105 エビを求めて、ギルマン退治 その2
「もう駄目……腕や足を動かす事が出来なくなってきた……」
情けない顔でティアに「助けて」と頼むが、「剣を持っているから無理よー」と断られてしまう。
水の中でなければ、皮鎧も重たい服も脱ぎ捨てて浮力だけで浮いていられるのに、水中で衣服を脱ぐ事すら出来ない。
陸に向けて泳ぐ事もこの場で留まっている事も出来ず、ブクブクと沈み始めた。
「おっちゃん、助けがきた! あと少しだけ頑張れー」
ティアの目線の方を向くと、ボロ船が勢い良く水面を走っているのが確認できた。
なぜか、船の周りに丸く膨らんだ物が浮かんでいる。あれで風力を得て、進んでいるのか?
波を切り裂きながら突き進むボロ船は、私たちの近くまで進むと横滑りするように急停止した。
その反動で波が起こり、疲れ切った私を容赦なく襲い、危うく溺れる所だった。
「迎えに来たよー」
「ご無事で何よりです、ご主人さま」
「おじ様、船に上がれますか?」
気力を振り絞り、ボロ船の縁を掴み、体を持ち上げるが、まったく乗れない。
見かねたエーリカとティアが私の服を掴んで引き上げてくれたおかげで、船の中に入る事が出来た。
薄汚れた船の上で足を投げ出しながら力尽きる。
「はぁー、酷い目にあった。しばらく、休ませて……」
青い空を見ながら、盛大に息を吐き、呼吸を整える。
水の中を強制的に引きずり回され、湖の底で溺死寸前になり、重い衣服で泳がされ、ギルマン似のサハギンと格闘する事になったのだ。気力も体力も空っ穴である。
人間は水の中で生活できないと改めて思い知らされた。
「横笛担当、良くやったなー」
「当たり前よー。あたしを誰だと思っているのよー」
「さすが、あたし。頼りになるー」
「そうでしょ、そうでしょ。はっはっはっ」
二人のティアがお互いの肩を叩き合いながら褒め合っているが、忘れてはいけない。これは自画自賛である。
「あたし、おっちゃんに魔力を与え過ぎたから、魔力はスッカラカンよー」
「なら、元に戻ろう。少しは魔力が回復するわー」
そう言うなり、一緒にサハギンを倒したティアは、私の横にレイピアを置くともう一人のティアと手を繋ぐ。
「ティア、ありがとう。魔力を安定させてくれたおかげで何とか生き抜いた」
私は倒れたままティアたちに顔を向けると、ニコリと笑ってからティアたちは一人へと戻った。
太陽から暖かい日差しを全身に浴びながら、薄汚れた船の上で日向ぼっこをする。それも綺麗なエメラルドグリーンの湖の上で。先ほどまで死にかけたとは思えない程、長閑で心休まる状況だ。
うつらうつらと眠そうになりながら船の上で休憩していると、ボロ船がユラユラと揺れ始めた。
風も起きていないのに水面が波打っている。
「おじ様、水の中を見てください」
焦ったアナの声を聞き、重たい体を起き上がらせると、ボロ船の下に巨大な影が見えた。
人など丸のみにしそうな巨大な影が水の中を泳ぎ、ボロ船の下を通過していった。
私たちはその影を見て、息を飲む。
この湖、モササウルスでも生息しているのか!?
こんな化け物が生息している湖など早く離れなければ!
