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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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143 幕間 レナの追想 その2

 アケミさんの事を知る為に色々と調べようと思っているのですが、それはもう少し後になりそうです。

 目の前の仕事が山積みで今はまったく手が離せません。

 それもこれもゴブリン騒動の所為です。

 よりにもよって街の地下道に大量のゴブリンがいたのです。

 冒険者ギルドは、魔物から住民を守る義務があります。そんな冒険者ギルドの真下に魔物が住み着いたとあれば、面目が立たない事になってしまいます。

 死にかけたアケミさんには悪いのですが、住民に被害が出なかったのは運が良かったです。

 ただ被害は無いにしろ、各役所から厳しい言葉を浴びせられ、説明責任を果たさなければいけません。

 「説明よりも、地下道で魔物退治をしたい」と逃げ出そうとしていたギルマスは、今も貴族と教会を相手に説明しに回っています。気持ちは分かりますが、責任者ですから頑張ってもらいます。

 最悪の事態にはなっていないので、貴族と教会に関しては問題ないと思います。

 一番の頭痛の種は、工業ギルドです。

 彼らは冒険者ギルドに対して、いつも目の敵にしているのです。

 理由は単純。

 私たちの冒険者ギルドが専用の武器屋と防具屋を経営しているからです。

 工業ギルドの主要商品として武器と防具があり、その購入者は冒険者です。ただ殆どの冒険者は、私たちが経営している武器屋と防具屋で購入してしまうのです。

 それは仕方の無い事で、冒険者ギルドから出る補助金を使い、格安価格で販売しているからです。

 お金に余裕のある冒険者以外、それなりの品質で安い冒険者ギルド印の武器防具を購入します。

 そういう事で、客を独占している事に気に入らない工業ギルドは、事あるごとに冒険者ギルドに対して、やっかみを言ってくるのです。

 それならフライパンと鍋だけ作っていればいいだろと言ってやりたいのですが、そんな事を言うと、怒鳴り込んで戦争になってしまいます。過去三回ほど、実際に前ギルマスが口を滑らせて、冒険者ギルドと工業ギルドが対立した事がありました。


