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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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144 幕間 クロージク男爵の追想 その1

「何ですって!?」


 マローニを絡めたフォークを握りながら、私はゲルハルト・ビューロウ……ガーディに視線を向けた。

 私の聞き間違えでなければ、一体、何を考えているのだ、このオヤジは!?

 

「もう一度、言おう。『女神の日』の翌日、ノアとフィンの誕生日の席に君の料理を出したい」


 薄くなった髪を後ろに流した優雅な佇まいのガーディは、ハンカチで口元を拭ってから「やってくれ」と一言呟いてから、ワインを一口飲んだ。

 ガーディの前に置かれているマローニ料理はほとんど残っている。

 私の前にもマローニ料理が置かれているが、何とか完食間際である。

 ムカムカとする胃もたれのような腹を擦りながら、私は残り僅かになった皿を見つめる。

 こんな不味い料理を食べた後にも関わらず、本気で私に頼むつもりなのか?

 もう一度言おう。

 何を考えているのだ、このオヤジは!?


 ゲルハルト・ビューロウは、私の直属の上司で、貴族の位も一つ上の子爵である。

 世間体では、ガーディと私は上司と部下の間柄であるが、話が合うという事で私用の時は、貴族の位を無視した仲である。

 お互いに無理を言っては手を貸し、色々な難問を解決してきた。

 私にとっては、唯一無二の親友と言っても過言ではない。

 そんなガーディは、何処から聞きつけたのか、私が南西の小国から取り寄せた珍しい食材のマローニを食べたいと尋ねてきた。


 このマローニには、良くも悪くも色々と思い入れがある。

 私は、自分が管理している土地を実りある場所にする為、色々な国を渡り歩き、知識と経験を積んだ。

 国や土地が変われば、人々の生活も変わる。

 特に顕著に表れるのが食事である。

 その土地の文化を知りたければ、まずは食事をする事だ。

 私は色々な国や土地を巡っては、色々な料理を食べた。

 美味しい物もあれば、不味い物もある。

 一日中、便器に顔を突っ込んで、胃液を吐き出し続けた事も珍しくない。

 その所為か、世間では私を食堂楽男爵と呼ばれるようになってしまった。

 自分が管理している土地の為に行っていた行動が、いつの間にか、私自身の趣味になってしまったのである。

 それほど食というものは奥が深く、未知の可能性を秘めているのだ。


 その可能性の一つにマローニがあった。

 これは、南西にある海に面した小国の主食だ。

 小麦を練って細く伸ばした物を乾燥させた食材で、茹でて柔らかくしたマローニに魚と一緒に煮詰めたトマトソースを絡めた料理を食べた事がある。

 私はマローニを一口食べると、心臓が止まる程の衝撃を受けたのだ。

 美味しさは勿論の事、それ以上に食に対する無限の可能性を見出したのだ。

 私が管理している土地は、穀物地帯で主にパンの材料になる小麦を生産している。それが同じ小麦で作るマローニがもう一つの主食に成れば、パンと合わせて消費量は倍に膨れ上がるだろう。

 そう思った私は、時期を見て、懇意にしている商人に無理を言って、ダムルブールの街から遠く離れた南西の国までマローニを買い付けたのである。

 往復の日数は、百日近くかかる。決して楽な道程ではない。それでも何とかダムルブールの街の近くまで戻ってきた商人であったが、街の目の前で盗賊に遭い、商品を盗まれてしまった。

