122 慰労会と快気祝い その2
分身体を作ってくれたティアに料理を次々と運んでもらった。
スープは電気コンロみたいな魔術具と共に乗せて、常に暖かい状態で置いてもらう。
カルラたちも大型ピザを次々と焼き上げて、カリーナやマルテに運んでもらっている。
私が作る料理は全て終わった。カルラたちはまだ食後のリンゴパイの準備をしている。
私は肩を回しながら、食堂へ向かうと参加者たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
参加者は出来立ての料理に群がり、舌鼓を打っていた。
「いつ食っても上手いな、このピザというのは。エールが進むぜ」
「ちょっと、パンにつける液体は食べた? 凄く甘くて美味しいんだけど」
「このサクサクした物はなんだ!? 食べた事のない肉だぞ?」
「このジャガイモや玉ねぎもうめーな。ただ油で揚げただけなのに、何でここまで美味いんだ?」
「おい、おっさん。このトマトの汁を付けて食べてみろ。やべーぞ」
「謎肉のニンニク炒めは赤ワインに合うわね。油漬けも美味しい」
どれも好評のようで一安心であるが、凄い勢いで食べ物が無くなっていくので、私の分が無くなりそうで不安になってくる。
「アケミさん、ちょっと来て!」
ホーンラビットのスープの前にいるレナと他のギルド職員に呼ばれた。
どうやってスープを作ったのかを熱心に尋ねてきた。気に入ってくれたみたいである。
口で説明する分なら別に教えても良いだろうと思い、簡単に口頭で教えたら、「それだけ!?」と驚いている。ついでにホーンラビットから作ったと言ったら、さらに驚いてしまった。
「魔物から作った料理なの? とても、そうは思えない」
「ええ、魔物にも美味しいのはいますよ。特にホーンラビットは癖がありませんから、料理には使いやすいと思います」
魔力抜き云々の事は黙っておこう。説明するのが面倒臭い。
「この油で揚げた肉も魔物肉なのか?」
凱旋門みたいな職員が、カルパッチョやフィッシュフライ、ガーリックシュリンプもどきを皿に乗せて尋ねてきた。
「魔物ではないですが、名も無き池で退治した池のヌシの身を使っています。淡泊で美味しいでしょう」
「ヌシの身だって!?」と何度目かの驚きを与えてしまった。
「エッヘン村の依頼の時の……これ魚の肉なんですね。初めて食べます」
レナも珍しそうにヌシ料理を見ながら、一口食べて、幸せな顔をする。
「若いの! ヌシを倒したっていうのは本当か?」
ベテラン冒険者の一団が、私の方へと向かってきた。
ちなみに『若い』って言われたが、外見の事ではなく冒険者ランクの事だろう。だって、私の見た目、ハゲのおっさんだもん。
「ええ、倒して、切り身にして、料理の材料になっています。ただ、実際に倒したのは、彼女ですけど……」
私は、ティアと一緒に大量の料理を食べ続けているエーリカを指差した。
彼らの雰囲気からして、私にやっかみで絡んできた訳ではなく、ヌシ退治に興味があるみたいだ。
色々な人と顔見知りになるのは悪い事ではないだろうと思い、名も無き池の出来事を身振り手振りで説明した。
私の拙い説明を黙って聞いていたベテラン冒険者は、「ほー、信じられない話だな」と半信半疑であった。まぁ、無理もない。白鯨のような巨大な魚に喰われ、腹を破壊して殺したなんて誰も信じないだろう。それも実際にやったのが、人形のような少女だ。
「信じられないだろうが、本当の事だぞ、おめーら」
巨大なピザを持ったギルマスが、私たちの話を聞いて、近づいてきた。
「俺は、こいつらの報告を聞いた後、実際にエッヘン村に行ってきたんだ。村人の話を聞く限り、間違いない。それにしてもこのピザうめーな」
ギルマスのフォローのおかげで、私の話を信じたベテラン冒険者たちは、大ミミズやブラック・クーガーの事も聞いてきた。ベテラン冒険者なんだから、格上の魔物と戦う話は珍しくないと思ったのだが、意外と楽しそうに聞いてくれる。
「こいつらは、元冒険者なんだ。この手の話に飢えている」
ピザをバクバク食べて、エールで流し込んだギルマスがベテラン冒険者の素性を教えてくれた。
現役ベテラン冒険者だと思っていた彼らは、元冒険者だったらしい。ギルマスが冒険者だった頃の仲間で、各々家庭を持ち、冒険者稼業を止めたとの事。今では平民のように過ごしているが、当時を思い出して、現役冒険者の話を聞くのが楽しみなんだと。
