119 女神の日 その4
購入する予定のなかったハンカチを注文した私は、利益を追求する商人の恐ろしさを思い知らされる事となった。
あれよあれよと言う間に、生地や色、装飾などを選ばされ、四枚のハンカチを注文してしまう。
気が付いたら、お金を払っていた。何て恐ろしい場所なのだろう。
そんな魔窟から飛び出した私は、ホクホク顔のエーリカ、アナ、ティアを引き連れて、露店エリアを再度冷やかして回る。
ハンカチを購入した所為か、財布の紐が緩んでしまい、品質の良し悪しも分からずに色々と買ってしまう。
紅茶のような香りのする薬草や料理に使えそうな香草を購入。
変わった果物や在庫の少ない野菜も買い足しておく。
補充も兼ねて日用雑貨も何個か買った。
アナとティアは、安売りワイン店の前で色々と見比べて、数本のワインを購入している。
露店エリアの出口付近で、色々な形をしたキノコが売っているお店を見つけた。
正直言うと、この世界のキノコは食べたくない。だが、エーリカたちが食べる気満々なので、渋々付き合う事にした。
土や枯れ葉が付いた艶のある新鮮なキノコが並んでおり、どれも朝一で採ってきたと分かる天然物である。これだけ見れば、とても美味しそうだ。
だが、天然物という事は、つまり虫出しをしなければいけない代物だ。
天然のキノコには、カサや軸に虫が入り込んでおり、塩水に漬けて虫を出さなければいけない。塩水に漬けると、キノコの中に入り込んでいた虫が外へと出て、水の中に沈むのである。
ただ、完全に虫が抜けたのか分からない。虫の中には、軸の奥まで行って抜け出せない虫もいるだろう。
だから、私は天然キノコにためらいがある。誰だって、虫なんか食べたくないよね。
その事を店員に話したら、「虫だ? 地面に生えているんだ。居て当たり前だ。虫ごと食べても死にはしない」と言われてしまった。
ご尤もな意見です。
だが、完全培養で虫無しキノコを食べてきた私にはどうしても抵抗があって、純粋にキノコを楽しむ事が出来ないのだ。
ちなみに、その話を聞いたアナは「む、虫が入っているんですか?」と顔面蒼白になりながら、手で口元を当ている。
今までお店で買ったり、自分で採ってきたキノコは、虫出しをせずに調理をしていたので、知らず知らずに虫ごと食べていたとショックを受けていた。
「アナ、大丈夫。凄く小さい虫だから。何とか蠅の卵が孵った虫で、凄く小さな奴だから」
今にも泣きそうな顔をするアナにフォローをするが、「蠅の卵……ウジ虫ですか?」と余計にショックを与えてしまった。
そんな私とアナのやり取りに見向きもしないエーリカとティアは、適当にキノコを購入していっている。
クリタケ、ヒラタケ、アミタケ、マイタケ、と名前は違えど形が似ているキノコを購入していく。
ティアが面白がってカラフルなキノコを選ぼうとしたので、私は全力で阻止した。
今日の夕飯はキノコ料理になりそうだが、アナは食べられるだろうか?
未だにショックが抜けないアナを引っ張りながら露店エリアを抜けて、冒険者ギルドの近くまで戻って来た。
ふっと上を向くと、頭上から見慣れた生き物が飛んでいくのが見えた。
「あっ、あたしだ。何かあったのかなー?」
私の肩に乗っているティアが、通り過ぎて行ったティアを指差す。
凄い速さで飛んで行ったティアは、私たちの事に気が付かず、そのまま冒険者ギルドへ入っていった。
そして、すぐにティアを先頭に喜々とした表情をしたギルマスが大剣を背負いながら飛び出していく。
ティアとギルマスは、私たちの横を通り過ぎて、歩行者をすり抜けるように西地区へと走っていった。
「酔っぱらい同士の喧嘩でも起きたのでしょう」
お祭り中である。羽目を外す人など、沢山居るだろう。ただ、なぜにギルマス本人が嬉しそうに武器を持って走って行ったのかが気になるが……まぁ、あの人の事だ。気分転換がてら、一緒に喧嘩しにいったのだろう。
別のティアたちがしっかりと仕事をしているのに感心しながら、私たちは東の工業地区へと足を運んだ。
工業地区という事もあり、武器や防具はもちろん、日用品に使われる鉄製品やアクセサリーなどの細工品が売られている。
店員はどれもガタイの良いおっさんばかりで非常に怖い。
腰が引けている私を見たティアが「おっちゃんも大して変わらないじゃない」と失礼な事を言うのであった。
私と同類の店員が大声で呼び込みをしている中、背の低いおっさんが混じっているのに気が付いた。
ずんぐりむっくりで、モサモサのヒゲを生やしたおっさん。
あれって……。
「ドワーフ?」
私が期待に満ちた声で呟くと、アナが「そうです」と肯定してくれた。
ドワーフと言えば、ファンタジー世界でエルフの次ぐらいに有名な種族だ。
まさか、この街にいるなんて!
