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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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146 幕間 ラースの追想 その1

「うげげぇぇーー……」


 真っ暗な地下道の水路に胃の内容物を吐き捨てる。

 さっき食べた料理やお酒が水の中に入り、魚の魔物が寄ってきた。

 俺の嘔吐物を美味そうに食べる魔物の魚を眺めながら、思考の鈍った頭を振るい、口元を拭った。

 何で俺はここにいるんだ?

 美味い料理を食べて、お酒も沢山飲んで、後は寝るだけだったのに……。

 それが今では、暗くて臭い街の地下水路でゴブリン退治をしている。

 

「ラース、あなたは白銀等級の冒険者なのよ。情けない姿を見せない。先日、壊滅させたゴブリンの巣よりは臭くないでしょ……って、あんた、その時も吐いていたわね」


 姉のナターリエが情けない顔をしながら、水の入った皮袋を渡してきた。

 この姉貴、俺以上にお酒を飲んでいるのに、何でそんなに元気なんだ?

 レナの姉御と同じで、血液も酒なんじゃねーのか?


「そっちに化けネズミが行ったぞ!」


 元冒険者のおっさんたちの声が木霊する。

 通路に顔を向けると、丸々と太った二匹の大きなネズミが俺たちの方へ駆けてきた。

 化けネズミに杖を向けたナタリーエは、「『風撃』!」と呟くと杖の先端から風の塊が飛び出し、二匹の化けネズミを水路へ弾き飛ばした。

 水飛沫を上げて水の中に落ちた化けネズミに魔物の魚が群がっていく。

 生きたまま食われる化けネズミとそれを喰らう魔物の魚に向けてナターリエは、「『電撃』!」と呟き、紫電を放つ。

 バチッと暗闇の通路が光ると、化けネズミと魔物の魚がプカプカと水面に浮かんだ。


「銅貨一枚にもならないな雑魚を殺しても意味がないぞ」

「仕方ないじゃない。ゴブリン退治に来たけど、ぜんぜん居ないんだもん。欲求不満になるわ」


 魔物退治で欲求を解消するのが俺の姉である。

 これだからいい歳になっても男の気配がないんだ。レナの姉貴といい勝負だ。

 常に一緒に行動している姉が結婚しなければ、俺もいつまで経っても独身じゃないか。まったく……。


「ゴブリンが居たぞー! 結構な数だ! すぐに来てくれ」


 通路の奥から援助の声が聞こえた。


「ようやく現れたわね。私はゴブリンを焼き殺してくるから、あんたもさっさと来るのよ」


 そう言うなり、ナターリエは喜々として通路の奥へと走っていった。

 そして、炎の明かりと共にゴブリンの叫び声が通路に響き渡る。

 これでは戦闘狂で有名なもう一つの白銀等級冒険者の連中と変わらないじゃないか。

 普段のナターリエは、落ち着いた雰囲気の女性だ。それが戦闘になるや性格は一変し、楽しそうに炎の魔法を放ち、魔物を一掃してしまうのだ。その所為か、『炎石のナターリエ』と呼ばれる事がある。

 一方、俺は戦闘になると無表情になる事から『氷石のラース』と呼ばれる。ちなみに無表情になるのは、集中しているからである。怪我したくないからな。


「ラースさん、来て下さい。ポイズンスライムです」


 すぐ近くの部屋にいたギルド職員が顔を出して俺を呼んだ。

 ムカムカとする胃を押さえながら、フラフラとする足を動かして、ギルド職員の元まで向かう。

 松明の光に照らされた部屋の中央に一匹のポイズンスライムがズルズルと移動しているのが目に入った。

 通常のスライムと対して変わらない強さのポイズンスライムであるが、一度、毒を受けると治療魔法や専用の薬がなければ、重篤化して死んでしまう。その為、一般人である冒険者ギルドの職員では、手が出せないのだ。

