。
ある所からの指示があったというが、マリウス本人の気質も大きいのだろう。短いやり取りだったが、兵士長のマリウスは真面目で信用できる人物であると認識した。
彼の真剣な表情からは、私の身を案じる思いが伝わってくる。
もし、この場で罪を認めれば、彼が全面的に協力し、絶望しかない教会の尋問から助けてやると無言で言っているのだ。
だが、そんな彼の願いでも私の意見は変わらない。
だって、私は何もしていない。
完全な無実であり、勘違いであるからだ。
「何と言われても私は……」
「やっていない」と言おうとした時、鉄扉が嫌な音を響かせながら開いた。
途中で言葉を遮られ、口を開けたまま間抜けな顔をしていると、鉄扉から一人の衛兵が部屋の中に入ってきた
衛兵は、マリウスの側まで来ると小声で何かを伝える。
一通り聞いたマリウスは「分かった」と言うと、伝言を伝えにきた衛兵が部屋から出ていく。
そして、入れ違いに一人の青年が部屋へと入ってきた。
黒色の祭服を着ている事から教会の関係者だと分かる。
グレゴール神父と違い、彼はとても落ち着いており、鉄扉の入口で立ち止まっている。
「我々が捕らえたのは彼です。見覚えはありますか?」
マリウスは、教会の青年が見やすいように席を立ち、横へとずれた。
青年は、黒い瞳で私をジロジロと観察する。
あれ?
この青年、どこかで見た事がある。
「はい、私が見たのは、この男性で間違いありません」
落ち着いた口調で青年が告げた。
私は一瞬で血の気が引いてしまう。
ズドンと絶望が圧し掛かる。
青年の言葉を聞いたからではない。
思い出したからだ。
「彼が教会の宝物庫に侵入した犯人です」
第三部、始まりました。
開幕早々、兵士の人たちに捕まっています。
アケミおじさん、頑張れ。




