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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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128 地下水路の死闘 その4

「はぁ? 契約? 私とティアが? なぜ?」


 私とティアが契約する事で何が変わるのか分からず、クエスチョンマークが頭に埋め尽くす。

 エーリカとは成り行きで契約をしてしまったが、私の事をご主人さま扱いするだけで、契約したからといって、この現状を打開できるとは思えない。


「おっちゃんと契約すれば、あたしがおっちゃんの魔力を直してあげるわー」

「魔力を? 元に戻るの?」

「まぁね。おっちゃんの魔力が回復すれば、今よりも楽にゴブリンの相手は出来るでしょ。まぁ、元が弱いからオークは無理そうだけど……」


 明かりのない真っ暗な場所で小声で話すティアの言葉を吟味する。

 たしかに今のままでは、ゴブリンを数匹相手にするので一杯一杯だ。もし魔力が回復すれば、重たいだけのレイピアが羽のように軽くなるし、目くらましの魔力弾も撃てる。手数が増えれば、出口まで逃げれる可能性は高い。

 少しでも生存の可能性が高まるのなら、願ったり叶ったりなのだが……。


「ティアたちにとっては、契約は特別なものなんじゃないの? 主従関係になるんだよね。ティアはそれで良いの?」


 危機的状況とはいえ、勢いで主従関係になるのはどうかと思い、ティアの意向を確認する。


「特別と言えば特別ね。お互いの魔力が結ばれて干渉する事になるし、どちらかが死なない限り、契約を解除する事は出来ない。一生の関係になってしまうわねー」

「じゃあ、止めた方が良いんじゃない? 自由を愛する妖精なんでしょ」


 初めてティアと会った日に無駄に長いティアの言葉を思い出した。

 その事を伝えると、ティアは「そ、そんな事、良く覚えているわねー」と恥ずかしそうに顔を背けた。


「ま、まぁ、その……短い付き合いだけど、おっちゃんの人柄も分かったし……魔術契約したとはいえ、あのエーちゃんが楽しそうにしているしね。あたしとしては、この場を乗り越えられるなら、契約ぐらいしても良いと思っている訳よー」


 息を吸う事もなく、ティアは「契約しても良い」と一気に捲し立てた。

 

