114 旗作りと家庭菜園 その2
私たちは、さっさと道具を片付け、先程までしていた旗作りを記憶の片隅に追いやった。
まだ、エーリカたちが帰ってくるまで時間はある。
昨日採取した根っ子の付いた薬草が、まだ土の上に置かれた状態である。このまま放置していては、折角、採取した薬草が乾燥ハーブになってしまう。
アナからは、畑を好きにいじってよいと許可はもらっているので、エーリカたちが戻ってくる間、家庭菜園跡地を整備する事にした。
以前にも薬草を育てていた場所だ。枯れて放置された薬草や伸びきった雑草を取り除き、根気良く土を耕せば、そこまで手間はかからないだろう。
……とは言え、私自身、ガーデニング経験はない。
知っている事と言えば、ミミズが好む水はけの良いふかふかな土を作る事。そして、栄養のある肥料を混ぜる事ぐらいだ。
肥料に関しては、糞を使った堆肥、コンポスト、そして腐葉土が思いつく。
糞はクロたちの馬糞が使えるのだが、私の頼りない記憶を探るに糞を使った堆肥は、しっかりと発酵をさせた物を使わなければ、逆に植物が駄目になると記憶している。
クロたちの馬糞は、厩舎の横に一時的に溜めており、飼葉を搬入してくる業者が買い取ってくれるそうだ。その為、業者が来る間、何日も馬糞置き場に積まれている糞は、すでに発酵が進んでいるかもしれない。だが、素人の私が馬糞の状態を見て、発酵度合を見極める知識と経験はないので、馬糞堆肥は使わない事にした。
コンポストは、生ゴミから作る堆肥である。
料理で出た生ゴミの水分を取り、土を被せるだけで発酵し、生ゴミが分解され、栄養のある堆肥になるのだが、成熟されるまで数週間から数か月もかかってしまう。そこまでアナの家に厄介になる予定はないので、これも止めておく。
そこで使うのは腐葉土である。
腐葉土は、落ち葉を発酵させて分解し堆肥にした物であるのだが……まぁ、一から作るつもりはないので、家の周りの林にある土を貰ってこれば良いだろう。
あとは、昨日食べたザリガニの殻でも混ぜてみるか?
牡蠣の殻や貝化石の粉末はミネラル豊富な石灰肥料になる。
ザリガニの殻に栄養があるのか分からないが、ちょうどゴミ箱に捨てられているので、ついでだから利用してみよう。
そういう事で、早速、家庭菜園に取り掛かる。
まず、台所のゴミ箱から昨晩使用したザリガニの殻を回収し、水で綺麗に洗い、天日干しにした。
ザリガニの殻を乾かしている間、家庭菜園跡地の雑草を引っこ抜いていく。
足首まで伸びている雑草が絨毯のように生えているので、留守番組のティアたちも呼んで、総出で雑草取りに精を出す。
家庭菜園の畑は、結構広い。
昨日、採取してきた薬草を植えても、七割ぐらいは空きが出来てしまうだろう。空いた所は、後日、野菜でも育ててみようかな。新鮮な野菜が食べれるし、さらに節約にもなるのでアナに提案してみよう。
そんな事を考えながら、私は黙々と雑草を抜いていく。
何が楽しいのか、ティアたちは鼻歌交じりで楽しそうに雑草をブチブチと引き抜いていた。
流石、働くのが好きなティアが五人もいるので、あっという間に雑草抜きは終わり、土がむき出しの状況になった。
ただ、中腰で作業をしていた私の腰は、情けない悲鳴を上げているのだが……。
邪魔な雑草を無くしたので、本格的に土を耕していく。
鍬を持って、剥き出しの土を掘っていく。
なるべく、深く刃を入れて、土を崩し、空気を含ませる。
私が土を掘り返した所をティアがザルを使って土を振るいにかけ、石やゴミを取り除いていく。
そう言えば、畑のどこかにブラック・クーガーに食い殺された鶏が埋まっているんだったな。
嫌な事を思い出し、鍬の動きを止める。
辺りを見回すと、結構土を掘り返していた。今の所、鶏の残骸は見つかっていない。
恐る恐る鍬を動かし始めるが、その後も残骸らしき物は見当たらなかった。
一週間ちょいで、分解されるものだろうか?
