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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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118 女神の日 その3

「あっちゃー、遅かったか……」


 『カボチャの馬車亭』から外に出た私たちは、パン屋の窓口の方から聞き覚えのある声が耳に入った。

 そこには、異世界文字で『休憩中』と書かれた札を睨みつけるギルマスの姿であった。


「どうしたんです? もしかして、ピザを買いに来たんですか?」

「ん? ああ、お前たちか……そうなんだよ」

「生憎と売り切れで、夕方までお休みになりますよ」

「ちくしょー、冒険者の連中が、ピザだけでなくスープがすげー美味いと言っていたから、仕事をさぼっ……んん、仕事の合間に買いにきたのに……ついてない」


 短く刈った髪をガシガシと掻いた後、ギルマスは盛大に溜め息を吐いた。

 絵に描いたような落胆ぶりである。


「夜の慰労会で出す予定ですから、それまで我慢すればどうです?」

「ん? 慰労会?」


 首を傾げるギルマスを見て私は、しまった! と血の気が失せてしまった。

 もしかして、ギルマスは誘われていないのかもしれない。余計な事を言って、来てほしくない人に情報を与えてしまった。ごめん、レナさん。お詫びに、美味しい魔物料理をご馳走します。


「ああ、そうか! 今日だったか……忙しくて、すっかり忘れていた」


 先ほどまで落ち込んでいたギルマスが、満面の笑みを浮かべながら顔を上げる。

 どうやら、忘れていただけで、仲間外れにされていた訳ではないようだ。


「『女神の日』は、冒険者ギルドも忙しいんですか?」

「ああ、忙しいぞ。細かい依頼や問題がわんさかとくるし、街の衛兵と共に街を巡回したりする。お前たちは依頼を受けていないが、他の冒険者は街の警備をしながら祭りを楽しんでいるぞ」


 ここダムルブールの街には大聖堂がある為、近隣の村や街から沢山の人が集まってくる。人が集まれば、トラブルも起きる。トラブルを止めたり、犯罪を抑制する為に、沢山の冒険者が依頼として街を巡回しているそうだ。

 ただ、ほとんどの冒険者はお祭りを楽しみながら、おまけで仕事をするらしい。

 何それ! 凄く羨ましい。お祭りも楽しめるし、依頼の小銭も稼げる。私も受ければ良かった。


「何だ、知らなかったのか? お前さん所のチビちゃんが、色々と食べながら街中を飛び回っているぞ」


 お祭りなのに仕事が入って可哀想とティアの事を思っていたのだが、良い仕事を受けたみたいだ。

 まぁ、スープを売る予定だったから、結局、依頼は受ける事は無理である。


「前の『女神の日』は、お前たちが討伐した大ミミズの後始末で参加できなかったし、今日こそは、と思ったんだが……」

「他の冒険者が働いているのに、ギルマスは楽しむ余裕があるんですね」


 私が疑問に思った事を聞くと、再度、肩を落としたギルマスは「いや……ない」と小さく呟いた。

 良い大人が泣きそうな顔をして落ち込んでいる。


「お目付け役のビルギッドが戻ってくる前に帰らなければ……」


 そう言うなり、ギルマスはトボトボと歩いていった。

 その後ろ姿に、「慰労会がありますから」とギルマスを励ますと、手をヒラヒラとさせて答えてくれた。ただ、ギルマスが向かった先は、冒険者ギルドではなく、料理を提供している露店エリアであった。



