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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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141 幕間 ある姫の追想 その3

「あれは何?」


 その日は、妖精さんの声で目が覚めました。


「どうしたの?」


 まだ夢の中にいる感覚で、わたくしは妖精さんに尋ねました。


「羽の生えたトカゲ……いや、竜かな? 城の周りを竜が飛んでいるのよー」


 竜?

 あまりに非現実的な単語が出てきたので、重たい体を起こし、妖精さんが覗いている窓に近づきました。

 三つの月が姿を隠し、太陽の端が大地を照らし始めた風景。

 見慣れている険しい山と我が国の城壁、そして、どこまででも広がるラインフォルト大森林が目に入ります。

 いつも見慣れている風景の中、いつもと違うものが混じっています。


「えっ、竜!? なんで!?」


 霧に覆われていた頭が、一瞬で晴れました。

 妖精さんの言う通り、城の上空に羽の生えたトカゲのような竜が十匹ほど旋回しているのです。


「もしかして、ラインハルト大森林の奥にいる竜ですか?」


 わたくしが期待に満ちた声で呟くと、妖精さんが「たぶん、違うと思うよー」と否定しました。


「あの魔物はワイバーンだと思う。下級の飛竜ねー。怖い魔物だけど、噂になるような魔物じゃないわよー」


 わたくしからしたら、とても恐ろしく、禍々しく、強そうな竜です。

 そんなワイバーンが、下級の竜なのですか!?

 竜とは、何て恐ろしい魔物なのでしょう。


 わたくしが、恐怖で震え始めたその時です。

 城内からけたたましい鐘の音が鳴り響きます。

 緊急事態を知らせる、鐘の音です。

 城の至る所に設置してある鐘が一斉に鳴り響くと、城壁や監視塔に兵士が集まり出しました。

 兵士たちは弓を構えてワイバーンに狙いを定めますが、矢を放つ事はしません。

 現在、ワイバーンは、城の上空を旋回しているだけですので敵かどうかも分からない状況です。もし、下手に攻撃でもすれば、敵意の無かったワイバーンを怒らせる事になるからです。


