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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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108 エビを求めて、その後

 浮袋に空気が詰まっているのか、白鯨は水に沈む事もなく巨大な体をプカプカと浮かせながら、湖を血で赤く染めている。

 それを眺めながら、私たちは湖で汚れた体や服を洗っていく。

 白鯨も死んだし、サハギンたちが襲ってくる気配もない。

 のんびりと石鹸を使いゴシゴシと洗い、新しい服に着替えて、洗った服を適当な石の上に広げて乾かしていく。


「ティア、空を飛んで村まで行ってくれる? 私たちの状況を知らせれば、何とかしてくれるかもしれない」


 エーリカのドロワーズを石の上に干していたティアが、「それには及ばないわー」と私の願いを断った。


「村にいるあたしが、村人と一緒に船を用意しているわよー」


 ティアは距離が離れていても分身体同士なら意思疎通が可能らしい。

 ただ、電話みたいにはっきりとした疎通ではなく、意志を何となく伝えたり、視覚がぼんやりと見える程度に共有できるとの事。


「船を用意したら、村にいるあたしが紐で引っ張って、迎えに来るからねー」

「じゃあ、当分休憩だね。……祠でも見てこようかな」


 『啓示』が示した湖の祠。その祠に私たちは向かった。

 大木の前に鎮座する石造りの祠は、ピザ釜のような丸みを帯びた作りで、中央の窪みに小さな扉が付けてある。たぶん、中にはご神体が祭ってあるのだろう。

 長年の雨風に晒されて風化しており、今にも崩れそうな祠の前に行き、手を合わせて祈る。

 湖の小島にある祠だ。たぶん、水の神様を祭っているのだろう。良い神様なのか、悪い神様なのかは知らないが、美味しいエビが食べられますように、と名前も知らない神様相手に適当にお願いしておいた。

 

 祠まで来て、祈りも捧げたけど……これだけで、良いのだろうか?

 言葉足らずの『啓示』の指示では、これで良かったのか自信がまったく持てない。

 そんな事を思っていると、無意識に手が伸び、祠の小さな扉に触れてしまった。

 パチっと指先に違和感を感じると観音開きの扉がパカっと開いていく。

 扉の中を覗くと、拳大ほどの石が置かれていた。


「ん? 石だね。これがご神体なのかな?」

「いえ、これは魔石です」


 長年祠の中に置かれていたせいか、真っ黒に汚れている魔石は、その辺に転がっている石のよう見えた。だが、汚れの隙間から僅かに青みかかった部分が覗いているので、綺麗に洗えば群青色の綺麗な魔石へ変化するかもしれない。

 魔石に誘われるまま、何も考えずに魔石に触れると、体中に流れる魔力が暴れだした。

 荒川のように流れる魔力が、魔石を触っている右手へ集まり出し、抗う事なく魔石に吸い取られていく。

 