うーむと首を傾げつつ、私は土を耕し続けた。
私たちが土を耕している間、別のティアに林の中の土を回収してきてもらうようお願いした。
「土なら何でも良いの?」
「ミミズが好きそうな土をお願い」
「それって、どんな土なのよー?」
「さぁ、ミミズの気持ちになって探してみて」
「そんな事出来るかー!」
と叫びながら、楽しそうに二人のティアが林の中へ飛んでいった。
文句を言うわりには、楽しそうにしている変わった妖精である。
また、別のティアには、乾燥させていたザリガニの殻を箱に入れて、石で粉々にしてもらった。
「聞くの忘れていたけど、そのザリガニって、どうやって捕まえたの? あそこの底って、結構深いよね。網ですくったの?」
「違うわよー。水の中を潜って、素手で捕まえたわー」
ゴリゴリとザリガニの殻を粉にしていたティアが手を止めて、ジェスチャーを交えながら教えてくれた。
どうやら、カツオドリのように空中からダイブして、水の中を泳ぎ、一匹ずつ捕まえたそうだ。
この妖精、空中だけでなく、水の中も飛べるようだ。
「水が綺麗だから出来たけど、凄く冷たくて大変だったわー。味もイマイチだったし、もうしないわよー」
肩を抱いて震えるジェスチャーをしたティアは、ザリガニの殻砕きを再開する。
エビフライを期待させて、代わりのザリガニフライを食べさせたが、味は微妙だった。その事について、申し訳ない気持ちになる。
もし、またザリガニを食べる機会があるのなら、今度はシンプルに、サウザンドレッシングを掛けたザリガニサラダを作ってあげよう。美味しいかどうかは分からないけど……。
そんな会話を交わしつつ、林に行っていたティアが土を入れた木箱を抱えて戻ってきた。
枯れ葉の混じった土の上で、数匹のミミズがウネウネと動いているのが目に入る。
「ミミズがいるんだけど?」
「こいつらの気持ちなんか分からないから本人を連れてきたわー」
大ミミズと違い、土を耕してくれる普通のミミズがいるのは好都合である。
ミミズを殺さないように、林の土を家庭菜園に撒いて混ぜていく。
その後、ティアたちに何度も林を往復し、栄養のある土を沢山持って来てもらった。
ザリガニの殻の粉は、畑の面積に比べて量が少ないので、薬草を植える場所だけに撒いておく。
こうして土作りを終えた。そして、穴を掘り、根っ子の付いた薬草を植えて、水を撒いて、完成させたのである。
ちなみに私の手の平は、四つもまめが出来てしまい、ヒリヒリと痛んでいる。見た目だけは皮が厚い無骨な手なのに、軽く畑を耕しただけでまめだらけになってしまった。本当、私の外見は見た目詐欺である。
家庭菜園を仕切る柵を直している頃、エーリカとアナ、それと見習い冒険者の依頼を受けていたティアたちが帰ってきた。
「おじ様、ティアさん、薬草を植えてくれたんですね。ありがとうございます」
土を耕し、薬草を植えて、柵を直した状態を見たアナは、嬉しそうに畑を見回している。
「素人が適当にやった菜園だから枯れたらごめんね」
「私もしっかりと知っている訳ではないですから気にしないでください」
私はアナにどのように土を耕し、薬草を植えたのかを説明し、まだ植える場所が沢山あるので、野菜を育てたらどうかと提案しておいた。
それを聞いたアナは、「それはやりがいがありますね」とニコニコと家庭菜園を眺める。
まぁ、管理するのは留守番担当のティアになりそうだが……。
「それで、エーちゃんたちはどうだったの?」
「立派なホーンラビットを五匹も狩ってきました。あとで見せます」
いつもの眠そうな顔のエーリカであるが、どことなく満足気な顔をしている。
