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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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127 地下水路の死闘 その3

 暗闇の中、慎重に通路を歩いていく。

 視界はゼロに近い。

 すぐ横に水路が流れており、足を滑らせて落ちないか不安である。

 松明を置いてきたのが非常に心残りであるが、オーク戦でさらに短くなり持つ事が出来ないので仕方がない。

 そんな状況のまま夜目の効くティアに腕を引かれながら、見えない通路を右へ左へと進んでいた。


「ティア、やたらと曲がったりしているけど、迷ったりしてないよね?」

「あ、あたしを誰だと思っているのよー! 妖精よ、妖精! 迷宮と言えば妖精の代名詞。迷うはずないじゃない。ただ、迷路みたいに入り組んでいるだけよー」


 迷路って……余計に不安になってくる。……って言うか、先程、行き止まりに行きあたり、引き返したらオークと戦闘になったのを忘れたのだろうか?

 いまいち安心できない状況だ。


「これだけ入り組んでいれば、ゴブリンたちもまけるわねー」


 確かに迷路のような地下水路なら、私たちの後を追ってくるオークやゴブリンも迷子になってしまうだろう。だが、私たちも人の事は言えないのだが……。


「ほ、本当に迷子になってない?」

「ま、迷子には……なっていないわー。同じ場所は通っていないものー。……たぶん」


 滅茶苦茶、不安である。


「出口はありそう?」

「今の所、それっぽいのは無いわねー。いったい、ここは何処なんだろ?」


 地上に出て現在位置が分かれば、ティア同士の共有認識で助けが来てくれる筈だ。

 オークやゴブリンから逃げながら地上を目指す。これが今の私たちの目標である。


「おっちゃん、頭を下げてー」

「ああ」


 ティアに言われた通り頭を下げて進むと、ガツンと通路の出っ張りに頭をぶつけて、地面に(うずくま)った。


「あちゃー、もっと、下げなきゃー」

「も、もっと詳しく教えて……」


 私とティアでは体のサイズが違い過ぎて、こういう事がたまに起きる。

 曲がり角を曲がる時、出っ張りに肩をぶつけたり、小さな水路に足が嵌ったりとまったく見えない状況で空を飛んでいるティアに腕を引かれて歩いているのだ。人間は暗闇の中では生きられないと分かる瞬間である。

 そんな些細なトラブルを乗り越えながら、ゆっくりと暗闇の地下を歩いていると、通路に漂っている空気が変わったのが分かった。

 生活臭の悪臭ではなく、金属などの鉄臭い臭いが漂っている。

 

「臭いが変わったね。もしかして、別の区域に入ったのかな?」

「壁の色や水の色も変色しているわー」


 目が見えない分、鼻や耳が敏感になっている。

 臭いだけでなく音にも変化がある事に気が付いた。


「ん? おっちゃん、どうした? もしかして、便所か? 男なんだから、その辺で済ませれば良いんじゃない」


 足を止めた私に見当違いの事を呟いているティアを無視して、来た道に耳を澄ませる。

 右も左も見えない闇の奥を睨んでいると……。


「ゴ、ゴブリンたちが追い付いてきた!」


 音からしてまだ遠いが、確かに「ギャアギャア」とゴブリンの声が聞こえる。

 それも一匹や二匹ではない。

 沢山の「ギャアギャア」が聞こえる。

 

