132 冒険者ギルドへの報告
遠くの方で鳴る鐘の音が耳に入り、目が覚める。
久しぶりに見る天井で『カボチャの馬車亭』で一泊した事を思い出した。
「朝食の時間です」
私の胸の上で寝ていたエーリカが掛け布団を剥がして起き出す。
てきぱきと身支度を済ませるエーリカを見ながら、私はのろのそとベッドから抜け出した。
頭の中が霞みに覆われているが、体調は良さそうである。
オークやスライムとの闘いで負った怪我は痛くないし、頭痛も治っている。いつもの体調だ。
隣のベッドを見ると、アナとティアはまだ寝ていた。
横向きでスヤスヤと寝ているアナ。アナが使っている枕の横でくかーくかーと鼾をかいているティア。
普段なら私とティアよりも早く起きている二人であるが、昨日の夜は遅くまで起きていたので、朝の鐘がなっても熟睡していた。
エーリカに新しい服を出してもらい身支度を済ます。
その間、エーリカがアナとティアを起こしていく。
無理矢理起こされたアナとティアを引き連れて、一階の食堂へ向かった。
「おじさんたち、おはよう。元気そうだね」
私たち以外誰もいない食堂でカリーナが朝食の用意をしていた。
カリーナたちも昨日の騒動で遅くまで起きていたはずであるが、とても元気そうである。
カルラやブルーノなんか、パン屋を開く為にもっと早く起きて、準備しているはずだ。
私なら絶対に真似できない。
「『女神の日』の次の日は、お客さんは少ないから、そこまで大変じゃないですよ。今日は宿の方も休みにしていますから、朝の販売が終われば、夕方までお休みです」
そう言いながら、カリーナは朝食を取りに厨房へ行ってしまった。
ちなみに、酒に潰れて別の部屋に泊まっていたギルドの人たちは、昨夜の出来事を聞くと二日酔いに輪を掛けて青い顔をしながら、朝食も食べずにギルドへ戻って行ったそうだ。
カリーナが戻ってきて朝食を並べていく。
ベーコン、ソーセージ、茹でたジャガイモ、温野菜が乗せられた大皿。カボチャのスープ。パンとジャム。それとリンゴジュースである。『カボチャの馬車亭』のモーニングセット。
お代わり代も含め値段は、昨日の慰労会料金に含まれているので、気兼ねなく食べられる。
エーリカとティアが、バクバクとお代わりを重ねていく。半分寝ていたアナは、スープを一口飲むと、パクパクと美味しそうに食べ始めた。
昨夜、何度か嘔吐して胃が空っぽの私は、久しぶりの『カボチャの馬車亭』の朝食も相まって、いつも以上に食べた。
そして、食後のお茶を飲みながら、ゆっくりする。
今日の予定は、ギルドに昨夜の事を報告する事。そして、メインイベントである貴族の誕生日会である。
誕生日会は夜に行われるので、焦らなくてもいい。
ギルドも報告だけなので、朝の慌ただしい時間をずらすので、急いで向かう必要はない。
つまり、のんびり出来るのだ。
一応、簡単な依頼でも受けようかと提案してみたが、昨日、死にかけた私を気遣って休む事になった。ティアも自分の依頼は受けないで、私たちに合わせるらしい。
そういう事で朝食を終えた私たちは、『カボチャの馬車亭』でゆっくりまったりと過ごしてから冒険者ギルドへ向かったのであった。
てくてくと冒険者ギルドへ向けて歩く。
昨日のお祭り騒ぎが嘘のそうな落ち着いた雰囲気だ。
普段よりも出店の数も少なく、朝の買いだしの人も少ない。
お祭りで散財したので、数日は大人しくしなければいけないのだろう。
そんな街道を歩きながら、チラリとティアを見る。
現在、ティアはアナの肩の上に乗って、昨日いかに私を助けたかを熱心に語っている。
ティアと魔術契約し、分身体の一体と合体したおかけで、私の魔力は完治した。
魔術契約をした事で、私とティアに特別な絆が紡がれ、何か日常に変化でも起きるかと思っていたのだが、特にそんな気配はない。
ティアは普段通りである。
私も変わらない。
あえて変化があるとすれば、エーリカである。
やたらと私の側を離れずにいる。今も手を繋いで歩いている次第だ。
