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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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133/347

133 貴族の誕生日会 その1

 これから貴族様の誕生日会である。

 主役は双子の子供。

 その双子の為に私は誕生日会に提供する料理……お子様ランチのレシピをクロージク男爵に教えた。

 それが冒険者としての依頼である。

 こんなんが冒険者の依頼なのかと疑問に思うが、成り行きで受けてしまった為、仕方が無い。

 まぁ、すでに料理のレシピは教え済みで、今日頑張るのはクロージク男爵の料理人であるハンネとエッポの二人なので、私たちは特にやる事はない。

 邪魔にならないように壁際で待機し、もし不測の事態になった場合だけ助ければ良いだろう。ただ、助けると言っても皿洗いぐらいしか出来ないけど……。

 そういう事で、クロージク男爵の家に向かう前に、昼過ぎからお風呂に入り、昨晩の汚れを丁寧に洗った。誕生日会の表に出る予定はないので、無精髭とか腕毛とかは剃っていない。もし、剃ったとしても傷だらけになり、見た目が余計に悪くなるからね。

 そして、本日着ていく服で頭を悩ましたが、結局、選べる程の服を持っていないし、今から買いにいくにも時間がないので、普段通りの服を着ていくしかなかった。

 それはアナもティアも同じである。唯一、エーリカだけが格式が高い場所に合う正礼装のドレスを持っていたが、私たちに合わせる為に普段の黒色のゴシックドレスを着ていく事に決まった。まぁ、普段の服装も立派なんだけどね。


 そんな事をしていたら、あっという間に夕方近くになる。

 そろそろクロージク男爵の館に向かおうかと話し合っていた時、家のドアがノックされた。

 正直、こんな林の中に建っているアナの家に訪れる人は皆無である。

 不審に思いアナと二人で顔を合わせているとドアの向こうから聞きなれた声が聞こえた。


「迎えに来たぞー。勝手に入るぞー」


 そう言うなり、家主のアナの許可もなくラースが家に入ってきた。

 遅れてナターリエが「勝手に入るんじゃない」とラースの頭を杖の先端で叩く。


「あれ、二人ともどうしたんです?」


 頭を押さえて痛みに唸るラースを無視して、私はナターリエに尋ねた。

 

「トーマスさんにお願いされて迎えに来たんです。たぶん、ビューロウ子爵の家を知らないと思って」

「あっ!?」


 私たちは顔を見合わせる。

 私たちは何も考えずにクロージク男爵の館に向かうつもりだった。

 よくよく考えれば、クロージク男爵は料理の提供を頼まれただけで、クロージク男爵の館で誕生日会を開く訳ではない。

 誕生日会を行う場所は、主役である双子の家、ビューロウ子爵の館で行うものだ。


「その様子だと来て正解だったみたいだな」


 回復したラースが私たちの様子を見て、うんうんと頷く。


「ははは、助かります。二人も手伝いか何かで呼ばれているんですか?」

「俺たちは、ただの参加者。お呼ばれされたから、飯を食いにいくだけだ」


 ああ、そう言えば、ラースたちはこの街に二組しかいない白銀等級冒険者だった。貴族とのつながりでお客として参加するらしい。ただ、服装は普段のままなので、これから貴族の誕生日会に出席すると言われても信じられない。まぁ、私の普段着とラースたちの普段着では、見た目も値段も雲泥の差が生じるが……。


