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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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116 女神の日 その1

 本日は、『女神の日』である。

 私自身、聖女として強制召喚されたけど、別段、この世界の女神様に思い入れはない。理由は知らないが、そもそも教会の連中が聖女を必要としなければ、私が召喚される事は無かったはずだ。召喚されなければ、今頃、『ケモ耳ファンタジアⅡ』にどっぷりはまり、毎日、学校をズル休みをするか悩んでいただろう。それなのに文明レベルの低い何もない異世界に召喚されるなんて……それも中年のおっさんの姿で……私、現役の女子高生だったのに……。

 女神様については、まぁ、どうでもいい。私が期待しているのはお祭りだ。

 私は、あまりお祭りに縁のない人生を送ってきた。

 正月も人込みが嫌で三が日が過ぎた落ち着いた時に行っているし、夏場に行わる花火大会など暑くて行った事がない。

 また学校の文化祭は、漫画やアニメのような活気など現実にはない。あれはファンタジーだ。

 現実の文化祭では、メイド喫茶を試みたとしてもただの学生が衣装の準備など出来ないし、火を使った不味い焼きそばなど出せる訳がない。せいぜい興味のない事柄を調べて展示したり、ブラスバンド部の演奏を聴くだけで終わるのだ。

 つまり、私はお祭りに縁のない生活を過ごしてきたので、何となく『女神の日』を楽しみにしている。

 今日は、昨日作ったスープを売った後、時間を見つけて、みんなで街を練り歩く予定を立ているのであった。



 いつも通り一人でベッドから抜け出し、みんなで朝食を摂る。

 いつもならすぐに冒険者ギルドに向かい、都合の良い依頼を探して、レナに授受してもらうのだが、今日は『カボチャの馬車亭』でスープを売った後、街を回るので依頼の仕事は受けない事にしている。

 また、今から『カボチャの馬車亭』へ向かっても朝食目当ての客が押しかけているので、邪魔をしないように遅れて向かうつもりである。

 ただ見習い冒険者のティアは、冒険者ギルドの依頼を受けているので、分裂した三人のティアは、朝食を食べた後、すぐに出て行った。

 それにしても、借金の返済が迫っていて、毎日、汗水流してお金を稼がなければいけないのだが、どうも危機感が薄い事を自覚している。

 私は今まで、この異世界に来てから働いた事もないし、異世界のお金の価値がピンとこないので、どうしても、何とかなるかなと気楽に考えてしまっている。

 まぁ、今日は『カボチャの馬車亭』でスープを売るし、明日は誕生日会の依頼が終わるので、金貨一枚ぐらい何とかなるだろうと高を括っている部分がある。

 エーリカもアナも特にあくせく働こうと催促しないしね。


 朝食後のお茶をゆっくりと堪能したので、三人のティアに留守番を頼んでから街へと向かった。

 街にはすでに出店が立ち並らび、道行く人も普段以上にいて、歩き難くなっている。

 料理を提供している出店には、沢山の人が集まり、店の周りで飲食をしている人たちが見えた。

 そんな光景を羨ましそうにエーリカが眺めてお腹を押さえていたり、ティアがあっちこっちと目に付いたお店を眺めては店員を驚かせていた。


「活気があるね」

「ええ、みんな、この日を楽しみにしてますからね。おじ様は初めてなんですよね?」

「二回目だけど……初めて『女神の日』を迎えたのは、リーゲン村だったな」


 前回の『女神の日』は、大ミミズ退治の後片付けでお祭りはしていない。そう思うと、あの日から二十日も経っているのか……いや、まだ二十日しか経っていないと言うべきか……色々とあり過ぎて、日数の感覚が分からなくなっている。

 それだけ、毎日が充実しているのかもしれない。

 しみじみと思いを馳せていると『カボチャの馬車亭』へと辿り着いた。

 『カボチャの馬車亭』のパン屋の前に三人の客しか並んでいないのを見ると、朝のピークは越えていると分かる。

 私たちは、客の邪魔にならないように宿の方へと周り建物の中へ入ると、ちょうどハンカチ屋の娘であるマルテが帰る所だった。


「アケミおじさん、久しぶりだね。怪我をしたと聞いたけど元気そうで良かった」


 ヒマワリのような陽気なマルテが、私の武骨な顔をジロジロと観察してから安堵している。

 そう言えば、大火傷してからマルテには会っていなかったな。


「エーリカちゃんとアナさん、それと妖精ちゃんは一昨日以来だね。注文が立て込んでいるからハンカチは五日後らしいよ。それ以降に来てね」


 エーリカたちは、ティアのハンカチを注文する際にマルテに会ったらしい。

 ティアが「あたしの名前はティタニアよー。名前で呼べー」とわーわー言うのを、「はははっ」とマルテは笑いながら手を振って帰っていった。

 