「――痛ッ!?」


 体中の魔力が右手に集まろうとするが、鳩尾に残っている傷跡を中心に魔力の流れを邪魔をして、魔力が不規則に荒れ狂っていく。


「ご主人さま?」


 苦痛に歪む私の顔を覗き見たエーリカが、心配そうに声を掛けてくる。

 そんなエーリカに私は答える余裕はない。

 僅かずつ魔石に魔力を奪われると同時に、右手に魔力を行かせまいと抵抗をする傷痕。

 その反動で私の意識は途絶えてしまった。



 ………………

 …………

 ……


 いつもの夢の中。

 周りには何もない黒一色の世界。

 見慣れた世界であるが、いつもと違う現象が起きている。

 真っ黒の世界に亀裂のような線が走っている。

 稲妻のような白い線が黒い空間を走っては消えていく。

 線だけでなく、モザイク画のように空間が歪んだり、元に戻ったりと繰り返している。

 夢の世界は、非常に不安定な場所になっていた。

 このまま変化する空間を眺めていると気分が悪くなるので、視界を塞ぐ事にする。

 目を瞑るように意識を集中すると、体が無いのに歪に変化する空間を視界から遮る事が出来た。

 そして、そのまま……。


 ………………

 …………

 ……



 見慣れない天井が目に入った。

 石造りの天井。

 首を曲げると狭い部屋の固いベッドに寝かされているのが分かった。

 部屋には、机と椅子が置かれており、そこに見慣れた少女が木札に字を書いていた。


「エーリカ、ここはどこ?」


 椅子に座って物書きをしていたエーリカは、私の声を聞くとゆっくりと首を回して私を観察するように見つめた。


「ご主人さま、ご気分はどうですか? 急に倒れたので、心配しました」


 木札とペンとインクを袖口に仕舞い、寝ている私の元まで近づいてきた。


「気分? 別に問題ないけど……私、倒れたの?」

「湖の祠を調べていたら、急に苦しみだして、そのまま気絶しました。ここはエッヘン村の教会の一室です」

「そう……」


 祠の中に入っていた魔石に触った所までは覚えている。

 エーリカは、いつもの眠たそうな目で私の顔色を窺いながら、私が倒れた後の事を教えてくれた。


「ご主人さまが倒れた後、村にいたティアねえさんが船を引っ張り、小島まで迎えに来てくれました。その船で私たちは無事に村に戻る事が出来ました」

「サハギンたちは襲って来なかった?」

「はい、湖のヌシを退治した後から姿は見せません」

「ヌシ?」

「村人の人たちは、あの大きな魚を湖のヌシと呼んでいます」


 湖のヌシって……エーリカが殺しちゃったけど、良かったの!?


「今、村人たちが湖のヌシを解体している所です。私たちが全部持ち帰るには大きすぎるので、ヌシの一部だけ持ち帰り、あとは村に献上する事に決めました。ご主人さまの魚料理に期待しています」


 ヌシを殺しただけでなく、食べる気!?

 凄く罰当たりな事をしている気がして血の気が引いていく。


「問題ありません。村人は大量の食材が手に入ったと喜んでいます。後輩とティアねえさんも手伝いに駆り出されています。今夜は、ヌシとカエル祭だそうです。楽しみです」


 悩むのが馬鹿らしくなった私は、気だるい体を動かしてエーリカと共に外へ出た。

 すでに太陽は傾きつつあり、村の所々で火が焚かれており、その周りに沢山の人が集まっている。その集団の一角に村長の息子である青年が火に当たりながらお酒を飲んでいた。


「冒険者さん、目が覚めたんだな。話は聞いたぞ。酷い闘いだったそうだな」


 酒の入った顔を赤らめながら、村の中央に置かれている白鯨……湖のヌシを顎で示す。

 広々とした村の広場を一匹の魚が支配していた。

 そのヌシに向けて沢山の村人が包丁やノコギリなどを使って解体をしている。

 解体している連中の中にアナとティアの姿を確認できた。


「沢山、人がいますね。この村にこれほどの人が住んでいたんですか?」


 死んだ虫に集る蟻のように、解体中のヌシの周りに沢山の人が集まっている。それ以外にも、料理の準備をしている女性や焚き火の周りに集まり酒を飲んで雑談する者がいる。子供たちも楽しそうに走り回っている。

 十数軒しかないエッヘン村の住民以上の人数が集まり、お祭り騒ぎになっていた。


「近隣のリーゲン村とヘレン村に声を掛けて、応援に来てもらったんだ。あの巨体の肉をエッヘン村だけでは処分できないから、お裾分けがてら手伝いに来てもらった」


 冷蔵庫は勿論、氷室すらない村だ。鮮魚を長期間保存する事が出来ず腐らせてしまうので、ヌシの肉を使って、近場の村の応援と物々交換をする為に呼んだそうだ。

 事情を聞いてから周りを見ると、リーゲン村の顔見知りが何人もいるのに気が付いた。リーゲン村の村長も別の焚き火で酒を飲んでいる姿を発見した。


「それにしてもヌシの肉を半分以上、我々の村に貰って良かったのか? 街で売り捌けば、良い値段になったと思うぞ」


 普通、魔物や生き物は、討伐した者の所有物になる。

 私たち……もとい、エーリカが退治した湖のヌシの持ち主はエーリカになる。だが、さすがに私たちだけで、クジラサイズのヌシをダルムブールの街まで運ぶ術はない。

 冒険者ギルドに頼んでも、運搬代が掛かり、手間賃だけで足が出てしまいそうだ。これが魔物なら冒険者ギルドに丸投げ出来たのだが、生憎とただのデカい魚だ。冒険者ギルドでは買い取ってくれない。