 商人と護衛をしていた冒険者には怪我は無かったが、馬車に積まれていた大量の荷物は根こそぎ奪われてしまった。

 私は落胆した。言葉の通り、私は地面に手を付いて落ち込んだものだ。それも無理のない事だろう。百日近くも楽しみにしていた商品が手元に届かないのだ。お金も相当使った。

 私はすぐに凄腕の冒険者、ダムルブールの街で二組しかいない白銀等級冒険者を雇い、盗賊を探し出し、商品を取り返すように依頼を出した。

 さすが白銀等級と言うべきか、その日の内に商品は見つかり、盗賊は衛兵に捕まった。

 だが、別件で鉢合わせした他の冒険者が、白銀等級のラースたちよりも前に盗賊たちと戦闘をして、商品の半分を破壊してしまったのである。

 マローニもその被害を受け、木箱一つ分しか残らなかった。

 そんな大事なマローニを何処からか聞きつけてきたガーディは、「私にも食べさせてくれ」と事前連絡もなく屋敷に訪れたのであった。


 私の専属料理人であるハンネに、簡単な調理方法を教え、マローニ料理を作ってもらったが、結果は散散である。

 お湯で柔らかくしたマローニに豚肉を絡め、塩胡椒で味を整えた物が出てきた。

 南西の小国で食べたマローニ料理とは程遠く、味気ないものである。

 やはり、魚が無ければマローニ料理は完成しないのか?

 遠く離れた場所から新鮮な魚を運搬する事など不可能である。そうなれば、マローニ料理は完成せず、小麦からマローニを作っても、まったく意味をなさない。

 私は、未来の展望が閉ざされた事と不味い料理で顔を伏せてしまった。

 その時である。

 ガーディが、訳の分からない提案をしたのは……。


「パウル、君にお願いしたい事がある」


 そう切り出したガーディは、溺愛しているご子息とご息女の誕生日に私の料理を提供したいと言ってきた。


 ガーディ! お前もこのマローニ料理を食べたばかりだろ!

 よくこんな料理を食べた後に私に依頼をするな?


「一体、何を考えているのだ? 普通の祝い料理を出せばよいのか?」


 私は疑いの目を向けると、ガーディは首を振った。


「普通の貴族料理では駄目だ」

「それでは、めでたい日に珍しい料理を食べたいのか? 普段食べない料理は人によって意見が分かれるぞ。お前だって、祝いの席で魔物料理を食べたくないだろ?」

「ああ、そうだな……」


 そこでガーディは、眉間を揉みながら目を閉ざした。この行動は、何か思案している時の彼の癖である。

 口を閉ざして、しばらく様子を見ていると、ガーディは真っ直ぐ私を見ながら口を開いた。


「姉のノアは、既存の貴族料理を嫌っている」

「既存と言うと肉料理か?」

「ああ……嫌いと言うよりも飽きている様子だ。色々な食材があるのだから、もっと変わった料理を作れないのか? 新しい料理を考えるのも料理人の仕事だ、と料理長を困らせているのだ」


 料理の可能性は無限だ。今ある料理を作り続けるのは大事であるが、新しい料理を作り出すのも大事である。

 その事には大いに賛成であるが、本当に六歳になる子供の言葉とは思えない。末恐ろしい期待の子供である。


「一方、弟のフィンは肉しか食べない。スープも肉が入っていなければ一口も飲まないのだ。最近、中央の医師連中が、肉以外も食べないと早死にすると警鐘を鳴らしているのは知っているな?」

