147 幕間 ラースの追想 その2
数日掛けてゴブリンの巣を破壊してきた俺たちの元にクロージク男爵からの至急の依頼が舞い込んできた。
貴族の至急依頼は碌なものがない。
俺とナターリエは嫌な顔をしながら男爵の元まで向かうと、予想に反して、ピザを作った人物を連れてこいという、新人冒険者が受けるような依頼だった。決して、白銀等級冒険者の俺たちが受ける内容じゃない。
たが、男爵には色々と世話になっているし、依頼料も良いので、一も二もなく受けた。
ピザという食べ物は、ここ最近ダムルブールの街で流行っている食べ物だ。
俺たちも何度か並んで食べた事がある。
その為、初めてピザを出した店は知っているので、速攻で依頼は完了すると思っていたのだが、いざ『カボチャの馬車亭』へ行き、事情を説明すると実際に作った人物は別だと知った。
その人物は、以前、俺たちが盗賊と間違えて攻撃してしまった鉄等級冒険者の連中と分かった。それもあの盗賊のような悪人面のおっさんからピザを教えてもらったと聞いた時は信じられなかった。料理よりも鉄を打っている方が似合っているのに……。
おっさんたちの居場所を聞くと、現在、『不動の魔術師』のアナスタージアの家におり、大怪我をしたおっさんを看病をしているとの事である。
そう言えば、数日前にブラック・クーガーやワイバーンが現れ、新人の冒険者が重症を負ったと聞いたな。もしかして、その重症の冒険者はおっさんかもしれない。
余談だが、俺たちが白銀等級冒険者と知った『カボチャの馬車亭』の一人娘が握手を求めてきた。
さすが、実力のある冒険者。憧れの的である。
そういう事で、一人娘とニギニギと握手していたら、ナターリエに「いつまで手を握っている」と杖で叩かれた。
一人娘は俺から離れ、ナターリエにも握手をするのだが、俺の時よりも長く手を握っている。さらに色々と聞いていた。俺の時よりも楽しそうに……。
納得いかねー。
自慢じゃないが、色街では相当人気者なんだぜ。
それが姉のナターリエと一緒に行動していると、どうも俺は見劣りするようだ。
まったく……誰か早く俺の姉を嫁に貰ってくれる酔狂な奴が現れてくれねーかな。
『カボチャの馬車亭』の人たちは、アナスタージアの家を知らないという事で、俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
俺たちの担当やレナの姉御が席を外していたので、他の窓口担当者にアナスタージアの家を尋ねたら、「同じ冒険者ですが、女性の家を教えるのはちょっと……」と渋られた。
そこで事情を説明し、貴族の名を強調したら素直に教えてくれた。
さすが、お貴族様である。
アナスタージアの家は、北門を抜けた林の奥にあるそうだ。早速行くぞと思ったら、冒険者ギルドの入口から当人のアナスタージアが現れた。
「『不動の魔術師』発見!」
「え、え!?」
俺が大声でアナスタージアを指差すと、あわあわと慌てて後退っていく。
「驚かせるんじゃないの!」
俺の頭を杖で叩いたナターリエは、逃げ出そうとするアナスタージアを捕まえて、冒険者ギルドの中へと引っ張っていった。
「な、何でしょう。お、お金はありません……はぃ……」
今にも倒れそうな不健康な顔で、ふるふると震えるアナスタージア。
そんなアナスタージアに、俺たちの依頼内容を説明するナターリエ。
俺はというと、「あんたが近くにいると怖がるから離れていなさい」と言われ、少し離れた椅子に座って様子を見ている。
ナターリエと一対一で話しても、アナスタージアはふるふると震えている。
俺がいなくても怖がっているじゃないか。
「……と言う事で、あなたの家まで案内してほしいのよ」
「は、はぃ、アケミおじ様に用事なんですね。そ、そう言う事でしたら……わ、分かりました……はぃ……」
ただ、依頼の話をしたいだけなのだが、無理矢理感が強く、悪い事をしているみたいで心が痛む。
その後、色々と用事があるアナスタージアに付き合ってから家へと向かった。
それにしても、ブラック・クーガーやワイバーンに襲われた冒険者は、やはりおっさんだったみたいである。一応、完治したみたいだが、治療代が掛かり過ぎて、借金が出来ているとは……。
見舞いの品でも持参した方が良かっただろうか? いや、貴族に顔合わせするのが、見舞いになるだろう。うんうん、貴族の依頼は、金払いだけは間違いないからな。借金もすぐに返せるだろう。
成功すればの話だが……。
北門を抜け、林の中を通り抜けたら開けた場所に出た。