 ギルマスの背中を見送った私たちは、中央通りに向かう為、冒険者ギルドの方へ歩き始める。どこもかしこも料理を提供する露店が並び、良い匂いを漂わしている。


 あっ、あそこのパン屋、見覚えがある。


 店の前にナイフが突き刺さったフランスパンが飾られていた。

 あれは私が盗人と喧嘩した際に使用したフランスパン。あの日からだいぶ日数が経っているにも関わらず、カビすら生えていないフランスパンが堂々と置かれている。

 どれだけ、カチカチに焼いたんだ? 凄すぎて、逆に感心してしまう。

 このお店でパンを買うのは止めておこう。私の顎が壊れてしまう。


 しばらく露店エリアを通りながら冒険者ギルドの前まで行くと、あら不思議、いつの間にか両手に食べ物が握られていた。

 私の手は、野菜とハムを包んだガレットのような物と果実水で塞がれている。

 エーリカは、パンの上に謎肉を乗せたハンバーガーぽい物を食べている。

 アナとティアは、串焼きを堪能していた。

 普段、見かけない料理屋が並んでいるので、ついつい立ち止まってしまう危険なエリアである。

 冒険者ギルドの横では、豚の丸焼きを作っている露店があった。

 顔からお尻に棒を突き刺された豚が、焚き火の上でクルクルと回されながらこんがりと焼かれている。

 豚の油が焚き火の上に落ちて、良い匂いが辺りを漂っている。ただ、焚き火の火力に比べ、豚が大きいので、しっかりと中まで火が通っているのか心配だ。もしかしたら、ケバブみたいに表面を削って、少しずつ食べていくのだろうか?

 気になったので購入したら、案の定、表面の肉を削り、皿代わりの硬いパンの上に乗せられた。

 それだけである。

 野菜も無ければ、味付けのタレもない。塩胡椒もない豚肉の削ぎ切り。見た目詐欺にあった気分である。


 みんなで豚肉を食べて、皿代わりの固いパンをどうしようかと悩んでいると、アナがティアに質問した。


「ティアさんって、分裂したティアさんと喧嘩したりしないんですか?」

「んー? どういう事?」


 肉汁を吸い込んだパンをガジガジと齧っているティアが、アナに向き直って、首を傾げた。


「今、私の家にはティアさんが三人いますよね。『カボチャの馬車亭』には二人のティアさんがスープを作っています。さらに冒険者の依頼を受けて仕事をしている二人のティアさんもいます」

「うんうん、そうだねー」

「私たちとお祭りを楽しんでいるティアさんは、他のティアさんたちに妬まれたりしないんですか?」


 ああ、それは私も気になる。

 お祭りを我慢して仕事や留守番をしているティアたちに、一人だけ遊んでいるティアがいれば、文句の一つも出てきそうだ。


「全員、あたしなんだから、喧嘩なんかある訳ないじゃなーい」


 そう言えば、そんな事を言っていたな。

 分身したティアは、各々好き勝手に話し、好き勝手に行動をしている。つい個別のティアだと思ってしまう。本当、ややっこしい。


「一日が終われば、結局、一人に戻るのよ。そうなれば、別々に行動していたあたしの知識は一人に共有されるのだがら、今この場で遊んでいなくても最終的に遊んだ事になるのよー」