「このまま何処かに行ってくれれば良いのですが……」


 僅かな希望を込めて呟くと、妖精さんは真剣な声で「無理ね。すぐに攻撃が始まるわ」と返ってきます。

 信じられない事を言う妖精さんの予想は、すぐに当たりました。

 城壁の近くを飛んでいたワイバーンの喉が膨れ上がると、兵士が密集している場所に向けて、口から炎を吐きました。

 炎を浴びた兵士たちは、一瞬で火に包まれ、その場で倒れたり、高い城壁から落ちたりします。

 一匹のワイバーンの攻撃を機に、他のワイバーンも我が城に向けて炎を吐き出し始めました。

 先程まで平和だったシーボルト王国が、一瞬で地獄へと変わります。

 城壁や監視塔から兵士が矢を射って応戦しますが、空を飛び回るワイバーンにはほとんど当たりません。もし当たったとしても、硬い鱗に傷をつける事が出来ない始末。

 そんなワイバーンは、兵士が集まっている場所を狙って炎を吐きますので、我が国の兵士があっという間に数が減っていきます。

 わたくしは、あまりの光景に茫然と立ち尽くし、見つめている事しか出来ませんでした。


「ヴィッキー、居るか!?」


 第二王子であるレオ兄上が、部屋のドアをけたたましく開けて、怒鳴り込んできました。

 遅れて、ゲルダも室内に入ってきます。


「どこかの国が侵攻してきやがった!」

「国ですか? 魔物の攻撃でなくて?」

「そうだ! 人間の仕業だ!」


 怒鳴り散らすようにレオ兄上は、一匹のワイバーンを指差します。


「ワイバーンの背に兵士が乗っている」


 よくよく目を凝らしてワイバーンを観察すると、大きな背中に真っ黒な鎧を着た人が乗っていました。

 ワイバーンだけではありません。

 紐で吊るした箱を下げた巨大な鷲や鷹も現れました。

 その箱の中には、真っ黒な鎧を着た兵士や真っ黒なローブを羽織った魔法使いが入っており、巨大な鷲や鷹が地面に着地すると同時に箱から出て、城内に駆け出していきました。


「あいつら、山を越えて来たんだ」


 城に雪崩れ込む兵士や魔法使いを睨みつけていたレオ兄上は、城を囲む山裾に視線を向けます。

 人間では決して登れない絶壁の斜面から、これまた巨大なウルフやクーガーが斜面を滑るように下っています。その背中にも真っ黒な服装をした人間が跨っています。


「まだ城の中には進入されていないが、それも時間の問題だ! すぐに避難するぞ!」


 今まで側に控えていたゲルダが「失礼します」と一言断わり、わたくしを窓際から離します。そして、手慣れた手つきで寝間着を脱がされ、普段着に着せ替えていきます。

 兄妹とはいえ、男性の前での着替えですが、状況が状況のため、時間を無駄に出来ません。

 レオ兄上は、妖精さんの横で窓の外を見ていますし、いつも厳格なゲルダの手が震えているので、抵抗はしません。


「避難って……怪我をしている者がいるのですよ。彼らを見捨てて、わたくしたちは逃げるのですか?」

「当たり前だ!」


 レオ兄上の叱責が飛びます。

 「お前が残って、何が出来る!?」と言われ、返す言葉が出ませんでした。


「街の人たちは……?」

「あっちには、まだ被害はない。一応、貴族どもに対応を任しているが……あてにならんな」


 城には兵士がいます。だが、街には狩人と外から来た冒険者ぐらいしか魔物と戦える者はいません。

 もし街にまで敵が責めてきたら、対抗できる術はないでしょう。被害は甚大です。

 兄上の言う通り、ほとんどの貴族は保身に走って、自分たちだけ逃げるのは想像に難しくありません。

 それは、わたくしも同じです。

 魔物と戦う事も怪我をした人を助ける事も出来ないのです。

 貴族と同じで、逃げる事しか出来ない事に歯噛みしてしまいます。

 