「それで、どうするの? あたしと契約する?」


 私は、暗闇に浮かぶティアのシルエットを見ながら考える。

 私だけならいざ知らず、ティアの一生が掛かっているのだ。

 契約すると宣言する前に「うーん」と唸りながら悩むぐらいだ。

 朝食を目玉焼きにするかスクランブルエッグにするかを悩む程度の軽い決断ではないはず。

 だが、逆を言えば、悩んだ結果の宣言ともとれる。

 ティアはすでに覚悟は出来ているのだろう。

 それなら、私も覚悟を決めるべきだ。


 こんな場所で死にたくない。

 ようやく、この異世界の生活に慣れてきて、私が怪我をした事で心配をしてくれる知り合いも増えた。

 助かる希望があるのに、それを手放して無駄死にしてはいけない。

 最後まで足掻かなければ……。

 私自身の為にも……私を慕ってくれるみんなの為にも……。


「分かった。ティアと契約しよう」


 私も覚悟を決めた。

 ティアは、私の言葉を聞いて、ほっと胸を撫ぜ下ろしている。


「それで、どうすれば契約できるの?」

「契約手順は簡単よー」


 そう言うなりティアは、ヒラヒラの服を胸元まで下ろした。

 ティアの鎖骨の間に小さな魔石が(はま)っており、暗闇を僅かに照らしている。


「あたしの魔石に触れば、おっちゃんの魔力を吸収するわー。魔力が満たされれば契約は終わり。簡単ね」

「ああ、エーリカの時もそうだったな」


 まだ一ヶ月ぐらい前の出来事であるが、もう何年も前の事のように感じる。


「そうそう、おっちゃんの魔力が不安定で吸収する時、体内で抵抗が起きるけど我慢してよー」


 名も無き池の祠で起こった出来事が頭を過る。また気絶したらどうしようと不安になってしまう。


「気絶しても大丈夫。指さえ離さなければ、魔力を吸い続けるからー。絶対に魔石から手を離さないで」


 無理矢理魔力を吸い取られるなんて……自動人形とは名ばかりの実はスペースバンバイアなのかもしれない。


「じゃあ、さっさと始めるわよー」


 私が怖気づいていると、体の小さなティアが私の人指し指を掴み、鎖骨の間にある魔石へ触れさせた。

 体中に流れる魔力が指先に向かって流れるのを感じる。

 ゆっくりとティアの魔石に魔力が流れていくと、突如、鳩尾の傷跡が熱くなり、指先へ流れる魔力を攪拌されていく。

 体中が洗濯機になったように魔力が暴れ出し、筋肉が悲鳴を上げた。

 痛みと吐き気でティアから離れそうになるが、なぜか接着剤で固定されたみたいにティアの魔石と私の指がくっ付いて離れない。

 抵抗しようとする力に抗うように、無理矢理に指先へ魔力が流し込まれる。その為、ゆっくりとではあるが徐々に魔石が白く光り出してきた。

 名も無き池の祠の時と違い、私が倒れない程度に調整されて魔力が吸われるので、何とか意識を保てる事が出来ている。

 とは言え、痛いものは痛く、「……ッ」と苦痛の声が漏れてしまう。

 ティアに至っては、「くぅー」と艶めかしい声が漏れている。

 傍から見たら、胸元を空けた妖精に中年のおっさんが指を当てて、苦痛の声や艶めかしい声を上げている図で、絶対に人様には見せられない。私にとっては、決して楽しい状況ではないのだが……。

 脂汗を流しながら暴れ回る魔力に耐えていると、突如、ティアの魔石がカッと大きく光った。

 魔石から指が離れると、白い光の尾を作りながらティアは暗闇の中を飛び回る。

 蛍の光のような幻想的な景色を見ながら、私は壁に背を預けて、脱力した体を休ませた。

 

「おっちゃん、無事に契約は出来たわよー」


 魔石の光が落ち着いた頃、部屋を飛び回っていたティアが戻ってくる。


「いやー、おっちゃんの魔力、凄いわねー。エーちゃんが気に入るだけはあるわー。極上、極上!」


 火照った顔をしているティアが胸元の魔石を触りながら、うっとりとしている。

 魔力に良し悪しがあるのか分からないが、喜んでくれて何よりである。

 凄く疲れたけど……。


「それにしても、おっちゃんが別の世界の住人で、無理矢理、召喚されたとは……面白い人生を歩いているわねー。あー、笑える」


 エーリカもそうだったように、契約した事によりティアも私の魔力から個人情報が流れてしまったらしい。本当、魔力とは一体何なんだろうか?


「そんな事よりも、さっさと次の段階に行くわよー」


 私の強制召喚をそんな事扱いされてしまった。

 

「ん? 次って? 他に何かするつもりなの?」

「何をとぼけた事を聞くのよー。冗談は顔だけにしてよねー」


 酷い言われようである。


「おっちゃんの魔力を直すのが目的だったでしょー。契約はその前準備なだけ。じゃあ、始めるわよー」

「ちょ、ちょっと待って! そもそも、どうやって直すの? もしかして、痛かったりする?」

「あたしがおっちゃんの中に入って、直接、直してあげるわ」

「はぁ?」

「合体するの!」


 ますます分からない。


 合体って……まさか!?