 んん、脱線しました。

 話を戻します。


 今回のゴブリンの件で、工業ギルドは揚げ足を取ったかのように、満面な笑みで冒険者ギルドを攻め立てています。

 業務放棄だ! 怠惰だ! 責任感の欠如だ! と言われ放題です。

 確かに魔物の進入を許してしまったのは冒険者ギルドの落ち度です。責められても文句は言えません。

 だけどアシッドスライムに関しては、工業ギルドの責任が大きいでしょう。

 アシッドスライムは、特殊な環境下でなければ発生しない珍しい魔物で、非常に危険で体液が強力な酸で出来ています。

 討伐するには、強力な魔法が掛かった武器や魔法でなければ倒せません。

 今のギルマスもアシッドスライムに腕を負傷して、冒険者を辞めているのです。

 そんなアシッドスライムが地下水道に発生したのです。それも部屋を覆い尽くすほどの大きさの。

 アケミさんが、良く無事に退治できたと感心してしまいます。

 東地区の工業地帯は、昔から工業排水が問題になっており、東地区に流れる水路は汚染されています。

 再三、工業ギルドに改善を呼びかけていたのですが、工業製品の生産が最優先であると聞く耳を持ちません。

 汚染が進めば、それだけ魔物に変化が起き、強力な魔物へと変われば住民にも危険が起きます。

 先日もアケミさんたちが、東地区の水路からポイズンスライムを捕らえています。間違いなく、汚染で変化した個体でしょう。

 この件に関しても工業ギルドは、たまたま毒持ちのスライムがいただけ、と話を反らすだけです。

 だけど一昨日のアシッドスライムはポイズンスライムとは桁違いの危険度です。

 アケミさんから証拠の魔石を買い取りましたし、これを機に工業ギルドを黙らせて、汚染改善を勧めましょう。



 そういう事で、現在、工業ギルド用の書類を作成しているのですが、情けない事にまったく集中できていないのが現状です。

 その原因もアケミさんです。

 昨日、アケミさんは貴族の依頼でビューロウ子爵家の誕生日に料理を提供しています。

 その結果が気になって気になって、つい書類仕事に集中できず、窓の方に顔が向いてしまいます。

 何度か途中経過の報告をアケミさんから聞いており、失敗しないと信じていますが、どうしても気になって仕方がありません。

 それもこれも白銀等級冒険者のラース君とナターリエさんの所為です。

 ラース君は私より一つ下、ナターリエさんは私より一つ上の歳です。

 私と対して変わらない歳にも関わらず、上位の白銀等級冒険者なのです。凄いです。

 担当が違うので二人の事は詳しく知りませんが、確か私が正式に冒険者ギルドの職員になって、しばらくした後に二人は冒険者になったと聞いています。

 真面目に依頼をこなしていた二人は、たった四年ぐらいで白銀等級まで上り詰めたのは伝説です。

 二人の実力があるのは間違いありませんが、それ以上に貴族に見染められたのが大きいでしょう。

 国や街を管理している貴族の依頼は、普段、我々が取り扱っている依頼と比べ、金額も難易度も高いです。さらに気難しい貴族を相手にする点も考慮して、貴族の依頼は評価点が高いのです。

 そんな貴族の依頼を次々と成功させた二人は、あっという間に等級を上げていきました。

 現に鉄等級冒険者であるアケミさんたちは貴族の依頼を一つ成功させていますので、次の昇級の話が冒険者ギルドで流れています。

 担当者である私自身は、経験不足という点で昇級の話は否定的です。

 アケミさんたちには、色々な依頼と色々な依頼主に関わってもらい、経験と実力を付けて欲しいのです。

 ただ、何も考えていないギルマスが「良いんじゃねー」と賛同したので、遅かれ早かれ、昇級試験を実施する事になりそうです。


 また、ずれました。

 話を戻します。


 貴族の依頼が気になる私は、朝一で冒険者ギルドに現れた白銀等級の二人を捕まえて、昨日の事を尋ねました。


「料理が美味しかった」

「楽しい余興をしたわ」


 二人の感想を聞く限り、誕生日会は成功したようです。ほっと胸を撫ぜ下ろします。

 しかし、私の安堵も束の間の事でした。


「そうそう、伯爵が来ていたのはビックリだったぜ」

「えっ、伯爵?」

「そう、ヘルムート・ポメラニア伯爵が参加していたの」

「ポメラニア伯爵!?」

「何度かビューロウ子爵と会った事はあるが、子供の誕生日に招くほど、仲が良かったとは知らなかったぜ」


 この報告に私は眩暈が起きます。

 ポメラニア伯爵といえば、このダムルブールの街で一番権力のある貴族です。国王が指名した実質の街の管理者です。

 現に教会の相手が出来るのは伯爵だけですので、その権利は膨大です。

 そんな伯爵が、よりにもよって私が担当するアケミさんたちの依頼に関わるなんて……。


「そ、それで伯爵は何か言っていましたか?」

「普通に挨拶しただけよ」

「それだけ?」

「うーん……そうそう、教会の依頼を受けた事はあるか? と聞かれたな」


 教会?

 確かに伯爵なら教会とやり取りをしますが……わざわざ誕生日会で聞く事?


「それで何と答えたのですか?」

「教会からの仕事は一度もした事がないから、素直に「ない」と答えたわ。その後は、まったく話してないわね」

「少しの間、貴族連中の中におっさんが一人だけ残っていたな。おっさんなら、何か話したかもしれないぞ。おっさんに聞いてみてくれ」


 もっと情報が欲しくて色々と問いただしたのですが、白銀等級の二人は特に話す事もなくアケミさんに聞けと言うだけで終わってしまいました。

 何ともモヤモヤとしたしこりのような物が残ります。

 ますます、仕事に手が付きません。

 アケミさん、早く報告に来てください!