 頬を膨らませているティアを無視して、厨房に続く扉を開けると、火の付いた竈の熱風が顔を襲う。

 

「クズノハさんたち、おはようさん」


 最後の客の相手をしていたカルラが、疲れを見せない楽しそうな表情で挨拶してくる。

 客の注文が無くなった旦那のブルーノは、黙々とピザの生地を量産していた。

 娘のカリーナは竈で大量のトマトソースを作っている。

 朝も沢山の客にパンを売ったのに、これから一日中、沢山のピザを焼いて売りまくる気満々の光景である。

 

「おじさん、こっちの竈を好きに使っていいからね」


 トマトソースの入った鍋を長めのスプーンでかき混ぜながら、カリーナが隣の竈を指差した。

 ティアにスープの入った寸胴鍋を収納魔術から取り出してもらい、空いている竈にセットしてから、火を起こす。

 スープは完成しているので、温めたら、すぐにでも売り出せる。

 

「……あっ、スープを入れる器をどうしよう?」


 大事な事を忘れていた。

 ピザならそのまま渡しても問題ないけど、液体のスープは何かに入れなければ客には売れない。

 そこまで考えていなかった。


「余っている器を貸し出すから、必要な客に使って構わないよ」


 血の気を引いた私を見たカルラが、笑いながら食器棚を指差した。

 早速、アナとティアが沢山の器を運んできてくれる。

 そもそも料理を提供する出店では、専用の料理皿を用意していない所が多く、買いにくる客は自前の皿や器を持参しているらしい。

 ただ、何も持ってこない客も珍しくないとか……。

 

「助かりました。スープを作っただけで安心して、細かい所まで気が回りませんでした」

「いいって事さ。ただ、客に貸した皿はちゃんと忘れずに回収をしておくれ。たまに持って帰ってしまう輩がいるから気をつけるんだよ」


 気前の良いカルラに、「分かりました」と返事する。


「ねぇねぇ、おじさん。今日は、どんなスープを作ったの?」


 トマトソース作りが一段落したカリーナが、クツクツと煮込み始めた寸胴鍋を覗き込んできた。


「あれ? なんか普通……おじさんの事だから変わった物を作ってきたと思ったのに……」


 興味深そうに鍋を覗いたカリーナは、琥珀色したスープに野菜が浮き沈みしているだけのスープを見てガッカリしている。


「カリーナちゃん、おじ様のスープを一度味わってみて。見た目と違って、凄く美味しいよ」

「スープの味だけではなく、鍋の底には肉団子が沈んでいます。そちらも絶品です」

「そうそう、とても美味いんだからー」


 「ぜひ、食べたい!」と目をキラキラとさせたカリーナにスープと肉団子一個を、お椀に入れて渡した。

 お椀を受け取ったカリーナは、ふーふーと大袈裟に息を吹きかけてからスープを一口啜る。


「んんーっ!?」


 スープを啜ったカリーナは目を見開き、カルラとブルーノを手招きする。

 カルラもブルーノもスープが気になっていたらしく、苦笑いしながら、すぐに鍋の近くに寄ってきた。

 私は、別のお椀にスープを注ぎ、二人に渡す。

 ピザと一緒に出す料理だ。カルラやブルーノにもスープの味を知っておくべきだろう。


「ほう……これは……野菜だけの味じゃないね」

「そうそう、肉の味がする。肉団子から出たのかな?」


 カルラとカリーナが、スープを飲みながら色々と考察している。本当、似た親子だ。

 ちなみにブルーノは一言も話さず、黙々とスープを堪能していた。似ていない親子だ。

 なぜか、エーリカ、アナ、ティアも勝手にお椀にスープを注ぎ、飲んでいた。君たち、昨日、散々食べただろう!


「おじさん、これどうやって作ったの?」

「何の肉を使っているんだい? あまり食べなれた味がしないね」


 カリーナとカルラに、口頭でスープの作り方を簡単に説明した。

 その際、ホーンラビットの肉と骨を使った事を伝えると、目を見開いて固まってしまった。


「ホーンラビットって……魔物の?」

「魔物肉を使ったのかい?」


 やはり、魔物というだけで拒否反応が出てしまうのだろうか?