 それに魚料理が浸透していない街では必ず売れるとは限らない。別料金を払って街まで運んだけど、買い手がつかず、腐らせてしまう恐れがあるのだ。

 それなら、食料難で困っているエッヘン村で処理した方が良いだろう。湖の周りの村で、湖のヌシを処理するのだ。これが自然で手間が掛からない筈だ。


「私たちの依頼は湖の異変調査ですが、根本的な問題はエッヘン村の食料問題です。湖のヌシが異変の原因かは分かりませんが、食料問題が少しでも解決できれば冒険者としては本望です」


 本音を隠して建前を述べると青年は、嬉しそうに大きく頷いてくれた。

 

「そもそも、湖のヌシを退治しちゃって大丈夫なの? つい成り行きで殺しちゃったけど、もしかして湖にとって大事な生き物だったとかない?」


 不安に思っていた事を聞くと、「どうかな?」と青年は首を傾けた。


「ヌシに関しては、何も知らない。湖にデカい魚がいるから、俺たちが勝手に名付けていただけだ。時たま姿を現すだけなので、別に拝め奉っていた訳じゃない。人を襲うと分かった今、逆に退治してもらって助かった」


 エッヘン村では、湖のヌシは別段、守り神さま的な位置づけで無い事が分かって、少しほっとする。


「どちらかと言えば、サハギンの方が湖を守っている」

「えっ、サハギンが? 大分、殺しちゃったけど、それも大丈夫?」

「サハギンは湖の小島周辺に現れるんだ。俺たちは、サハギンが小島の祠を管理していると伝わっている」

「はぁ? サハギンが? 魚の魔物が祠を建てたって事?」


 何て器用な魚だと私が呟くと、「違う、違う」と青年は手を振って否定する。


「祠を建てたのは、何代か前の村長だ。祠にある物をサハギンが管理……いや、見守っているらしく、小島に近づくとサハギンに襲われる。だから、サハギンが冬眠する寒い時期にしか、小島には近づけないんだ」


 祠には古びた魔石が置かれていた。それを警備しているのがサハギンだと青年は言う。

 確かに不思議な魔石だった。触っただけで、気絶したぐらいに……。

 そんなサハギンを沢山殺しちゃったけど、大丈夫なのだろうか?

 まぁ、冬眠中は一般人でも小島に上がれると言うから、警備意識は相当緩そうだ。


 そんな話を聞きながら私とエーリカと青年は、解体中のヌシの所まで近づく。

 ヌシは村人によって、ひれを落とし、分厚い皮を剥がされ、真っ白な肉をさらけ出していた。

 クジラと違い脂分は少なく、鯨油のように燃料に回す事は出来そうにない。ただただ美味しそうな白身魚であった。

 腹を裂かれ、内臓は取り出されているようで、何人もの村人が体内に入り肉を切っている。

 解体するのも大変だ。

 

「おっちゃん、ようやく目が覚めたかー。急に倒れたから心配したぞー」

「おじ様、元気そうで良かったです」


 解体作業を手伝っていたティアとアナが、私たちの姿を見て駆け付けてくれた。


「間近で見ると本当に大きいね。こんな巨体、どうやって湖から運んで来たの?」


 ふっと疑問に思った事を呟くと、ティアが無い胸を反らして「あたしが頑張ったのよー」とドヤ顔をしてきた。

 気絶した私を教会に寝かせた後、ティアは何人か分身体を作り、紐を持ってプカプカと浮かんでいるヌシの元まで戻ったそうだ。そして、巨体の体に紐を巻き付け、ヌシを引っ張ったり、押したりして陸まで運んだとの事。

 浮力で浮かんでいるとはいえ、相当な重労働なのは想像できる。こんな小さな体で良くやる、と感心した。

 

「エーちゃんが、食べたい食べたいと駄々をこねるから、姉であるあたしが一肌脱いだのよ」

「そんな事、言っていません。食べたら美味しそうと言っただけです」

「都合が悪いとすぐ記憶を改ざんするんだからー」

「していません。ティアねえさんが自分勝手に記憶を上書きしているだけです」


 エーリカとティアが、仲良くわーわーぎゃーぎゃーと言い合っているのを放置し、内臓が置かれている場所に向かうと、訳の分からない臓物の横に三体のサハギンが地面に横たわっているのを見て、心臓が止まりそうになった。