「すぐに村の方へ戻ろう。あんなのに襲われたら、こんな船など一溜まりもない」
『啓示』の事もあり小島に寄りたかったが、危険の多い湖からさっさと逃げ出す事にする。
「村に戻るのは賛成ですが、そう簡単にはいかないようです」
船頭にいるエーリカが周りを見回しながら呟いた。
アナもティアも顔を引き締めて、水面を凝視している。
何事か!? と脱力した体を持ち上げ水面を観察すると、水の上からのっぺりとした魚顔が私たちの方を見ていた。
それも一匹、二匹とポコポコと水面から現れ、ボロ船を囲むように沢山のサハギンが現れた。
「こ、このまま逃がしてもらえますかね?」
アナが不安そうに呟く。私も切実にそう願うが、そう都合良く事が運ぶ状況ではなさそうだ。
ボロ船の正面にいるサハギンが丸い物を水面から持ち上げて、私たちに見せつける。
見せられたのは、私が斬り落としたサハギンの頭であった。
仲間の頭を持ち上げたサハギンが「ゲァゲァ」と鳴くと、他のサハギンもそれに共鳴し、鳴き出しながら、黒い目を赤く染め上げていく。
同じ卵で孵った兄妹なのか、サハギンは仲間思いらしい。
「これは無事に逃げられそうにないわねー」
「全員、焼き魚にしてやりましょう」
「いやいや、こんなボロ船の上じゃ無理。エーリカ、逃げる方向でお願い」
「おじ様、小島に一度避難しましょう」
アナの提案を採用するとして、小島に向かうには、前方のサハギンを何とかしなければいけない。
船の底に置いてあるレイピアを鞘に納め、ベルトに差してある手斧を構える。
魔力が不安定で武器として使えない今、長物のレイピアよりも小回りの利く手斧の方が便利だろうと思っての行動だ。
「私と後輩で遠距離から攻撃します。ご主人さまは自衛だけに専念してください。ティアねえさんは、ご主人さまの援護を」
「あたしの魔術は、水中にいるサハギンと力の差があって効かないわ。期待しないでよー」
ティアの情けない報告にエーリカは、「口を閉じていれば良いです」としれっと言った。
「来ました!」
船尾に立っているアナから声が飛ぶと、左右から一匹づつ、サハギンが向かってくるのが見えた。
「後輩は右、わたしは左です」
背びれで水面を切り裂きながらボロ船に近づくサハギンは、水面を飛び出し、私たちに飛びかかる。
指示通りエーリカは、左舷から飛びかかってきたサハギンに向かって、雷属性の魔力弾を放つ。
スパークを帯びた魔力弾は、サハギンの胸に当たり、空中で撃ち落とした。
「風を集え、刃へ変われ……『空刃』!」
一方、右舷からきたサハギンにアナは風の刃を放つ。
鋭い透明の刃が飛びかかるサハギンに当たるが、ぶつかった瞬間、ガラスが割れるように風の刃は壊れてしまった。
「硬い!?」
アナの風刃では、サハギンの鎧のような鱗を傷付ける事が出来なかった。
ただ、刃を受けた衝撃で跳躍距離が短くなり、船縁にサハギンの腕がしがみ付く形になった。
サハギンがしがみ付いた衝撃で、船が傾き、水の中に落ちそうになる。
「ご主人さま、離れてください!」
エーリカの声ですぐに船縁にいるサハギンから距離を取ると、エーリカの魔力弾がサハギンにぶつかる。
雷属性を帯びた魔力弾の為、サハギンにぶつかった余波で、私の足までビリビリと痛みが走った。
「ごめんなさい、先輩。助かりました」
「予想以上に硬いです。刃で斬るのでなく、吹き飛ばす方向で頼みます」
「偉そうに命令しているけど、エーちゃんが倒したサハギンはすぐに復活しそうだよー」
ティアの言う通り、雷属性の魔術弾に撃たれたサハギンがゆっくりと動き始めていた。
むむっと唸ったエーリカは、水の上で動き始めたサハギンに向かって、三発の雷属性の魔力弾を浴びせる。