「あなたたちが今日の為に何をしていたのかは、男爵から聞いているわ。今夜の食事、期待しているわね」


 妙齢で色っぽいナターリエがニコリと微笑む。そして、エーリカと目が合うと、お互いコクリと頷いた。

 あれ、二人の間に何かあるのかな? と疑問に思っていると、「さぁ、早く行くぞ」とラースが急かすので、聞きそびれてしまった。

 外に出ると、二頭引きの箱馬車が家の前に止まっていた。さらに茶色の毛をした馬の横に御者が立っている。

 子爵の家ともなれば徒歩で向かう事自体、非常識になるのかもしれない。

 こうして私たちは、分身体の四人のティアを家に残し、馬車でビューロウ子爵の館まで向かう事になった。



 ゴトゴトと揺れる馬車で貴族街へ向かう。

 左右にエーリカとアナ、対面にはラースとナターリエが座っている。ティアは、外に出て馬の頭にしがみ付いているので、箱の中にはいない。

 やはりと言うべきか、馬車の乗り心地は最悪である。

 性能が良いのか、初めて帆馬車を乗った時よりかはマシであるが、それでも揺れる。土がむき出しの轍に沿って進んでいるので、ガタガタゴトゴトとよく揺れる。街の中に入れば石畳になるので、それまでの辛抱だろう。

 

「えーと……昨晩のゴブリンの討伐はどうでした?」


 気分が悪くなる前に、会話して気分を逸らそう。そう思い、ラースとナターリエとの共通の話題を振ってみた。


「ふん、ゴブリンごとき、まったく相手にならないさ。他の冒険者に任せれば良かった」

「何度も吐いては、涙目になっていたのは誰かしらね」


 クスクス笑うナターリエに「水路の臭いにやられただけだ」と言い訳し、ラースは窓の外に顔を逸らした。


「それは大変でしたね」

「あなたがあらかた退治してくれたおかげで、残党狩り程度で終わったわ。大変だったのは、あなたでしょう」


 優しく微笑むナターリエに褒められて、つい顔が熱くなってしまった。


「……ご主人さま」


 隣に座っているエーリカに「むー」と睨まれる。

 その様子を見たアナとナターリエに笑われた。


「そもそも何でおっさんは、ゴブリンに(さら)われたんだ? 『カボチャの馬車亭』の近くに居たんだよな?」


 窓から顔を戻したラースが私に尋ねてきた。

 私はラースの問いに答える事が出来ず、首を傾げるしかない。

 昨日の晩、アルコールを抜くために外の空気に当たりに行ったのは覚えている。

 だが、その後の記憶がない。

 気が付いた時には、地下水路でゴブリンに引きずられていたのだ。

 ただ、誰かに会った気もするが……。確証がないので、レナはもちろん、エーリカたちにも、その事は報告していない。

 

