129 地下水路の死闘 その5
「ウギャギャギャ!」
部屋の入口に一匹のゴブリンが顔を覗かし、袈裟斬りにされたゴブリンを見て、大きな声で喚き始めた。
私は急いでゴブリンの元まで駆けて、ゴブリンの胸をレイピアで貫く。
「ンギェ!?」と息が漏れたゴブリンの胸からレイピアを横へ払い、胸を引き裂いた。
ふらふらとよろけるゴブリンを蹴りで遠ざけると、真っ暗な通路へ出る。
騒ぎを聞きつけたゴブリンたちが「ギャアギャア」と向かってくる。
これでは、こっそりと逃げる事は出来ない。ある程度、数を減らしてからゆっくりと出口を探しながら逃げよう。
覚悟を決めた私は、ゴブリンたちが来る通路に向けてレイピアを掲げた。
バチバチとスパークが迸るレイピアのおかげで、近場なら夜目が利かなくても周りが見える。
松明を持ったゴブリンが一番に向かってきた。
ゴブリンは、私の元まで近づくと手に持っていた松明を振り回しながら攻撃してくる。
先端の炎を気にしながら、後ろへ横へと移動して回避する。
タイミングを見て、レイピアを一閃。
上段から落としたレイピアは、松明を持っているゴブリンの腕を切り落とす。そして、痛みでその場で屈むゴブリンを蹴って、水路へ落とした。
すぐにゴブリンの手が付いた松明を持ち、遅れてきたゴブリン二匹に投げた。
炎に驚いたゴブリンは足を止める。
ゴブリンたちが武器を構え直す前に駆けつけて、錆びたナタを持っているゴブリンの頭をレイピアで一突き。すぐにレイピアを引き抜いて、もう一匹のゴブリンの胸を一突き。
ゴブリンがレイピアの刃が刺さったまま暴れ出す。
レイピアを抜きたいが、変な場所に刺さった所為で上手くレイピアが抜けない。
暴れるゴブリンにレイピアが持っていかれそうになり、「このくそっ!」と左手でゴブリンの顔を殴ってから、力任せに上へと持ち上げた。ズボっとレイピアが抜けたが、ゴブリンの頭も縦へ裂けてしまった。
通路には三体のゴブリンの死体が転がっている。水路に落ちたゴブリンは水飛沫を上げながら魚の魔物に襲われていた。
私のレイピアは魔力を帯びてバチバチとスパークをしている所為か、ゴブリンの血や肉は付いていない。
そんな様子を見て、私の顔は紅潮していた。
体温が上がり、汗が噴き出てくる。
とても気分が良い。
ブラック・クーガーと比べてゴブリンの速度は遅い。動きも単純だ。発情期のベアボアほどの圧迫感もないし、筋肉ダルマみたいに私の行動を先読みする事もなさそうだ。
今までの経験が血肉となっている事が分かる。
油断さえしなければゴブリンなら何とかなる。
スライムにすら命懸けだった私も成長したものだと感動していると……。
―――― しゃがんでー ――――
「……っ!?」
言われた通り、すぐにその場に膝をつく。
鏃のない矢が頭上を通り過ぎた。
―――― 横へ避けるよー ――――
すぐにゴロリと左へ転がると、別の矢が地面に刺さった。
ふぅー、危ない、危ない。ちょっと調子に乗っていたみたいだ。気をつけよう。
それよりも、雑音だらけの『啓示』も本調子に戻ったみたいで心強い。ただ、しゃべり方がティアっぽくなっているのが気になるのだが……。
反対方向の通路からきたゴブリンを睨む。
矢を放ってきたのはあいつらだ。
接近戦ならまだ何とかなるが、飛び道具が出てくると非常に厄介である。……だが、今の私も飛び道具があるので問題ない。
レイピアを握っていない左手に魔力を集めると、矢を放っているゴブリンたちに向けて、魔力弾を放った。
光り輝く魔力弾は、薄暗い通路を明るく照らしながら飛んでいく。弓矢を構えていた四匹のゴブリンたちが、光の魔力弾を見て四方へ逃げる。だが、すぐに魔力弾が地面に当たり、目を焼く程の強い閃光が通路を覆った。
近くにいた四匹のゴブリンたちが、「ギャアギャア」と喚きながら目を覆って暴れだす。
一匹のゴブリンが、足を滑らせて水路へ落ちた。
魔物の魚がゴブリンに群がるのを横目で見ながら、残り三匹のゴブリンの元まで駆けつける。
一番近くにいたゴブリンの胸をレイピアで突いてから、胴体を蹴ってレイピアを引き抜く。蹴られたゴブリンはそのまま水路へ落ちた。
振り向きざま、レイピアを横へ一閃。
目を覆って「ギャアギャア」と叫んでいたゴブリンの胴体が二つに分かれた。
残り一匹! と思ってレイピアを構えたが……。
「あれ?」
なぜか、輪切りにされたゴブリンの後ろにいた別のゴブリンも一緒に倒れている。
レイピアの刃が届いていないのに、胴体を輪切りにされたゴブリンと同じように、腕の一部と首が離れて倒れていた。
そう言えば、空振りしたレイピアが実は斬れていたという事は、以前にもあったな。
何でだろう?