 俺は慣れた手つきで腰に下げている剣を抜き、赤茶色のポイズンスライムを横一線に斬り裂いた。

 核を斬られたポイズンスライムは、ドロドロと溶けていく。

 大した手間でもないのに、ギルド職員には大袈裟に感謝され、背中が痒くなる。

 もう一度通路に出て、ゴブリンの血肉に塗れた地下水道に視線を向けた。

 通路には、何十体とあるゴブリンの死骸が転がっている。

 首や腕、胴体が千切れた死骸が地面を血で染めていた。

 数匹のゴブリン程度なら大した脅威はない。

 ゴブリンの恐ろしいのは集団戦だ。

 どこにでも巣を作り、そこでネズミのように数を増やすのだ。

 もし、この地下水道に本格的なゴブリンの巣が発生したのなら、住民に多大な被害が起きていただろう。

 それを事前に食い止めたのは運が良かった。

 俺は新人のおっさんがいる部屋の方に顔を向ける。

 未だに目を覚まさないおっさんに、回復術師が魔法を掛けている所だ。

 おっさんの近くには、オークの骨まで転がっていた。

 大したおっさんだ。

 新人の鉄等級冒険者の成果じゃない。

 大量のゴブリンを退治し、さらにオークまで仕留めた。

 俺を吹き飛ばしたエーリカの嬢ちゃんやアナスタージアも居らず、一人でやってのけたのだ。

 末恐ろしい冒険者になりそうで、ニヤリと笑ってしまう。

 正直、真夜中の悪臭漂う地下水路で、残党のゴブリンを退治するなど白銀等級の俺たちがする仕事じゃない。緊急依頼じゃなければ断っていた所だ。

 だが、おっさんが死闘した現場を見て考えを改めた。

 俺はフラフラとする足を動かし、ナターリエのいる場所まで向かい、朝日が昇るまで地下水路を練り歩いた。



 俺とナターリエは、狩人の両親の間に生まれた。

 父は生粋の狩人で、獣や魔物の狩り方と解体、色々な効果のある薬草や食べられる植物などを教わった。

 母は、元冒険者の魔術師で、俺とナターリエに魔術や魔法を教えてくれた。

 俺たち家族は、一定の場所に定住する事はなく、風の赴くままに移動し、そこで獣や魔物を狩っては、近くの村や町で売って生活をしていた。

 それが当たり前だと思っていた俺とナターリエは、何の不満もなかった。

 この先、数年、数十年後も同じ流浪の狩人をしていると思った。

 しかし、ナターリエが数日後に成人を迎えるという時、野営中に山賊に襲われ両親が殺されてしまった。

 父と母が命と引き換えに山賊を全滅させたので、俺とナターリエには怪我一つなかった。

 一晩で両親を失った俺たちは、近くの街まで行き、衛兵に事情を説明し助けを求めたが、名も無き山賊の討伐報酬を少しだけもらって終わってしまった。


 途方に暮れる俺とナターリエは、これからどうするかを相談する。

 以前の通り、狩人として生きながらえても良かった。

 だが、俺たちが選んだのは冒険者である。

 父と母を殺した山賊や盗賊を殺せる職業が良いと思ったからだ。

 国や街の兵士という案もあったが、色々としがらみが多そうなので、自由の利く冒険者が都合が良さそうだ。

 案の定、狩人の技能と魔法が使える俺たちは冒険者稼業と相性が良く、依頼も順調にこなし、二年も経てば青銅等級冒険者まで上がった。


 ある依頼で街道外れの畦道を進んでいた時、貴族の乗っていた馬車がスモールウルフの群れに襲われているのを発見し、それを退治した事がある。

 その助けた貴族の紹介で、パウル・クロージク男爵と知り合った。

 彼は貴族には珍しく、正式に冒険者ギルドを通して、俺たちを指名依頼をしてくれるのだ。

 ちなみに他の貴族は自尊心が強い為、平民が運営する冒険者ギルドを使う事を嫌う。そこで実力のある冒険者や兵士を引き抜き、専属の使用人として使われる事が多い。

 クロージク男爵の依頼は、多岐に渡るがどれも食に関する事ばかりである。

 遠くの街に視察に行くので護衛を頼んだり、ある山に生息する魔物の肉が欲しいというので未知の魔物を退治したりした。

 色々な場所に行き、色々な魔物を退治したおかげか、冒険者の等級だけでなく、実力も経験も軒並み上がっていき、冒険者になって四年ほどで白銀等級まで上ったのである。

 支払いの良い貴族の依頼を受けているので、貯えも充実し、装備品だけでなく、今では一等地に構える宿の一室を専用部屋に出来るほどだ。



 そんなある日、クロージク男爵から緊急の依頼を受けた。

 何でも遠くの国から取り寄せた荷物が盗賊に奪われたので、取り戻してくれとの事である。

 昨晩、ギルマスと夜遅くまで色街で騒いでいたので、朝一で依頼を受けたくなかったのだが、相手が盗賊と聞き、一も二もなく依頼を受けた。両親を殺した山賊や盗賊に関する依頼は、等級に関係なく受ける事にしているのだ。

