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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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137 借金返済とトラブル その1

 余興の演劇は終わった。

 エーリカを中心にティア、アナ、ナターリア、ラース、トーマスが舞台の中央に並び鑑賞していた私たちに一礼をする。

 貴族たちは椅子から立ち上がり、盛大な拍手を送った。

 余興を行った参加者に対する儀礼的な拍手でなく、純粋に楽しませて貰った礼の拍手である。

 色々とツッコミどころはあるし、演技も大根であるが、面白かったのは確かだ。特に背景と効果音。幻影魔術という反則技みたいな演出があったからこそ、迫力ある劇に仕上がり、とても楽しめた。

 ただ、ど素人の私と違って、貴族たちは目が肥えているはずである。本当に楽しめたのか疑問に思ってしまう。

 その事を隣にいるクロージク男爵に尋ねたら、色々と教えてくれた。

 貴族たちが鑑賞する演劇は、詩を語ってばかりの難解なものと、宮廷楽団の演奏に合わせた劇だそうだ。


「我々が鑑賞する劇は、肩の凝るようなものばかりで、完全に理解し純粋に楽しめる者は数えるぐらいしかいない。少なくとも私はいつも眠ってしまう」


 今回のように、分かりやすい内容と台詞回りは、貴族にとっては新鮮で面白かったそうだ。

 ちなみに庶民の中にも演劇はあるが、これは主に小さな芝居小屋や酒場で行い、お酒のお供みたいな存在らしい。内容は主にドタバタコメディーとの事でストーリーなんてあって無いような代物。

 それにしてもクロージク男爵、何で庶民の飲み屋で行っている劇を知っているのだろうか?


 悪役をしていたラースとナターリエが、劇の服装のまま元の席まで戻ってきた。色々と攻め過ぎなナターリエの姿に、貴族の男性陣が鼻の下を伸ばしているのを無視しながら、私はエーリカたちの元へ向かう。

 普段通りの表情のエーリカはどことなくやり切った感が出ていた。

 通常の背に戻ったティアは、分身体同士でハイタッチしている。

 緊張から解放されたアナは、椅子に座って、真っ白になっていた。


「ご苦労さん。凄く楽しかったよ」

「ご主人さまが喜んでくれる為に行いました。楽しんでくれて良かったです」

「えっ、貴族の誕生日会なのに、私の為にやったの?」

「もちろんです。ご主人さまの為の劇です」


 エーリカの判断基準は、私を中心に回っているようだ。愛が重い……。


「元々の切っ掛けはそうなのよー。おっちゃんの為に何かしたいと話が合って、ちょうど今回の誕生日会が重なったから劇でもやろうと決まった訳」


 ティアの分身体の一人が事の始まりを教えてくれた。


「誕生日会が決まったのは、たった数日前の事だよね。良く準備が出来た……あっ!?」


 言葉の途中でエーリカたちの不可解な行動を思い出した。

 私とティアだけ家に帰しエーリカとアナの二人で依頼をこなしたり、朝、私よりも早く起きてなにかをしていたのはこの劇の為か。

 その僅かな時間で、脚本を作り、参加者を募り、練習をしていたようだ。

 ……ん、あれ? 私はてっきり、私のサプライズパーティーを開催する為に暗躍していたのだと予測を立てていたのだが……まぁ、エーリカは私の為に演劇をしたと言うし、同じことかな……でも、ちょっと、寂しい。


「ラースたちも良く参加してくれたね」


 ラースとナターリエは白銀等級冒険者だ。練習している余裕はあったのだろうか?


