135 誕生日会の余興 その1
リンゴパイとカモミールを使ったお茶がみんなに配られていく。
こんがり焼かれたパイ生地とリンゴの香りがするカモミールティーを前に貴族たちは興味津々に見つめていた。
「こちらは、リンゴを甘く煮込んで、特殊な生地に包み、焼き上げたお菓子です。お茶は、ミーレ草を乾燥させたものになります。お召し上がりください」
代表としてグロージク男爵が簡単に説明すると、主役である双子が初めに食べ始める。
「「うわー……」」
パリッとフォークでパイ生地を切り、リンゴの甘煮と一緒に口に入れたノアとフィンは、目を見開いて、言葉を失った。
それを見た他の貴族たちもリンゴパイを食べ始める。
「これはまた……」
「初めて食べる味だな」
「これはパンなのか? どうすれば、こんな食感になる?」
お子様ランチを食べてお腹一杯の筈なのに貴族たちのフォークの進みは早い。
食後には重いと判断し、少し小さめに作った事で、リンゴパイはあっという間に完食されてしまう。
予想以上の反応に、私とクロージク男爵は顔を合わせてニヤリと笑う。
みんなに二皿目が行き渡るとそれもすぐに完食してしまった。
女性陣と子供たちは三皿目に突入。
さすがに男性陣は、お代わりを止めて、燻製にしたおつまみとワインに切り替わった。
食後のデザートが落ち着いた頃、弟のフィンが姉のノアの服を引っ張り、天井を指差している。
私も釣られて天井を見ると、数人のティアが天井の隅に待機していた。
リンゴパイに夢中で気が付かなかったが、部屋の後方の開いているスペースに一段高くした舞台が設置され、そこにもティアの分身体が待機している。
これから行うラースたちの余興に関係する事だろう。
一体、何を始めるつもりなのだろうか?
期待半分不安半分で成り行きに任せていると、楽師たちの演奏が止む。そして、部屋で待機していた使用人たちが、「失礼します」と一言断わってから部屋を照らしている蝋燭の火を消して回っていった。
余興の内容を知らされていない貴族たちは、私同様、期待と不安でキョロキョロと周りを見ます。
全ての蝋燭が消えると、部屋は暗闇に支配され、手元すら見えなくなってしまった。
貴族たちの騒めきが落ち着いた頃、男性の声が部屋中に響く。
「遠い昔、遥かかなたの国で……」
舞台の横に人影が見える。声色から察するにクロージク男爵の執事であるトーマスと分かった。
そのトーマスは、暗闇の中、淡々と語り続ける。
楽師たちの演奏も始まると、それに合わせて真っ暗だった部屋が明るくなっていった。
「ほ、星!? どうなっている?」
一人の貴族が天井を指差して、驚きの声を上げる。
驚くのも無理はない。
天井だった場所には、二つの月と幾多の星々が煌めいているのだ。
天井だけではなく、壁にも不可思議な形をした木々が立ち並ぶ森林になっていた。
一瞬で夜空の森林に移動したような錯覚を覚える。
ただ、私は他の貴族たちよりかは落ち着いていた。
風の音、葉の擦れる音もしっかりと聞こえるのだが、部屋中に映し出されている景色が薄く、目を凝らすと壁が透けて見える。壁にCG映像を写すプロジェクションマッピングに似ている。
これは部屋の隅で待機していたティアの仕業だろう。魔術で部屋中に幻影を覆っていると推測した。
「ある森深い緑の場所に妖精の国があった。妖精の国の四人の王は、長い年月を掛けて、力の指輪を作り出した」
トーマスの語りに合わせて四人の妖精のシルエットが浮かび、光り輝く指輪が中央に現れる。金色に輝く指輪には、複雑な文字が浮かび上がっていた。
あれ、指輪物語みたいだな。
「力の指輪は、長い年月、妖精の国を守っていた。だが、しかし……」
トーマスの語りが止まる。
楽師たちの演奏が不安めいた曲へと変わると、二つの月に雲がかかりだす。そして、大粒の雨が降り出し、分厚い雲に稲妻が走り、一気に大嵐へ変わっていった。
稲妻が走る度に双子が「きゃあ」と叫ぶ。大人たちも体を震わせる。
もちろん、私たちには一切雨に濡れていない。映像と音だけである。
「力の指輪の存在を聞きつけた悪しき魔女が指輪を奪ってしまった」
そこで、映像が消え、暗闇に変わる。
一呼吸置くと、簡素な村の風景が映し出された。
天井は曇天模様。薄暗い感じで、寂れている村だと分かる。
楽師たちの演奏もそんな哀愁漂う曲へと変わった。
「妖精の国から遠く離れた、ある国のある村に一人の青年がいた」
説明役のトーマスの語りと同時に青年が姿を現す。
青年と言うには幼く、寂れた村には似つかわしくない人形のような綺麗な顔だちである。
うむ、エーリカだ。
村人の服装を着て、長い髪を後ろに束ねて服の下に隠しているが、思いっきしエーリカである。
さすがに青年役には無理があるんじゃないかと思うが、そんな事は関係なく話は進んでいく。
青年役のエーリカは村を出て、森の奥へ入って行った。そして、鬱蒼とした森の広場に着くと、岩に刺さった剣を見つける。
エーリカは、何の躊躇いもなく剣を掴むと、スルリと岩から抜けた。
「一人の青年により、伝説の剣は抜かれた。青年は勇者になった」
なぜ!?