「おいおい、そんなんで冒険者を続けられるのか?」


 呆れたラースが心配そうに私を見る。

 ラースはラースなりに心配してくれているみたいだ。

 たが、分からないものは分からない。

 これ以上聞かれても答えられないので、話題を変える事にした。


「んん……それでビューロウ子爵とは、どんな方ですか?」

「ビューロウ子爵とクロージク男爵は、階級を無視した間柄で、とても仲が良いの。だから、子爵も男爵と同じで、平民だからといって差別をされたりしない話の分かる人よ」

「俺らも何度か子爵から依頼を受けた事があり、私用でも食事に誘われる事がある。落ち着いたおっさんだ」

「子爵をおっさん呼びするんじゃありません」


 ナターリエの叱責と共に拳がラースの頭に落ちる。

 白銀等級冒険者とはいえ、ラースとナターリエは平民だ。そんな二人に公私とも付き合いがある貴族と聞いて、少し緊張が解けた。



 そんな他愛無い話をしていると、いつの間にか貴族街へ着いてしまった。

 貴族街は、階級別に屋敷が建っている。

 子爵たちの住む地域は、男爵の家を二回りほど大きくしただけで、男爵たちの集合住宅と対して変わらなかった。

 綺麗に舗装された道の為、馬車の揺れは軽微である。道一つとっても、貴族と平民は違うようだ。

 そして、しばらく進むと、ある館に馬車は入っていった。

 綺麗に整備された庭を突っ切り、建物に向けて進む。

 敷地の一部に馬車が五台ほど止まっているのを見ると、すでにお客が集まっているようだ。

 馬車が館前に止まると同時に玄関の扉が開かれ、数人の使用人が現れた。


「ナターリエ様、ラース様。ようこそお出で下さりました。それと……」

「彼らは料理人だ。厨房の方へ案内を頼む」


 初老の使用人が私たちの姿を見て言葉に詰まっているとラースがフォローしてくれた。

 すぐに理解をした初老の使用人は、すぐに女性の使用人を呼んでからラースとナターリエの案内をする。

 私、エーリカ、アナ、ティアの四人は、女性使用人の案内で館の中へ入った。

 ちなみに正式なお客であるラースたちは正面玄関から、料理人と紹介された私たちは、従業員用の小さな扉から建物の中に入る。うーむ、ここにも格差が出来ている。

 そして、黙々と歩く女性使用人の後を歩き、館の奥にある厨房へと到着した。



 厨房は戦場だった。

 怒声は飛ばないが、肉を焼く音、油で揚げる音、皿が重なる音、注意をする声、確認の声、完成の報告とひっきりなしに変化し続ける。

 ビューロウ子爵の厨房は、クロージク男爵の厨房と対して変わらない広さと設備である。

 そこにハンネとエッポと以前応援に来た料理人の四人を中心に、その他雑務担当の料理人四人の合計八人が調理していた。

 

「待っていたよ」


 ハンネは、私たちが現れるとすぐに手招きをして厨房の中へと招き入れる。だが、私は躊躇ためらって中に入れずにいた。

 料理の試作品を作っていた時には気にしていなかったが、今はお客に提供する料理を調理中だ。普段着のまま厨房に入って良いのだろうか? 汚れが飛ばないだろうか? それで食中毒が起きないだろうか?

 その事をハンネに言うと、「変な事を気にするね」と不思議がられた。

 うーむ、衛生概念の違いを感じてしまう。

 まぁ、ここで足踏みしていても話が進まないし、替えの服もないので、気にせず中に入る。


「最終確認をお願いしたい」


 近くの水瓶から手を洗ってからハンネに近づくと、完成間近の料理の味見を任せられた。

 正直、私の舌で最終判断をして良いのか自信がないが、レシピを教えた当事者に合格が欲しいらしい。

 それならと、パクパクと食べて美味しいを連呼した。

 さすが貴族の料理人。

 私が教えた時よりも数段も美味しくなっている。

 これなら、私も誕生日会に出席して、たらふく料理を食べたくなった。挨拶や会話など必要ないので、壁の隅の方で静かに料理を食べさせてくれないかな?

 ちなみに、エーリカたちも試食して、全員が太鼓判を押している。

 ほっと胸を撫で下ろしたハンネは、完成した料理を盛り付け始めた。

 私たちは、邪魔にならないように壁の隅に移動して、様子を見ている。

 ナポリタン、ハンバーグ、揚げ物三種盛り、ウサギリンゴを一つの大皿に綺麗に盛り付けると、とても豪華な料理になっていった。

 コーンスープも高そうなスープ皿に注いでいく。

 リンゴパイは食後なので、今は焼かれていない。

 こうして完成した料理をキッチンカートに乗せて、使用人が次々と運んでいった。


「ふぅー、何とか間に合った……」


 盛大に溜め息を吐くハンネであるが、その表情は生き生きとしている。

 無口のエッポもやり遂げた感に満ちているし、手伝いをした他の料理人も満足そうであった。

 あとは、お代わりの対応をしたり、食後のお茶とリンゴパイを提供すれば、私たちの仕事は終わりである。



 只今、休憩中。

 捨てるのが勿体ないという事で、エーリカとティアが失敗した料理をバクバクと食べている。

 私も耳の取れたリンゴを齧りながらお茶を楽しんでいる。


「アナ、顔色が悪いけど大丈夫?」


 私の横に座っているアナの顔が真っ青になっているのに気がついた。


「は、はい、だ、だ、大丈夫です……はぃ……」


 全然、大丈夫そうではない。初めて会った時みたいになっている。もしかしたら、昨日の疲れが残っているのかもしれない。


「後輩は、お手洗いに行きたいみたいです。わたしが連れていきますので、ご主人さまはゆっくりしていてください」


 真っ青の顔をしているアナをエーリカが引きずるように厨房の外へと連れて行ってしまった。

 本当に大丈夫だろうか?