 俺たちは、すぐに行動を起こし、街中にいる情報屋を回り、クロージク男爵の荷物を盗んだ盗賊の住処を突き止めた。

 そこであいつらと初めて会った。

 乾いた大地を雨風で丸く抉られた場所に極悪な顔をしたおっさんと真っ黒なローブを被った魔法使い、それと場違いな少女の三人が、三匹のベアボアを()いて歩いていた。

 今思えば、変な組み合わせなのは分かるのだが、朝まで騒いでいた寝不足の俺は、ナターリエの忠告を無視し、早く帰りたい一心で盗賊のような顔をしているおっさんを攻撃してしまった。

 最初にナターリエの魔法で先制し、隙を突いたおっさんに剣を突き付ける。

 抵抗しなければそのまま捕縛し、少しでも抵抗するようなら何の躊躇いもなく斬るつもりでいた。男爵からは、商品が無事に戻れば、盗賊の生死は問わないと言われているのだ。

 だが、別方向から鋭い石弾が飛んできて、吹き飛ばされてしまった。

 油断していた訳ではないが、あまりにも気配がなく、気付いた時には魔力障壁を張るぐらいしか出来なかった。

 たかだが盗賊連中に、白銀等級の俺を吹き飛ばされるとは思えない。だから、そこで疑問が生まれた。

 案の定、ナターリエからすぐに戦闘を中断され、俺たちが襲った連中が同業者だと知った。

 それも新人の鉄等級冒険者と知り、盗賊と対して変わらない相手に吹き飛ばされたと分かり、今まで培ってきた自信に傷が付いた。

 別件で動いていた鉄等級冒険者のおっさんたちと別れた後、盗賊の住処に足を運び、そこでさらにガッカリさせられた。

 薄暗い洞穴の中は、爆裂魔法を使ったかのような荒れ模様だった。

 壁や地面は穴が空き、盗まれた商品の木箱は粉々に壊されている。

 これを片付けて、男爵の元まで運ばなければいけないのか……。

 鉄等級冒険者の連中よりも早く辿り着いていれば、もっと綺麗に盗賊たちを捕らえられたのに……。

 それにしても、俺たち白銀等級よりも早く盗賊の住処を見つけ出し、そこにいた盗賊を生きたまま捕らえるとは、鉄等級冒険者とは思えない実力の持ち主だったようだ。

 さすが、俺を吹き飛ばした事だけはある。

 

 その後、寝不足の体を動かして、バラバラになった商品を集め、魔道具で収納し、男爵の元へ戻った。

 商品の現状を知った男爵は、見るも無残に落ち込んでいたのだが、それは俺たちの責任ではない。恨むなら盗賊と鉄等級冒険者にしてくれ。

 無事に依頼を達成した俺たちは、冒険者ギルドへ向かい、依頼達成の報告を済ませた……のだが、レナの姉御に捕まり、夕方近くまで怒られてしまった。

 確認もせず同業者を盗賊と勘違いして攻撃した事へのお説教だ。

 鉄等級のおっさんの顔が、悪人面だったのが悪いとは言えない。

 全て俺たちが悪いので、レナの姉御の言う事を黙って聞いていた。

 朝まで遊んで、朝一で依頼を達成し、そしてお説教である。

 白銀等級の俺でも気力と体力は底をつき始めていた。

 ようやくレナの姉御のお説教が終わりを見せ始めた時、俺と朝まで遊んでいたギルマスが遅い出勤をしてきた所為で、ギルマスも含めて、レナの姉御のお説教がぶり返してしまった。

 結局、夕方近くまで解放させてくれず、さすがのナターリエも宿に戻るなりベッドに倒れてしまった。

 俺も夕飯を食べず、次の朝までぐっすりであった。


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