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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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125 地下水路の死闘 その1

「ホブコブが居たんだった!」

「ホブ? 違うわよー! あれはオークよ!」


 私の勘違いをティアが冷静に訂正してくれる。

 上位ゴブリンのホブゴブリンだと思っていたら、実は種族の違うオークだったらしい。

 そもそも何で、ゴブリンの群れにオークが混じっているのだ?

 ここに私の疑問に答えられる者は居らず、当のオークは仲間割れをしているゴブリンの元まで近づくと、手に持っていた大木のような棍棒を一振りした。

 ブオンっとここまで風が飛んできそうな音を立てながら、二匹のゴブリンに当たる。木の葉のように吹き飛んだコブリンは、土くれの壁へぶつかり、ベチャと潰れた。

 その後、オークは腕を返す勢いで棍棒を振ると一匹のゴブリンの頭に当たり、胴体を残し頭が破裂してしまった。

 容赦のないオークに数匹のゴブリンが同時に襲い掛かるが、大木のような棍棒を振り回すだけで、面白いようにゴブリンがバラバラになって飛んでいった。

 どうやら、オークとゴブリンの間に仲間意識は無さそうである。

 そう私が思っていると、「ウガガァァーーッ!」とオ一クが叫ぶと、ゴブリンたちはオークを襲う事を止めた。

 ゴブリンたちが大人しくなったのを見たオークは、私たちに棍棒を向けて「ウガァー!」と叫ぶと、ゴブリンたちが私たちに向かってきた。

 オークとゴブリンの間に仲間意識は無いが、支配階級はあるみたいだ。

 

「おっちゃん、立てる? さっさと逃げるわよー」

「ああ」


 オークに命令された所為か、ゴブリンたちはすぐに私たちに襲い掛かる事はせず、ゆっくりと歩を進め、距離を縮めてくる。

 両足の縄をティアに切ってもらい、覚束ない足で立ち上がる。

 呼吸も荒く、頭がフラフラとするが、完全に回復するまでゴブリンは待ってくれない。

 ティアからレイピアを返してもらうと、手の甲がズキリと痛んだ。手を見ると、皮が剥がれ、真っ赤な血で汚れている。痙攣した衝撃で縄が外れたが、その代償に手の皮が破れてしまったようだ。

 ズキズキと痛む手でレイピアを握り、魔力を流してみるが、相変わらず上手く流れない。

 魔力を流せないレイピアは、私にとって重いだけの長物(ちょうぶつ)である。使い勝手が悪いので、レイピアを鞘に戻し、壁に立て掛けてある松明を手に持った。

 ボボボッと炎で燃える松明をゴブリンに向けると、一匹のゴブリンが横から襲い掛かってきた。

 刃こぼれの酷い果物ナイフのようなナイフを私に向けて突き刺してくる。

 私は急いで横に避けて、松明の先端でゴブリンの顔を殴ると、ジュウっと顔が焦げたゴブリンは痛みで、遠ざかっていった。

 別のゴブリンが、正面から駆けてくる。

 松明の炎を向けると、ゴブリンは足を止めて尻込みをする。私はすぐに駆けて、松明でゴブリンの体を殴る。ゴブリンは火の粉を纏いながら面白いように転げていった。

 別のゴブリンもジリジリと近づいてきていたので、松明の炎で脅し、怯んだ所を蹴りで吹き飛ばした。


 あれ、もしかして、私って強くなってる?


 いや、ゴブリンが弱いのか。

 武器を持っているとはいえ、人間の子供のような姿のゴブリンだ。動きも早くなく、予想し易い単純な動きをする。それに体が軽い為、蹴ったり松明で殴るだけで、ゴロゴロと面白いように転がっていく。

 ゴブリンなら一般人のレベルまで上がった私でも何とかなる。

 そう思っていると……。


「おっちゃん、ゴブリンの恐ろしさは集団戦よ。一気に襲ってきたら、おっちゃんなんか、すぐに蟻の集団に襲われるセミみたいに分解されちゃうわー。怯んでいる隙にさっさと逃げるわよー」