「彼らは、わたしたちに貴族の顔繋ぎした責任があります。それに今回の催しの参加者でした。話を持っていったら、快く承諾してくれました」

「ちなみに青銅等級冒険者の三人とルカちゃんにも声を掛けたけど、首をブンブンと振って、真っ青な顔をしながら断られたわ」


 貴族の誕生日会だ。誰だって参加したくないだろう。


「あっ、トーマスさん。お疲れ様です。どうもエーリカが無理を言ったみたいですみません」


 舞台の片付けをする為に近くにきた執事のトーマスに声を掛けた。


「いえ、このようなお目出度い日に参加できた事、良い思い出になりました」


 意外と聞きやすい説明役をしていたトーマスは、私たちに一礼して片付けを始める。


「ちなみに楽団の人たちは即興よー。あたしがしても良かったんだけど、幻影魔術の精度を上げる為に、楽団の人に任せちゃったー」


 あれって、瞬時に場面を理解し即興で演奏していたの? すげー、さすがプロ。


「そうそう、それよりも、あれは何なの?」

「あれ?」


 私は首を傾げるティアの方を向いて、大事な事を聞く。


「最後にティアが大きくなったじゃない。あれも幻影魔術なの?」

「ああ、あれねー。幻影魔術じゃないわー。ただの魔力操作で、一時的に体の大きさを調整しただけよー」

「凄く、綺麗でしたよね。初めて見た時は、とても驚きました」


 真っ白に燃え尽くしていたアナが復活して、話に加わってきた。

 私も「ああ、凄く美人だった」と言うと、エーリカが「むー」と頬を膨らます。


「普段からあの姿になっていれば良いじゃない? モテモテだよ」

「無理無理ー。凄く魔力を使うのよー。おっちゃんと魔術契約したから、今では数分ぐらいは維持できるけど、以前は数十秒が限界だったんだからー。まぁ、大きくなっても不便だから、使わないけどねー」


 無意味に使わないとティアは断言する。それは残念だ。


 そのような他愛ない話をした後、演劇の成功で興奮した分身体のティアたちが、楽団の人たちと交じって、楽器を演奏しだした。

 今まで流れていた気品ある曲とは違い、ノリの良い曲ばかりになり、酒の入った貴族たちが曲に合わせて踊り始めた。

 貴族の男性陣はナターリエに群がり、婦人たちはラースに群がり、代わる代わるダンスをしている。さすが、白銀等級冒険者。貴族と庶民の垣根を簡単に超えていく。

 双子の姉弟は、なぜか妖精のティアと楽しく踊っている。

 なぜか私たちも踊る事になり、仕方なく私はアナとエーリカの二人と踊った。

 お互い経験のないアナと踊った時は、お互いの足を踏みつけては謝っての繰り返しで終わる。

 ヤキモチを焼いていたエーリカは、私とダンスしただけで機嫌を戻してくれた。ただ、あまりにも身長差があるダンスだったので、一曲が終わる頃には、私の腰は悲鳴を上げていた。

 こうして、私たちまで参加する事になった、双子の誕生日会は無事に終わったのであった。



「まだ旦那様は席を外す事が出来ませんので、私から今回の依頼についてお伝えします」

 

 私たちが誕生日会の部屋を後にした後、男性陣と女性陣と別れ、社交を続けているとの事である。今頃、クロージク男爵は、お酒とつまみと葉巻で話を盛り上がっている事だろう。

