138 借金返済とトラブル その2
目的地の奴隷商会へ辿りついた。
奴隷商会の敷地には、昨日のお祭りの余韻がまだ残っており、数人の奴隷が後片付けをしている。
私たちは、近くにいた二足歩行の犬の従業員兼奴隷に声を掛けた。
「すみません。えーと……ここの代表の方に会いたいのですが?」
小太りでカイゼル髭の奴隷商の名前を以前聞いたけど、忘れちゃったので代表で通じるだろうか?
「はいはい、ベディ様ですね。しばらくお待ちください」
そう言うなり犬の従業員は、両耳をピコピコと動かし、真っ黒な鼻をクンクンとさせている。
うーむ、完全に犬である。
それが人間と同じ、二本の足で立って言葉を話している。妖精のティアよりも珍しい光景で違和感が半端ない。
私の熱い視線を浴びている犬の従業員は、テントの方向に顔を向けると「居ました。案内します」と片付けをしていた荷物を脇に置いて、先行してくれた。
ズボンから飛び出している従業員の尻尾を眺めながらテントの中に入ると、私とアナにトラウマを与えたゲテモノ部屋の前で目的の奴隷商を見つけた。
奴隷商は、私たちの姿を見るやにこやかに近づき、事務所へ案内してくれた。
簡易な机を挟んで長椅子に座ると、すぐに二足歩行のウサギの従業員が現れ、果実水を机に置いていく。
「早速ですが、要件を聞きましょうか」
果実水を一口飲んだ奴隷商は、カイゼル髭を指で弄りながら、私に視線を向けた。
その視線は、どことなく鋭さがあるのは気の所為か?
「返済日ギリギリになりましたが、お金を用意できたので返済しに来ました」
無駄話をするつもりはないので率直に要件を述べると、奴隷商は「それは朗報」と呟き、視線が柔らかく変化する。
「正直申しますと、鉄等級冒険者のあなた方が、期日までに金貨一枚を返済するとは思っていませんでした」
「そ、そうなのですか!?」
「ええ……ですので、返済日の延長の書類を用意したり、返済を諦めて我が奴隷商会の一員になる書類や魔術具も用意していた次第です」
「は、はぁ~」
「もし、雲隠れした場合は、鼻の利く者を先頭に屈強な家族が迎えに行くように準備をしていましたが、無駄になってしまいましたね」
「はっはっはっ」と笑う奴隷商に、私は「ははは」と乾いた笑いで返す。
ギリギリとはいえ、お金を用意して本当に良かった。
エーリカに金貨一枚を取り出してもらい、奴隷商の前に置く。
奴隷商は、目の前の金貨を掴むと、蝋燭の炎に照らして、色々な角度から真剣な目で本物かどうかを調べ始めた。
やましい事はないのだが、つい口の中が乾いてしまう。
「金貨一枚。確かに受け取りました」
真剣な表情をしていた奴隷商が、一瞬でニコニコ顔に変わり、机の横に置いてあるベルを掴むとチリーンと一振りする。
すぐにウサギの従業員が現れ、B5サイズの羊皮紙とインク壺とペンを置いて、すぐに出ていく。
慣れた手つきで羊皮紙にサラサラと文字を書いていく奴隷商。
領収書か何かかな?
奴隷商は、一通り書いた羊皮紙を読み直した後、懐からナイフを取り出す。そして、自分の親指をナイフで切り、下の方に書いてある文字の横に血判すると、羊皮紙を私に渡した。
うわーと思いながら羊皮紙を受け取る。正直、おっさんの血がついた物なんか欲しくない。
「ご確認をお願いします」
血判した指を麻布で巻いている奴隷商から目を逸らし、羊皮紙を眺めるが、異世界語が読めないので何て書いてあるのか理解できない。仕方が無いので、隣で果実水を飲んでいるエーリカに羊皮紙を渡し、代わりに読んでもらった。
どうやら領収書ではなく、エーリカの所有者が奴隷商から私に移った権利書だったようだ。
さる没落貴族から人形になっていたエーリカを買い取ったのは奴隷商である。
それが何の因果か、私がエーリカに魔力を注いでしまい魔術契約をしてしまった。
今まで一緒に行動をしていたので気づかなかったが、正式にはエーリカはまだ奴隷商の所有物であったのだと、今更ながら気が付いた。
まぁ、借金を返済し、権利書を手に入れたので、今この時点でエーリカの所有者は、完全に私に移ったのである。……が、どうもエーリカを物扱いしているようで、喜んで良いのか、悲しんで良いのか、複雑な気分になってしまう。
そんな私の心情を知ってか知らずか、当のエーリカは「これで正式にご主人さまのエーリカです」といつもの眠そうな表情で喜んでいる。
「ご主人さまとわたしの絆の証拠です。権利書はわたしが大切に保管しておきます」
エーリカが大切の物を扱うように、服の裾にある収納魔術に仕舞った。
うーむ、それで良いのか、エーリカ?