 色々と不味いのでは? 今の私は中年のハゲのおっさんだよ。見た目だけは綺麗な妖精のティアをおっさんが色々としたら現行犯で逮捕だよ。世間は許さないよ。人として駄目だと思うよ。そもそも体格が違い過ぎない? いやいや、それ以前に私、女だし。可愛い子は好きだけど、別に同性愛者じゃないし、欲情は起きないよ。


「お、おっちゃん……何か変な事、考えてない?」


 潰れた虫を見るようにティアが徐々に遠ざかっていく。


「ご、誤解だって、誤解! 合体ね、内側から直すのね……ん? 内側? ティアを丸呑みにするの?」

「何であたしが食べられるのよー!? 融合するの! おっちゃんと一体化するの!」

「一体化? そんな事が出来るの?」

「まぁね、あたしはヴェクトーリア製魔術人形二型二番機ティタニアよ。優秀な妖精なんだからー」


 まったく説明になっていない。

 この後、ティアに細かく聞いてみた。

 そもそも私の魔力が不安定な原因は、私の胸に残っている傷痕が原因らしい。

 傷痕には、私が使うレジストのような魔術が残っており、それが原因で不調をきたしているそうだ。

 何回かティアの魔力で一時的に直して貰った事はあるが、これはティアの魔力で一時的に傷痕に残る魔術を無力化しただけで、直した訳ではない。

 私の体内にこびり付いている傷痕の魔術を完全に治すには、体内から直接干渉する必要があるとの事。

 それが今のティアなら可能らしい。

 私と契約したおかげでティア自身の力が増え、さらに私との魔力による絆が紡がれた事で、私との同化が可能らしい。

 合体、融合、一体化、同化?

 色々な言い方はあるが、まったく意味が分からないですけどー!

 ティアは、妖精の姿をした自動人形だよ。に、ん、ぎょ、う!

 紅茶とミルクを混ぜてミルクティーを作る訳じゃないんだから。何で人間の私と人形のティアが混ざり合えるの? 

 ……と疑問に思う事が多々とあるのだが、毎日、何体もの分身体を作っては、元に戻る事が可能なティアである。私と同化する事ぐらい出来そうではあるのだが……何だか釈然としない。


「おっちゃん、深く考えても答えは出ないわよー。出来る事は出来るんだから、そんなものだと思っていればいいのよ。それにあたしと合体してもおっちゃんの傷跡が治るだけで、別に赤い髪の毛が生えたり、羽が生えたりもしないからねー。可愛くもならないから、悪人顔もそのままってわけ。安心していいわ」


 それフォローになっていない。


「それで私と合体したら、ティアはどうなるの? 元に戻るの?」

「戻れないわ」

「えっ!?」


 戻れないって……ずっと私と同化しているって事? それで良いの? 今、この危機的状況を打開する為の代償がこれ? あまりにも高すぎない? それで良いの、ティア?


「おっちゃん、あたしは覚悟を決めたの。おっちゃんも覚悟を決めたんでしょー。生き抜くんでしょー」

「でも、ティアが居なくなるんだよ」

「居なくならないわよー。おっちゃんの中に入るだけー。あたしとはもう会えないけど、死ぬ訳じゃないの。おっちゃんと共に生き続けるだけよー」


 私が覚悟を決めたのは、ティアとの魔術契約をする事だけだ。

 まさか、私の魔力を直す為だけに、ティアの一生を駄目にしてしまう決断をしなければいけないとは……。

 私は他人の人生を背負ってまで生き抜くほど、誇れる人間ではない。

 変な映画が好きで、ゲームばかりしている半引き籠りの根暗女だ。興味のある話題が他人とズレているので友達はゼロ。本当の家族とも疎遠である。一人が好きなボッチであり、この世界に来てからは加齢臭のするおっさんの姿である。

 そんな私にティアの人生を背負う程の価値はない。

 

「おっちゃん、歯を食いしばれッ!」


 グチグチといつまでも煮え切らない私の顔をティアがパチーンと叩いた。

 体の小さいティアの平手は、まったく痛くない。

 だが、いつも無駄口ばかり垂れ流しているティアが至極真面目な表情で私の瞳を見つめているので、叩かれた頬よりも心がズキリと痛んだ。


「さっきも言った通り、あたし自身が勝手に覚悟を決めた事。自分勝手に決めた事なんだから、おっちゃんはあたしに巻き込まれれば良いの」

「…………」

「元の世界に帰るんでしょ! そして、ケモ耳うんたらという遊びをするんでしょ! だったら、あたしの事なんか関係なく、自分勝手に生きなさい!」

 