 そういう事で、台所で後片付けを手伝っていた私たちの元に執事のトーマスが現れた訳である。


「早速ですが、こちらが今回の依頼の報酬になります」


 トーマスは、小さめの皮袋と冒険者ギルドに提出する依頼完了の木札を私に渡した。

 ズシリと重いかと思っていた皮袋は、非常に軽くて、つい「えっ!?」と声を零してしまう。


「予想以上の結果に旦那様はお喜びです」

「えーと……中身を確認しても良いですか?」


 あまりに軽い皮袋に不安を覚えた私は、一言トーマスに断ってから袋の中身を覗いた。

 中には四枚の硬貨が入っている。

 色は……。


「金貨四枚!?」


 歪な形の硬貨は金色に輝いている。それが四枚も……。

 借金の金額が金貨一枚。

 未だにこの異世界のお金の価値がよく分からないが、金貨一枚を稼ぐのが非常に難しい事は、冒険者の依頼をこなして分かった。

 それが四枚もあり、借金を返済しても金貨三枚も余る。

 さすが、貴族さま。今日までの胃痛が報われた。


「本日の料理だけでなく、その他の料理の調理方法の代金も含まれています」


 クロージク男爵の専属料理人のハンネとエッポには、ベアボアを使った料理や『女神の日』のスープのレシピも教えた。その代金も含めた金額だと言う。

 私は成り行きで教えただけなのだが、クロージク男爵は別と考え、律儀に支払ってくれたみたいだ。

 結構、細かく気配りの出来る男爵さまだったみたいで、好感度がうなぎ上りだ


「ビューロウ子爵も含め、あなたたちは大変興味深いと言っておりました。今後も必要とあれば、依頼の方を受理してくださる事を願っています」


 そう言って、トーマスは出て行った。

 いや、もう貴族の依頼は結構です……と思うが、依頼料の金額を考えると、つい尻尾を振って受けてしまいそうになる。

 

「な、なんか……凄い事になりましたね。き、金貨ですか……初めて見ます」

「まぁ、妥当の値段ね。あたしが頑張ったんだからー」

「ティアねえさんの言う通りです。ご主人さまの成果の現れです」

「えーと……貴族と庶民の金銭感覚の違いという事で、有り難く貰っておこう」


 お金も入ったし、早速、奴隷商会へ行って借金を返したかったが、すでに外は真っ暗なので借金返済は明日にする。

 私たちは、今後、会うかどうか分からないハンネとエッポに挨拶をしてから、馬車に乗りアナの家に帰ってきた。

 今日は緊張続きだったので、軽くご飯を食べたら、すぐに眠ってしまった。

 ……おやすみ。



 ………………

 …………

 ……



 太陽の日差しで目が覚めた。

 私の体の上にエーリカが気持ち良さそうに眠っている。

 本日は、奴隷商会で借金の返済と冒険者ギルドで依頼完了の報告をしなければいけないのだが、別段、朝一で向かう必要はないので、このまま惰眠を貪ろうと思う。

 そう思って、再度、目を瞑ると遠くの方で鐘が鳴り、エーリカがむくっと起き上がった。


「おはようございます、ご主人さま。朝食の時間です」


 エーリカの催促で、私の二度寝は一瞬で潰れてしまった。



 朝食を食べた私たちは、北門を抜けて、奴隷商会へ向かっている。

 