バチバチバチと水面の上で痺れたサハギンは、プカプカと浮かんで完全に気絶した。
同じ様に船の近くに浮いているサハギンにも魔力弾三発を追加で浴びせる。
「魔力弾では威力が弱いです。連射は出来ませんが、これにしましょう」
エーリカは左手を外し、黒光りする大口径の義手を取り付けた。
「わたしが前方の敵を蹴散らしますので、後輩は船の移動をしてください」
そう言うなり、エーリカは前方にいる三匹のサハギンに向けて、グレネードランチャーを放つ。
爆発音と共に飛び出した石の弾は、仲間の生首を持ったサハギンに当たり、血肉の交じった水柱が上げた。
「風の精霊よ、我の言葉を聞き届けたまえ! 風を起こし、突き進めたまえ! 『風操』!」
風の精霊に懇願すると、アナを中心に風が吹き荒れた。その風は、船頭に縛り付けた四つの革袋に流れ込み、丸く膨らんで船を動かした。
気球を真横にしたようなものだと感心する。
「即席で作ったので見た目は悪いですが、このぐらいの小さい船なら動かせます」
私がサハギンに拉致された後、追い駆ける為に急いで作った簡易な帆らしい。
ズズズっと水面を進み始めたボロ船は、サハギンの肉片を巻き散らかした前方へと進む。
……だが、すぐにガクンと船の前進が止まった。
「あれ、動かない? 何で!?」
周囲を確認すると、いつの間にか二匹のサハギンが船尾の端にしがみ付き、船の進行を阻止していた。
「前方からも来ました。後ろは任せます」
冷静な声で放つエーリカは、前方から飛び出した二匹のサハギンに向けて、右手から雷属性の魔力弾を放つ。スパークを帯びた魔力弾は、一匹のサハギンに当たり、湖の中へと落とす。
残り一匹は船頭に降り立ち、鋭い鉤爪を伸ばして、エーリカに振り下ろした。
エーリカは、冷静にグレネードランチャーを使ってサハギンの腕を受け止めてから横へと払う。そして、バランスを崩したサハギンの腹にグレネードランチャーを添えると、魔力で作った石を撃つ。
爆発音と共に撃ち出した石は、サハギンの上半身と下半身を千切り、雷属性の魔力弾を受けたサハギンを巻き込みながら血飛沫をあげる。
胴体が千切れたサハギンはそのまま下半身と共に湖の上へと落ちていった。
エーリカ、怖ぇー、と思いながら船尾のサハギンに目を向ける。
「風よ、集まれ。硬く硬く、解き放て。――『風砲』!」
革袋に風を送る魔法を止めたアナは、船尾にしがみ付いている一匹のサハギンに腕を伸ばして、風の塊をぶつける。
エーリカのグレネードランチャーほどの威力は無いが、水面を転げるようにサハギンを引き剥がした。
私もやってやる! と、もう一匹のサハギンに向けて手斧を構える。
「おらぁぁーー!」
気合いの雄叫びを上げて、船尾の縁を握っているサハギンの手に向けて手斧を振り落とす。
ガツっと鈍い感触がすると、「グェ!?」とサハギンの苦痛の声が漏れた。
指の第二関節と第三関節の間に落ちた手斧は、指を切断する事は出来なかったが、骨を砕く事は出来たようだ。
指と板に減り込んだ手斧を引っこ抜き、再度、同じ場所に振り落とすと水掻きでくっ付いた四本の指を切断し、ボロ船からサハギンを離す事が出来た。
「おっちゃん、良くやった! 魔力が使えなくてもやるじゃなーい」
「ただの手斧でも何度も同じ場所を叩けば破壊できる事は、カエル退治で学んだからね」
「ご主人さま、喜んでいる所、申し訳ありませんが、湖に落ちないように中央へ寄ってください」
「四方八方から来ます。おじさま、早く!」
ボロ船を中心に複数のサハギンが向かって来ていた。
私は急いで、船尾から中央へ移動し、手斧を構える。
船頭はエーリカ、船尾はアナが陣取り、グレネードランチャーや風の魔法を放ち始めるのであった。
四対多数のサハギン戦です。
地の利もなく大変です。




