136 誕生日会の余興 その2
勇者エーリカ、妖精のティア、魔法使い見習いのアナの三人は、悪しき魔女の住処に向けて旅を続けている。
険しい山を越え、大海原を渡り、熱風の砂漠を踏破する。
その道中、核戦争後の世界を支配するようなサルと戦ったり、怪物の花嫁に登場するような巨大タコと戦ったり、宇宙に生息する巨大昆虫バグズのようなカマキリと戦ったりと戦闘三昧。
もちろん、これらの場面は、トーマスのダイジェストとティアの魔術で簡単に説明されて終わる。
そこ、もっと詳しく見たいんだけど!
私の願いも空しく、説明パートが終わると、場面は壮大な渓谷に建つ剣山のような建物が映り出された。
「ようやく着きました」
「こ、ここが……悪しき魔女の住まう場所なんでしゅ……なんですね?」
「そうよー。みんな、頑張って倒すわよー」
「では、行きましょう」
「はぃ……」
魔女の住処に侵入した勇者一行は、魔女がいる最上階を目指して闘い続ける。
日没から夜明けまでやっていそうな飲み屋の吸血鬼と戦ったり、首にボルトを埋め込まれた人造人間と戦ったり、顔がボコボコと膨らんで変身する狼男と戦っていく。
やはり、この場面もダイジェストである。
その辺をもっと見せてよ!
それ以外にも沢山の魔女の部下を斬っては燃やし、斬っては燃やしてと進み、ようやく建物の最上階へ辿り着く。
最上階の部屋に入ると、魔女が太々しく玉座に座って勇者一行を待っていた。
「ほーほほほぉー、良く来た。歓迎するぞ、勇者よ」
ナターリエとラースはいつ登場するのかな? と疑問に思っていたら、高笑いをする悪しき魔女はナターリエであった。
悪しき魔女というから禍々しい姿を連想するかもしれないが、そうではない。
体のラインに沿った黒色のワンピースに黒いコートを羽織り、とんがり帽子を被った恰好。色々なアクセサリーや小道具を腰や胸元に装着しているのはやり手の魔女っぽい。ただ、ワンピースが膝上の超ミニスカートだったり、白色の乳袋がやけに強調されていたりと、この異世界文化では攻め過ぎな恰好であった。一応、膝丈のブーツを履いたり、肘までのアームカバーを着けたりと露出面は少ないのだが、逆にあざとくてエロい。
どちらかと言えば、悪しき魔女と言うよりは魔女っ子スタイルで、大人の色気があるナターリエには似合っていない……のだが、男性貴族からは溜め息が漏れていた。
まったく、これだから男は……あっ、私も今は男だった。
「馬鹿な勇者だ。偉大なる姉上に立ち向かうなど身の程を知れ」
魔女の横に控えるは、ラースである。
こちらは普段の服装である。もしかして、服装を用意するのが間に合わなかったのかな?
「愚弟の言う通り、まずはお前たちの力を示せ。ラース、やっておしまい!」
いつも通りのエーリカ、陽気なティア、緊張しまくりのアナと比べると、ナターリエは凄くノリノリである。いつもの冷静で落ち着いた雰囲気は微塵もない。
名を呼ばれたラースは逆で、普段のおちゃらけた雰囲気は身を潜め、氷のような表情でエーリカに片手剣を突き付けた。
「わたしが相手します」
一歩前に出たエーリカもレイピアを構える。
エーリカとラースが睨み合う事一瞬、二人の剣戟が始まった。
エーリカが鋭い突きをすれば、ラースは僅かに体を逸らして、攻撃を躱す。
ラースが反撃すれば、エーリカはレイピアの細身で受け流す。
予定調和とは思えない程にお互いの攻撃は速く、鋭い。
攻撃をしては躱され、反撃しては刃を逸らされる。お互いの剣技は互角で、今の所、お互いにダメージを与えてはいない。
僅かな動作での攻防を繰り広げるので、観戦している私たちの方が緊迫し、呼吸を止めて見入ってしまう。
それにしてもエーリカ……私以上にレイピアの扱いが上手くて、愛用しているご主人さまはへこみそうだよ。
今度、エーリカにレイピアの使い方を教えてもらおう。
互角の戦いであったが、打ち合いの回数が数十合目にかかると、エーリカの動きが徐々に遅くなっていった。
僅かな体捌きでラースの攻撃を躱したり逸らしていたエーリカだが、今では攻撃をする事も出来ず、防御に回っている。