「ああ」

「だから、フィンには肉以外にも好きな食べ物を見つけてほしいのだ」

「そこで私の出番なのか?」

「そうだ。食堂楽男爵で名を馳せる君に腕を振るってほしい」


 私の通り名である食堂楽男爵は、ただ食い意地が張っている所から来ているので、私自身、その呼び名は好きではない。

 その事を知っているガーディがあえてその名を使った事から、溺愛している双子だけの思いで私にお願いしたとは思えなかった。

 まだ、何か理由がありそうだ。

 もしかして、私自身が試されているのかもしれない。

 そんな事をする理由が分からないが、私だって食に関しては、誰にも負けない拘りと美学を持っている。


「分かった。ノアちゃんとフィン君の為に最善を尽くそう」


 ガーディの本心は分からないが、私の自尊心の為にも親友であるゲルハルト・ビューロウの依頼を受ける事にした。


「今日食べた、このマローニもぜひ出してくれ」

「マ、マローニも?」

「パウル、君の考えている事は分かっている。長い付き合いだからな。是非ともマローニ料理を完成させてくれ」

「…………」

「まだ時間はある。期待しているぞ」


 この日から私は苦悩と後悔に悩む日々を送る事になってしまった。



 現在、私の館の料理人はハンネとエッポの二人だけである。

 私の妻と息子たちは、私が領地している土地で生活しているので、料理人が二人だけで事足りる。

 料理長のハンネは、まだ年若いが料理に対する向上心が高く、魔物料理も出来るので重宝してしている。

 エッポは、ハンネが何処かで拾ってきた料理人だ。口数は少ないが、料理の腕は確かである。

 早速、二人に事情を説明し、誕生日に合う料理を相談した。

 ガーディの言い分を聞く限り、誕生日に提供する料理は、既存の貴族料理ではなく、珍しい料理が良いそうだ。その中にマローニ料理も加えるのが必須である。

 今まで色々な場所に訪れ、色々な料理を堪能した私は、これまでの経験を思い出しながら考える。

 ハンネは、今まで作った魔物料理を思い出す。

 エッポは……何を考えているのか分からん。

 私とハンネの二人で色々と考案を出し合うが、一向に良案は出なかった。

 それも無理はない。

 珍しい料理は、基本、美味しくない。

 いや、言い方が悪いな。

 食べなれていない料理は口に合わない事が多いのだ。たまに驚愕する程に美味しい料理もあるのだが、毎日食べたいか? と問われると首を振る。

 普段、食べている料理が口に馴染んでしまっており、それを超える事は希である。

 また、誕生日会に出せる珍しく美味しい料理もあるのだが、単純に材料が足りなかったり、調理方法が分からない所為で、泣く泣く候補から外した。


 もう、いっその事、既存の料理で勝負するか?

 内容よりも品質で勝負するのはどうだろうか?

 最高級の豚を一頭仕入れ、丸焼きにするのだ。

 これなら全ての貴族は満足する。

 ただ、ガーディが言っていた双子の食事事情は改善されない。

 それに男爵の私が仕入れる最高級の豚など、子爵であるガーディなら普通に食べているだろう。


 私は落胆する。

 今まで培ってきた私の経験は、まったく役に立たないのである。その事に気づかされた。

 本当にこれでは、食道楽男爵の名の通り、ただ食い意地の張っただけの貴族である。

 私だけではなく、ハンネも若くして貴族の専属料理人になった自信に陰りを見せていた。

 エッポは……よく分からん。


 まだ時間はある。

 このまま話し合っていてもまったく進まないので、考えがまとまるまでマローニ料理を完成させる事から始めよう。

 そして、ここ数日はハンネが試行錯誤したマローニ料理を試食し続ける日々を送った。

 トマトを煮込んだスープにマローニを入れた物。サラダと一緒に絡めた物。パンの上で焼いた物。

 ハンネは色々と作ってくれたのだが、どれもいまいちであった。

 味気ない。面白味がない。美味くない。ないない尽くしである。

 やはり、魚か!? 魚がなければマローニ料理は完成しないのか!? それだったら、魚が手に入らないダムルブールの街では、マローニは無用の長物ではないか。

 これからマローニを新たな特産とする計画が崩壊していく。

 項垂れる私は、落胆を通り越して、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 ハンネが頑張って試作してくれたマローニ料理を睨みつけた。


 どうして私が、こんなにも悩まなければいけないのだ!


 私は、仕事をそこそこに済ませ、空いた時間に美味しい料理を食べていれば満足していた。

 それなのに、今では料理自体に苦しませされている。


 ガーディもガーディだ!

 旧知の仲だというのに、めでたい日に珍しい料理を提供しろと無茶を頼みやがって!

 珍しい料理が美味しいとは限らないと知っているだろ!