私が感動に震えてドワーフ店員をジロジロと見ていると、私の視線に気が付いたドワーフ店員に、
逆にギロリと睨み返された。
「おめー、俺の顔ばかり見るんじゃなくて、商品を見やがれ!」
半ギレになったドワーフ店員が、太く短い指で店の前に並んでいる商品を指差す。他の店よりも品数が少ないが、どれも見事な武器や防具が並んでいる。
「あー、嫌だ、嫌だ。これだからモグラは口も態度も悪いんだからー。フィーちゃんと同じでげんなりするわー。ねぇ、エーちゃん」
「言わんとする事は分かります」
肩をすぼめて、やれやれと首を振るティアの言葉にエーリカが賛同する。
それを聞いたドワーフ店員は、顔を赤らめて怒鳴り散らす。
「おうおう、妖精風情が! 俺の事をモグラ呼ばわりするか! すり潰して、剣の素材にするぞ!」
「足の短い樽が息巻いても怖くありませーん。飛べるようになってから強がるのねー」
「なにをー!」と短い腕をティアに向けるが、当のティアは空をヒラヒラと飛んで逃げている。
ティアとドワーフ店員のやり取りを見ていたアナは、あわあわしながら、たじろいでしまう。
エーリカは、争いに巻き込まれないように私の後ろへと隠れてしまった。
ドワーフとエルフの仲が悪いのは有名であるが、ドワーフと妖精も仲が悪いのだろうか? 確かドワーフも妖精の一種という説があるので、もしかして同族嫌悪かもしれない。
その事をエーリカに尋ねると「ティアねーさんが特別なだけです。何度も潰されていますから」と私の後ろから答えてくれた。
「潰された? 誰に?」と聞こうとした時、ドワーフ店員の怒声よりも、さらに大きな怒声が店の奥から飛んできた。
「ムーギ、何を騒いでるッ!」
ドワーフ店員と同じ、ずんぐりむっくりの髭オヤジが店の奥から姿を現す。ムーギと呼ばれたドワーフ店員よりも若干背が高いだけで、姿形は同じである。
「ガーリン師匠、この口の悪い妖精がドワーフを侮辱しやがるんだ。許しちゃおかねー!」
「馬鹿野郎! 口が悪いのはお前も同じだ!」
ガーリンと呼ばれるドワーフは、手に持っていた小型のハンマーでムーギの頭をバカンっと叩く。
ハンマーで叩かれたムーギは、「うごごぉー」と頭を押さえて、唸り声をあげる。
「口が悪くても客は客だ。人間の街で働いている時は我慢しろ! ……すまんな、うちの馬鹿弟子が無礼を働いた」
ガーリンと呼ばれるドワーフは、少しだけ話の分かるドワーフらしく、少し安堵する。
ちなみにガーリンとムーギの師弟ドワーフは、姿形が同じのおっさん顔な為、二人が並ぶと、どっちがどっちか分からない。双子って訳じゃないよね?