「もう!? 早くない!?」


 確かに早い。

 若干の夜目が利くとはいえ、私たちは相当の数の曲がり角や横道を入って進んでいる。

 迷路のような地下をピンポイントで私たちに追いつくには、早すぎる気がする。


「数に物を言わせた人海戦術のローラー作戦で追いついたのかも。または、私たちの臭いを嗅ぎつけているのかな? どちらにしろ、すぐそこまで来ているよ」

「急いで逃げるにしても、この先は通路が狭くなっているし、視界が利かないおっちゃんでは、走るのは危険ね……って、前方からも声が聞こえるわー!」


 ティアの報告通り、前方からもゴブリンたちの声が聞こえ始めてきた。

 まずい! このままでは、前後から挟まれる形になる。

 前回みたいに、前方のゴブリンを片付けて先に進むのがベストかもしれないが、明かりの無い暗闇で戦闘をしても私では勝ち目がない。


「どこかへ隠れよう!」


 私の提案を聞いたティアは、「こっち!」と私の手を引いて案内してくれる。

 暗闇の中、右へ左へと進み、辿り着いたのは、すえた臭いのする場所であった。ティア曰く、大きな岩が転がっているので、隠れるには好都合だと決めたらしい。

 私たちは、岩の影になっている部屋の隅に腰を落として息を潜める。

 

「何とも言えない臭いがするんだけど……この場所、大丈夫?」

「おっちゃんには見えないから分からないと思うけど、地面に小動物の骨が沢山転がっているわー」


 ……それって、ヤバくない?

 

「ね、ねぇ、もしかして、ここは魔物の餌場だったりしない? 隠れちゃいけない場所だったりしない?」

「…………」

「えーと……ティアさん?」

「……ちょ、ちょっと、確認してくる」


 ティアも不安になったのだろう、真っ暗な部屋の隅に私を置いて、どこかへ飛んで行ってしまった。

 急に一人になり、恐怖と不安が襲ってくる。

 キョロキョロと周りを見回すが、暗くてまったく見えない。

 ゴブリンたちの声は聞こえないので、ここに居ればゴブリンたちの事は当分安心であるが、動物の骨が気になって落ち着かない。

 

「おっちゃん!」

「うわっ!?」


 すぐ横からティアの声が聞こえ、驚いて声が出てしまった。


「いやー、凄い、凄い! あんなの初めて見たわー! 吃驚仰天だわー!」


 吃驚したのは私なのだが……。

 それよりも、どうして、そんなにテンションが高いんだ?

 『珍しい』を具現化した妖精が驚いているのだ。余程、珍しいものを見つけたのだろう。子供の乳歯でも見つけたのかな? それなら硬貨と交換しなきゃね。


「えーと……何を見つけたの?」

「この部屋の奥に別の部屋に通じている穴があったから覗いてみたのよー。そしたら、そこには大きなスライムが居たわー」

「えっ? スライム? それだけ?」


 私の予想を大幅に下回る報告で、つい落胆してしまった。


「おっちゃん、ただのスライムじゃないわ。部屋全体を覆っちゃうぐらいのどでかいスライム。それもアシッドスライムよー」


 アシッドって言うと、酸性って事だよね。生き物なら何でも溶かしてしまう酸性スライム。それも部屋を覆う程の大きさのスライム。それが隣の部屋にいるの?


「それって大丈夫? 襲ってこない?」

「腹が減っていないのか、部屋の中央で震えているだけだったわー。おっちゃん、間違っても隣の部屋には行かない事ねー。間違って入って、アシッドスライムの体内に入ったら、溶けて死ぬわよー」


 何て恐ろしい場所なの!? トラップなの!?

 ゴブリンやオーク、魚の魔物だけでなく、巨大アシッドスライムまでいる地下水路。魔物の巣窟じゃない。本当にここは何処なんだろう?


「おっちゃん、口を閉じて! ゴブリンたちが近づいている!」


 私の口を閉ざしたティアは、私の肩の上に移動して気配を消す。

 私も地面の上で身を屈め、息を潜めた。

 心臓の高鳴りを聞きながら、私たちのいる部屋の入口を見つめる。

 研ぎ澄まされた聴覚に、ゴブリンたちの声が聞こえ始めた。

 「ギャアギャア」と喚きながら、徐々に近づいて来ている。

 ゴブリンたちは松明を持っているようで、私たちのいる部屋の入口が徐々に明るくなっていった。

 私の肩の上に待機しているティアは、真面目な顔をして入り口を睨んでいる。

 見つかったらすぐに飛び出せるように、震える手でレイピアの柄を握り締めた。

 松明を持ったゴブリンが部屋の前に立つと、私のすぐ横まで松明の明かりがさし込んでくる。


 頼むから部屋に入って来るなよ!