 ティアは、広場の奥に空いている横穴を指差して、私の服を引っ張る。

 自分たちに恐れたと思ったのか、数体のゴブリンが「ギャアギャア」と同時に襲ってきた。

 簡単には逃がしてくれないようだ。

 一番に駆けてきたゴブリンに松明の炎で怯ませると、松明で頭を殴った。

 後ろにいたゴブリンが気絶したゴブリンを踏みつけながら、短い槍で私を突いてくる。

 私は一歩後ろへ下がり、槍を躱しつつ、タイミングを見て蹴りを放ってゴブリンを遠ざけた。


 「しまった!?」


 変な恰好で蹴りをした所為で、足がもつれ、倒れてしまった。

 すぐに横からきた別のゴブリンが、上から覆いかぶさるように地面に倒れた私の腹にナイフを付き立てた。

 ガスっと音を立てたナイフは皮鎧に突き刺さって止まる。

 一気に冷や汗がでる。

 玩具のようなナイフであるが、腹に刺されば痛いし、動けなくなる。皮鎧を着ていてよかった。

 皮鎧に刺さったナイフを抜こうとするゴブリンに拳を叩きつけて離す。

 私は、皮鎧に刺さったナイフを引き抜き、拳で倒れたゴブリンに投げつける、ブスっとゴブリンのお腹にナイフが突き刺さった。

 

「うわっ!?」


 手斧を持ったゴブリンが、お腹にナイフを生やしたゴブリンを飛び越えて、私に向けて飛んできた。

 私は、お尻を引きずるように急いで後方へ下がると、股が合った場所に手斧が刺さった。

 すぐに落とした松明を拾い、火のついた先端をゴブリンの顔に押し付ける。ジュウと良い音を出しながらゴブリンの顔を焼くと苦痛の叫び声を上げて、のたうち回った。

 

「ウガァー、ウガァー!」


 オークが叫ぶと、一段下にいたゴブリンたちがワラワラと私の方へ向かってきた。

 これは駄目だ。

 一匹二匹ならまだしも、大量のゴブリンを相手に出来る程、私には実力も体力も経験もない。

 それに、つい先程まで首を(くび)られて死ぬ直前だったのだ。体調は最悪である。


 うわっ、別の横穴からゴブリンが新たに現れたよ。

 これでは切りがない。

 どうしよう?


「『幻夢』! 『幻夢』! 『幻夢』!」


 私の前に移動したティアが、三匹のゴブリンに幻影の魔術を掛けた。

 顔を靄で包まれたゴブリンは、後ろを振り返り、手近のゴブリンに襲い掛かっていく。


「逃げるわよー!」


 ティアが、私の腕を引っ掴み、奥の横穴へと進む。

 ゴブリンたちの仲間割れの音を聞きながら、松明を持って、私とティアは暗い通路へと逃げた。



「はぁ、はぁ、はぁ……」


 真っ暗な通路を松明の光だけで進んでいく。

 息が上がる。頭が痛い。腕と足が重い。

 極度の緊張と首を縊られた後遺症で、頭と体がフラフラする。


「す、少し……休ませて……」


 私の前を飛んでいたティアが、収納魔術から水の入った革袋を取り出してくれた。

 私は一気に水を飲み、人心地つく。

 

「今更だけど、助かったよ、ティア」


 ティアがタイミング良くウェストポーチに忍び込んでいなければ、今頃、本当に死んでいただろう。その事実を思い出すと背筋が凍りつくが、それに比例してティアに感謝の念が高まる。


「感謝するには、まだ早いわよー。すぐにもゴブリンたちが追いかけてくるわー」


 松明の炎で照らされる小さな範囲しか視認できない私と違って、暗闇でも見渡せるティアは来た道を眺めて、不安な事を呟く。

 このまま興味を失って私たちを無視してくれればいいのだが、なぜか私を神聖な生贄を捧げるように、拝みながら殺そうとしたのだ。すぐにでも捕まえに来そうで怖い。


「ティアは、ここが何処か分かる?」

「ずっと、おっちゃんの小物入れに入っていたから、分かる訳ないでしょー」

「ですよねー」

「別のあたしと共有した限り、急にいなくなったおっちゃんをみんなで捜索しているみたいねー。ただ、あたしから真っ暗な通路の情報を送ってもすぐにこの場所を特定するのは難しそう」