「いえ、こちらこそ、うちの連れが失礼な事を言ったのが原因でして……」
「あたしは失礼な事を言った覚えはないわー。真実を……」
私は目の前を飛んでいたティアをパシっと両手で掴み、エーリカに放り投げる。
「何すんのよー!」と喚くティアを、エーリカはズダ袋に入れ、封をして、建物の脇へと置いた。
袋の中でわーわーと騒ぐティアを無視して、再度、無礼を詫びる。
「それで、何が欲しい? 斧か? 大剣か? それともハンマーか? ここに置いてあるのは、馬鹿弟子の作品だから安くしているぞ」
お店の前に並んでいる武器は、弟子であるムーギの作品らしい。普段なら売り物に成らない品質の武器であるが、『女神の日』という事で特別に安値で売っているとの事。
だが、他の武器屋で売っている武器や防具に比べ、売り物に成らないと言われるムーギの作品は、どれも一級品に見えるのだが……。
「俺から見たら、まだまだだ。素材本来の性能の七割ぐらいしか引き出していない。普段なら売りに出す事もないゴミ屑だが、この馬鹿がどうしてもって言うから恥を忍んで売っているんだ」
「師匠の作品に比べたらゴミ屑の作品だけどもよー、人間が使う分なら十分だと思うんだよ。お前さんもそう思うだろ。なっ、なっ」
私に同意を求めるムーギを見て、師匠であるガーリンが「そういう考えだから、お前はいつまで経っても半人前なんだ!」とハンマーでムーギの頭を叩く。
ドワーフ製のハンマーでバカバカと叩くから馬鹿になるのではなかろうか? 頑丈が取り柄のドワーフとはいえ、心配になってくる。
半人前とはいえドワーフ製品だ。
興味本位でムーギの作った武器の値段を聞いたら、一番小さいショートソードでも金貨数枚で売りに出されていて、頭がクラクラしてしまった。
「これ、買う人いるんですか?」
「いねーな。お手頃価格なのに誰も買わん」
「買い手がいないのは、品質が悪いからだ」
私とドワーフでは、売れない問題の本質がズレている気がする。
どうもドワーフという種族は、安く売るために品質を落とす事はせず、常に高品質の作品を作り続ける品質至上主義の職人らしい。よくこれで生活できる物だ。
「あっ、そう言えば、私もドワーフ印のナイフを持っているんです」
この世界に来てすぐの頃、雑貨と一緒に購入したナイフを思い出した。
野菜を数回切っただけで、あまり使っていないナイフを腰に付けているポーチから取り出して、二人に見せる。
「偽物だ」
「屑鉄だ」
チラっと見て一言ずつ評価された。
うん、今なら分かる。だって銀貨数枚で購入したもん。でもストレートに言われると、とても悲しくなってくる。おじさん、泣いちゃいそう。
「本物のナイフを見せてやる」
私のナイフを鼻で笑ったガーリンは、店の中へ入り、すぐに鞘に入ったナイフを持ってきた。
意匠を凝らした見事な鞘から刀身を取り出して、私たちに見せる。
師匠であるガーリンが作った本物のドワーフ製ナイフを見て、私はゾクリと寒気が走った。
太陽の光に反射する銀色の刀身は、見惚れる程に光り輝き、視線が釘付けになる。
ただのナイフなのに、とても美しく、そして恐ろしかった。
彼らドワーフ師弟が作る物は武器である。
食材を切ったり木工加工をする為に作ったナイフではなく、生き物を攻撃する為に作られたナイフだ。
高度な鍛冶スキルを持ったドワーフが作ったナイフ。
生き物を殺す為に作られたナイフ。
素人目の私でも、その美しくも恐ろしいナイフは、しっかりと目的を持って生まれたナイフだと理解できた。
冒険者ならいつかはドワーフ製の武器を使いたいと思うのが普通だろう。だが、私は本物のドワーフ製ナイフを見て、使いたいとは思えなくなった。怖くて使えないのだ。
ちなみに値段を聞いたら、ムーギが作った武器とは桁が違った。怖さよりも、値段が高くて使えない。
「お前たちは、低級の冒険者だろ。俺たちドワーフの武器を使うには実力が足りねーな。どうしても、欲しければ馬鹿弟子の作ったゴミ武器を買うといい。ジャガイモの皮むきぐらいなら使える」