「父上とルイ兄上が兵士を指揮している。二人は最後まで城に残るそうだ。俺がお前と母上、それとルイ兄上の夫人を連れて行く」

「それで、どこに逃げるのですか?」

「秘密の通路を通って大森林へ行く」


 我々、王族だけが知っている秘密の通路があります。そこを通れば、広大なラインフォルト大森林へ出る事が出来ます。出た先には、少し整備された隠れ場所があるのです。

 ただ、その秘密の通路は、特殊な結界が張ってあり、王族しか通れません。

 わたくしは、ゲルダに視線を向けます。


「姫様、心配には及びません。一緒には行けませんが、私も他の使用人と一緒に別の通路を使い逃げます」


 ゲルダは、わたくしを立派な女性にする為に、厳しく教育してくる側使えです。物心付く頃からわたくしの面倒を見てくれていた第二の母のような存在です。

 そんなゲルダは、震える体を必死に抑えながら、不器用な笑顔でわたくしを見つめます。


「お前はもう行ってよい。今までご苦労だった」


 レオ兄上の許可を得たゲルダは、深々と一礼をします。


「ゲルダ、今までありが……いえ、また会いましょう。そして、わたくしを立派な王女になる為に導いてくださいね」

「はい、まだまだ姫様には教えなければいけない事が沢山あります。必ず、また……」


 そこで、ゲルダの言葉が止まり、下を向きます。

 そして、恐怖と決意の交じった表情をしながら部屋から出て行きました。


「では、我々も行くぞ」


 レオ兄上が部屋の扉に向かおうとした時、わたくしは、はっとして妖精さんの方を向きました。

 大変な事に気が付きました。

 ゲルダも通れない秘密の通路は、妖精さんも通れないのです。

 一緒に逃げる事が出来ない事に、わたくしは棒立ちになってしまいます。


「ん? ああ、あたしは一人で適当に隠れているから、姫ちゃんたちは早く行くと良いよー」


 わたくしの思いを感じ取った妖精さんは、いつも通り、軽い言動で答えます。

 確かに妖精さんの大きさなら、隠れる場所は多いでしょう。そう簡単に見つからないと思います。

 だけど、敵には臭覚が敏感なウルフやクーガーがいます。

 姿を隠したからって、安心は出来ません。

 敵は魔物を使うような連中です。

 妖精さんのような珍しい生き物など、見つけ次第、捕まえてしまうでしょう。

 確実に捕まらない場所に避難しなければいけません。


 どうしようかと部屋を見回すと、ある箱に目が留まりました。

 綺麗に装飾された箱は、わたくしの宝箱です。

 わたくしの魔力で登録された宝箱は、わたくししか開ける事が出来ません。

 敵から身を隠すにはもってこいの場所でしょう。


「妖精さん、ここに隠れて!」


 わたくしは、宝箱の蓋を開けると、逆さまにして中を空にします。

 祝いの日に貰った些細な小物から父上から貰った小さな宝石が床に散らばります。


「そ、そこに入るの?」


 嫌そうな顔をする妖精さんは、わたくしの顔と宝箱を交互に見ます。


「はい、特殊な結界が張ってあり、わたくししか開ける事は出来ません。食事をしなくても生きていける妖精さんなら大丈夫でしょう」

「し、しかし……」


 妖精さんが嫌がるのも無理はありません。

 空腹で死ぬ事はないとはいえ、真っ暗な箱の中に閉じ込められるのです。わたくしなら考えただけで発狂してしまいます。

 だけど、今は緊急事態です。

 わたくしは、何が何でも妖精さんには無事に生きて欲しいのです。


「お願い、妖精さん……いえ、ティア。わたくしは大事なお友達を助けたいのです。数日には助けに戻ります。だから、少しの間だけ我慢して」


 しばらく、わたくしの顔を見つめていたティアは、溜め息を吐いた後、「分かったわよ、姫ちゃん……いや、ヴィッキー」と初めてわたくしの名前を呼んでくれました。

 その言葉を聞いたわたくしは、恐怖で体が強張っているにも関わらず、自然な笑顔をティアに向ける事が出来ました。

 ティアも仕方なさそうに、笑顔で答えてくれます。

 わたくしは、丁寧にティアを抱えると空の宝箱の中に入れました。


「大変な状況だから、あたしの事は二の次で良いわよー。でも、空腹で死なないとはいえ、いつまででも箱に入っていたら暇で死んじゃうわよー。だから、出来る範囲内でよろしくねー、ヴィッキー」

「ええ、落ち着いたらすぐに迎えに行きます。その時は、美味しい魔物肉を用意しておきますから、一緒に食べましょう、ティア」


 名残惜しい気持ちで一杯のわたくしは、ゆっくりと宝箱の蓋を閉めていきます。

 最後までわたくしとティアは、見つめ合っていました。

 パタリと閉まった宝箱に魔力を注ぎ、結界を張ります。

 宝箱に嵌められていた宝石が一瞬光り、すぐに元の箱に戻ります。

 レオ兄上に手伝ってもらい、宝箱をベッドの下に隠しました。


「母上が待っている。すぐに向かうぞ」


 レオ兄上の後を追い駆けるように、わたくしは城の中を走ります。

 城に残る父上とルイ兄上、今も戦ってくれる兵士たち、我々王国に仕えてくれたゲルダや使用人たち、街の人々、そして自分たちの事。

 沢山の心配が胸を支配します。

 今日この日、未知の侵略者の所為で沢山の人が亡くなるでしょう。

 その中にわたくしの大切な方も含まれるかもしれませんし、わたくし自身も危ないかもしれません。

 だけど、わたくしは何が何でも生き延びなければいけません。

 二年という短い期間ではありましたが、とても大事な友達を得ました。

 その友達を助ける為に、わたくしは生き延びます。

 

 待っていてください、ティア!


 わたくしは、決意を固め、秘密の通路に向けて進むのでした。



 しかし、現実は非情なもので……。

 わたくしは、二度とティアに会う事は出来ませんでした。


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