109 『女神の日』の提案
エッヘン村に一泊した私たちは、村長の家でヌシの肉が入ったスープとパンを食べてから、急いでダムルブールの街まで帰る。
元々、エッヘン村に泊まるつもりは無かったのだが、ヌシの解体やバーベキューパーティーで帰りそびれてしまった。その為、丸一日が経ったティアの分身体は居なくなり、アナの家は誰もいない状態らしい。
「アナちゃんの家の戸締りは、しっかりと終えているから別に問題ないわよー」
「クロとシロはここにいますし、特に盗られて困る物は置いていません」
小走りで走るクロの背中で、アナは申し訳なさそうにする。
「まぁ、ティアの依頼や私たちの依頼も受けたいから、ゆっくり向かうよりも急いだ方が良いんじゃないかな」
見習い冒険者であるティアの依頼は冒険者ギルドが決めた依頼なので遅くなっても問題ないが、私たちの依頼は早い者勝ちである。なるべく条件のあった依頼を受けたい。
「そもそもティアの分身体って、何を基準に残る体か消える体か決めるの?」
ティアの分身体は、最大で十人まで増やせる。ただ、分身体の継続時間は一日だけ。一日経つと、一人だけ残り、他は消えてしまうそうだ。どの体も本体であり独立しているのだが、やはり何かの基準があって、残る者と消える者があるはずである。
「魔力量が一番多いのが残るわよー」
クロの頭にしがみ付いているティアが説明してくれた。
もし全員平等の魔力量だったら、ランダムで残るらしい。だから、事前に魔力調整して、残したいティアがメインに動けるようにしているそうだ。
「そうそう、おっちゃんが言っていたエビを捕まえてあるわよー。期待していてー」
昨日、ティアが川掃除の依頼をした時に見つけて持って帰ってきたらしい。
今、アナの家の井戸水を使って保管していると、一人に戻った際に記憶を共有したティアが教えてくれた。
その報告を聞いて、私のテンションはグングンと上がり、シロの歩行速度を駆け足にしてアナの家へと向かった。
無事にアナの家に着く。
ティアは、早速、新しい分身体を作り、アナの家の家事兼警備員担当と新人冒険者の依頼担当と私たちを手伝う担当に分けた。
私は家事担当のティアに誘われて、井戸の近くまでいく。
井戸の周りには三つの桶が置いてあり、蓋が閉められていた。
「おっちゃん、これこれ、エビエビ」
楽しそうにティアが桶の蓋を開けると、茶褐色の殻に包まれた大きなハサミを持った十センチほどの見慣れた生き物が、綺麗な水の中をウヨウヨと蠢いていた。
一つの桶に十匹は入っているので、全部で三十匹近い数をティアは捕まえてきたらしい。
「うん、立派なザリガニだね」
子供の頃、近くの沼でカニカマを使って釣りまくったエビの親戚のザリガニであった。
私が顔を近づけて観察すると、一匹のザリガニが右腕を伸ばし、「よう」とピースしてきた。うん、違うね。威嚇だね。
「おっちゃん、これで今日はエビ料理だなー。楽しみだ」
ティアの言葉に、エーリカもコクコクと頷く。
「今から仕事だから、エビフライ……いや、ザリガニフライは夕飯の時だね。それまで井戸水で泥を吐かせておいて」
居残り組のティアたちにザリガニの面倒を任せ、私たちは徒歩で街まで向かった。
冒険者ギルドの前で冒険者集団の中からルカを見つけて挨拶を交わす。
ルカたちは今日も野良ゴブリン退治に向かうそうだ。
ちらほらと見かける野良ゴブリンは、徐々に街まで近づいている事を教えてくれた。
そんなルカと別れ、冒険者ギルドへ足を運ぶ。
冒険者ギルドはすでに朝の喧騒は無くなり、出遅れた冒険者がパラパラといるだけだった。
本日の依頼を探す前に、昨日受けた名も無き湖の異変調査の報告を済ます事にする。