まぁ、昨夜の出来事の発端は、私が一人で外に出たのが原因なので、今まで以上に心配しているのだろう。あとは、ティアと合体した事でヤキモチを焼いているのも原因の一つだ。
冒険者ギルドに到着した。
朝の戦場は過ぎており、閑散としているのは予想通りである。
ただ、冒険者ギルドの職員の顔色は非常に優れていない。
何人かは青い顔をしているのを見ると、慰労会による二日酔いと緊急のゴブリン退治での寝不足が原因と考えられる。
窓口に立っているレナもいつもの笑顔の下に疲れが見えていた。
そんなレナさんの前に行くと……。
「アケミさん、本当に申し訳ありませんでした」
……と挨拶もそこそこに謝罪されてしまった。
「えっ、急にどうしたんですか?」
「アケミさんがゴブリンに誘拐されたのは、冒険者ギルドの責任です。本当にごめんなさい」
二日酔いと寝不足で疲れているレナから再度謝罪された。
なぜ冒険者ギルドの責任なのか、まったく理解できない。
その事を尋ねると説明してくれた。
魔物に関する取り締まりや管理は、冒険者ギルドの管轄である。
そんな管理しなければいけない魔物が、街の地下水路に巣を作り、私を誘拐したのだ。
魔物の管理不足、調査不足、討伐不足として冒険者ギルドに責任が発生するそうだ。
それも『女神の日』という、沢山の人が集まった夜に起きた出来事。
今の所、被害者は私だけなので重大な事件にはなっていないが、各ギルドや役所、貴族まで説明責任を追及されているとの事。
「朝一番に各責任者を集め、緊急会議としてギルマスが説明に向かっています。青い顔で出かけて行きました」
青い顔は二日酔いの所為ではないのかな?
「こう言うと失礼ですが、誘拐されたのがアケミさんで良かったです。もし一般人が被害者になっていれば、数日後にギルマスが別の人に変わっていたでしょう」
下っ端とはいえ、私も冒険者だ。つまり冒険者ギルドの一員が襲われただけなので、今の所、世間では被害者はゼロに近い扱いらしい。
なぜ、そうなる!?
「ちなみに私も結構な数のゴブリンを退治しましたけど、まだ残っていましたか?」
気絶から目が覚めた後の事は知らないので聞いてみた。
「街中で六匹ほどの野良ゴブリンを討伐。地下水路では十八匹のゴブリンを討伐しています。今日も冒険者の方たちに街と地下水路を隈なく捜索している所です」
うわー、まだまだ居たんだ。
エーリカたちが助けに来なかったら、気絶していた私は残っていたゴブリンに殺されていたかもしれない。
「ちなみにゴブリン以外は居ませんでした? 例えば、オークとかスライムとか?」
「オーク? いえ、見ていません。スライムはポイズンスライムが数体いたと報告されています」
オークとアシッドスライムは、私が倒した一体だけだったみたいだ。
「もしかして、ゴブリン以外にも魔物がいたんですか?」
鋭い視線になったレナに、昨晩、私の身に何があったのかを報告した。
時系列に説明し、オークが現れた所でレナの眉間に皺が寄った。そして、巨大アシッドスライムもいた事を教えたら、レナは目を閉じて、深い溜息を漏らした。
なにか不味い報告をしてしまった気がする。
「アケミさん、オークとアシッドスライムがいた証拠はありませんか?」
「しょ、証拠ですか?」
私の報告を中断させて、レナが尋ねてきた。
「私が気絶していた場所にオークの骨が落ちています。アシッドスライムに溶かされましたから。スライムの方は、液体みたいにドロドロになったので死骸はないです。……あっ、魔石を回収していたんだった」
私はティアの方を向いて、回収してもらった魔石を取り出してもらう。
「へー、これがオークとアシッドスライムの魔石ですか……」
レナは、魔石を持ってジロジロと観察する。
魔石は、鑑定の魔術を持っている人が見れば、どの魔物の魔石か分かるそうだ。ちなみにジロジロと観察しているレナには鑑定の魔術は使えない。
そんなレナは、拳大の黄色の魔石を持って、ニヤリと怖い笑顔になった。