 私の心配は杞憂に終わりました。

 白銀等級の二人が帰った後、しばらくしてアケミさんたちが冒険者ギルドへ現れました。

 昨日、行われた貴族の依頼は何事もなく無事に終わり、依頼料と依頼完了の木札をもらってきました。

 早速、依頼完了の木札に目を通して報告を聞きます。

 所々、信じられない事をして驚かされますが、特に貴族たちの顰蹙(ひんしゅく)を買う事もなく、満足のいく内容でした。

 ここ数日間、不安な日々を過ごしていましたが、これで解放されます。

 国や街を実際に動かしている貴族という人種は、誇りと自尊心の強い方が多いです。権力も持っているので、なお性質が悪いです。

 色々な依頼主と関わった経験豊富の冒険者ならいざ知らず、まだ鉄等級冒険者になったばかりのアケミさんたちが、そんな貴族を相手に依頼を受ける事になったのです。

 実際に依頼を受けたアケミさんたちに比べたら大した事は無いでしょうが、担当者である私の心労も相当だったのです。

 そう言う事で、アケミさんたちもどこか晴れ晴れとした表情をしています。

 一皮剥けたような堂々とした頼もしさも感じます。

 これなら鋼鉄等級への昇級試験を受けても良いかもしれません。


 えっ、すぐに意見を変えるのは現金だって?


 仕方ありません。

 貴族との繋がりを持ってしまったアケミさんたちには、鉄等級という名は力不足です。

 本当は、地道に経験を積んでもらいたいのですが……。


 その後、気がかりだったポメラニア伯爵の出席や教会についても聞いたのですが、特に得られる情報はありませんでした。

 私は少し心配性なのかもしれません。

 


 そして、二言三言話してから、アケミさんたちは冒険者の依頼を受けずに帰って行きました。

 気苦労の多い大きな仕事が一段落したのです。しばらく冒険者の仕事を休むかもしれません。

 私も休みたいです。三日ぐらい休みを貰えれば隣街でお買い物が出来るのですが……急ぎの仕事が溜まっているので、休みは無理ですね。

 憂いも晴れたし、書類仕事に取り掛かろうと書類に視線を向けた時、冒険者ギルドの外で騒ぎが起きました。

 何やら男性が怒鳴り散らしています。

 荒くれ者が集う冒険者ギルドの前で喧嘩するとは、いい度胸の者がいるものです。

 もし、ここにギルマスが入れば、喜々として飛び出し、騒ぎを大きくしていた事でしょう。今思えば、この場にギルマスが居なくて良かったと思います。


 私は他の同僚と顔を見合わせ、外に出る事にしました。


「えっ!?」


 騒ぎの中心を見た私は、驚きの声が漏れます。

 冒険者ギルドの前には、槍を持った数人の衛兵がアケミさんを取り囲んでいたのです。

 衛兵に取り囲まれるなんて、余程の事が無い限り起こりません。

 それだけではありません。

 衛兵の後ろにいる初老の男性が、顔を真っ赤にしながら怒声を上げているのです。

 つまり、その初老の男性が衛兵を使って、アケミさんを捕らえようとしているのだと理解しました。

 余程の犯罪者でない限り、衛兵が槍を突き付けてまで捕らえようとはしません。

 だが、後ろで叫んでいる男性は普通ではないのです。

 その男性は、教会の司祭服を着ているのです。

 つまり、教会の神父だと分かりました。

 

 アケミさん、教会を相手に何かをしたんですか!?