私は唾を飲み込み、腹に力を込めて、にこやかな顔をしているレナの元まで向かった。
案の定、エーリカとアナとティアは、冒険者ギルドの奥の長椅子へと避難してしまう。
それを見たレナは、笑顔のまま顔を引きつらした。
「レナさん、おはようございます。まず依頼報告をする前に、これを読んでください」
私は懐から一枚の木札を取り出し、レナに渡す。
木札を受け取ったレナは、内容を読むと一つ溜め息を吐いてから「皆さんを呼んでください。別に怒りませんから、詳しく報告をお願いします」と営業スマイルではない自然の笑顔に変える。
私が用意した木札は、レナの説教を回避する為に用意した物だ。
今朝、エッヘン村を出る前に村長の息子である青年に一筆書いて貰った。決して、私たちが好き好んで、魔物や湖のヌシを退治した訳ではないという事を。
エーリカたちを呼んで、何が起きて、どう対処したのか詳しく報告していく。
「湖のヌシを退治したのですか!?」とレナが驚くと……。
「とても大きかったです」
「凄く美味しかったと報告します」
「沢山持って帰ったわー」
……と見当違いの報告が飛ぶ。
結局の所、湖の異変の原因は不明である。ゼーフロッシュの大量発生、サハギンの襲撃、ヌシの討伐と異変ばかりで、どれが原因なのか分からない。
根本的な解決にはなっていないが、エッヘン村の食料問題は一時的に解決したので、本格的な調査は保留になるそうだ。
こうして、私たちの湖の異変調査は終わり、報酬のお金を貰った。
ちなみに、ゼーフロッシュとサハギンの魔石は二束三文であった。
報告を済ませた私たちは、見習い冒険者の依頼をする三人のティアを残し、掲示板の前に行き、半日で終える依頼を探す。
すでに他の冒険者が居なくなっているにも関わらず、掲示版には沢山の依頼票が貼り出されたままであった。
「『女神の日』が近いので、細かい依頼が多いんです。毎回、こんな感じですよ」
アナが掲示板の依頼を読みながら教えてくれた。
二十日ごとにおこなわれる『女神の日』。
当日は、午前中に教会へ集まり、女神に祈りを捧げる。その後は露店が広がり、街全体がお祭り騒ぎになるそうだ。
その準備の為、細かい依頼が舞い込むらしい。どれもお使いレベルの内容で安い金額の依頼ばかりの為、わざわざ依頼を受ける冒険者は少なく、取り残されてしまうのも恒例との事だ。
その中から半日で終わりそうな依頼を探す。
『猪を一頭、狩ってきてほしい』
『隣の町まで行き、荷物を取ってきてくれ』
『薬草採取を希望』
『鶏小屋の掃除を頼む』
『蜂蜜取りの手伝い』
と、何でも屋の仕事ばかりである。
その中から薬草採取の依頼を受ける事にした。
昨日の湖の調査みたいにイレギュラーな事が起きず、手堅く半日で終わる依頼という事で選んだ。
さっそく依頼票を剥がし、レナに依頼授受をしてもらう。
「そうそう、アケミさん。カルラおばさんが話したい事があるみたいですよ。時間があったら『カボチャの馬車亭』に行ってみてください」
レナの言付けを聞いてから私たちは外へと出た。
外には見習い冒険者のティアたちが待っており、道行く人たちからジロジロと見られていた。
「今日の依頼は、街の歩道調査だってよー」
「何とかの日に合わせて、不備がないか調べるんだってー」
「石畳みが壊れていたら、わたしたちで修理したり、無理なら知らせる仕事だってさー」
三人のティアが、今日の依頼内容を教えてくれる。
もう完璧に役所仕事である。
そんなティアたちを見送り、私たちはグロージク男爵の館に行く前に『カボチャの馬車亭』へ寄る事にした。
さて、カルラさんの話は何かな?