目的のおっさんはすぐに見つかった。
本当に大怪我をしたとは思えない、元気そうな姿である。
俺たちに気が付いた人形のような綺麗な嬢ちゃんが、おっちゃんを守るように攻撃体勢に入られた。
うん、第一印象って大事だな。
俺たちの初対面は最悪だったし、全面的に俺たちが悪いので文句は言えない。
あまり長居すると、嬢ちゃんに刺されそうなので、簡潔に要件を伝え、俺たちは帰っていった。
一応、依頼主の名は秘密にしておく。
この場で貴族の名を伝えると、断られそうだからだ。
平民にとって貴族とは、厄介の代名詞だからな。
まぁ、たかだが鉄等級冒険者が貴族の依頼を断る事は出来ないので、渋っても最終的には受けざるを得ない。
俺たちも通った道だ。
おっさんたちも味わえ。
翌日、予定通り、おっさんたちをクロージク男爵の元まで案内した。
案内の途中、アナスタージアから熱い視線を受けていたのだが、依頼主が貴族と知り、熱い視線も冷めガチガチに緊張してしまった。
無理もない。これから貴族の館に向かうのだからな。家畜を屠殺場に運ぶ気分だぜ。生きるも死ぬも、おっさんたち次第である。
おっさんたちが男爵から何の依頼を受けたのかは知らないが、俺たちも別件で男爵から依頼を受けた。
それは、おっさんたちの身辺調査である。
これに関しては、成果は芳しくなかった。
色々な伝手を頼って調べたが、おっさんと人形のような嬢ちゃんについては何も分からない。
分かったのは、冒険者になった後の依頼成果ぐらいである。
アナスタージアについては、そこそこ情報は出たのだが、ほとんどが父親の情報ばかりであった。
俺たちも何度かアナスタージアの父親と仕事をした事があり、葬儀にも出席した。ちょっと、しんみりしてしまう。
そういう事で、見辺調査の依頼は、手間賃ぐらいしか出なかった。
ここ最近、野良ゴブリン退治と『女神の日』に向けた細々とした依頼しかない。
白銀等級の俺たちが受ける依頼でもないので、冒険者ギルドへは行かず、のんびりと街で買い物でもしようとナターリエと話し合っていたら、道の片隅で見知った連中を見かけた。
「僕たちは冒険者だ。役者じゃないんだから、演劇なんか出来ないよ」
「嬢ちゃん、そもそも貴族の前でやる事じゃないぜ」
「無理無理、貴族と関わるのも嫌なのに、貴族の前で演劇なんかしたら、人生、終わるわよー」
「ほら、エーリカ先輩。ルカさんにも断られたし、みんな演劇は出来ませんよ。それも祝いの席でやるなんて無理があります。諦めましょう」
「むー……折角の機会を逃したくないのですが……」
名前は忘れたが、青銅等級冒険者の三人と鉄等級冒険者のエーリカと言う綺麗な嬢ちゃんとアナスタージアがいた。
いや、それだけじゃない。
エーリカの嬢ちゃんの肩に小さな物体が座っている。
背中に羽の生えた神秘的な存在は……。
「あれはもしかして……妖精か!?」
つい珍しくて声を上げてしまい、冒険者連中が俺たちの方を向いた。
「むっ、あなたたちは!?」
相変わらず、俺たちを警戒するエーリカの嬢ちゃんを無視して、俺は肩に乗っている妖精に手を伸ばす。
「汚い手で触るんじゃない、この馬鹿ちんがー!」
俺の指先を妖精がバチンと叩く。
特に痛くはないのだが、そのすぐ後、ナターリエに「あんたが悪い」と杖で頭を叩かれ、その場で蹲ってしまった。
ちなみに青銅等級冒険者の三人は、「白銀の二人がいるなら大丈夫だろう」と俺たちに丸投げして逃げていった。
「ちょうど良いです。貴族と繋がりを作った責任を果たしてもらいましょう」
「えーと、何かなエーリカちゃん? 色々と忙しいから厄介事はちょっと……」
蹲っている俺の頭の上で、面倒事の予感を感じたナターリアが引いてくのを感じた。
「逃がさなーい!」
俺を置いて逃げ出そうとするナターリエの背中を妖精が引っ張って足止めをする。
「説明をしますので、黙って聞いてください」
別に聞くつもりもない俺たちに、エーリカの嬢ちゃんが端的に説明しだした。
どうやら貴族の誕生日に演劇の余興をしたいが、出演者がいなくて困っているそうだ。
まぁ、無理もない。
積極的に貴族と関わりたいと思う酔狂な平民は皆無である。
「あなたたちの依頼は、当日に出す料理を提供する事だったはずだけど、余興まで頼まれたの?」
こんな面倒事はさっさと断れば良いものをナターリエは律儀に話を聞いている。
「いえ、頼まれていません」
「頼まれていないの? じゃあ、何でやるの?」
「ご主人さまを楽しませてあげようと思いました」
ご主人さま? あのおっさんか!