 まったく……。

 

 数日間、欝々とした日々を過ごす事になってしまった。

 食事こそ人生の伴侶と思っている私であったが、ここ数日間はマローニ料理の試作品を見ては、眉を(しか)め、胃がキリキリと痛みだしている。

 食も細くなった。何となく体重も軽くなった気がする。このままでは倒れるかもしれない。

 はぁーと盛大に溜め息を吐いてから、私は執務机に置かれているベルを握る。執事のトーマスに胃薬を持って来てもらうのだ。

 ベルをチリーンと鳴らすと、すぐにトーマスが現れる。

 さすが長年仕えているトーマスで、私が頼む前に胃薬と水の入ったグラスを持って来てくれた。

 そして……。


「ん? チーズの匂い? 何を持ってきたのだ?」


 トーマスの手には、胃薬と水とは別に、チーズの焦げた匂いのする物を持っていた。


「先程、ハンネが下町で買ってきた物です。現在、下町ではこれが非常に流行っており、凄く美味しいとの話です」

「ハンネが美味いというのなら、間違いないだろう。ぜひ食べてみよう」


 朝食を食べたばかりであるが、チーズの焦げる匂いを嗅ぐと、口の中が唾液で溢れてくる。

 

「それで、どんな料理だ?」

「パンの上にチーズと具を乗せて焼いたもので、ピザと言うそうです」


 聞いた事もない料理名だ。

 別にパンの上にチーズを乗せた物は、以前から存在し珍しくない。

 それなのにハンネは美味いと言い、下町で流行っているとなると、何か秘密があるのだろう。

 私は、トーマスから受け取ったピザなる物を受け取り、一口齧る。

 

「ああぁ……」


 心の中で、無限に広がる料理の可能性が開かれた。


 今まで食べた事のない食べ物だった。

 平たく伸ばしたパンの上に濃厚のチーズとベーコンの切れ端が乗せて焼いただけの料理だというのに、今まで食べたどのパンよりも美味しい。

 驚愕に目を見開いた私は、もう一口、ピザに齧り付く。

 とろりと溶けるチーズの乳の風味が、こんがりと焼かれたベーコンの旨味と混ざり合う。一見、しつこくなりそうな組み合わせであるが、土台のパンが和らげていた。

 いや、それだけではない。

 野菜の酸味を感じる。

 どういう事だ? と齧った部分を眺めた。

 パンとチーズの間に赤い色をした部分が見える。

 私はその赤い部分に指先に付けて、舐めてみた。


「これは……トマトか?」


 つい思っている事が口から洩れてしまう。

 そうか……トマトか。

 トマトを煮込んで液状にした物を塗ってあるようだ。これでしつこくなりそうな味を和らげているのか……良く考えてある。

 私はもう一度、トマトの液体を舐めて、再度驚いた。


 それだけではない!?


 もっと複雑な味と香りがする。

 トマト以外にも別の野菜が煮込まれているのに気が付いた。ニンニクと玉ねぎだろう。そして、何か分からないが香草なる物も混ぜられており、奥深い香りがする。

 ピザなる料理を分析すればするほど、私の料理に対する無限の可能性がどんどん開いていくのを感じた。

 一見、すでにありそうな料理であるが、その工程には複雑な手間が掛かっている。

 今までの既存の料理には存在しない調理方法だ。ただ焼いたり、煮たり、茹でたりした後に塩胡椒で味を整えただけでは、作り出せない未知の料理だ。

 ピザを食べ終えると、執務机に突っ伏してしまった。

 両手で顔を覆って震えていると、「旦那様、大丈夫ですか?」とトーマスの心配する言葉が落ちてくる。


 まったく大丈夫じゃない。

 これだから、料理の探求は止められないのだ。

 色々な国を巡り、色々な料理を食べてきたが、私はまだまだ無知なのだと知らされた。


 おお、女神様! この出会いに感謝します!

 

 今まで真剣に祈った事もない女神に心からお祈りをすると、心配そうにしているトーマスに顔を向けた。


「至急、ナターリエとラースの二人を呼んでくれ」


 私はトーマスに指示を出した後、チラリと机に置いてある胃薬を見る。

 キリキリとする胃の痛みはすでに消えていた。イラつきもない。

 ただ、折角なので胃薬も飲んでおこう。

 私は、食べれる物が目の前にあれば、平らげてしまう癖があるのだ。


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