ゴブリンの死体を眺めながら首を傾げていると、ガッガッと胸に衝撃を受けた。
なに? と思い、胸を見ると皮鎧に矢が刺さっていた。
ぼんやりと考え事をしていたら、いつの間にか、別のゴブリンが通路の奥で弓矢を構えていた。
一気に血の気が引いていく。
いかん、いかん。
まだ、ゴブリンはいるのだ。考え事をしている暇はない。
矢は皮鎧に遮られ、皮膚までは届いていない事にほっとする。
皮鎧に刺さっている矢を引っこ抜き、ゴブリンへ駆け寄る。
中腰になって私に狙いを定めているゴブリンが、弓矢の弦を引き、矢を放った。
私はタイミングを見て、横へ飛び、矢を躱す。
そして、目の前まで近づくと、レイピアで頭を貫いた。
「ふぅー……」
ゆっくりと息を吐く。
集中力が切れかかっているのが自覚できた。
ゴブリンが弱いとはいえ、このままでは取り返しのつかない怪我をしそうで怖い。
ゴブリンの間引きはこのぐらいにして、出口を探した方が良いかもしれない。
―――― 後方を確認してねー ――――
『啓示』の指示で、後ろを振り返ると、一匹のゴブリンが手斧を持ち上げて、私の方へ走ってきた。
私は腰を落として、迎え撃つ体勢に入る。
ゴブリンが攻撃する直前に横へ避けて、レイピアで一突きしてやろう。
反撃の流れを頭に浮かべていたら、ゴブリンは走る勢いのまま手に持っていた手斧を私に向けて投げつけてきた。
うそっ!?
手斧が私に向けて飛んでくる。
―――― 横へ払って ――――
「……ッ!」
クルクルと回転する手斧から目を逸らさず、タイミングを計ってレイピアを横へ払う。
ガツンと鈍い音を響かせながら手斧を弾く。
手斧を投げたゴブリンは、私に駆けつけながら頭と胴体が離れて倒れた。
なぜそうなった!?
ゴブリンの頭が、コロコロと私の足元まで転がってきた。
「もしかして……」
確信は持てないが、もしかして、あれかな?
最近、見慣れた魔法を思い出し、つい気持ちが高鳴ってきた。
反対側からゴブリンたちの声が聞こえる。
私はゴブリンたちの方へ向かい、少し離れた場所から一番近いゴブリンに向けてレイピアを横へ払った。
変化なし。
挙動不審の私を警戒し、ゴブリンたちは足を止めて、私を観察している。
―――― 魔力補充して、印象強化だよー ――――
ああ、そうか。
『啓示』の言葉でレイピアに溜まっている魔力が少なくなっているのに気が付いた。どうりで少し薄暗いはずである。
それと印象強化という事は、イメージをしっかりと思い浮かべれば良いのだろう。
私の中のイメージは、アナの風魔法である。
イメージ、イメージ、イメージ……。
風の刃、風の刃、風の刃……。
バチバチとレイピアを光らせて、ジリジリと近づいてくるゴブリンに向けて、鋭く振った。
ブンっと風を切る音と共に、レイピアの刃先から光の刃が飛び出し、手近にいたゴブリンの両足を切断する。
足が無くなったゴブリンは、地面に倒れ、芋虫のようにのたうった。
その様子を見て、ドクンと胸が高鳴った。
出た!