「お客様の噂は、私の耳にも聞こえていますよ」
私とエーリカの様子をニコニコ顔で眺めていた奴隷商が別の話題を振ってきた。
「う、噂ですか?」
もしかして、同性愛の噂だろうか? それはまったくの嘘です。
「はい、様々な凶暴な魔物を討伐したり、貴族との繋がりが出来たりと……それに珍しく美味しい料理を作られる事も聞こえています」
「そんな噂が広まっているんですか!?」
「ええ、上客になるかもしれないお客さまの情報は大切です。特に借金をしている方の身元はしっかりと把握しておかなければ、泣き寝入りするのは私ですからね」
それ噂でなく、調べたって事じゃない?
「それにお客様に関して少々きな臭い噂も入っております。その為、念を入れておいた次第です」
「えっ? きな臭い? どういう事?」
何か聞き捨てならない言葉が出てきた。
だが、私が聞いても奴隷商は「確証がないので、ここではちょっと……」と言葉を濁してしまう。
これはあれか? お金を握らせて、情報を買い取れという事だろうか?
そう思い、財布に手を伸ばそうとしたが……。
「我がブルクハルト奴隷商会には、戦闘に特化した奴隷も料理の得意な奴隷も貴族のマナーに精通した奴隷もいます。これからもご贔屓にお願いします」
そう言って奴隷商は、話を締めくくってしまった。
無事に借金を返済した私たちは、冒険者ギルドへ向けて歩いている。
異世界に強制転移されてからずっと気掛かりだった借金が無くなり、気分は晴れ晴れしていた。鼻歌を歌いながらスキップをしたい気分である。まぁ、ハゲのおっさんのスキップなんか、誰得だって話だからやらないけど……。
私の前を歩くエーリカたちもどことなく楽しそうで、アナの夢の続きを話していた。
ティアは、こんな内装が良い、こういう家具が欲しいとアナに提案している。
エーリカは、あの料理が美味しかった、この料理は客受けしそうだとアナに提案している。
まだ夢の段階であるのだが、続々と提案してくるので、アナも現実的に受け答えし始めた。
「お店の準備をする前に、誰かに相談できれば、色々と足りない物、必要な物が分かるんですが……」
「相談と言えば、やはり商業ギルドに行ってみるのはどう? お店を出す許可も必要だよね」
「商業ギルドですか……行った事がありません。いきなり行って大丈夫でしょうか?」
「お金に煩そうな印象だけど、一応、国が運営しているギルドだから、飛び込みでも大丈夫なんじゃないの?」
私とアナが顔を合わせて、うーんと唸っていると、エーリカが「『カボチャの馬車亭』に行きましょう」と提案してくれた。
おお、身近に相談できる人たちがいた。人脈って大切だね。友達ゼロの私は、今頃になって理解した。
「ああ、カルラさんたちなら親切に教えてくれそうだね」
「もし、アナちゃんがお店を開く事になったら、商売仇にならないー? 目の敵にされたりして……」
「そ、そんな……」
「いやいや、カルラさんなら笑いながら、力を貸してくれるよ」
あーだこーだと話していたら、冒険者ギルドへ辿り着いた。
案の定、朝のピークは過ぎているので、冒険者の姿は居らず、閑散としている。
窓口のカウンターを見ると、いつも通りのレナが書類仕事をしていた。ただ、何となく落ち着きがない雰囲気がレナから醸し出されている。
書類を一書きしては顔を上げて、窓に顔を向ける。一瞬だけ窓の景色を見ては、書類に向き直る。だが、また外の様子を伺っている。
誰かを待っているのだろうか?
そんな疑問に思っていると、私たちがいる扉の方に顔を向けたレナと目があった。
「ア、アケミさん! 来てたんですか!? 待っていました!」
どうやら、待ち人は私たちだったみたいだ。
でも、なぜ!?