疲れを見せたエーリカにラースの横薙ぎの攻撃が迫る。
エーリカは、上体を反らして躱すが、すぐにラースの蹴りが飛んできた。
ナックルガードで蹴りを防ぐが、体が軽い為、エーリカは後方へと飛ばされる。
ズズッと両足で地面を擦り、勢いを止めたエーリカは、大きく肩で息をする。
それを見逃さないラースは……。
「これで終わりだ!」
……とエーリカを追い駆け、上段に構えた片手剣を振り落とした。
ガツンと床を叩く音が部屋中に響く。
「な、なに!?」
冷たく氷のようなラースの瞳が見開く。
どうやったのか分からないが、床に突き刺さった剣の上に小柄のエーリカが器用に立っていた。
「大振りになった時を待っていました」
いつもの平坦な声で告げるエーリカは、レイピアの先端をラースの額に突き刺す。
「さ、さすが……勇者……見事だ。其方と出会えた事……嬉しく思う……死ぬには良い日だ……ガクリっ」
ラースは床に崩れ落ちる。
「ほーほほほぉー、良くやった、勇者よ! 力の指輪を得た我と対等に抗える存在は其方だけよ。存分に楽しませておくれ。……邪魔よ!」
玉座から立ち上がり、エーリカの元まで進む悪しき魔女は、ゲシッと床に転がっているラースを蹴っ飛ばし、舞台から落とす。
コロコロと床を転がるラース。敵ながら哀れである。
「冥府の嘆きを受け、我は応じる。地獄の業火すら凍てつく氷結の力を我は求める。『絶対零度』!」
悪しき魔女ナターリエの魔法が発動する。
こちらも仰々しい呪文と魔法名であるが、拳大の氷の塊が飛んでいくだけの魔法である。
「わ、私も戦います! インフェルノ!」
すでに長い呪文を諦めたアナも杖を向けて、炎の塊を飛ばす。
氷の塊と炎の塊がぶつかり、水蒸気を上げて消える。
「ほーほほほぉー、なかなかやるじゃない。でも、まだまだ、これからよ!」
ノリノリのナターリエは、連続で氷の塊を飛ばす。アナも負けじと炎の塊を飛ばし、相殺していく。
うーむ、見習い魔法使いのアナが炎の塊しか魔法がないのは分かるが、悪しき魔女も氷の塊の魔法しかないのはいかがなものか。もっとこう、派手な魔法があっても良いと思うのだが……。
もしかしたら、幻影魔法を使っているティア側の問題で、派手な魔法は処理落ちしてしまうのかもしれない。または、舞台が小さいから派手な魔法を使うと、鑑賞している私たちが分からなくなるのかもしれない。
そんな事を考えつつ一歩引いて見ていると、棒立ちしていたエーリカが動き出した。
「隙だらけです」
氷の魔法を掻い潜りながら魔女のナターリアまで駆けつけた勇者エーリカは、隙だらけの胴体にレイピアを突き立てた。
「……ッ!?」
レイピアが魔女の胴体に刺さろうとした瞬間、エーリカの腕がレイピアごと氷だす。
「ほーほほぉー、どこに隙があるというの。まったく効かないわよ、小童!」
急いで後退するエーリカ。魔女から距離を置き、腕を一振りすると氷が綺麗に剥がれた。
「これが指輪の力よ! 誰一人として我に近づく事は叶わない! ほーほほほぉー、ほーほほほぉー」
右手に付けている指輪をエーリカたちに向けると、魔女の周りにキラキラと光る氷の粒が浮かんでいく。
氷の防御壁のようだ。
「混沌の底に眠る……混沌の……えーと……冷厳の華……冷酷の……まぁ、いい。『氷結吹雪』!」
途中で面倒臭くなった魔女の魔法は、名前通りの攻撃で、指輪を嵌めた右手から細かい氷の粒を解き放っていく。
人工降雪機のような魔法をあびるエーリカとアナとティアは、徐々に氷に覆われていった。
「いやー」とか「だめー」とか双子から悲鳴が聞こえる。
「わ、わたしが魔女の力を押さえるわ! みんな、わたしに力の声援を頂戴!」
氷漬けにされかかっているティアが私たちの方を向くと、右手を挙げて「応援をよろしく!」と煽ってくる。
真っ先に双子が「がんばれー」とか「負けるなー」と応援をする。貴族の婦人方も双子に合わせて、掛け声を上げる。ただ、男性陣の口からは、適当な声が飛ぶ。私が思うに、彼らは妖精のティアよりも色っぽいナターリエを応援している雰囲気が見えた。邪推だろうか?