ちなみに彼らが現役の頃、一度、名も無き池のヌシと対峙したらしく、何も出来ずに逃げ帰った過去があるそうだ。
「新人の私の話よりも、白銀等級の二人の話を聞いた方が面白いんじゃないですか?」
名前も知らない冒険者ギルドの職員たちとお酒を交わしているラースとナターリエに視線を向ける。
「いや、あいつらの話は駄目だ」
「白銀等級の連中は、強すぎて面白みに欠ける」
「そうそう、俺らは自慢話を聞きたいんじゃない。苦労話が聞きたいんだ」
「こいつらは、その後で若手に助言を与えて先輩面をしたいだけだ」とギルマスに暴露されて、笑いが起こった。
「私は最近、冒険者になったばかりで、これ以上語れる話はありません。私よりも上の青銅等級冒険者がいますから、彼らの話を聞いてみてはどうです?」
魔物討伐の話が底を付いた私は、部屋の隅で料理を堪能している青銅等級冒険者の三人とルカの方を指差した。
決して、酒の入った元冒険者のおっさんの相手をするのが面倒臭くなり、人身御供としてヴェンデルたちを差し出した訳ではない。
新しいターゲットを見つけた、酔っぱらいの元ベテラン冒険者のおっさんたちは、酒の入ったグラスを持ち、青銅等級冒険者の元まで突撃していった。
うん、ヴェンデルたちも親睦を深めると良いよ。
「あー、そう言えば、白銀で思い出したんだが……」
元冒険者と一緒に行動すると思っていたギルマスは、なぜか私の元へ留まっている。
「はい?」
「お前さんを襲ったワイバーンや黒い騎士についてなんだが……」
顔に似合わず、ギルマスは言い難そうにしている。
何となくギルマスが口籠っている理由が予想できたので、私の方から話を進めた。
「結局、分からずじまいですか?」
「ん? ああ、そうなんだ。もう一組いる白銀等級の連中が追いかけていったが、未だに帰ってこない。あいつらが帰ってこれば……いや、あいつらに聞いても、何も分からないだろうな……」
「強いか弱いかしか説明しない奴らだ」と遠い目をして呟いている。
一体、どんな人たちなのだろうか? 脳筋との話だから、あまり会いたくないけど……。
「そ、その……言い難いのですが……ワイバーンにやられているとかは無いんですかね?」
「足が折れても嬉しそうに魔物を追いかける連中だ。ワイバーンぐらいじゃ死なないだろう。俺の見立てじゃ、山奥で迷子になって熊と戦っているか、他の町や村で魔物と戦っているかだろうな」
「まぁ、そういう訳で、何も分からずじまいだが、お前さんが元気になって良かったぜ」とエールを飲み干してから、ギルマスは別のグループの集まりへ行ってしまった。
冒険者ギルドの責任者だけあり、彼なりに責任を感じているのかもしれない。
皆、思い思いに料理を食べながら、楽しそうに談笑をしている。
四人の分身体を作ったティアは、飲み物を配ったり、料理を取り分けたり、話し相手をしたり、料理を食べたりと忙しそうにしている。
その内の一人は、机の上でワインを飲みながら、茹でたソーセージをパクパクと食べつつ、終わりのない無駄話をギルド職員であるレンツにしていた。
無表情で無口のレンツは、ペラペラと話すティアを眺めながら黙って話を聞いている。人の話を聞くのが好きなのか、それとも妖精が珍しいのか、嫌そうな雰囲気は無かった。変わった組み合わせである。
いつも私の横にいるエーリカであるが、今は冒険者ギルドの女性職員に取り囲まれて、あれもこれもとお皿に料理を取り分けてもらっている。人形のようなエーリカが、バクバクと料理を食べ続ける姿が、女性職員の心を射抜いているみたいだ。
アナは、カリーナとマルテと一緒に会談をしていた。アナはワインを、カリーナとマルテは果実水を飲みながら、フライドポテトを食べている。っていうか、従業員であるカリーナとマルテが客と一緒に料理を食べて良いのだろうか? 私は別に気にしないが、後でカルラに怒られそうで怖い。
「クズノハさん、クズノハさん……少し、良いですか?」
適当に料理を食べつつ、周りを観察していた私に向かって、声をかけてきた者がいる。
鋼鉄等級冒険者のルカである。
線が細く、少年のようなルカは、チラチラと青銅等級冒険者三人組の方を見ながら、私に近づいてきた。
どうやら、元冒険者であるおっさんたちの話から抜け出してきたみたいだ。
「どうしました?」
「えーと……その……アナさんの事で聞きたい事がありまして?」
「アナ?」
入口近くでカリーナとマルテと一緒に会話をしているアナに視線を向ける。
「アナさん……その……さ、最近、元気になりましたよね」
元気?