 呼吸を止めて、心の中で願う。

 そんな私の願いが叶ったのか、松明を持ったゴブリンは、部屋の中に首を突っ込み軽く見回すと、さっさと別の場所へ移動した。

 私とティアは、ほっと息を吐いた。

 仕事熱心じゃないゴブリンで助かった。

 だが、安堵するのも束の間、ゴブリンたちの声に交じって、「ウガァー、ウガァー!」と怒声のような声が聞こえた。

 そのすぐ後、ドスドスとオークが私たちが隠れている部屋に一歩二歩と入ってきた。

 ドクンと心臓が跳ねる。恐怖と不安で一気に頭の中が真っ白になり倒れそうになる。


 何て仕事熱心のオークなんだ!


 ゴブリンならまだしも、オークが相手では無事では済まない。

 絶対に見つかってはいけない。

 私は亀のように身を丸め、なるべく見つからないようにする。

 松明を持っていないオークは、部屋の中央まで行き、足を止めた。

 真っ暗な部屋の岩の影に隠れているので、直接見られなければ発見される事はない。

 オークはスンスンと鼻を鳴らしながら、辺りを見回し始めた。

 オークの鼻が良いという話は聞いた事は無いが、当のオークは臭いで私たちを探しているみたいだ。

 極度の緊張で呼吸が荒くなった口を手で押え、必死に耐える。口臭で発見されたら、笑い話にもならない。加齢臭については、どうしようもないのだが……。

 しばらく、部屋の中央で立ち尽くすオークのシルエットを岩の影から見ていると、何事も無かったかのように奥へと歩いていった。

 緊張で固まった筋肉が弛緩し、嫌な汗が流れ出す。

 すえた臭いが充満している部屋だ。私の加齢臭を発見する事は出来なかったみたいでほっとする。

 隣の部屋に行ったオークはすぐに早足で戻ってきた。巨大なアシッドスライムを見て、驚いたのだろう。

 そして、オークはそのまま部屋の入口まで向かう。


 良し、良し。そのまま、帰ってくれ。


 震える体を抱いて必死に願っていると、私の肩口にズシリと重い物が乗ってきた。

 ティアかと思ったが、当のティアは反対の肩に乗っている。

 その物体は、毛に覆われていて、とても泥臭い。

 そして、その物体が肩から胴体へと移動すると、細長い紐のような物が首筋を撫ぜてきた。


 も、もしかして……。


 血の気を失せた私に対し、その物体から「キュー」と小さな鳴き声が響いた。

 

 ネズミだ!?


 謎の物体の正体に気が付いた私は、バタバタと手で払いネズミを追い払ってしまった。

 ネズミを遠ざけた勢いで、コツンと地面の小石を蹴っ飛ばしてしまう。


「ウガッ?」


 オークの足が止まる。

 そして、ゆっくりと私たちの方を振り返った。


 ……し、しまった。


 ズシズシと岩の影に隠れている私たちに近づいてくる。

 鼓動が速くなり、心臓が破裂しそうだ。

 頭がクラクラしてくる。

 暗闇の中、オークのシルエットが岩の隙間から見え始めた。


 駄目だ! 見つかる!