説明不足が気になって仕方が無い。
どうして、青年は森に行ったの? どうして岩に剣が刺さっていたの? 聖剣の由来は何なの? 剣を抜いたからって、どうして勇者認定されるの?
疑問ばかりが浮かぶが、トーマスからの説明は一切ない。
アーサー王のように聖剣を引き抜いたエーリカは、剣を頭上に掲げると、空に向かって一つの光が飛び出す。そして、曇天模様だった雲を一瞬で消し飛ばし、太陽の光を全身に浴びる。
「わたしは勇者になった。聖剣から声が聞こえる。悪しき者を滅ぼせと」
ここでようやくエーリカの初台詞である。いつも通りの平坦な声。決して、青年のような男性声でなく、見た目通りの少女の声である。
ここで私は気が付いた。
これ演劇だ。
ラースたちの余興は、演劇だったのだ。
私の知らない内に、いつの間に、練習していたのだろうか?
「勇者ちゃん、勇者ちゃん、お待ちしていましたよー」
タイミング良く現れたのは妖精の姿のティアである。
背景担当だけでなく、出演もするようだ。
「我が国の国宝が、悪しき魔女に盗まれました。ぜひとも、お力添えをお願いしますー」
普段通りのティアであるが、エーリカと違って、若干、演技をしている節が見える。
「分かった。案内を」
一切の説明を聞かず、即答する勇者エーリカ。
良くも悪くもサクサクと話が進む。
「ひっ!?」
双子の悲鳴が漏れる。
エーリカとティアの二人が、これから魔女退治に向かおうとした矢先、森の茂みから魔物が現れた。
魔物は、丸々とした肉団子にひょろりとした手足を付けた意味不明なものだった。カエルを丸呑みにする宇宙人の下っ端みたいである。
ちなみに、魔物は幻影魔術で作り出されている。
「魔女の部下よ! 勇者ちゃん、初戦闘ねー。見事に蹴散らしちゃってー」
妖精のティアは、さっさと何処かへ飛んで逃げていく。
勇者エーリカは、肉団子の魔物に聖剣を向ける。
エーリカの聖剣は、エクスカリバーみたいな両刃の剣でなく、私が使っている細身のレイピアであった。
アンバランスな肉団子の魔物は、見た目通りの動きで、のしのしと体当たり攻撃を繰り返す。
エーリカはそれを難なく躱し、華麗な剣捌きを繰り広げる。
ただ、なぜか肉団子も躱し、攻防一体の闘いが繰り広げられていた。
ついさっきまで村人だった青年が華麗な剣捌きが出来るのかと疑問に思ったり、私よりも様になっているエーリカのレイピア捌きに落胆したりするが、そんな事はどうでもいい。
この闘い、以前、私が戦ったメタボのホーンラビット戦とそっくりである。
ラストも同じで、空中に飛んだ肉団子を下から突き刺して戦闘が終わった。
脚本家、手抜きじゃない?