「アナちゃん、難しい顔をしているけど、どうしたのー? さっきの事、まだ気にしているのー?」


 私たちの前を飛んでいたティアが、アナの顔色を見て尋ねた。

 アナは自分の顔を触りながら、「い、いえ……そういう訳ではないです」と返した。

 実はアナとは、朝食後にちょっとした押し問答があったばかりである。

 理由は、昨日の依頼料の分配が原因だ。

 私はいつも通り依頼料を均等に分けたら、アナは「こんなにも貰えません」と断ったのだ。

 依頼料の金額は、金貨四枚。

 私、エーリカ、アナ、ティアの四人だから、一人当たり金貨一枚に分けたのだが、アナからしたら、自分は金貨一枚の仕事をしていないと主張するのだ。

 依頼料の分配方法では、仕事の貢献度で金額に差をつけて分ける冒険者グループがあるが、私はそれをしたくない。どのように貢献度を判断すれば良いのか分からないからだ。

 確かに今回の依頼は、私が中心に料理のレシピを教えたので、私自身の貢献度は高いだろう。だが、私だけの力では成功しなかった。

 調理の手伝いや味見や感想など、みんながいたから私が教えた以上の料理が完成したのだ。それに、エーリカたちが演劇で貴族たちを楽しめたのも大きい。

 今回の依頼だけでなく、普段からアナの家に居候させてくれるから、万全の状態で依頼をこなす事が出来るのだ。

 みんながいたから依頼は成功した。

 その事を伝えながら、私はアナに半ば無理矢理、金貨一枚を握らせる形になって押し問答を終わらせたのである。

 そんな状況だったので、ついアナの様子をジロジロと見てしまう。


「お、おじ様、大丈夫です。ちょっと、金額が大きくて困惑しているだけですから……」


 私の心情を察し、アナがフォローしてくれた。


「じゃあ、どうして、そんなに難しい顔をしてるのー?」

「ちょっと、考え事をしていただけですが……そんなに変な顔をしていました?」

「眉間に皺を寄せて……こんな顔していた」


 ティアがアナの顔を真似て変な顔をする。それを見たアナは「そんな顔していません!」と反論して、笑いが起こる。


「アナ、もしかして何か欲しい物でもあるの? それかやりたい事とか?」

「え、ええ……ちょっと……」

「ああ、お金が入ったしねー。あたしは金貨の価値なんて良く分からないけど、しばらくは贅沢できるんじゃないー。この前言っていた新しい服でも買いに行こうか? それとも美味い物を食べ尽そうか?」

「美味しい物! それは良いですね」


 私と手を繋いで空を見ていたエーリカが、瞬時に同意が飛ぶ。


「えーと……それも良いのですが……私が考えていたのは……その……」


 どことなく言い難そうにするアナに、私は続きを催促する。

 

「金貨一枚と今まで溜めていたお金を合わせれば、母の願いが叶うかもしれないと思ったのです」

「母の願い?」


 アナの母親は、アナが生まれて、しばらくして亡くなったと聞いている。

 物心がつく頃から冒険者の父親と二人で暮らし、その父親も最近亡くなり、アナは一人になってしまった。

 悲しみに暮れていたアナであるが、今は私たちと一緒に冒険者をしながら一緒に暮らしている。


「……あっ、もしかして、料理屋の事?」


 アナの生い立ちについて思い出していると、以前、アナの母親が料理屋をしたいと言っていた事を思い出した。確か、冒険者の父親が依頼の合間に食材を集め、それを料理して提供する料理屋だったはず。

 

「覚えていてくれたんですね」


 私が覚えていた事が嬉しいのか、アナは頬を染めながら微笑む。


「お店を開くのに、金貨一枚で足りるのかな?」


 女子高生の私でも料理屋のお店を開くには、大変な労力とお金が必要なのは想像に難しくない。

 場所の確保と店内の改装費。椅子や机などの家具費用に皿やコップなどの食器費用。誰かを雇えば人権費は掛かるし、水道光熱費も考えなければいけない。沢山の人に存在を知ってもらう為に広告費用も必要になるだろう。

 開店前のイニシャルコストだけで鼻血が出てしまう。さらに、それを維持する為のランニングコストまで考えると出血多量で倒れそうだ。

 日本なら銀行にお金を借りなければ、閉店準備も出来ないだろう。ただ、ここは異世界だから、きっちりかっちりとする必要はないのだが、それでも沢山のお金が必要なのは明白である。

 それだけではない。

 無事に開店できたとして、その後も大変だ。

 毎日沢山の食材をキープしなければいけないし、お客に満足させる為に調理の腕を上げなければいけない。食中毒なんか起きたら終わりなので、衛生面もしっかりする必要もある。

 やる事が多すぎて、私が経営者なら準備段階で逃げ出してしまうだろう。


「しっかりとしたお店ではなく、冒険者と兼営できる程度の小さなお店を考えていますので、そこまで手間もお金も掛からないと思います。それにまだはっきりとやると決まった訳ではなく、ちょっと想像しただけで、現実に考えている訳ではありません」


 アナ自身、まだ夢の段階なので、ここで経費やら手間やらでケチをつけるのは野暮と言うものだろう。


「アナ、本当にお母さんの夢を現実にしたくなったら相談してね。大して役に立たないけど、出来る限り手伝うから」

「十四体の分身体をフル活用して、アナちゃんを手伝ってあげるわー」

「味見なら任せてください」


 私だけでなく、ティアもエーリカも手伝う気満々である。

 そんな私たちを見て、嬉しそうにするアナであった。


すみません。

今回で第二部を終わると知らせてましたが、予想以上に長くなったので、分割しました。

次話で終わります。

宜しく、お願いします。

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