 一人に戻れば、経験は共有される。早いか遅いかの問題らしいので、自己の葛藤さえなければ、喧嘩は起きないそうだ。


「つまり、ティアは分身した数だけ、その日経験した記憶が頭の中に入る訳だ」

「そうよー。あたしは最大十人に分身体が作れるわー。つまり、最大で十人分の経験値が一日で得られる訳よー。凄いでしょー」


 考えただけで頭が破裂しそうだ。私なら絶対に混乱してしまう。


「すぐに忘れる単純なティアねえさんだから出来る技です。毎日、大した事をしていないから記憶を合わせても問題ないのでしょう」

「エーちゃん、あたしの事、馬鹿にしてるー?」


 ジト目でエーリカを睨むが「いえ、褒めています」とケロッと言うと、「そうよねー」とティアは自慢顔で満足している。

 うむ、単純で羨ましい。


 その後、両手に持っていた食べ物を完食した私たちは、冒険者ギルドの前に来たついでにレナに挨拶しに入っていった。

 忙しそうにしているだろうと思った冒険者ギルドは、閑散として暇そうである。

 問題が起きてもすぐに対処できるように待機していたレナに今日の慰労会の参加を告げると、嬉しそうに参加の許可を貰った。

 「料理を楽しみにしています」と付け加えられたので、慰労会で出す料理の一部を作るはめになってしまった。

 私の快気祝いも兼ねているのだが……。



 冒険者ギルドを後にした私たちは西地区へ向う。

 普段から露店が並ぶ西地区であるが、今はカオスな状況である。

 屋台のある露店商だけでなく、道の隙間を埋めるように、地べたにシーツをひいた路上販売が行われている。

 野菜やワイン、チーズなどの食料を売っている店や小物や洋服が売っているお店、包丁や鍋を売っているお店と、色々なお店が無秩序に並んでいた。

 私たちも買い物客の流れに合わせて、お店を覗いていく。

 虫だらけの野菜、一目で古着と分かる洋服屋、使い込まれた鍋や包丁を見ては素通りしていく。

 路上で商売しているお店はどれも同じ品質の物しか売っておらず、ほとんど買う気がしない。

 物を買うなら、建物の中にあるお店が一番である。

 そう、あそこみたいに綺麗なハンカチを売っているお店。掃除の行き届いたお店の中は人だかりが出来ている……うん、マルテのお店だね。

 それにしても、お店の中だけではなく、お店の前にも人が集まっている。

 何があるのかとソロリソロリと近づくと……。


「アケミおじさん、いらっしゃい」


 マルテに見つかって、右腕を掴まれてしまった。


「お客様、お久しぶりです。ぜひ商品を見て、絵を提供してくださいね」


 左腕は、マルテの姉であるディアナに逃がさないように掴まれてしまった。

 傍から見れば、店員姉妹に両手を掴まれた幸せなお客であるが、実際はネギを背負った鴨が逃げださないように取り押さえられている図である。


「ハンカチを購入する予定も無ければ、絵を描くつもりもありませんからね」


 こういう時は、先にきっぱりと断る事に限る。


「それは残念です。だけど、お店の中を覗くだけでもどうですか? 以前、お客様が描かれたハンカチだけではなく、新しく刺繍されたハンカチも販売しているんですよ」

「兄さんが頑張って絵を描いて、種類を増やしたんです」


 マルテは店の前で客の似顔絵を描いている男性店員を指差した。

 マルテの兄である彼が、一手に似顔絵を描いているようだ。

 私の描いた落書きハンカチを切っ掛けに、デフォルメされた絵がハンカチ屋を中心に広がっているとの事。ただ、客が満足できる愛嬌のあるデフォルメ絵を描けるのが兄店員だけなので、ぜひ私をハンカチ屋に就職させたいと熱烈の誘いを受けている。


「冒険者を続けていくつもりなので、似顔絵師にはなりません」

「それなら冒険者の依頼として、お願いすれば良いかしらね」


 何て恐ろしい事を思いつく店員だ。まぁ、来ても断るけどね。


「それで、何で外で似顔絵を描いているんですか?」


 話を変える為に、ずっと疑問に思っていた事を尋ねてみた。


「今日だけハンカチを購入したお客様に無料で似顔絵を描いてあげているんです。その為の場所です」


 「私が提案したんです」とニコニコ顔でマルテが説明してくれた。

 本日、ハンカチを購入された客には、名刺サイズの木札に似顔絵を描いてプレゼントしているそうだ。似顔絵をプレゼントした客の中には、その絵を参考に新しく似顔絵ハンカチを注文する客がいるらしい。それを狙っての商法である。