訳が分からない。
「大怪我をした後も休みなく冒険者の依頼をこなしているご主人さまの為に、以前いた世界……いえ、前に住んでいた場所の記憶を頼りに、ご主人さまが好きだったものを再現して喜んで貰おうと考えました」
「えーと……それってつまり……誕生日のノアとフィンの為でなく、あのおっさんの為に貴族の誕生日を利用して演劇をするのか?」
「はい」
「何で貴族の誕生日にやるの? 別の日でも良いじゃない?」
「ちょうど良い機会ですから、わたしのご主人さまを思う気持ちを皆さんに見てもらいます。ティアねえーさんも後輩もやる気になっています」
「たまには面白い事を考えるわよねー、エーちゃんは」
「わ、私はやりたくないです……」
ひらひらと楽しそうに飛び回る妖精と首をブンブンと振るアナスタージアの温度差が酷い。
「当日、俺たちもその誕生日に呼ばれているが、いきなり劇をするのはちょっとな……」
狩人をしていた時や冒険者の依頼で色々な街を回った際、何回か演劇を見た事がある。
面白い劇もあれば、つまらなくて途中で帰った劇もある。
まったく無縁でもないのだが、実際に演劇に主演し、演技をするとなると話は別である。
剣を振るう事は出来ても、別人を演じる事など出来ない。
「誕生日に招待されているのですか? それなら話は早いです。ご主人さまの美味しい料理を食べて終わるのでなく、参加者として主催者を楽しませる義務があります。これが台本です」
人の話に耳を傾ける事なく、服の裾から取り出した木札を俺たちに渡した。
一応、木札を読んでみたが、箇条書きで書かれた場面と台詞が数行書いてあるだけだった。
演劇についてまったく分からないが、これは台本とは呼ばない。
「これではどんな話か分からん。下書きにしても酷過ぎる。人に頼む前にしっかりと準備をしろ!」
演劇に出演する気がないのだが、あまりにも雑な作りで、つい文句を吐いて木札を押し返した。
ナターリエも「たしかに、これは酷いわね」と同意してくれる。
当の嬢ちゃんは「これで分からないのですか?」と首を傾げている。
「エーちゃんは、何でも簡潔にし過ぎるのよー。即興演劇じゃないんだから、もっと色々と書き足さないとー」
「むー、そうですか……それなら書き直してきますので、用意だけはしておいてください」
「いやいや、俺はやるとは一言も言ってないぞ」
なぜか、やる事を前提に話が進んでいる。
ここはしっかりと断らないと、やったこともない演劇を貴族の前で披露する事になってしまう。
「わたしが考えた劇には、あなたたちが必要なのです。成功するか失敗するかは、あなたたちに掛かっています」
エーリカの嬢ちゃんは「ぜひ、主演してください」と真剣に頼んできた。
眠そうな顔をしているが、その声と瞳は至極真面目だった。
俺たちが必要という言葉で、つい心が揺らぎそうになるが、俺は騙されない。
だって、先程、青銅等級冒険者の三人にも頼んでいたじゃないか。
「あなたは、無実のご主人さまに剣を突き付けました。ただ顔が盗賊っぽいという理由でです」
「うっ!」
エーリカの嬢ちゃんが俺たちの弱みにつけ込んでくる。
「そんなあなたたちなら完璧に悪人を演じてくれると信じています」
「あ、悪人!?」
ちょっと、待て!?