テクテクと南へと進むと『カボチャの馬車亭』のパン屋の前に人集りが出来ている。
もう朝食時間は過ぎているにも関わらず、まだお客の数は多い。
こんな状況では、リンゴパイを出すのは当分先になりそうだな。
人が捌けるのを待つことしばし、ようやく落ち着いたのでパン屋のカウンターへと向かった。
「カルラさん、おはようございます。レナさんからお話を聞いて来ました」
「わざわざ来てもらって悪いね」
朝から沢山のお客を相手にしていたとは思えない程、カルラは元気そうだ。忙しい程、活気が出るタイプのようである。
「話を聞く前にピザを一枚、注文します」
「あたしもー」
エーリカとティアは私の前に進み出る。
朝食を食べたばかりだろ、と思ったが、エッヘン村で食べた朝食はスープとパンだけなのを思い出した。
「えーと……アナも食べる?」と聞くと、アナも顔を赤らめながら「はい」と答えたので、「四枚、お願いします」とカルラに注文をした。
「あいよー」と元気良く返事をしたカルラは、奥にいる旦那のブルーノに注文を伝える。
「ピザが焼きあがる間、用件を話そうか」
私たち以外、お客が居なくなったので、その場でカルラの話を聞く事にした。
「クズノハさんたちは、『女神の日』は何か用事はあるかい?」
「うーん……エーリカ、何かあるかな? そもそも『女神の日』って、あと何日?」
「今日を含めて四日後です。次の日が子爵家の誕生日会になります」
最重要の誕生日会の前日であるが、私たちは料理のレシピを教えるだけなので、事前の準備は関係ないはず。
それよりも今日明日で誕生日会に提供する料理を教えなければいけない事を認識する。それさえ済めば、基本暇だ。
「特に予定はないですよ」
「それなら、私たちと一緒に料理を出さないかい?」
期待に満ちた目でカルラに見つめられる。眼力が強くて後退りたくなった。
「当日、教会の祈りが終わるとお祭りになる事は知っているだろ?」
「ええ」
「色々な露店が並ぶので、街の連中は昼間からお酒を飲んで、物を食べて、遊びまくるんだ。飯屋をしている私たちには大事な日なのさ」
酒を飲んで遊び惚ければ、財布の紐も緩くなる。物を売っている者にとって、『女神の日』は大儲けの日らしい。
『カボチャの馬車亭』も一日中、ピザや普通のパンを売る予定だ。
ただ、当日はピザやパンだけでなく、スープも作って、合わせて売りたいそうだ。
「セット販売というやつですね」
「せっと? まぁ、よく分からないけど、時間があるならクズノハさんたちは、スープを作って売ってみないかい?」
「私たちが売るんですか?」
「ああ、厨房の一部は貸すよ。クズノハさんならピザに合う面白いスープが作れるだろ?」
面白いかは分からないが、この世界の塩胡椒だけのスープよりかは美味しい物を作れる自信はある。
「スープの売り上げは全部、クズノハさんにあげるから考えてみてくれ」
そこで、カルラの意図が読めた。
カルラは、私が借金を背負っているのを知っている。
つまり、厨房を貸すからスープを売って、借金返済の足しにしろというカルラの優しさなのだろう。
「ご主人さま、ぜひこの話は受けるべきです。美味しいスープを作りましょう」
エーリカはいつも通りの眠そうな顔をして、至極真面目に私を見詰めた。だが、その表情には『カボチャの馬車亭』のピザと私が作ったスープを同時に食べたいと顔に書かかれている。
「あたしも手伝うわよー。お客を楽しませてやるわー」
「わ、私も微力ながら手伝わせてもらいます」
ティアもアナもやる気になっている。
私もすでに了解するつもりだったので、即答で「やります」と答えた。
話が一段落したタイミングで、ブルーノが四人前のピザを持ってきてくれた。
料金を払い、八等分の形をしたピザを持って『カボチャの馬車亭』を後にする。
そして、熱々のピザを食べながらグロージク男爵の館へと向かった。
報告して終りました。
『女神の日』にスープを売る事になりました。
料理ばかりです。ヘロヘロ~。