 ……ああ、そうだった。

 私は『ケモ耳ファンタジアⅡ』をプレイしたかったんだ。その為には、何が何でも元いた世界に戻らなければいけない。

 いつも飄々(ひょうひょう)として無駄口ばかり垂れ流しているティアにその事を教えられるとは……。

 つい私の口から笑いが零れる。


「お、おっちゃん……急にニヤついて気味が悪いんですけどー」

「気のせいだよ」

「そ、そう……?」


 不気味な物を見る目でティアが遠ざかる。そんな彼女に私はニッコリと笑う。おっさん顔で……。

 それにしても、魔力契約しただけで、何で『ケモ耳ファンタジアⅡ』の情報まで流れてしまうのだろうか? もしかして、人には言えないあれやこれやの秘密まで流れていたら……もうお嫁にいけない。


「ティア、今回は本当に覚悟を決めた。任せても良いかな?」

「もちろんよ!」


 私が「ありがとう」と呟くと、ティアは「どういたしまして」と返ってきた。

 その後はあっという間であった。

 私の鳩尾にある傷痕に手を合わせたティアが淡く光り輝く。

 目を閉じているティアの体が徐々に薄くなり、闇に染まった地面が体越しに見え始める。

 そして、輪郭から光の粒へと変わり、私の体へと入っていった。


「あたしは消えるけど、おっちゃんは一人じゃないからね。二人で無事に脱出するわよー」


 そう言い残し、完全に光の粒へと変わったティアは私の中へ入り、消えてしまった。

 静寂が支配する真っ暗な部屋の中で、私は一人取り残される。

 だが、決して一人だけのボッチではない。

 私の中にはティアがいる。

 胸が熱い。

 鳩尾にある傷痕から熱を発し、苦しくて地面に蹲る。

 今なら分かる。

 傷痕にへばり付いた魔力は異物だ。

 呪いに近い魔力の異物をティアが取り除いている。

 私は脂汗を流しながら、胸を抑え、我慢する。

 ティアが何とかしてくれる。

 私はただ我慢していればいい。

 額を地面に付けて我慢していると、岩のように固まっていた異物が徐々に砂塵のように崩れていき、消えていくのが分かった。

 

「ンギャ、ンギャ」


 暗闇の中、地面に蹲っている私に明かりが射した。

 松明に照らされる私を一匹のゴブリンが首を傾げて、私を観察している。

 

「ギャッギャッ!」


 体を丸めて一人で苦しんでいる私に向かって、ゴブリンは楽しそうな声を上げる。

 そして、錆だらけのナイフを握り締めると、ゆっくりとナイフを持ち上げ始めた。

 そんなゴブリンを私は脂汗塗れの顔で睨む。

 そして……。


「ンギャッ!?」


 ……鞘から抜いたレイピアを下から上へと斜めに振った。

 脇腹から肩へと袈裟斬りになったゴブリンが二つに分かれて地面に転がる。

 レイピアの刀身が光り輝き、暗闇に支配されていた部屋が照らされる。

 

 魔力の入ったレイピアって、こんなにも軽かったけ?


 今まで重いレイピアばかり振っていたので、久しぶりの軽さに驚いてしまう。

 鞘を握る力以外、まったく力はいらない。

 ヒュンヒュンと腕を振ると、危なげなく刀身が付いてくる。

 いや、レイピアだけではない。

 体が驚くほどに軽い。

 長年、苦しめられていた肩凝りや腰痛が無くなり、全盛期の若い頃に戻った気分だ。っと述べたが、私は見た目に反して、肩凝りも腰痛も経験した事のない女子高生なのでただの例えである。

 傷痕の異物感が無くなった私は、とても調子が良かった。

 遠くの方からゴブリンの声が近づいてくるが、不安に支配される事はない。

 今なら何とかなる。

 私とティアの二人で一人なら。

 

 自信に満ちた私は、魔力でレイピアを光らせながら、ゴブリンのいる通路へ歩を進めた。


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