「良かったら、無料で似顔絵を描きますけど、どうですか?」

「無料? ハンカチを買ってないけど、良いんですか?」


 早くこの場から遠ざかりたい私であるが、無料と聞いて心が揺れてしまった。

 だが、相手はディアナだ。タダより怖い物はない。何か企んでいるかもと、疑いの目を向けていたら、マルテが補足してくれた。


「アケミおじさんは、元祖似顔絵師です。そんなおじさんの似顔絵を描けるなんて兄には、良い勉強になると思います」


 私の武骨なおっさん顔を描いても、勉強にはならないと思うが……。


「それに先日、妖精ちゃんからハンカチの注文を貰いましたし、みんなでどうですか?」


 アナの肩口にいるティアを見て、私の腕を握っているマルテが笑顔で言う。

 そんなマルテに「妖精ちゃんって呼ぶなー! ティタニアよー! ティアよー!」とティアがわーわー喚く。

 自分の似顔絵自体、特に欲しくはないが、他の人がどんな感じで絵を描くのかは興味がある。

 「まぁ、それでしたら……」と同意すると、私の腕を掴んでいたディアナとマルテが離れ、似顔絵を描いている兄店員の元まで向かった。


「むー」


 なぜか、エーリカが私の横にきて、頬を膨らませている。

 「なに?」と聞くが、「何でもありません」と私の手を握ってきた。

 それを見たアナがクスクスと笑って、「エーリカ先輩は、ヤキモチを焼いているんですよ」と教えてくれる。

 それを聞いたエーリカは、私の手を握ったまま、空いている手でアナに小さな魔力弾を放つ。

 最近見ない懐かしい光景である。

 

 ディアナから説明を聞いた兄店員が私たちを見て、顔を引きつらしている。

 なぜか、凄く緊張しているようだ。

 そんな兄店員に会釈をしてから、客の列に並ぶ事しばし、私たちの番になった。

 兄店員は、「勉強させて貰います」とカチコチの挨拶をしてから、横一列になった私たちを見ながら木札に絵を描いていく。

 私を中心に左右にエーリカとアナ。そして、私の肩の上にティアが座っている。

 名刺サイズの木札では描き切れず、少しサイズの大きな木札で、私たち四人の似顔絵を描いていく。

 これまで何度か似顔絵を描いてきたが、逆に私自身が描かれるのは初めてである。これは非常に恥ずかしい。

 どんな表情をすれば良いのだろうか?

 無表情の方が良いのか? それとも笑顔の方が良いのか?

 エーリカはいつも通りの眠そうな顔をしている。アナとティアは、自然体で少し笑顔である。

 強面顔の私がニヘラと笑うと、兄店員は目を合わせてくれなくなった。

 仕方がないので、何も考えないで、普段の顔つきにしておこう。


 完成した似顔絵は、私の絵を参考にしたと思えるデフォルメした可愛い絵であった。

 ただ、私が描いた絵よりも線が太かったり濃かったりと、僅かに力強さが見える男性っぽい似顔絵である。

 これはこれで面白い。

 今後は、私の絵の真似でなく、独自の絵を完成してほしいものである。


 その後、木札を誰が貰うかで私たちの間で言い合いが起こった。

 似顔絵が描かれた木札は一枚しかない。

 私とアナは早々に権利を諦めたが、エーリカとティアはお互いに譲らないでいた。

 「ご主人さまの似顔絵が描かれている物は、わたしが貰います」とエーリカは言う。

 「あたしが描かれている物は、あたしの物」とティアは言う。

 それを楽しそうに見ていたディアナは、妥協案として「この絵でハンカチを四枚作りましょう」と悪魔の囁きを吹き込んだ。


 待て、これは罠だ! 騙されてはいけない! 利益を追求するお店の罠なんだ!


 ……と、エーリカ、アナ、ティアを止めようとしたが時既に遅し。

 すでに三人娘は、ハンカチ購入を合意して、ニコニコ顔のディアナと共にお店の中へ入ってしまった。

 君たち、すでにハンカチを持っているだろう。ティアに関しては、四人の似顔絵が付いたハンカチを数日前に注文しているばかりである。

 私が、とほほっと情けなく肩を落としていると、マルテが私の背中を叩いて「元気を出して」と励ましてくれた。

 私がマルテの優しさに感動していると……。


「それで、おじさん。ハンカチ代の支払いは、今日にしますか? 受け取りの時にしますか?」


 ……と太陽のような笑顔で尋ねてきた。


 こうして、私たちは四枚のハンカチを注文する事になってしまった。

 ちなみに似顔絵を描かれている木札は、後日、アナの家に飾る事が決まったのである。


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