「依頼の方は、カマキリやゴキブリ、ムカデの魔物を何体か退治してきました。あとゴブリンも二体、見かけたので退治しました」
うわぁー、昆虫系の魔物もいるのか……私、魔物退治に向かわなくて良かった。
「そうそう、エーちゃんにお願いがあるんだよねー」
ティアが木片の残骸を見せながら、エーリカに旗用の木工作業をお願いする。
「ティアねえさんは口数を減らして集中しないから、そんな棒切れ一本も作れないのですよ」
エーリカは、やれやれと首を振って可哀想な雰囲気を見せながらティアを諭している。
「無言でやっていたわよー!」とティアがエーリカの肩をポカポカと叩くのを無視して、私はエーリカに「頼めるかな?」と言うと、「はい、任せて下さい!」と嬉しそうな雰囲気を醸しながらハキハキと返ってきた。
「あたしとおっちゃんとの対応が違うんですけどー。差別じゃない? 妖精差別じゃない?」
「いえ、気の所為です」
ブツブツと抗議を続けるティアたちを引き連れて家の中に入る。
留守番担当のティアが淹れてくれたお茶を啜りながら、ゆっくりとエーリカたちの報告を聞いていく。
しばらく休憩した後、エーリカは右手を外し、糸鋸のような義手を装着して木工作業を始めた。
私とティアが四苦八苦して作ったヨレヨレの旗とは違い、見る見る内に『P』の形へと切っていき、宝石の形を削る研磨機のような義手をはめて、表面を綺麗に磨いていった。
まさに職人のような作業を私とティアは感心しながら見ていると、あっと言う間に二つの旗の形をした木工細工を完成させたのである。
「ご主人さま、これでどうですか?」
「うん、凄く良いよ。初めからエーリカにお願いすれば良かった」
私は満足そうにエーリカから旗の形をした木を受け取り、双子の顔を描いた木札を参考に絵を描いていく。
表面を綺麗に均してあるので、ペンの運びはスムーズである。
サラサラサラっと男の子と女の子の顔を描き、簡単に斜線で陰影を足して、旗を完成させた。
あとは、当日に主役である双子の机の前に設置すればお終いである。
気がかりであった旗も完成したので、本日の夕飯の準備をする。
今日は、ティアと約束したクリームシチューである。
シチューに入れる肉は、エーリカたちが狩ってきたホーンラビットを使う事にした。
以前、私が倒したメタボよりかは小さいが、それでも丸々と肥えたホーンラビットが五匹も作業台に置かれているのは圧巻の光景であった。
ホーンラビットはどれも、頭と皮と内臓が無く、ピンク色の筋肉丸出しの状態になっている。角のある頭と毛皮は冒険者ギルドに売り、内臓は土の中に捨ててきたそうだ。
まずホーンラビットの肉を私のレジスト能力で魔力抜きしてから、アナの指示に従い、一人一匹ずつホーンラビットを解体していった。
慣れない解体でだいぶ骨に肉が残ってしまったが、出汁を取った後、骨に付いた肉をほじって食べるつもりなので問題ない。
そして、解体した肉の一部を使って、何日かぶりのクリームシチューを作った。
皆で食卓を囲み、作ったばかりのクリームシチューを食べていく。
さっぱりと癖の少ないホーンラビットの肉。大きく切ったゴロゴロ野菜。トロトロに煮込んだ牛乳。
今日のクリームシチューもとても美味しい。
牛乳スープが好きなアナは勿論、リクエストをしたティアもガツガツと美味しそうに食べていた。
他愛無い話をしながら、美味しい料理を食べる。
心も体もポカポカとしたまま、今日一日を終えるのであった。
料理ばかりしている第二部もようやく終わりが見えてきました。
もうしばらく、お付き合いください。