「それはそうと、少しは落ち着いたらどうです?」


 私はそわそわと落ち着きのないハンネに向けて言った。

 ハンネは、誕生日会の様子が気になって仕方がないみたいで、いつでもお代わりの要望がきても良いように何度も下ごしらえをしてある材料を確認している。

 

「あ、ああ……そうだな……うん、うん。なかなか追加の注文がこないな。もしかして、不味かったのかな? うぅ……」


 ハンネもアナみたいに徐々に顔色が悪くなっていく。

 まぁ、ハンネの気持ちも分からないでもない。沢山の貴族が私たちの料理を食べているのだ。貴族の舌を満足させられるのか、気が気でないだろう。


「ついさっき料理を運んだばかりですよ。今頃、会食の挨拶でもしている頃合いでしょう」


 私はまったく根拠のない適当な事を言って、落ち着きのないハンネに椅子を勧めた。

 ハンネが椅子に座ろうとした時、使用人である女性が厨房へ入ってきて、誕生日会の様子を伝えてきた。


「皆さま、大変驚いています。とても美味しくてあっという間に完食されてしまいました」


 使用人の言葉を聞いて、座りかけていたハンネは立ち上がり、満面の笑みを浮かべた。


「それで、参加者全員分を再度追加で用意してください。大人の方は、二皿分ほしいとの事です」


 それを聞いたハンネの笑みは消え、青い顔に戻った。

 無理もない。

 お子様ランチは、いくつかの料理をまとめて提供する料理だ。

 下ごしらえをしてあるとはいえ、全ての料理を同時に完成させるには、非常に神経をすり減る作業だろう。

 それが最初に作った量以上のものを今から作らなければいけないのだ。

 私なら逃げ出している。


「こうしましょう。一つの皿に盛り付けるのでなく、各料理が出来次第、会場に持って行ってもらい、欲しい人に分けるのです」


 もう、お子様ランチじゃなくなってしまうが仕方がない。

 私の案を採用したハンネたちは、すぐに調理に取り掛かる。

 私とティアも簡単な調理を手伝う事にした。

 

 私は鶏肉を油で揚げていく。

 隣ではティアが、湖のヌシのフィッシュフライを揚げている。

 大量に用意してあった食材は次々と無くなり、誕生日の会場へと運ばれていった。


「すみません。食後にお菓子を用意していますので、食べ過ぎないように注意してください。それと鳥のから揚げはこれで終わりです」


 私は大量の料理を運んでいる使用人に言付けを伝えてもらった。

 他の料理人の方も食材が無くなりつつあるので、これで落ち着くだろう。

 


「エーリカたち、遅いね。アナ、大丈夫かな?」


 お代わり地獄が落ち着いた頃、未だに帰って来ないエーリカたちが気になり、横にいるティアに聞いてみた。


「女性の身だしなみは時間がかかるのよー。そんな姿をしているおっちゃんには、分からないと思うけどー」


 私が女性だった時もこんなにかからなかったけど? 女性の時も男性の時も分からないものは、分からないみたいである。


 あっ、もしかして……女性の月のものかもしれない。


 おっさんになって、すっかりと忘れていた。

 もし、それなら家で休ませていたのに……。はぁー、デリカシーがないな。

 そんな話をしていると、当のエーリカたちが戻ってきた。未だにアナの顔色は悪い。若干、手が震えているようにも見えるのは気の所為か?

 体調の悪そうなアナに声をかけようとした時、男性の使用人が厨房へ入ってきた。


「本日、調理に関わった料理人。それとアケミ・クズノハ御一行様。会食の部屋までご足労をお願いします」


 うっそー!?


 落ち着いた口調で話す使用人から貴族が集まる場所に来るように言われてしまった。

 それも名指しで……。

 うう、貴族が集まる場所なんか行きたくない。

 私、普段着だよ。おめでたい場所に姿を現す恰好じゃないし、マナーも礼儀も知らない。


 うう、お腹が痛くなってきた。


 私はアナと同じように青い顔になってしまった。


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