「それはないぜー、師匠……」
自分の作品をゴミゴミと言われて、ムーギが情けない声を零す。
そのゴミ武器も高くて買えないんですけど……。
「武器の調整はしますか?」
今まで私の後ろで様子を見ていたエーリカが、一歩前に進み、髭面のドワーフを見上げた。
「一応、しているぞ。主な仕事じゃないが、要望に合わせて魔石を埋め込んだり、研ぎ直したりする。お前の武器を見せてみろ」
ガーリンが私の腰に差しているレイピアを指差す。
私は鞘からレイピアを引き抜きガーリンに渡すと、真剣な目でレイピアを観察しだした。
色々な角度からレイピアを見たり、指先で刃先を撫ぜたりと調べ始める。
「うむ、まあまあの代物だ。刃こぼれもないし、錆もない。丁寧に使っているな。鍛え直しは必要ないだろう」
おお、ドワーフからまあまあの代物と評価された。
冒険者ギルドの武器屋で値切りまくって購入したレイピアは、超掘り出し物だったらしい。
ちなみに丁寧に使っている訳ではなく、殆ど使っていないだけなんだが……まぁ、正直に言う事ではないな。
「見て欲しいのはご主人さまの武器ではなく、こちらです」
エーリカは、袖口から円錐型のドリルを取り出して、ドワーフに見せた。
レイピアを私に返すなり二人のドワーフは、目を見開いて、エーリカのドリルを受け取る。
「何だ、これ!? 何の素材で出来ているんだ?」
「師匠、見た事もない魔石や魔法陣が刻まれてるぜ」
樽のように堂々としていたドワーフの二人は、子供に返ったかのように興味津々にエーリカのドリルを見回し始める。
「人間の娘っ子。これは何だ?」
「ドリルです」
「どりるって言葉が分からん。どうやって使うんだ? 素材は何だ? 誰が作った代物だ?」
「使い方は見せますが、他の疑問はお答え出来ません。あなたたちに権限はありません」
そう言うなり、ドリルを返されたエーリカは、右手を外して、カチリとはめる。そして、キュイーンとドリルを回転させると、再度ドワーフ師弟を驚かせた。
「以前に比べ、回転数が上がりません。調整は出来ますか?」
エーリカが、キュイーンキュイーンとドリルを回転させながら異変について説明をするが、二人のドワーフは顔を曇らせて首を振った。
「悪いが、俺たちの手に負える代物じゃねーな。そいつは魔術具の類だ」
「俺たちは、鉱石から武器や防具は作れるが、魔術具に関しては不得手だ」
きっぱりと専門外だと断るドワーフに、エーリカは「やはり、無理ですか」と呟き、ドリルをしまう。
エーリカは予想していた通りの流れだったらく、特別、ガッカリした素振りは見せていない。
「ドリルの調子が悪いなら、冒険者ギルドで直せそうな人を紹介してもらおうか?」
エーリカの大事な義手だ。調子が悪いなら直した方が良さそうだ。
「もしかしたら、奥の方にサハギンの骨が挟まっているだけかもしれません。今度、自分で分解して直してみます」
下手に分解して、二つ三つ部品が余ってしまう状況にならなければ良いのだが……。
そんな心配をしていると、二人のドワーフが……。
「直すなら、俺らの工房でやらないか? 細かい道具はそろっているぞ。なぁ、なぁ」
「構造さえ分かれば、俺が調整できるかもしれん」
……と、ずんぐりむっくりのドワーフ二人が人形のようなエーリカを囲って、熱烈に誘っている。
エーリカの義手に興味深々のドワーフ師弟であるが、傍からみたら警察案件の構図である。
「必要ありません」
エーリカがきっぱりと断ると、松ぼっくりみたいなドワーフ師弟が、がっくりと肩を落とす。 落ち込むとドングリみたいに見えた。
「ま、まぁ、なんだ……もし、必要になったらいつでも来てくれ。お前らも武器や防具に関してなら、いつでも相談に乗るぞ」
こうしてエーリカのおかげで、ドワーフと顔見知りになる事が出来たのである。
いつか本物のドワーフ製が使えるぐらいの冒険者になりたいね。
ドワーフと顔見知りになりました。
値段が高いので、今のアケミおじさんには、お話し相手ぐらいにしかなりません。