無意識に飛び出ていた刃と違い、はっきりと肉眼で確認できた。
アナの『空牙』と違い、私の刃は光を帯びた刃である。
良し! これを『光刃』と名付けよう。安直な名前であるが、私は気にしない。
「『光刃』! 『光刃』!」
別の二匹のゴブリンに向けて、レイピアを振り回すとヒュンヒュンと光の刃が飛び出し、ゴブリンの胴体や腕が切れた。
「ははは……」
つい笑いが零れる。
通路には何体ものゴブリンの頭や胴体が千切れて、苦しんでいたり、死んでいるというのに、私の心臓は高鳴り、気分が高揚していた。
血に酔ったというとカッコいいが、たぶん、そうじゃない。
ただのストレス発散だ。
今まで私たちを追い詰め、苦しませてきた相手が脅威と感じなくなったのだ。つまり、腹いせである。
新しい技を身につけた私は、この後、続々と私の元にくるゴブリンを殺していった。
遠くから『光刃』を放ち、切断していく。
近くまできたゴブリンは、レイピアで一突きにする。
集団で向かってきたゴブリンたちには、光の魔力弾で視界を奪ってからを一匹づつ殺した。
たまに遠くから矢やナイフが飛んでくるが、致命傷になりそうな攻撃は『啓示』のアドバイスで難を逃れる事が出来る。
今の私は、ゴブリンを相手に無双状態であった。
相手が人間に近い魔物であるゴブリンだからこその結果である。
動きが遅く、力もなく、思考が単調で、動きの予測がしやすい。
これが別の魔物なら出来なかっただろう。
こうして私は力尽きるまでゴブリンを殺しまくったのだ。
………………
…………
……
そして……。
本当に力尽きた。
ゴブリンの姿が見えなくなって安堵した瞬間、カクンと膝が折れ、四つん這いの状態で地面に倒れた。
ポタポタと地面の土に汗が染み込む。
頭が痛く、クラクラと眩暈が起きる。
右手に持っているレイピアの刀身が淡く光り、重くなっていた。
まぁ、無理もない。
首を縊られ、ゴブリンとオークに追い駆けられ、不安と恐怖に潰れそうになっていたのだ。
その後、ティアの契約に大量の魔力を使い、後先考えずに沢山のゴブリンを殺したのだ。
体力だけでなく、魔力も少なくなって当たり前である。
荒い息を吐きながら、周りを見回す。
ゴブリンの死体が、二十体近く転がっている。
薄暗い通路には、ゴブリンの頭や胴体、腕や足、血や肉や内臓で酷い事になっていた。
魔力を帯びたレイピアはまったく汚れていないが、私の足や腕や体にはゴブリンの体液で汚れきっている。
「うっ!?」
興奮が冷めてきた私の鼻が、ゴブリンの血肉の臭いを敏感に感じ、吐き気が起きる。
水路に顔を向けて、胃の中の物を吐く。
一度、ゴブリンに引きずられていた時に嘔吐したので、今は胃液しか出ない。
私の胃液を感じて、数匹の魚の魔物が近づいてきた。ゴブリンを何体か水路に落して、餌にしてやったのに、まだ食い足りないみたいである。
その後、何回か嘔吐し、ようやく吐き気は収まった。
だが、頭痛は治らず、未だに頭がクラクラとしている。
体中の力が入らず気だるい。歩くのも億劫だ。
このまま地面に倒れて、眠ってしまいたい。
「ウガァァーー!!」
暗闇に支配されている通路の奥から怒声が響く。
ゴクリと唾を飲み、レイピアを強く握り締める。
体力切れ、魔力切れで、まともに動ける自信がない。
今すぐ逃げても、すぐに追いつかれてしまうだろう。
まったく、馬鹿みたいにゴブリンを無双をするのでなく、出口を探しながら逃げ続ければよかった。
後悔先に立たず。
強くなったと錯覚して、後先考えずに暴れていた自分を殴りたい。
私は何もかも弱いままであった。
「すぅー……はぁー……」
血の臭いが混じった空気を吸って、ゆっくりと吐く。
弱音ばかり吐いている訳にはいかない。
私と同化したティアの為にも生き残らなければいけないのだ。
私はレイピアに魔力を注ぎ、光り輝く刀身を暗闇から現れるオークに向けて構えた。