俺はてっきり主役をやると思っていた。
だって、俺はこのダムルブールの街に二組しかいない白銀等級冒険者だぞ。
それも見た目はそこそこ良いと思っている。
それが主役でなく、悪人をしろと言うのか?
何を考えているのだ、この嬢ちゃんは!?
「悪人なんかやる訳な……あいたっ!?」
はっきりと断ろうとした時、ナターリエの杖で遮られた。
「その話、もっと詳しく聞かせて!」
杖で殴られて蹲っている俺を無視して、エーリカの嬢ちゃんとナターリエが演劇の内容を真剣に話し始めた。
そして、「その役、私たちに任せてね。立派な悪人をやり遂げるわ!」と、なぜかやる気になってしまったナターリエとエーリカの嬢ちゃんと妖精が握手をしてしまった。
俺の意見など、まったく聞く気がないようだ。
こうして、俺たちは貴族の誕生日に余興として演劇をする羽目になってしまったのである。
翌日からエーリカの嬢ちゃんとアナスタージアと妖精が、俺たちの前に現れるようになった。
約束もしていないのに、同じような時間帯に俺たちの前に現れる。どうやって俺たちの居場所を知るのか、不思議でならない。
台本は改稿されたが、細かくは書かれていない。ほとんどが即興で、その場の空気を読んで、上手くやれとの事である。
無茶苦茶であるが、俺たちは最後に出て、少し台詞を言って戦闘するだけなので、苦労はなさそうだ。
可哀想なのが、アナスタージアである。
今からガチガチに緊張しており、動きはぎこちないし、台詞は噛みまくりである。もうすでに半泣きであった。
逆にナターリエが気張っている。
悪い魔女役が楽しいらしく、演出の仕方に意見を言ったり、台詞を増やしたり、誰よりもやる気になっていた。
どうして、そんなにも悪人役をやりたいのか、弟の俺でも理解できない。
極め付けは衣装である。
エーリカの嬢ちゃんが「ご主人さまの記憶から魔女らしい服を描きます」と訳の分からない事を呟くと、木札にサラサラと魔女の服装を描いていった。
それをナターリエが修正案を出し、何度か変更をしていく。
その完成案を見た俺は、クラクラと眩暈が起きた。
どこの国にこんな意味不明な服装をした悪しき魔女がいるのだ?
色々と強調されすぎで、目のやり場に困るぞ。
魔女なら黒いローブを羽織り、禍々しい杖を持っていれば良いんじゃなのか?
あれ、ローブの色は違うが、それって普段のナターリエの姿だ。つまり俺の姉貴は、元から悪しき魔女だったんだな。どうりで俺の頭をスライムを退治するみたいにボコボコと殴るんだ。
「本気でこんな変な服装を着るのか?」
「変ではありません。ご主人さまが思い描いでいる魔女の姿です。素敵な服装です」
おっさん! どんな趣味しているんだ!?
「このぐらい個性がなければ、目立たないわよ。悪役なんだから、しっかりと目立ってあげるわ」
悪目立ちじゃないのか?
どうして、こんなにも悪人役に拘るんだ。俺の姉貴は……。
この後すぐ完成案を顔見知りの仕立て屋に頼みに行った。
木札を見た仕立て屋は苦笑いをしていたが、特に文句も言わずに引き受けてくれる。
誕生日まで日数がないので、大至急という事で割増代を含め、それなりの金額になってしまった。
色々と思う所もあるが、喜々として代金を支払うナターリエを見て、まぁ良いかとも思ってしまう。
両親が死んでから途方に暮れていた俺をナターリエが両親の代わりに導き、育ててくれた。
今思えば、成人にもなっていない俺を必死に守ってくれていたのだろう。
そんな姉だ。
感謝してもしきれないので、楽しみを邪魔する気はない。
まぁ、面と向かって言うつもりはないがな。
そんなナターリエが楽しそうにしているのだから、まったく乗り気でない誕生日の余興も最善をするつもりだ。
だから、「俺の服装はどうしようか?」と話したら、「あんたはすぐに死ぬのだから、普段着で良いでしょ」と素っ気なく返された。
本当に俺を守ってくれていたのだろうか?