「いやー、危なかったねー。初戦闘にしては上出来よー。じゃあ、行こうかー」
先程まで命を掛けた闘いをしていたとは思えない雰囲気で、勇者エーリカと妖精ティアは村に一切の挨拶も告げずに旅立った。
背景が原っぱになったり、川辺になったり、山になったりと変化する。
道中、私が戦った筋肉ダルマ戦のような闘いを盗賊としたり、サハギン戦のような闘いを川辺でしたようだが、トーマスの二言三言の説明で終わらせてしまう。
「勇者は、悪しき魔女の住処に向かう為、数多の夜を過ごし旅を続ける。そして、ある村の墓場にて……」
トーマスの語りの後、枯れた木が並ぶ墓場の場面に切り替わった。
エーリカとティアは、墓場の中央で剣を持った沢山の骸骨に囲まれている。
状況説明は一切なし。
「スケルトンよー。魔女の部下ねー。頑張ってー」
相変わらず軽いセリフを吐くティアは、身の安全の為、何処かへ飛んで行ってしまった。
沢山のスケルトンに囲まれたエーリカは、レイピアを構え、立ち向かう。
数が多すぎるのか、幻影で作り出されたスケルトンは、処理落ちしたようなカクカクとした動きをしている。
まるでハリーハウゼンの世界だ。
そんなスケルトンアーミー相手にエーリカはレイピアで攻撃する。だが、刺突用の武器では骸骨にダメージを与えられない。
「勇者さま、頑張って!」
危機的状況に陥ったエーリカに、観客の双子から応援が飛ぶ。
何処か冷めた目で見ている私と違って、双子たちは真剣に演劇を楽しんでいるようだ。
「て、て、手を貸しましゅ……貸します!」
スケルトンアーミーに囲まれ、攻撃手段のないエーリカにタイミング良く謎の人物が現れた。
灰色のローブを羽織り、顔を隠すようにフードを被ったアナが登場した。
アナの動きは、処理落ちしたスケルトンと同じくらい、緊張でカクカクと動いている。
体調不良の原因は、演劇の主演だったようだ。
そんなアナは、大きな杖をスケルトンアーミーに向けると……。
「し、し、深淵よりいじゅ……いずる炎の魔人よ。わ、我は願い、聞き給え。万物を……か、灰燼せす……紅の炎を我が手に。……えーと……く、喰らえ、哀れな有象無象! 『無窮焦土地獄』ッ!」
仰々しい呪文と魔法名を何とか言い終えたアナは、杖の先端をスケルトンに向ける。すると拳大の炎が飛び出し、スケルトンの一体を焼いて塵と化した。
中二病のような魔法は、完全に名前負けしている。
誰が書いたんだ、この脚本は?
まぁ、該当するのは一人しかいないな。
ただの異世界人には、中二病ぽいのは無理がある。
つまり、私と魔術契約をした事で、私の記憶が流れたエーリカとティアだろう。
ただ、ティアとの魔術契約は昨日の事なので、この演劇の脚本はエーリカが書いたと断言できる。
どうりで、私の知っている映画や物語の場面に似ているのが多々とあると思った。
エーリカは、私の記憶の断片を繋ぎ合わせて脚本を作ったのだろう。
ただ、私に中二病属性はない筈なのだが……。
「し、深淵より……えーと……え、エターナル・インフェルノ! エターナル・インフェルノ! インフェルノ! インフェルノ!」
緊張のあまり、長ったらしい呪文を忘れたアナが炎を飛ばしまくる。
「いけー」「やれー」と双子から声援を受けながら、次々とスケルトンアーミーを塵と化し、見事に勇者を助けた。
ちなみに、炎の魔法はティアの幻影で作られており、実際の炎ではない。色々とツッコミどころのある劇であるが、ティアの幻影魔法だけは、見事としか言いようがなかった。
「助かりました。あなたは魔法使いですか?」
「はぃ……」
「わたしは、勇者です」
「はぃ……」
「…………」
「…………」
変な間が空く。
いつもの眠たそうな目でアナを見上げる直立不動のエーリカ。
当のアナは、キョロキョロと周りを見回し、挙動不審になっている。
フードで顔色が分からないが、どうやらセリフを忘れて、あわあわしているようだ。
「……そうですか。……あなたは、見習い魔法使いで、修行の旅に出ているのですね」
「は、はいっ!」
セリフをど忘れしたアナに代わり、説明してくれる勇者エーリカ。
さすが勇者である。何でも見通している。
「わたしは悪しき魔女を倒しに旅をしています」
「はぃ……」
「…………」
「…………」
「……一緒に行きますか?」
「はいっ!」
こうして、勇者御一行に魔法使いのアナが加わった。
旅は、まだ続く……。
すみません。中途半端な場所で、終わってます。
一話でまとめる予定でしたが、思ったよりも長くなったので、分割しました。
続きは次話で。