「魔物と言っても、角の生えたウサギですから、味は大して変わりませんよ。ウサギ肉は食べやすいし美味しいので、使ってみたんです」


 魔物料理なんか店で出すな! と拒否されるかもと思い、急いでフォローする。

 ただ、普通のウサギを食べた事がない私なので、まったく根拠のないフォローである。

 

「ああ、大丈夫、大丈夫。ただ、魔物肉がこんなにも美味しいとは思わなかったので、驚いていただけさ」

「うん、凄く美味しい。これは爆売れするよ、おじさん」


 私の心情を察し、逆にカルラとカリーナにフォローされてしまった。

 カルラは「これは負けられないね」と旦那のブルーノと一緒にピザの準備を再開しだした。

 カリーナは「もう一杯」とせがんできたが、客に出す量が無くなるので却下した。


 しばらくスープの様子を見たり、ピザの準備の手伝いをしていたら、ピザ生地を量産していたブルーノが手を止めて、竈とパン釜の火を消し始めた。

 その様子に気が付いたカルラが「もう時間だね」と周りを簡単に片付け始める。


「時間?」

「そう、お祈りの時間」

「もうすぐ教会から祈念式を開始する鐘が鳴るから外に出るよ」


 そう言うなり、カルラたちは厨房から出て、外へと向かった。

 私たちも後を追うように外へ出ると、街道には人が集まりだしていた。私たちと同じように、別の建物から住人が出てきたり、歩行者も立ち止まっていたりと、街道には人で埋め尽くされている。

 

「熱心な信者は、直接、教会へ向かうんですが、そこまで信仰の少ない人や商売をする方は、今居る場所からお祈りをするんです」


 興味深そうに周りをキョロキョロと見回していた私にアナが説明してくれた。

 もうすぐ教会で祈念式の開始を告げる鐘が鳴るので、お祈りが出来るように教会の見える場所に移動するそうだ。そして、鐘が鳴ると同時に黙祷が捧げられるとの事。

 道を埋め尽くすほどの人ごみを見る。

 この人たち全員が、教会の鐘と同時にお祈りを捧げるのだろう。つまり、ここに集まっている人たちは、信仰の度合いの差はあれ、女神信者であるのは間違いなさそうだ。

 こんな場所で「私、無神論者なので」と祈りを拒否したら生卵をぶつけられそうである。信仰心はゼロだけど、問題が起きないように、みんなの行動を真似てお祈りをしておこう。


「そうそう、クズノハさん。今日、レナちゃんたち冒険者ギルドの人たちが、夕飯に私たちの宿を使って食事会をする予定なんだよ。良かったら、クズノハさんたちも参加しないかい?」


 教会の方を向いていたカルラが、世間話をするように食事会の話を始めた。

 以前からカルラは、私が大火傷から復活した快気祝いをしたいと言っていたのを思い出す。

 そこで冒険者ギルドの慰労会に便乗して、私の快気祝いをしようとカルラは考えたようだ。


「本当は、別々にやった方が良いんだけど、みんな仕事が忙しそうだしね。ついでになってしまうけど、どうだい?」


 私自身、快気祝いなど今更感があり、もうやらなくても良いのでは? と思っていた所だ。それに自分が主役の食事会など恥ずかしく、あまりやりたくない。

 それなら冒険者ギルドの慰労会と一緒にやって、うやむやに終わらせる方が得策かもしれない。

 ただ……。


「冒険者ギルドの食事会ですよね。私たちが参加しても良いんですか?」

「クズノハさんたちは冒険者だろ。十分、関係者さ。それにいつもギルド職員だけでなく、他の冒険者も参加しているから大丈夫だろ」


 勝手に判断して良いのか分からない私は、エーリカたちの顔を順番に見回す。エーリカたちは、コクコクと首を縦に振るので、反対者はいないみたいだ。


「それでしたら、参加させてもらいます」

「それは良かった。今日は貸し切りだから、酒に酔いつぶれても宿泊部屋で眠る事が出来るよ」

「泊まる場所も提供してくれるんですか? ちなみに参加料金はいくらぐらい?」


 借金持ちなので、お金に関する事は事前に確認する必要がある。

 そしたら、「クズノハさんの快気祝いも兼ねてるから、全てギルド持ちさ。そうレナちゃんに言っておくよ」とカルラは力強く笑ってくれた。とても、頼もしい。


「ただ、泊まる場所があるからって、酒に酔って変な事に使うのは駄目だからね」


 と、カルラは私の顔を見てから、アナとエーリカの顔を順番に眺める。

 そんな発言をしたカルラに「そんな事、しません!」と断言したら、「わっはっはっ」と大笑いされた。

 まったく、女子高生の私に何て事を言うんだ……ああ、今の私は中年のおっさんだった。

 

 その後、カルラと二言三言、話をしていたら、山頂の教会から鐘の音が街中に響き渡った。


二十日に一度のお祭りが始まりました。

本来は、女神様にお祈りをするのがメインですが、平民たちはその後のお祭りがメインです。

この辺りは、現実も異世界も変わりありません。

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