 私は声にならない叫びを上げます。

 貴族以上に厄介なのは教会です。

 この国は教会を中心に動いている宗教国家です。

 信者の数は膨大で、このダムルブールの街にも数万人がいます。

 信仰の差はあれど、私と私の家族も信者の一人です。

 つまり教会を敵に回す事は、数万人の信者を相手に回す事になります。

 普段なら冒険者の揉め事が起きれば、冒険者ギルドが間に入って事情を聞いたりするのですが、今回は相手が悪すぎて仲裁すら出来ません。

 非情かもしれませんが、それだけ教会を相手にするのは危険なのです。

 ただ見守る事しか出来ない自分が悔しくて仕方ありません。

 アケミさんは私の担当です。何をしたのかは分かりませんが、困っているのなら助けたいです。でも、それが出来ないのです。

 冒険者ギルドは冒険者を守る義務があります。けれど、冒険者ギルドも国や街の一部です。大きな権力の前では無力なのです。

 他の職員たちも私と同じ気持ちなのでしょう。何とも言えない表情をしています。

 

 突然の状況で驚きの表情をしていたアケミさんは、しばらくすると「抵抗しません。付いて行きます」と青い顔をしながら、衛兵たちの連行に同意しました。

 一人の衛兵が前に出ると、アケミさんに一言、何かを言います。

 それを聞いた神父は、倒れるのではないかと思えるほど顔を真っ赤にして、その衛兵に対し、聞くに堪えない言葉を吐き捨てます。

 その衛兵は、後ろを振り向いて神父を落ち着かせていました。

 アケミさんはエーリカさんたちの元まで行くと、武器や防具を渡して、小声で話をしています。

 そして、話を終わらすと衛兵の元まで行き、魔術の掛かった縄に縛られ、連れ去られてしまったのです。


 アケミさんと衛兵の姿が見えなくなると、日常の風景に戻りました。

 私はすぐにエーリカさんたちの元まで向かいます。


「何で捕まったんですか!?」

「理由は分かりません」


 いつも通り素っ気なく簡潔に答えるエーリカさんから顔を逸らし、アナスタージアさんに顔を向けます。


「そ、外に出たら急に取り囲まれました。何の容疑で連行されたのか、まったく分からないのです」


 真っ青な顔をして、今にも泣き出しそうな顔をしているアナスタージアさんが答えました。


「悪人面しているおっちゃんだから、三人ぐらい指名手配犯と似ているのがあったんじゃないのー」


 アナスタージアさんの胸元で適当な事を言うのはティアさんです。

 いつもアケミさんと行動している三人が分からないという事は、今の段階でこれ以上、私が知りえる事は無いでしょう。


「その……エーリカさんは大丈夫ですか?」


 アケミさんが連れ去られた方向をずっと見ているエーリカさんに声を掛けます。

 いつもアケミさんの側を離れずに、雛鳥のように付いて回っているエーリカさんです。アケミさんを助ける為に無茶な事をしないか心配になります。

 そんな私の心情を察したのか、エーリカさんはいつもの眠たそうな顔をしながら「問題ありません」と答えました。


「すぐに戻って来る。留守は任せる。とご主人さまに頼まれました。ご主人さまの言葉に従います」


 どことなく寂しそうにしながら、エーリカさんたちは帰っていきました。

 私も冒険者ギルドへ戻ります。

 やるべき事が増えました。

 一昨日のゴブリンの件をまとめなければいけません。

 工業ギルドを黙らせる書類も作らなければいけません。

 アケミさんたちの依頼完了の書類もまとめる必要があります。

 それに教会の事、アケミさん事を至急に調べなければいけません。

 アケミさんが教会に対して、何をしたのかは分かりません。

 本当に犯罪を犯したのかもしれませんし、冤罪かもしれません。

 アケミさんは冒険者で、私は担当者です。

 私はアケミさんを助ける必要があるのです。

 犯罪を犯したのなら刑を軽くさせますし、冤罪なら無罪にします。

 その為にも、アケミさんについて知る必要があります。


 今までの事といい、今回の事といい、本当にアケミさんには驚かされてばかりです。


 アケミさん、あなたは何者なんですか?


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