「このサハギンは丸呑みされたサハギンです」


 サハギンの死骸を気味悪そうに見ていると、アナがヌシのお腹を裂いた時に起こった一騒動を話してくれた。

 ヌシのお腹を裂いて内臓を取り出した時、丸のみにされたサハギンが何体も出て来たそうだ。

 その内の何体かは生きていて、胃の中から解放されると同時に動き出し、村人を驚かせたそうだ。


「村人は大丈夫だったの? 怪我人は出なかった?」

「それは大丈夫です。生き残ったサハギンは、すぐに湖の方へ逃げて行きました。この死骸は、すでにお腹の中で死んでいたサハギンです」


 サハギンの死骸を見ると、所々、硬い鱗が溶けかかっていた。

 下手をしたら、エーリカもヌシのお腹から脱出できず、このサハギンみたいに死んでいたかもしれない。ヌシを退治しに行った時、自信ありそうだったので止めなかったが、本当は止めるべきだったと今更ながら後悔をする。

 

「エーリカ、今回は上手くいったから良かったけど、今後は無茶をしないように」


 ティアと言い合いをしていたエーリカに注意をしてから頭を撫でた。


「つい美味しそうだったので頑張りました。今後は、相談してから決めたいと思います」


 素直に反省をするエーリカだが、あの時から食べる前提で動いていたとは……エーリカを動かす原動力は、食欲かもしれない。


「まさか、このサハギンも食べる気じゃないよね」


 のっぺりとした魚顔の魔物であるが、姿形は人間に近い。さすがに食べるのは気が引ける。


「いえ、食べません。魔石を取ったら処分です」

「さすがのエーリカも食べないか。それを聞いて安心した」

「はい、不味そうですから」


 美味そうなら食べる気か!?

 

「サハギンの死骸はどうするの? ゴブリンみたいに燃やして、穴に埋める?」

「このサハギンの死骸も解体したヌシのいらない部分も後でまとめて湖に捨てる事になっている。そうすれば、サハギンだけでなく、湖に生息している生き物が処理してくれる筈だ」


 湖に捨てると言うが、綺麗な湖をゴミの最終処分場扱いして良いのか?

 まぁ、生ものだがら、自然に帰るだけか……。



 その後、一時間ほどで湖のヌシは解体し終わった。

 ヌシのいらない部分……頭や骨や内臓と一緒にサハギンの死骸を湖に持って行って沈めた。

 サハギンたちにもお裾分けという事で、ヌシの肉の一部も一緒に沈めたら、生き残りのサハギンが水面から顔を出して、ヌシの肉を持ち去るのが確認できた。

 どうやら、サハギンたちは私たちと戦う意志はすでになさそうだ。

 これらの光景を見ていると、この湖では魔物と村人は共存する関係になっているのかもしれない。


 辺りはすでに日が傾き、村全体を暗闇に支配されていた。

 村の至る所で火が焚かれ、そこでヌシとカエルとカボチャが焼かれ始める。

 私たちの取り分であるヌシの一部を小分けに切ってもらい、時間経過が起きないエーリカの収納魔術に仕舞った。

 ヌシの一部と言ったが、元が大きすぎるので、私たちが持ち帰る量も相当な量である。一年間ぐらいは在庫として残りそうだ。

 近隣の村にお裾分けをしたが、まだまだ大量の魚肉が残っている。

 それを見た村長が数日間はヌシ料理だな、と嬉しそうな困ったような顔をしていた。

 そこで私は干物と燻製の仕方を教えてあげた。そうすれば長期間とまではいかないが、若干の保存はきくだろう


 その後は火を囲ってバーベキューパーティーである。

 ヌシの肉は、塩胡椒しか掛けていないのに淡泊で美味しかった。

 ゼーフロッシュは魔物にも関わらず、魔力の苦味が少なく食べやすい。さらに新鮮の為、街で食べたカエル肉よりも美味しかった。

 カボチャは……まぁ、そこそこ。


 今日は、沢山泳いで、沢山溺れて、沢山戦った一日であった。

 当初の目的であるエビは手に入らなかったが、代わりに大量の白身魚が手に入った。

 明日はレナさんという強敵と対面し、お説教という猛攻撃を耐えなければいけない。

 その事を考えると今からお腹が痛い。

 シクシクと痛むお腹を押さえながら、私たちはエッヘン村の教会で一泊したのであった。


残念ながらエビは手に入りませんでした。

代わりに、ヌシさまの肉をゲット。

魚料理を作れるようになりました。

良かったね、エーリカ。

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