 離れたティア同士の意識は、僅かな意識と視界映像しか共有できないと以前言っていたのを思い出す。すぐに救助が来るのは難しそうだ。

 それなら出口を見つけて、地上に出れば、現在地も分かるだろう。

 そう出口だ。そこを目指そう。

 目標が出来たおかげで、気分が晴れてきた。

 それにしても、みんなで私を捜索してくれているんだ……折角、慰労会で楽しんでいたのに、迷惑を掛けてごめんね。つけはゴブリンとオークが払うからね。

 水の入った革袋をティアに返し、先に進もうとした矢先、つい足を滑らせて、通路の横を流れている水路に片足を突っ込んでしまった。

 バシャっと片足が汚水塗れになる。

 ゴブリンに引きずられていた通路の水よりも汚くないが、それでも汚水は汚水だ。

 気分が晴れたのに、すぐにだだ下がりになってしまった。


「何やっているのよー」

「つい足を滑らせて……痛っ!?」


 汚水の入った足に激痛が走った。

 急いで足を引き上げると、黒色に黄色の縦模様のついた石鯛のような魚が足に付いている。

 ズボンの上からでも痛みを伴う鋭い刃が脛当ての隙間を狙って、私の足に噛み付いていた。

 

「痛い、痛い、痛いっ!」


 涙を流しながら素手で魚を掴もうとするが、トゲトゲのヒレが邪魔で掴めない。

 急いで松明を握り、炎で炙ると、魚はくわっと歯を離し、水の中へと逃げていった。


「何て恐ろしい場所なの。汚いだけでなく、魚の魔物までいる」

「おっちゃん、遊んでいないで前を見て。ゴブリンが来たわ」


 恐怖の目で水路を眺めていたら、ティアから聞きたくない報告が飛ぶ。

 魚の魔物がいる水路から目を放し、来た道を見つめると、「逆よ」とティアが訂正した。


「あたしたちが向かおうとする先から数体のゴブリンが来るわ」


 前から来るの?

 もしかして、回り込まれた? それか、元から通路の先で待機していたゴブリンか?

 いったい、この通路に何体のゴブリンが居るのよ!?

 後ろへ下がる事が出来ない私たちは、前方のゴブリンを迎え撃つ事になった。

 松明を前方に向けて通路を照らす。見えるのはせいぜい三メートル程度。まったく見えないと言っていい。

 地の利の無い場所で迎え撃たなければいけない。

 震える手を伝って松明が揺れる。

 ユラユラと揺れる松明の炎で作り出された影法師に目が奪われると、シュっと何かが耳の近くを通り過ぎていった。



 ―――― 避……け…… ――――

 


「えっ!?」

「おっちゃん! しゃがんで!」


 ティアの叫びを聞いて、すぐに膝を折り、地面に倒れる。

 その瞬間、頭上を三本の矢が飛んでいった。


 そうだった! ゴブリンは弓矢も使うんだった!


 (やじり)の付いていない矢が地面に転がっているのを見て、すぐに松明を横へ捨てた。

 明かりは不味い。

 こんな暗闇の中で松明を持っていたら良い的である。

 中腰のまま、松明の代わりにレイピアを抜いて、前方に向ける。

 重くて扱い難いが代わりになる物がないので仕方がない。


「ティア、魔術でゴブリンに幻を見せれない?」


 私と同様、地面に伏せているティアに尋ねたが、「距離が開いていて無理よー」と返ってきた。

 ゴブリンの放つ矢が、次々と捨てた松明の方へ飛んでいく。

 ゴブリンは人間よりも夜目が利くが、暗闇の中、地面に伏せている私たちをはっきりと見える程ではなさそうだ。

 

「ティア、ゴブリンたちが歩き出したら教えて」


 このまま地面に伏せていても意味はない。反撃して道を開けなければ、後方にはさらに多いゴブリンとオークが居るのだ。


「向かって来たわ! 今よ!」


 こっちに向かって来たという事は、弓矢の矢が切れたのだろう。

 ティアの合図で、私は矢の刺さった松明を拾って、前方に投げた。

 力いっぱい投げた松明は、クルクルと炎の線を描きながらゴブリンの姿が見える場所まで飛んだ。

 私は立ち上がり、ゴブリンの元まで走る。

 数は三匹。

 その内、両端にいた二匹のゴブリンから弓を引く姿が見えた。


 ええー! まだ、在庫があったの!?