「ティア、がんばれー」
場の雰囲気に呑まれた私も適当に応援する。
「わたしにも声を掛けてください」
ティアのターンなのに、なぜか頬を膨らませたエーリカが、私に視線を向けて声を掛けてきた。
仕方なくエーリカにも声援を送ると、「わたし、頑張ります!」とやる気になった。
演技中なのに、それで良いのか?
「みんなー、ありがとう! 元気百倍! わたし、みんなの為にやってやるわー!」
「やれるものならやってみろ、可愛い顔をした羽虫が! 返り討ちにして、我の愛玩動物にしてやるわ!」
氷の吹雪を強める魔女だが、元気になったティアは上空へと飛んで魔法攻撃の範囲から逃れ、魔女の元まで向かった。
死角から飛んできたティアは、魔女の右手を掴み、力の指輪に触る。
だが、氷の防御壁により、ティアの小さな体が一瞬で氷漬けにされてしまった。
「ほーほほほぉー、だから無駄だと言っただろ。このまま氷の彫刻に……なに!?」
魔女の魔法が弱まっていく。
魔女の手を掴んだまま氷漬けにされたティアであるが、力の指輪を弱らせる事に成功したようだ。
「ゆ、勇者さま! 今です! は、反撃を!」
状況を見た見習い魔法使いのアナが、勇者エーリカに炎の魔法を掛けると、聖剣のレイピアが炎に包まれた。
「これで、終わりです!」
炎を纏ったレイピアを構えて、エーリカが魔女の元まで駆けつける。
「小癪な!」
力の指輪に力を込めた魔女の周りに氷の防御壁が現れるが、炎のレイピアは易々と突き抜け、魔女の体を貫いた。
「ぐわわぁぁーー!」
炎のレイピアが突き刺さった個所から水蒸気が溢れ出すと、魔女の体が一瞬で炎に包まれた。
苦痛の叫びを上げながら魔女は、液体のように溶けて消えていく。
そして、床には氷の彫刻のようになった妖精のティアと力の指輪だけが残されたのであった。
「闘いは終わりました」
「はぃ……でも……」
いつも通りの表情のエーリカとフードで顔が見えないアナは、膝をついて、氷漬けにされたティアを悲しんだ。
双子の姉弟や貴族の婦人方もシクシクと泣いている。
そんな中、突如、力の指輪が光ると氷漬けのティアも光りだす。
ティアの体を覆ていた氷は溶け出し、さらに小さかったティアの体がむくむくと大きくなっていった。
えぇー!?
呆気に取られる私。
手の平サイズだったティアが、エーリカより頭二つ分も成長してしまった。
今まで小さな妖精の姿のティアは可愛い系であったのだが、人間サイズになったティアは人間離れした美貌の女性に変身したのだ。貴族の男性陣から「おおー」と溜め息が漏れるし、双子の弟のフィンなんか、顔を赤くしながらティアから目が離せなくなってしまった。
「勇者さま、ありがとうございます。悪しき魔女から力の指輪を取り返したおかげで、本来の姿に戻る事が出来ました」
「うむ……」
感動の場面なのだが、自分よりも背が高くなったティアを見るエーリカは、どことなく機嫌が悪そうである。
そんな妹を見たティアはニコリと微笑み、最後の場面を締めくくる。
「わたしは精霊王の一人、ティタニア。勇者さま、ぜひ、我々の故郷まで力の指輪を届けてください。そして……」
ここでティアの幻影魔法で作り出されていた背景が真っ暗になり、エーリカたちの姿は消える。そして、色鮮やかな花が咲き乱れる妖精たちが住まう場面に切り替わった。
「見事、悪しき魔女を倒した勇者たち。精霊王ティアニアの願いの通り、無事に妖精の国へと辿り着いたのであった。そして、勇者は精霊と共に幸せの人生を送ったのである」
こうして、トーマスの説明で、エーリカたちの演劇は幕を閉じたのであった。
次で第二部は終わります。
長かった……しみじみ。