別に悪い事をした覚えも、失敗した覚えもないのだが……。
「貴族様の依頼はどうなりました?」
挨拶もなくレナが聞いてきた。
どうやら依頼の結果が気になっていただけのようだ。それだけ貴族というのは、面倒臭いのだろう。
「はい、無事に終わりました。これが依頼完了の木札です」
木札の内容を読んだレナは、「はぁー」と盛大に溜め息を吐いた後、「何事もなく終えて良かったです」と緊張から解放された顔をした。
「確かに貴族の依頼でしたが……ちょっと、大袈裟じゃないですか?」
「いえいえ、男爵や子爵だけではなく、伯爵まで来ていたと白銀等級の二人に聞きました。もう気が気じゃないですよ」
「えっ、伯爵? うそ?」
「存じて無かったんですか? ヘルムート・ポメラニア伯爵です」
えーと……あっ、あの一人だけ恰好が違うおっさんか! 私の事を色々聞いてきた人だ。
あの人、ビューロウ子爵よりも上の伯爵だったんだ。
まぁ、私からしたらクロージク男爵もビューロウ子爵も何とか伯爵も同じ貴族だし、関わりたくない人種という点では同じである。
「ラース君やナターリエさんの二人は、面白い食事会だった、内容はおっさんに聞けの一点ばりで、詳しく教えてくれないんですよ。私がどんな思いでアケミさんたちを待っていたか」
ブツブツと可愛い口元から恨み辛みを零すレナに、昨夜の誕生日会について細かく報告した。
そしたら、「えっ、貴族の前で演劇をしたんですか!?」とか「貴族に交じってダンスまで!」と信じられない顔をされた。
「も、もしかして、違う貴族だったら不敬罪で捕まって、物理的に首が刎ねられていました?」
私は血の気の失せた顔でレナに恐る恐る尋ねる。
「さすがに捕まる事はありませんが……ただ、気難しい方が多いのが貴族ですので……」
ああ、プライドが高いのね。「庶民風情が話し掛けるな!」みたいな。
「その何とかと言う伯爵もですが、昨晩集まった貴族は、私の話でも特に嫌な顔を一つもせず、興味深く聞いていましたよ」
「ちなみにポメラニア伯爵は、何か言っていました? 例えば、教会についてとか?」
ん? 教会? 何でここで教会が出てくるのだろうか?
「いえ、まったく……私の出身地とか食事事情を聞かれただけです」
「そうですか……」
私の返答を聞いたレナは、ほっと胸を撫ぜ下ろす。
その後、他愛無い話をしばらくしてから、私たちは依頼を受けずに冒険者ギルドを出た。
この後、特にやる事もないし、時間も空いているのだが、冒険者の依頼を受ける気だけはならなかった。
依頼と言うよりも、仕事をしたくない。
だって、冒険者になって一ヶ月近く休みなく仕事をしていたのだ。
怪我をして休んでいた時期もあったが、それでもほぼ仕事漬けの毎日だった。
借金返済をした日ぐらい、骨休みをしても罰は当たらないだろう。
あっ、レベルアップの確認をすれば良かった。
最後にしたのはいつだろうか?
大火傷から目が覚めた後で、巨大ベアボアに追いかけられる前だよね。
その後、サハギンやらゴブリンやらオークと戦った。
レベルが上がっていてもおかしくない。
そう思ったが、もう外に出てしまったので、また今度にしよう。
「そこの男、止まれ!」
えっ? と声の方を向くと、槍を持った数人の衛兵に取り囲まれていた。
ズザザっと私の前に滑りこんだエーリカが、腰を落として右手を衛兵に向ける。いつでも魔力弾を撃てる状況だ。
「ご主人さま、下がってください! 彼らから殺気を感じます」
何が何だか分からなく、つい不審者のように周りをキョロキョロと見回してしまう。ティアは危険を察し、アナの胸元に入り込んだ。アナは私同様、意味が分からない状況にあわあわしている。
「エ、エーリカ、ちょっと、落ち着いて……まずは話を聞こう」
臨戦態勢の状態になっているエーリカを落ち着かせる為、私の後ろへと下がらせた。
ただの職務質問かもしれないしね。
「犯罪者の話を聞く必要はない! さっさとその極悪人を捕まえて、拷問し、洗いざらい吐かせろ!」
ジリジリと私との距離を詰めてくる衛兵の後ろから物騒な言葉が飛ぶ。
目をギラギラとさせ、唾を飛ばしながら私に罵声を浴びせているのは、初老の男性だった。目元や頬がこけ、髪も薄い。そんな幸薄そうな男性は黒い祭服を着ていた。
えっ、教会の人!?
何で教会の人が、私を犯罪者呼ばわりをするのだろうか?
まったく意味が分からず、余計に混乱してしまう。
騒ぎを聞きつけたレナやギルドの職員が外に飛び出してくるのが見えた。
どうしよう?
冒険者ギルドに逃げ込んで、ギルドの職員に間に入ってもらうか? または、やる気満々のエーリカを中心に衛兵たちを叩きのめすか? それとも逃げちゃうか?
幾つか選択肢を思い浮かぶが、素直に衛兵に捕まることだけは無しである。だって、衛兵の後ろで暴言を吐きまくる教会の人がいるんだもの。絶対に碌な目に遭わないだろう。
そう思っていると……。
―――― 素直に捕まってねー ――――
……と『啓示』のアドバイスが頭の中に流れた。
……まじかー。
こうして私は衛兵に拘束され、犯罪者として捕まってしまったのである。
衛兵に捕まって、第二部『料理人冒険者』は終了です。
数話ほど、別の方の視点で話を補完してから、第三部へ入りたいと思います。
引き続き、宜しく、お願いします。