 覚悟を決めて、震える手でレイピアの柄を掴む。


「キュー、キュー」


 オークと視線が交わる瞬間、ネズミが地面を駆けて、オークの横を通り過ぎていく。

 オークは足を止め、走り去ったネズミを見つめてから通路へと戻って行った。


 た、助かった……。


 体中の力が一気に抜けて、こてりと地面に倒れた。

 ティアも盛大に溜め息を吐いている。

 壁越しにゴブリンたちが騒いでいる声が聞こえる。たぶん、ネズミを追いかけているのかもしれない。



 ………………

 …………

 ……



「ちょっと、様子を見てくる」


 ティアが入り口の方へと向かった。

 ゴブリンとオークが部屋の確認した後は、落ち着いたものである。

 まだ、遠くの方でゴブリンたちの声は聞こえるが、近くにはいない。

 すぐに行動できるように、緊張した筋肉を揉んでほぐしておこう。


「オークの姿はないけど、ゴブリンはそこら中にいるわー。今、動いてもすぐに見つかって、集まってきたゴブリンに袋叩きに遭うわねー」


 偵察してきたティアから嫌な報告が発せられる。


「じゃあ、当分、ここで隠れているしかないか」

「いや、ここもすぐに見つかるわ。また、順番に通路や部屋を確認していたものー。余程、私たちを見つけたいみたいねー」


 ティアの報告を聞く限り、私たちに二つの選択肢がある。

 一つは、見つからない事を祈りながら、このまま部屋の隅で染みと化すか、もう一つは、強硬突破である。

 ただ、ティアの報告では、身を隠していても見つかるのは時間の問題みたいだ。

 それなら、ゴブリンを蹴散らして、走り抜けるか。

 だが、これもあまり得策ではない。

 真っ暗な通路を夜目の利かない私が走り続ける事は無理がある。

 ティアに手を引かれたからって、どうしても足の進みは遅い。

 それなら、松明を持っているゴブリンを襲ってから逃げるか?

 視野は狭いが、松明さえ手に入れば、小走りぐらいはできる。

 有り難い事に、この地下水路は迷路みたいに入り組んでいるので、一旦、距離を開ければ、早々に追いつく事は出来ないだろう。

 だが……もし、逃げた先が行き止まりだったら袋のネズミである。

 一匹二匹なら何とかなるが、逃げ場のない場所で大量のゴブリンに襲われたら、すぐにタコ殴りにされてしまうだろう。

 うーん、どうしよう……。


「あっ、それか奥にいるスライムを動かして、ゴブリンたちにぶつけられない?」


 別の案を思いついた私は、ティアの判断を聞いてみた。


「止めた方がいいわよー。何も考えていないスライムが、あたしたちの都合よく動いてくれる保障はないわね。下手すると、おっちゃんが丸呑みにされて、骨以外溶かされるわー」

「うわー、それは嫌。じゃあ、無理にでも逃げるしかないかな?」

「それなんだけどねー……」


 私の問いかけにティアは「うーん……」と唸り出した。

 一切悩みのなさそうなティアが唸っている。もしかして、トイレに行きたいのかと尋ねたら、「違うわよー!」と怒られた。


「ただ、このまま逃げるよりも、もっと生き残れる可能性がある方法があるのよー」

「えっ、そんな方法があるの? 何で今まで黙っていたの?」


 生き残れる希望が出てきた私は、期待に満ちた声でティアに方法を尋ねた。

 すると、ティアは……。


「ちょっと、手順がねー」


 ……と、口籠ってしまう。

 もしかして、魚の魔物がいる汚水の中を泳いで逃げるとか、ゴブリンの真似をして逃げるとか、レイピアで天井に穴を掘って逃げるとかだろうか? と思いつく方法を言ったら、「そんな非現実的な方法な訳ないでしょー」と馬鹿にした顔で否定されてしまった。


「このまま、ここに留まってもゴブリンたちに見つかるわー。それなら地上に向けて逃げるしかないわけ。だけど、ゴブリンたちはそこら中にいるし、魔力が不安定のおっちゃんは暗闇を見渡せないしで、安全に逃げる事は出来ないよねー」


 オークもいるし、迷路だし、出口がどこにあるのかも分からないし、と付け加えられた。


「少しでも不安要素を減らす為に……」


 そこでティアは口を閉じて、「うーむ……」と唸り始めてしまう。

 ティアが何を悩んでいるのか、まったく分からない私は首を傾げるのだった。

 しばらく見つめていると、目を閉じて自問自答をしていたティアは、「決めた!」とくわっと目を開けた。


「覚悟は出来たわー! おっちゃん、あたしと契約するわよー!」


 腰に手を添え、無い胸を反らしたティアは、顔を赤く染めながら力強く告げたのであった。

 

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