元々、元気な気はするが……出会った時から私よりも体力も腕力もある。魔法も使えるので魔物退治でも、私より活躍する。って言うか、私が何も出来ないのだが……。
その事をルカに伝えると、ルカは口をモゴモゴさせながら、言い難そうに続きを話す。
「元気と言うか……その……健康的で……綺麗になりましたよね」
声が小さくて、最後の方が聞き取れなかったが、アナが健康的に見えるようになったのは事実である。
数日前にアナ健康化計画を実施してから、何回か蜂蜜リップ、ミルク風呂、小麦粉シャンプーをしている。
その甲斐あって、肌や唇の荒れ、目の下のクマは改善されてきた。
それだけでなく、日常的なストレスの緩和が大きな結果を生んだと思う。私が大火傷から回復した後のアナは、エーリカとは気兼ねなく接しているし、ティアに至っては鬱陶しがらず、逆に楽しそうに相手をしている。気が付いたら、人見知りやどもる癖も治っていた。
私と同じ年であるアナであるが、出会った時は一回りも年上のように見える不健康な状態であったが、今は歳相応の女性に見える。
「それ、私も気になります」
「うお、レナさん!? それにナターリエさんも!」
いつの間にか、レナとナターリエが、私とルカの横まで来ていた。
「そうそう、気になっていたのよぉ。最近、顔を見る機会があったけど、ずっと聞きそびれていたのよねぇ」
お酒が入ってほんのりと顔を赤らめているナターリエが、少し呂律が怪しい感じで話してくる。
ちなみに弟であるラースは、青銅等級冒険者の三人組を後ろへ下がらして、元冒険者のおっさん連中に武勇伝を語っていた。
「アナスタージアさんは、本当に綺麗になったわ。これもアケミさんの仕業でしょ。そうでしょ!」
顔を赤くしているレナが、ワインの香りを漂わせながらグイグイと顔を近づけて迫ってくる。
レナさん、近い、近い!
「も、もしかして、クズノハさんと大人の関係では!?」
こんな阿呆な事を言ったのはマリアンネである。ラースの自慢話から抜け出してきたようだ。
マリアンネも私と同じような年頃で、美人というよりも可愛さのある女性だ。ルカと同じで、プリースト職である彼女は、その手の話に疎そう見えるが、意外と耳年増なようであった。
再度、目を輝かせたマリアンネは「男女の関係なんですよね。そうですよね!」と言い放つと、レナとナターリエが「まぁ」と楽しそうに反応する。なぜか、ルカだけが「そんなー……」と呟き、血の気が失せていた。
まったく、女性と言うのは、その手の話が好きで困ってしまう。……あっ、私も女性だった。
「アナとは、そんな関係ではありませんよ」
私がきっぱりと宣言すると、なぜか女性陣はがっかりしていた。逆にルカは普段の血行を取り戻していく。
「あっ、そうか……アケミさんはたしか……」
何かを思い出したレナは、私の顔を見た後、冒険者ギルドの男性職員がいる方を向いて、頷いている。
「レナさん、私は男性が好きな訳でもないですからね」
未だに私が同性愛者だと噂が流れているようだ。勘弁してくれ。
「ご主人さまは、後輩と愛を語り合う仲ではありません。そんな事、わたしの目が黒い内は行わせません。わたしが第一候補です」
お皿に料理を山盛りにしているエーリカが、訳の分からない話に参加してきた。
「それはそれで問題ありそうねぇ」
「ですよね」
ナターリエとマリアンネが、人形のような少女を見てから、犯罪者を見る目で私を見る。
「エーリカとも、そんな関係ではないですからね!」
保身の為にきっぱりと否定する。
心は女性のままで、体だけハゲのおっさんだ。この状態で恋愛話をすると非常に疲れる。
「いつも一緒にお風呂に入っていますし、いつも一緒のベッドで寝ています。わたしとご主人さまは、秒読み段階です」
「エーリカ、口を閉じて、料理を食べていなさい!」
フライドポテトをポリポリと齧るエーリカを黙らせる。
「はぁー、それで何の話をしていたんでしたっけ?」
盛大に溜め息を吐いてから、話を元に戻す事にした。
「アナスタージアさんが、綺麗になった秘訣を教えて欲しいです」
「私が気になるのは、髪の毛ねぇ。あんなにもふわふわとしているのは不思議でしょうがないわぁ」
「体から良い匂いもするわ。それも何か理由があるの?」
レナたちは、アナが健康になった秘訣を知って、同じ事がしたいみたいだ。
レナもナターリエもマリアンネも、すでに綺麗で健康的なんだから必要無いだろうと思うのだが、女性にとって美に関する追求は際限ないのだろう。私にあまり理解できない事柄である。……あっ、私も女性だった。
「別に大した事はしてませんよ。まずは……」
特に隠す事も無いので、アナ健康化計画を話し始めると、自分の話をしている事に気が付いたアナが近づいてきた。
これ幸いと、アナ本人にレナたちの相手を任せる事にする。
いきなり丸投げされたアナは、どもりながら説明していく。
フォローにエーリカを置いておくので、彼女たちの説明は大丈夫だろう。
そう言えば、この話はルカから始まったと思い出し、蚊帳の外になっているルカに向き直った。
「えーと……ルカさんの話は何でしたっけ?」
変な方へ飛び過ぎて、ルカが話したかった事を忘れてしまった。
その事を聞き返すと、「聞きたかった事は聞けました」と返され、ルカは元冒険者のおっさんたちがいなくなったヴェンデルたちの元へ戻っていった。
説明を終えたアナとエーリカは、酔っぱらったレナたちに髪の毛や肌を触られたり、匂いを嗅かれていた。
他の女性たちも集まり、しっちゃかめっちゃかにされていく。
あわあわと涙目になっているアナを尻目に、私は退散するように別の場所へと移動した。
女子高生の時から色恋沙汰に縁のないアケミおじさん。
おっさんの姿になったら余計に拗れてます。