「『幻身』!」


 ティアの魔術で、私の体に白い靄が纏わりついた。

 二匹のゴブリンから放たれた矢が私に向かって飛ぶが、僅かに位置がずれて、体のすぐ横を通り過ぎていった。

 肝を冷やしたが、私はそのままレイピアを前に突き付けたまま、真ん中にいるゴブリンに突進する。

 真ん中のゴブリンは玩具のようなナイフで迎え撃つが、リーチが長い分、危なげなくゴブリンの胴体を貫いた。だが、情けない事にゴブリンを貫いた反動で、手からレイピアが抜けてしまった。

 両端のゴブリンが、腰蓑に下げている木の棒と手斧を取り出すのが見えた。

 手斧を持ったゴブリンが私の足に向けて振ってきたので、大きく後ろへ下がり、地面に落ちている松明を拾う。

 木の棒を振ってきたゴブリンを横へ躱し、後頭部に向けて、松明を叩きつけた。

 火の粉を巻き散らかした松明が途中で折れる。

 扱い易い松明が使えなくなったので、地面に倒れているゴブリンを、そのまま頭を蹴り上げて止めを刺した。鈍い音が通路に響き、嫌な感触が足を伝った。

 

 これで二匹。


 残りの一匹は? と周りを見回すと、「おっちゃん、上!」とティアの叫び声が聞こえる。

 壁の窪みを利用して上から襲ってきたゴブリンが、私の頭に向けて手斧を振り落としてきた。

 とっさに左手で頭を庇うと、ゴブリンの手斧が左手の手甲に当たり、ガツンと腕に衝撃を受けつつ刃を逸らす。

 そのまま私とゴブリンは重なるように後ろへ倒れた。

 ゴブリンが私の首に手を回して首を絞め出したので、ガリガリに痩せているゴブリンの体を両手で持ち上げ、横に流れる水路へ投げ捨てる。

 バシャンと水飛沫をあげたゴブリンは、水面に顔を出すと「ギャアギャア」と苦しみだし、両手で水面を叩きだした。

 溺れているのか? と思ったが、良く良く見るとゴブリンの周りに黒い影が纏わり付いているのに気が付く。

 ああ、魚の魔物が襲っているのか。

 映画のピラニアのように水に落ちたゴブリンをガブガブと噛んでいるのだろう。


 おお、怖っ。

 羽が生えて空まで飛んできたら対処できないな。


 獰猛な魚にゴブリンが食べられているのを無視して、私はレイピアで腹を刺されたゴブリンの元まで向かった。

 レイピアが生えているゴブリンは、苦しそうにレイピアを引き抜こうとしているが、ゴブリンの腕力では重いレイピアを引き抜けないでいる。

 私はゴブリンに足を乗せて、レイピアの柄を掴み、引っこ抜く。

 「グガァ」とゴブリンが息を吐く。

 私は、お腹に穴の開いたゴブリンを蹴っ飛ばして、水路へ落とした。

 水の中へ落ちたゴブリンは、先程のゴブリン同様、すぐに魚の魔物に囲まれてしまった。


「おっちゃん、相手がゴブリンとはいえ、やるじゃない」


 安堵した表情のティアが私の元まで飛んでくる。

 何度も冷や冷やしたけど、何とか三匹のゴブリンを無力化できた。

 水面を赤く染めながら、生きたまま食われているゴブリンを眺める。

 今の所、罪悪感はない。

 人間の子供の姿に近いゴブリンだ。少しは罪悪感でも湧くかと思ったが、特に思う事はなかった。

 いや、必死なだけで、感情を湧く暇がない。

 こんな暗く臭い場所で死にたくない

 ゴブリンやオークに殺されたくない。

 だから、必死に戦い、相手を殺していく。

 

 ……仕方が無い事なんだ。


 そう自分に言い聞かせ、力尽きかけているゴブリンから視線を逸らした。


「ウガガァァーーッ!」


 闇に包まれた後方の通路から怒声が響き渡った。

 聞くだけで縮みあがる声は、オークで間違いないだろう。


「あっちゃー、すぐ近くまで来ちゃったよー」


 一難去ってまた一難。

 ゴブリンだけでも一杯一杯なのに、格上のオークなど相手に出来ない。


 私とティアは顔を見合わせると、急いで通路の奥へと走った。


初めてスライムと戦った時に比べ、数体のゴブリンならギリギリ倒せるぐらいに成長しています。

ただ、魔力も経験もないので、その場その場のやっつけ対応ですが……。

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