その笑顔を見て、背筋がゾクリと震える。エーリカとアナとティアは、一歩下がり、私の背中へ隠れてしまった。
「あら、皆さん、どうされました?」
「い、いえ……その、レナさんが素敵な笑顔になっていたので……どうしたのだろうと……」
「あら、ごめんなさい。このアシッドスライムの魔石があれば、口うるさい工業ギルドの連中に一泡吹かせられると思って……ほほほ……」
黒いオーラが出ているレナに、詳しく話を聞くのが怖くなり、あえてスルーする事にした。
「アケミさん、この魔石をしばらく貸して貰って良いですか?」
「それなら、買い取りをお願いします」
「そうですね……ただ、まだ昨晩の捜査が終わっていないし、アケミさんが倒したゴブリンの報酬もまとめていませんので、後日、まとめて支払う事になりますけど?」
「えっ、昨日、倒したゴブリンにも報酬が貰えるんですか?」
「勿論です。それだけでなく、オークやアシッドスライムの討伐も加算されます。まぁ、お話を聞いただけですので、調査が確定した後の話になりますが……」
それはありがたい。
今日の誕生日会の報酬がどうなるか分からないのだ。
借金返済の為に貰える物は何でも貰おう。
「当のアケミさんは大変だっと思いますが、アケミさんが事前に沢山のゴブリンやオークを退治してくれたおかけで、大事にならなかったのです。私たち街の住民にとっては、命の恩人です」
「それはいくら何でも言い過ぎですよ」
ゴブリンの思惑は分からないが、私は巻き込まれ、がむしゃらに生き残るために退治しただけだ。
それに私だけの力だけでなく、ティアが居てくれたから生き残れたのだ。
その事を素直に伝えと、レナが「まだ、正式に決まっていませんが……」と前置きして、冒険者ギルドからの提案を教えてくれた。
「今回の件で、アケミさんたちの昇級を決定しても良いと話が出ています」
昇級?
つまり、現在鉄等級冒険者の私たちが、鋼鉄等級冒険者へ昇級するらしい。
まぁ、その昇級話は、私に責任を感じている冒険者ギルドの謝罪代も含まれているのだろう。
棚からぼた餅的な昇級の為、複雑な気分であるが……。
「冒険者になってまだ日が浅いとの事で反対意見もあります。ただ、これまでのアケミさんたちの成果を吟味した結果、賛成の者も多くいます。盗賊団の壊滅、ブラック・クーガーの討伐、それに今回の件からも鉄等級以上の成果を出していますからね」
改めて言われると、たった一ヶ月の間で色々な魔物や悪人を討伐したものだな。
日本に住んでいた頃とは大違いだ。
「もう一つ、これが一番重要なのですが、貴族の依頼を受け、完遂した事がもっとも大きな評価になっているんです」
ああ、貴族か……。
ベアボアの激マズ料理の依頼が大きかったのだろう。
冒険者ギルドからしたら、貴族を相手にする冒険者が鉄等級のままでは色々と不味いのかもしれない。
これから貴族の依頼を受ける可能性が高いので、さっさと最下層の鉄等級から昇級させようと冒険者ギルド側の思惑が垣間見えた。
「そう言う事ですので、今日の貴族の依頼は、ぜひとも成功させてくださいね」
「ぜひ」を一際強く言うレナの表情は、疲れと不安と期待の入り混じった顔をしていた。
冒険者ギルドと貴族の間にも色々とあるのだろう。
まぁ、昇級の話も今日の誕生日会の結果によって変わってくる。
私自身、すでにやるべき事は終わっているが、本日の誕生日会は気合を入れて挑まなければいけない。借金返済の為にも……。
その後、細々とした話をしてから冒険者ギルドを後にした。
これから誕生日会のある夜まで暇であるが、特にやる事もないので、さっさとアナの家に帰ってきた。
昨日は『カボチャの馬車亭』で一泊したので、アナの家にはティアの分身体はすでに消えている。
ティアは家に着くなり分身体を作り、クロたちの世話をしたり、家事をしたりと忙しく働き始めた。
私たちは、誕生日会の為に昼からお風呂を沸かし体を洗ったり、綺麗な服に着替えたりと準備する。
そして、夕方までのんびりと過ごしていると、誕生日会の迎えが現れた。




